花七美月(旧グリーンハート)の高山紅二子です 

 

 

 たくさんのブログの中からお読み頂き 

ありがとうございます😊   

主人の死をきっかけに始まった私自身の

さまざまな内への旅🌈ですが、今、

自分の 生きてきた人生の振り返りをしようと

 決め私の話しを書いています。    

 

 前回のお話は→#3 生後半年で、親からの血清を貰うことにです。

 

 

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産まれて半年で、血清を貰う事になった

私です。

 

この時期私は、半身不随で寝たきりの

祖父の隣に母が仕事に行っている間は

寝かされていたようです。

一応祖母がいたのですが、祖母は、

預かっている孫で、寒くないように?

なのか。くしゃみ🤧をしたからなのか?

母が帰ってきて、私を見ると着膨れ状態で

汗💦💦びっしょりで、いつも服をすぐ

脱がせていた。と聞いた事があります。

 

兄の子育てはいくぶん済んでから、

産まれた私ですが、兄が産まれた時は、

叔父、叔母達にも子供がまだいず、兄は

親戚の中で最初の孫だったので、かなり

大切に育てかれたそうです。

 

祖母も私の時は、祖父が完全に寝たきり

だったので、私の世話と祖父の世話で

なかなか行き届かない所もあったようです。

 

 

往診の先生がわりと頻繁に祖父の様子を見に

来てくださっていたので、私の体調が、少し

おかしいかな?と感じていても、先生が、

この子は風邪気味だからと言われていたよう

で、母は、祖母にそう言われて納得するよう

にしていたようです。

 

ですが、時間が経ち、なかなか元気に

ならない私を見て、長男の嫁として、義母に

意見出来ない、ジレンマがあったようです。

 

ですが、ある日、あまりにもぐったり

し始めた私を見て、祖母に内緒にして

会社の側の小児科に連れて行ったそうです。

 

その時にすぐ、血清が必要だと診断された

ようです。

 

血清とは

血液を容器にとって放置した時、細胞成分と

凝固成分が除かれてできる上澄み、淡黄色

透明の液体で、免疫抗体や各種の栄養素

老廃物を含む      との事。

 

その為、両親は、自分の血液を病院で

採血し、その後私に、血清を打つ。

この血清は、数日続けて打っていたようです。

 

 

今、思うと、両親も、始めての事で、かなり

焦っていたのだと思います。

 

兄は、お乳もしっかり飲み、病気らしいもの

にならず、育っていたので、母の中で、

意識していなくても、どうしても、兄との

比較があったようです。

 

でもこれも、もしかしたら、母は自分を

責めていたのかもしれないです。

自分がもっと早く病院に連れて来ていれば

おかしいかなって思った時に連れて来て

いれば。  と。

 

母は母で自分がしっかりしなければ

がどんどん育ってきた出来事かも

しれません。

 

 

 

 

今日もお読み頂きありがとうございます😊

 

 

 

次のお話はこちらです→#5  6歳まで続いた血清療法

 

 

次回のアップまでお待ち下さいね。