今日という日【9月5日】
■北方領土問題の始まり
1945年9月5日。
1945年8月14日に日本が「ポツダム宣言」の受諾を決定した後、1945年8月28日からこの日までに「赤軍(ソ連軍)」は「北方領土」に上陸し、占領した。
「北方領土」は現在に至るまでソ連及びそれを継承したロシアが実効支配を継続している。ロシアによる事実上の領有状態のため、日本政府が領有権を主張しているものの、一切の施政権は及んでいない。「北方領土」は、地理的には南千島に属するが、色丹島(しこたんとう)及び歯舞群島(はぼまいぐんとう)については北海道本島の属島という見方もある。アイヌ民族が先住していた。第二次世界大戦後、現在に至るまで、ソ連・ロシア連邦に占領・実効支配されており、日本は固有の領土としてその返還を求めている。現在、日本国民の北方領土関係者及びロシア人北方領土居住者に対して、ビザなし渡航が日露双方に一部認められている。
日本の歴史、地理教科書においては、教科書検定の存在により、国会決議、閣議決定、及び外務省の主張に沿った形で表記される。「北方領土」は、ソ連(ロシア)による不法占拠であり、中・北千島や南樺太(みなみからふと)は、領有権未定(暗にロシアによる不法占拠という主張)として表記される。中学・高校レベルの教科書では、当時のソ連が侵攻してきたという事実と、現時点でもロシアが不法占拠しているという点が強調されることが多い。
1952年3月20日にアメリカ合衆国上院は、「南樺太及びこれに近接する島々、千島列島、色丹島、歯舞群島及びその他の領土、権利、権益をソビエト連邦の利益のためにサンフランシスコ講話条約を曲解し、これらの権利、権限及び権益をソビエト連邦に引き渡すことをこの条約は含んでいない」とする決議を行なった。このアメリカ合衆国上院の決議の趣旨は、サンフランシスコ講話条約第25条として明示的に盛り込まれている。ただしアメリカ合衆国上院のこの決議は条文における権限は大統領府にあり議会にあるわけでは無いので、上院決議がアメリカ合衆国の外交交渉を直接拘束する訳ではない。
日本政府は1997年に在ハバロフスク総領事館サハリン出張駐在官事務所を開所し、2001年にはサハリン州ユジノサハリンスクに総領事館を設置した。総領事館の設置に際してはロシア政府と交換公文や往復書簡を交わしロシアの同意を得ており、総領事の配置にも同意を得ているが、日本政府としては南樺太の最終的な帰属先は未定であるとの立場であり、仮に将来において何らかの国際的解決手段により南樺太の帰属が決定される場合にはその内容に応じて必要な措置を取るとしている。
「鈴木宗男」ははこの南樺太についての政府解釈は難しいだろうと指摘したうえで「北方領土」の帰属は日本であると確認をしている。
「近藤昭一」は総領事館設置を既成事実として南樺太の帰属問題を解釈する危うさを指摘し、日本がロシアに対して依然南樺太の領有権を主張しうるとする説や、日本が領有権を主張し得ないと同様に対日平和条約の当事国でないソ連もこの条約に基づいて南樺太・千島列島の領有権を主張できないとする説に言及する。
休日のオフィス
『静かな空間』
ども!TK89です。
今週の土日は台風の影響で、外は暴風暴雨、特に予定もなくやっぱりダラダラ過ごしてた。土曜日なんて、前日に飲み過ぎたってのもあって、寝ては起きての繰り返し。確実に牛だ。
そして日曜日。相変わらず昼前に起きて、ダラダラ。こりゃマズイなぁと思いながらもしばらくダラダラしてた。ようやく夕方前、週末に残してた仕事しなきゃなぁと会社へ向かった。その頃には風も弱くなりつつあったかな。
我がデスク。部屋と一緒で片付けが苦手、色んな書類ガンガン積んじゃってる。まず掃除しなきゃね。
んで、セコセコとパワポでプレゼン資料作ってた。実はこれまで、休日に自主的に会社に行って仕事したりすることってなかった。でもこれが案外捗る。資料はゼロから作ってたから結局4時間超くらいかかったけど、充実した時を過ごすことができた。だからと言って、休日に仕事することが良いことだとは思わないけどね。
さて、休日終了。せっかく作った資料。活かせるように頑張んねぇとな。
チャオ!
今日という日【9月4日】
■東京ディズニーシーグランドオープン
2001年9月4日。
この日、「東京ディズニーシー」がグランドオープンした。
当初は日本で2番目のディズニーパークとして、アメリカ合衆国フロリダ州オーランドの「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」やフランスの「ディズニーランド・リゾート・パリ」にもある映画スタジオ系施設を建設する予定であった。しかしマーケティングの結果、日本では映画文化に馴染みがないという判断から、1993年に世界の「ディズニーパーク」で初めての海をテーマにした施設に変更された。
これはロサンゼルスのロングビーチに開園の予定であったものの、地元自治体の賛同を得られずに計画が頓挫してしまった施設「ディズニーシー」(仮称)のコンセプトを流用したものであるが、日本導入にあたっては、「東京ディズニーリゾート」を経営、運営する「オリエンタルランド」も関わり共同で新たに企画・開発されたもので、開園当初の「東京ディズニーランド」の様に「全てが米国版の導入・アレンジ」という訳ではない。1998年10月22日に着工式が行われ、着工時のオープンまでの予定総事業費は約3,380億円とされた。
グランドオープンから3年後の2004年10月22日。午後3時頃、「東京ディズニーシー」全域で大規模な停電が発生。園内のアトラクションのほとんどが運休になった。結局、午後10時を予定していた閉園時間を4時間繰り上げて午後6時に閉園。シーに入園していたゲストにはチケット料金の払戻か次回の入園が無料になる優待パスポートを発券。また、その当日に「東京ディズニーランド」への無料入場券を発行した。その際は「ディズニーリゾートライン」に無料で乗車可能になった。
