今日という日【8月15日】
■終戦の日
1945年8月15日。
「玉音放送(昭和天皇による終戦の詔書の朗読放送)」により、日本の降伏が国民に公表された。
連合国軍の占領下にあった1952年4月27日までの新聞紙上では、9月2日を「降伏の日」や「降伏記念日」、「敗戦記念日」と呼んでいた。イギリスやアメリカ合衆国をはじめとする連合国軍では、9月2日を「対日戦勝記念日」として「V-Jデー(Victory over Japan Day)」と呼んでいる。国際的には、9月2日を「終戦の日」とする国が多い。
現在の日本では、8月15日を「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」=「敗戦の日(玉音放送の日)」とし、一般には「終戦記念日」や「終戦の日」と称し、政府主催の全国戦没者追悼式や、政治団体、NPO等による平和集会が開かれる。
地上戦が行われた沖縄では、6月23日に組織的な日本軍の抵抗が終結したため、沖縄県では、6月23日を「慰霊の日」として休日としている。アメリカ軍による正式な沖縄戦の終結宣言は7月2日であるが、沖縄征服は6月30日と記録している。しかし、その後も日本軍による抵抗は続いた。9月7日、南西諸島守備軍代表は、嘉手納の米軍第10軍司令部で降伏調印し、沖縄戦は公式に終結した。このため、沖縄県の公式慰霊施設「平和の礎」では、沖縄終結の日を9月7日としている。
今日という日【8月14日】
■首都圏大規模停電
2006年8月14日。
東京都23区東部とその周辺139万世帯の住宅や鉄道などに電力が供給されなくなるという出来事が起きた。
午前7時38分頃、旧江戸川を航行中のクレーン船がアームを架線に接触させ、これを切断。これにより東京23区東部と神奈川県横浜市、川崎市の一部、千葉県浦安市、市川市の一部を中心に、広い範囲で停電した。件数としては、1987年7月に発生した停電の際の280万件に次ぎ、史上2番目に多く、電力量では過去4番目となったが、大手会社の多くがお盆休みとなっている時期のため、電力需要が低下していた事もあり、およそ4時間42分後の12時20分には全面復旧した。この内、神奈川県内では約10分で復旧、千葉県内でも午前8時20分頃までに復旧した。
停電による信号機の停止を始め、鉄道に影響が出たほか、ビルのエレベーターに人が閉じ込められる事故が相次いだ。電力の暫定復旧後も電力供給が十分でなかったことから、交通機関では冷房の出力を弱めて運行が行われた。携帯電話が繋がり難くなり、ひかり電話が一時不通になった。日本政府は、危機管理センターに情報連絡室を設置した。
千葉県警は器物損壊罪や電気事業法違反容疑を視野に入れて捜査を行ったが、故意犯ではない事故として同年9月に立件を見送った。







