今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -361ページ目

気が付けばセプテンバー

「初秋の候」


ども!TK89です。

台風が四国に上陸中です。名古屋でも生温く強い風が吹いてます。

昨日の夜からそれは次第に強くなってたけど、会社の自分の所属する営業チームでの飲み会が夜にあった。チーム決起会。場所はココ 。キンキンに冷えた氷点下のビールは美味かった。でも台風もやっぱり近付いていた訳で、結局そこそこに帰宅。


帰宅後、丁度携帯が鳴る。東京に住んでる友人からだった。MTGで名古屋に来てるってことだった。もう1人の悪友も誘い、結局男3人、またまた飲むことに。外は暴雨、暴風だったけど、メンズトーク?できて楽しかった。


我が9月はこうして始まった。

男って生き物はアルコールという勢いがなけりゃなかなか腹を割って話せない。会社の人間しかり、友人しかり。ここ最近、自分自身あまりウマく行ってない。台風の到来とともに、そんな僕を励ましてくれる訪れだったのかな。巡り合わせに感謝。


さて、外は暴風。とりあえず、家の中でジッとしてるかな。

チャオ!

今日という日【9月3日】

■ホームラン記念日


1977年9月3日。


この日、読売ジャイアンツに所属していた「王貞治」選手が後楽園球場で通算756本目のホームランを打ち、アメリカメジャーリーグの「ハンク・アーロン」選手が持っていた記録を抜いて、世界新記録を更新したことに由来し、「ホームラン記念日」とされている。

これを受けて政府は2日後の9月5日に「王貞治」選手に初の「国民栄誉賞」を贈った。


対ヤクルト戦、第2打席でカウント2ストライク3ボールから「鈴木康二朗」選手の投球をライトスタンドへ打ち返し、メジャーリーグ記録を抜く756号を達成した。この試合で、「王貞治」選手は両親を後楽園球場に招待していた。記録達成の瞬間同球場一塁側1階席で観戦していた両親の元に、記録達成を祝うファンから握手を求められ、球場からは「親孝行も日本一」の声が飛んだ。

756号を打った9月3日は深夜までTV出演やインタビュー、祝電の電話対応などでほとんど眠れなかったにもかかわらず、翌9月4日の対ヤクルト戦にも普段通り出場し、通算757号となるサヨナラ3ランを放った。これを含め、このシーズンさらに10本塁打を上積みし、自身3度目となる50本塁打を達成した。


通算本塁打数は868本。1980年11月4日に現役引退を表明。「王貞治のバッティングができなくなった」が引退発表時の言葉だった。

今日という日【9月2日】

■『必殺仕掛人』放送開始


1972年9月2日。


時代劇「必殺シリーズ」の第一作「必殺仕掛人」が放送を開始した。「池波正太郎」の小説「仕掛人・藤枝梅安」を原作。


金銭をもらって弱者の晴らせぬ恨みを晴らす者たちの活躍と生き様を描く作品である。主人公たちの多くは表向きはまともな職業についているが、ひとたび依頼を受けると各々の商売道具を使って裏稼業を敢行する。多くは暗殺であるが初期には必ずしも殺すとは限らず、暗殺者というよりも弱者の復讐代行という面が強かった。初作こそ「仕掛人・藤枝梅安」を原作としているが、シリーズ全体としては一部を除いて完全なオリジナルとなっている。

必殺シリーズ」は、それまでの勧善懲悪を旨とする時代劇とは異なり、主人公側の扱いは基本的に善というわけではなく、あくまで金のために殺人を行う悪である(ただし、あくまで「晴らせぬ恨みを晴らす」「世のため人のためにならない殺しはしない」という信念に基づいて行われる)。シリーズによって多少変わるものの、基本路線は現実主義的、ハードボイルド的な作風となっており、自己保身のために仲間や被害者が殺されるのをただ黙視するというシーンも多い。完全に仕事と割り切る者がいる一方で、中には陰ながら依頼人や市井(しせい)の人に同情し加担したり、世の中を良くしたいと願う人物もおり、しばしばグループ内での対立やジレンマに悩まされたりする場面が描かれ、ひとつのテーマとなることもある。


その作風を含めて既存の時代劇とは一線を画し、シリーズを通しての奇抜な殺し方をはじめとして、シリーズ前期の物語に流れる思想性や演出手法、後期の風刺性や殺陣(たて)の演出などは、大きな話題となった。また、前期ではピンク女優を配しての性行為や強姦などのシーン、他にも拷問や奴隷化など生々しい過激な内容が含まれた。後期でも前期ほどでは無いにせよ、当時の他作品と比べるとやはり過激な描写が目立ち、シリーズを通して抗議なども多かった。


15作目「必殺仕事人」を境に前期と後期に分けられ、2作目「必殺仕置人」から連なる仕置人シリーズが前期の代表、「仕事人」から連なる仕事人シリーズが後期の代表とされることが多い。