今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -303ページ目

今日という日【11月25日】

■ドバイ・ショック


2009年11月25日。


アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ政府が、政府系持株会社ドバイ・ワールドの債務返済繰り延べを要請すると発表したことに端を発し、世界的に株式相場が急落した。「ドバイ信用不安」、「ドバイ問題」とも呼ばれる。

2008年9月の「リーマン・ショック」以降に生じた信用収縮によりドバイ経済の減退が懸念されていた中にあって、それまで債務の確実な返済の意向が表明されており、アブダビの銀行からの資金調達を発表したが、その2時間後に突然この繰り延べ要請が発表されたことから、投資家に衝撃を与えた。


日本では大手ゼネコンが有望な海外事業先としてドバイ関連のインフラ整備事業を受注していたが、すでにドバイワールド・ナキールの支払い遅延や、度重なる仕様変更にともなう追加工事の発生および費用負担の問題などを抱えており、大手ゼネコンの財務基盤に深刻な影響を与えるのではと懸念されていた。メガバンクはドバイ関連へのエクスポージャは欧州系に比べて少ないとされていたものの、1,000億円規模の債権を保有していた。これらのことから債務返済繰り延べ要請の報が流れると大手ゼネコン株、三大メガバンクの株価は急落した。

11月24日の名言

「明日は、明日こそは」と、


人はそれをなだめる。


この「明日」が、彼を墓場に送り込むその日まで。


イワン・ツルゲーネフ

今日という日【11月24日】

■山本老事件


1928年11月24日。


「山本老事件」は、犯人とされ服役した男性が、死の間際まで無罪を主張したため冤罪だった可能性が指摘されているが、第二次世界大戦中の広島への原爆投下により裁判記録が焼失したため、再審の可能性も閉ざされたといわれている。


広島県比婆郡下高野山村(現:庄原市高野町)で、農業の主婦(当時56歳)が、飯櫃に頭から突っ込んだ状態で死亡しているのを発見された。主婦の主治医は脳溢血による事故死と診断したが、警察の嘱託医は右手で首を絞めたことによる縊死と断定。警察は、主婦の家を家督相続していた養子の男性(当時29歳)を尊属殺人で連行。

当時の捜査機関は2日2晩の拷問を加えた上、被疑者に白紙の供述調書に署名捺印させ、起訴した。1930年、広島地方裁判所及び広島控訴院はいずれも無期懲役の判決。1931年には大審院が上告を棄却し、被告人の無期懲役が確定した。


犯人とされ服役した男性は模範囚として刑期を勤め上げた。在監中、広島刑務所で被爆したが、1945年11月12日、岡山刑務所から仮出獄し、1952年にサンフランシスコ講和条約締結による恩赦により減刑され公民権を回復。その後1983年9月9日、当時84歳の男性は、再審請求を広島高等裁判所に起こし、唯一の証拠であった被害者の真実の死因は病気の発作による事故死であると主張した。

この再審請求は「天皇の名で出された」旧刑事訴訟法時代の事件であり、原爆による戦災で裁判記録が焼失しているという困難な状況下。1987年5月1日、請求が却下され、1990年10月19日最高裁は特別抗告を却下。1992年4月に第2次再審請求を行っていたが、1994年4月29日に男性は95歳で亡くなった。再審請求は遺族によって承継したが、2003年に最高裁で再度却下された。