「僕はできる、いやもっとできる。偉大な人とまでは言わない。頼れる人位にはなれる。言わせるなよ、ここは通過点…」(「I am a HERO」福山 雅治)
最近ハマっている曲のオープニングです。まさに「認知的不協和」バリバリの曲ですね…
その曲の歌詞で「嫉妬こそ努力の根源さ」という一節があります。
以前の私は「嫉妬」に大変翻弄されていました。
自分に自信が持てず、モテたり、人気者だったり、目立っていたりする人を見ると、指を咥えて見ているしかない人間でした。
そして、その「劣等感」を刺激する人に対しては、攻撃的に接したり、関係を断ったりもしました。
勿論今でも100%克服できている訳ではないですし、時々感情を揺さぶられることもあります。
そして「嫉妬」は正面切って向かい合いづらい感情でもあります。
なぜなら、「嫉妬」を覚えることは、その人に対し、その部分において「負けている」「劣っている」ことを本能的に悟り、受け入れられない状態であるということでもあります。
或いは、自分の「価値」をその対象者に依存し、その依存心を対象者から否定された(と思わせるような出来事があった)ということでもあります。
だから「嫉妬」を覚えると、つい「傷ついたプライド」を補完するために、人は悪口を言ったり、噂話を立てたりするのかもしれません。
でも、結局それを無視したり、「あいつのせいで…」とばかりいると、結局同じような場面が何回も繰り返されて、同じような不快感を味わい続けることになりませんか?
…実際私もそうでした。
そもそも自分の「嫉妬心」を呼び起こす根源は何なのか?
それに向き合い、具体化できたら
例えば努力して相対的に上回る、認めさせることも一つの手ですし…
「自分自身のあり方を中心とした価値感」を見出して確立することと、これまでの価値観を手放すことに、意識と努力を傾注することも一つの手ですし…
ただ、「精神衛生面」や「上には上がある」という言葉もあるので、個人的には後者をお勧めします。
いずれにせよ「嫉妬」を覚えたら、自分を成長させる「努力の根源」として、生産的に利用したいものです…

