しかし特定看護師に対して賛否両論あるのでなくなる可能性も…。反対の人はもう一度よく考えてもらいたいです。自分たちに良い都合をつけて理論を展開していないか?賛成の人はどうすれば良い特定看護師が育つか?よく議論する必要があると思います。自分も最初は反対でしたがよくよく考えると様々な障害の先に見えてくるものがあります。新しいことを初めるとイロイロな障害がありますがそれは当たり前のことでそれでも前に進まないといけないと思います。最後に『患者さんの命を守りたい』『安全な医療を提供したい』これらは当たり前のことで、あえて言う必要はないのに言う。未だに実現していないからでしょう。いかにも建て前的な言葉ですが本当に情けない医療を表している言葉です。医療に対する不信を持つ人がいるのもわかりますし自分もその一人です…。だから『患者さんの命を救いたいから特定看護師を導入して欲しい』とはいいません。患者さんの命を守るのは当然でそれを含めたそれ以外の可能性を秘めていると確信しています。一部偏った考えや意見もあったことをお詫びします。
特定看護師が認められると構造が変化するのではと期待しています。特定が医に近い部分を看護師が日常生活の援助などの看に近い部分を担い役割が明確になればチームとして機能すると考えています。看護師には准看もありますが給与が多少違えど役割の違いはほとんどないです。そのため准看から正看になる方もいます。こういったことには歴史的な背景や様々な問題もあるのでしょうが理解しがたい不思議なことだと思います。良い意味での差別化でも嫌う傾向があるのでしょうか?保身的だと言えるかもしれません。気持ちはわかりますが…もういいでしょう変わらないと…
特定看護師ができたら准看や正看はどう思うと思いますか?だいたいの想像はつきます。そして特定看護師は高飛車になって横柄な態度で指示を出すのでしょうか?……それは違うってことをどちらも理解してもらいたいです。その時点で医療者としての大事な要点が欠落しているのですが気づいてないのでしょう。また看護師の中から特定を目指す人も増えると思います。それは良いことで底自体を上げることが本来の底上げではなく知識や技術面で上に引っ張ることが底上げにつながる気がします。いくら勉強会を開いても研修に行っても形だけで終わることもあります。看護教育の対象は新人に目を向けがちですが実は時間だけを過ごしてきた先輩も対象であると思います。先輩がそれなりなら後輩もある程度まで自然に育ちます。先輩に指導する後輩ほど悲しいことはないです。経験上、先輩から教わったことはゼロに等しく医師が書いた本と患者さんが教えてくれました。独学といえますが非常に不安定な知識です。穴がたくさんあります。そう考えると底上げする意味を見いだせないです。新人は丁寧に育てて将来的に構造の変化を待つべきで。それこそ経験年数に比例して能力も上がっていく形に移行するように期待しています。どんな職業や分野でも変わっていく場合、古い体質を変えなくてはいけません。自分自身で自分を変えれれば良いですが…。それができないからこのような結果になったのかもしれません。今まで看護師の業務は限られていました。その狭い範囲で奮闘し可能性を広げようとする人もいますがやはり限界があります。業務を拡大し幅を持たせることで可能性は広がりより良い医療が患者さんに提供できるでしょう。特定看護師が活躍できることを期待しています。知識や人格面でも優秀な人になってもらいたい。
特定看護師ができたら准看や正看はどう思うと思いますか?だいたいの想像はつきます。そして特定看護師は高飛車になって横柄な態度で指示を出すのでしょうか?……それは違うってことをどちらも理解してもらいたいです。その時点で医療者としての大事な要点が欠落しているのですが気づいてないのでしょう。また看護師の中から特定を目指す人も増えると思います。それは良いことで底自体を上げることが本来の底上げではなく知識や技術面で上に引っ張ることが底上げにつながる気がします。いくら勉強会を開いても研修に行っても形だけで終わることもあります。看護教育の対象は新人に目を向けがちですが実は時間だけを過ごしてきた先輩も対象であると思います。先輩がそれなりなら後輩もある程度まで自然に育ちます。先輩に指導する後輩ほど悲しいことはないです。経験上、先輩から教わったことはゼロに等しく医師が書いた本と患者さんが教えてくれました。独学といえますが非常に不安定な知識です。穴がたくさんあります。そう考えると底上げする意味を見いだせないです。新人は丁寧に育てて将来的に構造の変化を待つべきで。それこそ経験年数に比例して能力も上がっていく形に移行するように期待しています。どんな職業や分野でも変わっていく場合、古い体質を変えなくてはいけません。自分自身で自分を変えれれば良いですが…。それができないからこのような結果になったのかもしれません。今まで看護師の業務は限られていました。その狭い範囲で奮闘し可能性を広げようとする人もいますがやはり限界があります。業務を拡大し幅を持たせることで可能性は広がりより良い医療が患者さんに提供できるでしょう。特定看護師が活躍できることを期待しています。知識や人格面でも優秀な人になってもらいたい。
雑用が多すぎますから…しかし細々した仕事も大切でやらなければいけないので役割分担ですね。医師と看護師だけでは既に限界に達しています。新たな職種が必要だと思います。それは上下関係とかではなく役割の違いの明確化です。とにかく将来や未来を予測したビジョンが必要で今まではやっつけ仕事だったのだと…毎日毎日をただやり過ごすだけで…そろそろ将来を見据えて動き出すべきだと思います。将来を視野に入れれば「特定看護師がいても何も変わらない」とは言えないはずです。これは未来の話しなので…。患者さんに付き添う家族に言われました。「今まで知らなかったけど医者はたまに来て何か言っていくだけで実際に治療をしているのは看護師さんなんですね」と言いました。それは役割の違いで家族の偏見もあるのかもしれませんが薬剤を投与したり呼吸器の管理をするのを見て率直にそう感じたのでしょう。看護師自体をミニドクターや『○○先生』と揶揄したりしますがそんな言葉では表現できない意味や可能性を持っていることに早く気づくべきで…そんな事を言っている場合ではないはずです。ましてや看護師同士で言い合っている場合では…。特定には看護師の離職率を減らす効果もあるのでは?と考えてます。想像の段階ですが国家資格と認められることは大きいと…。つぎに看護師にとってのメリット。はじめは特定看護師よりも看護師の底上げを優先するべきだと思っていました。上に目を向けるよりも下つまり知識のない看護師をどうにかしないと質は上がらない根本的に解決できないと考えていました。でもそれでは解決できない気がします。看護師ってどんな仕事をしているか書き出すと雑用から専門的なことまで担当しています。ある意味なんでもありです。患者さんや家族や医者など周りもそれを求め看護師もそれに答えます。サービス業だから当たり前と言う人もいますが…。患者さんに住んでいる家の掃除を頼まれたらするのでしょうか?極端ですがこれ程に守られていない?確立されていない?仕事はないと思います。その一方で高度な知識や技術も要求されるわけで。看護師が多忙で疲弊する理由の一つだと思います。これは看護師という存在自体が未確立で周りも認ていないために不当な要求や扱いをされるのです。『報われない構造』がそこにはあります。