今日という日【12月2日】
■駐車場経営者VX襲撃事件
1994年12月2日。
この事件は、「オウム真理教」信者による殺人未遂事件。被害者は当時82歳の駐車場経営者で、多額の布施を強要されて「オウム真理教」から逃げ出した知人を匿っていた。オウムは奪還を企てたが、駐車場経営者に追い返されていた。
「オウム真理教」教祖、「麻原 彰晃」は、駐車場経営者を「VXガス」で殺害するよう指示。そして12月2日午前8時30分、駐車場経営者がゴミを捨てに自宅から出てきたところを、信者2人が後を追い、1人が声をかけたその隙にもう1人の信者が「VXガス」の溶液を駐車場経営者の後頭部にかけた。
その後、経営者は痙攣などを起こし容態が急変したため、ただちに病院に搬送された。幸いにも被害者は一命を取り留め、61日間入院。その当時は脳出血だと思われていた。
「VXガス」は、のちに「会社員VX殺害事件」や「オウム真理教被害者の会会長VX襲撃事件」でも使用された。
翌1995年の「オウム真理教」の強制捜査、そして同年7月27日の信者「新実 智光」の供述により、これらの事件が明るみに出た。被害者はその後のテレビ取材の際には現場を案内できるようになるまでに回復しており、自分の病気が「VXガス」によるテロだと知って愕然とした。
「オウム事件」の首謀者の「麻原 彰晃(松本 智津夫)」が起訴された17件の中では、最後まで麻原自身が罪状認否を留保した事件であった。
今日という日【12月1日】
■初のお年玉年賀はがき発売
1949年12月1日。
「お年玉付郵便はがき」は、いわゆる「年賀はがき」のことで、お年玉付郵便葉書等に関する法律に基づき郵便事業株式会社が発行する郵便はがきのひとつ。原則として11月1日に発売されるのが通例。
お年玉くじの付いた年賀専用はがきのアイディアは一民間人が考案したもので、当時の郵政大臣などに何度も直談判して採用してもらったものだという。
1949年、当時京都在住で大阪にて洋品雑貨の会社を営む「林 正治」が、「終戦直後で通信手段が十分でなかったこの時代にせめて年賀状が復活すれば、差出人・受取人ともに消息が分かり合えるであろう」と考えついたのがきっかけ。
この年賀状にお年玉くじを付ければ皆が買ってくれる、更に寄付金も付ければ社会福祉にも役立つと考え、大阪の郵便局で郵政大臣への紹介状を書いてもらい、上京して郵政大臣などと面会した。
林は自前で見本となるはがきや宣伝用ポスターを作成し、更には具体的に景品まで考えプレゼンを行った。が、前例のないものであり、戦後の混乱期でもあったため、「時期尚早」とあっさり却下。それでも林は諦めず粘り強く交渉を続け、同年暮れに正式に採用された。この頃の賞品は特等「ミシン」、1等「純毛洋服地」、2等「学童用グラブ」だったという。
「お年玉付郵便はがき」は現在まで続く大ロングセラーとなったことで大いに感謝された林は、その後郵政審議会の専門委員を務めた。