読書記録「パラレルワールド」小林泰三:ハルキ文庫 | ありえの雑記帳

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気が付くとやはりSFじみたものを手に取ってしまっている私です。

 

今回は、お父さんとお母さん、それぞれが死んでしまった二つの世界を跨いで生きる少年が主人公の物語です。

 

 

 

【登場人物など】

 

坂崎裕彦…作中ではヒロくんと称される。6歳。父と母、それぞれが死んだ二つの世界を同時に生きている。

 

坂崎良平…父親。大雨による洪水と地震が併発した大災害により、片方の世界で命を落とす。彼が存命している世界線は、便宜上世界線Bと形容される。

 

坂崎加奈子…母親。良平と同様に片方の世界で命を落とす。彼女の存命するのは世界線A。

 

矢倉阿久羅…裕彦と同じく二つの世界を同時に生きる能力を持つ。双方の世界線に生じたラグを悪事に利用している卑劣漢。

 

 

【感想など】

 

ネタバレは厳禁なのでまとめは簡潔になってしまうと思います。

 

・あらすじ

 

前半は簡単にまとめると、大雨でダムが満水になり、そこに地震が起こり老朽化していたダムが決壊、ダムの下流に暮らす人々は被害に遭います。

 

良平は職場から洪水に呑まれることを覚悟で家まで家族を助けに戻りますが、片方の世界線では洪水に呑まれて死亡(加奈子は存命)、無事に家にたどり着いた世界線では倒壊した家の瓦礫から裕彦を守った加奈子が死亡、という形で分岐が発生します。

 

物語上必要なエッセンスとは言え、裕彦を通しての並行した世界線の確認は結構回りくどくて文章にすると色々気を配らないといけないのでどうしても間延びしてしまうと感じましたね。

 

この辺は映像で表現するとスムーズなのかな、と感じるシーンかと思います。

 

これ以降は裕彦を端末として良平と加奈子が双方やり取りを行うという展開になります。

 

 

後半はただただ悪の存在として描かれる男、矢倉が登場。

 

この男は家族を失ってはいないものの二つの世界を同時に生きていることを発見、またその世界線は経過している時間が若干のラグがあることを発見しました。

 

これを利用して偶然を装って人殺し(暴走車両が突っ込んでくるタイミングでその車線上に人を飛び込ませるよう仕向ける等)を行い始末屋として大金を稼いで暮らしていました。

 

彼は街中で裕彦と遭遇、そこで原理は不明ですが裕彦が自分と同じ能力者であることを察知し、自分の悪事が明るみに出ないように裕彦を始末しようと動き始めます。

 

ここからが一家で矢倉に立ち向かう共同戦線の開始となります。

 

 

これ以降はネタバレになるので具体的なのは割愛。

 

 

・雑感

 

この本の大半はやはり世界観の設定にあると思います。

 

携帯電話がほかの世界線の人とつながる、みたいなのであれば普通に思いつきそうなものですがこの本の場合は同時に二つの世界線を生きている子供、という設定になるのでその辺結構革新的だなぁと思いました。

 

一方で裕彦という年端もいかない子供が双方の世界を生きられたところで能動的に行動がとれる局面も少ないので、両親の判断に基づく行動になりましたので、前半は物語の広がりが持たせられないのでは、と感じてしまいました。

 

 

しかし、この懸念というか問題点を克服し物語が本格的に動き出すのは後半の悪役である矢倉が出てきてからですね。

 

彼が裕彦に危害を加える意思が明確になってから、二つの世界線を股にかけた家族の共同戦線が展開されるということで、外からの刺激を受けた結果家族の行動パターンが多様化されたのです。

 

ここで矢倉が駆使する二つの世界線に流れる時間にズレを活かした疑似的な予知能力、という設定は非常に面白いものであると感じました。

 

あと矢倉については読者が肩入れのしようもないこれ以上なく純粋な悪漢として描かれていましたので、彼がどのように勧善懲悪的な感じでボコボコにされるか心置きなく見ることができる、という点については単純明快でよかったですね。

 

彼の処遇については読んでた僕がドン引きするレベルで、作者の思考の正常性を疑うようなえげつなさだったんですが。

 

 

あとがきを読むに、この本は先の東日本大震災へのチャリティアンソロジーが原点とのことなので、災害が絡んでくる内容になっていたようです。

 

災害こそきっかけではあるものの、総合的に見ると家族のつながりというのが大きなテーマになりますね。

 

矢倉みたいな面倒な相手との戦いはそれを通じて家族の一体感を出すための演出ですかね。

 

個人的には物語が終わった後の最後の短いエピソードに家族が欠けてしまった彼らに対しての救いがあったのが印象的でした。

 

 

本の内容としては、SFとサスペンス的な要素ですかね、それぞれ味わえるという点ではお得かもしれませんが、テンポの悪さとそれぞれのテイストが薄く感じられる部分もあった本と感じました。

 

並行世界の演出ってのはおそらく文字に起こすよりは映像で表現した方がストレスなく表現できるんでしょうなぁ。

 

同じ作者の「アリス殺し」「クララ殺し」ってタイトルの本にはその響きから惹かれるものがあるのでそのうち読むことがあるかもですね。