サバイバル! "仕事力"養成講座 -13ページ目

欲望の塊とSNSの未来

こんにちは。
TJBCの「おにい」です。

最近、こうやって、ブログに記事を書いたり、
Twitterでツイートしたりしていますが、
「欲望の塊」の押し売りが目立ちすぎて、
辟易することありませんか?

・・・こういうの、いいですよ。(クリック!)
とか、
・・・をチェック!
とか。

そういう押し売り、
もう、うんざりでは?


こういう、あおるメッセージって、
言いたくなる気持ちもわかりますけどね。
(ある意味、欲望の正直な訳で、否定はできない。)

しかし、そういうのに反応する数%の人だけのために、
ものすごい量の欲望の塊の情報が流通するようになっています。


「欲望の塊」を直球勝負で、
投げ続ける仕事って、どう思います?


私たちは、押し売り、推薦されたって、
普通、それだけでは、買いませんよね。

(たまたま、いま、どうしても必要な瞬間は、別)

麻痺しちゃっています。



で、そうなると、
今度は、推薦文を活用しようとするわけですが、
これもまた、だんだんに、
これ、おカネで買ったんだろうな、と思われる
推薦文が目立つようになってきて、
それも信じなくなる。。。(ようになる?)


そうすると、まともな推薦文も、信用が落ちる。。。?



信用できない世界が広がれば広がるほど、
ビジネスの構築は難しくなってゆく。

=本来のビジネス(顧客価値の創造)以外の苦労が増える。
 ゆえに、本来投入されるべき価値向上に対する生産性は、
 落ちてゆく。。。



「本物が生き残る時代」というのは、本当でしょうか?

本物が、正しく伝わる世界であるという前提であれば、
そうかもしれませんが、
もし、正しく伝わらない世界になっていたら、いくら本物でも、
信用形成は、相当困難な道のりでしょう。

本物よりも、本物らしく見せるのが上手い方が、
ビジネスの成功者になりやすい。
(現実、そんな気がしています)



単純な売り込みはやめよう、推薦文だけじゃなくてさ、
ということで、本物かどうかは別として、
テクニックとして、次に提案されるのは、
ファンをつくろう!というメッセージ。


ところが、そうすると、全然関係ないところで目立ったり、
クリック数で、ファンがいると勘違いしたり、
ファンがいるっていう錯覚を起している人が増える。

それで、また、変な目立ち方をしようとする人が増えて、
余計な情報があふれる。。。(変な人が増える?)


そうすると、やっぱり、
本来は、ファンができる価値ある存在の人/会社が、
なかなか、ファンをつくれなくなってゆく。

本当に顧客に価値を提供できる人が、
価値ありそうと見せられる人によって、淘汰されてゆく。

悪貨は良貨を駆逐する。。。でしたっけ?



需要者にとっても、だんだん、
本当に必要な本物の情報へのアクセスが難しくなる。。。



情報量は増えましたが、
本当に必要な情報へのアクセスは、
本当に簡単になっていますか?


本当に必要な情報を入手できたときって、
結局は、人から、リアルから、の方が多くないですか?


また、あなたが何か大切なものを買うときには、
単にネットの情報だけで決めていますか?
実は、ちょっと奥さんに相談したり、
友達の話をきっかけにしたり、
していませんか?


以前、おくさんの記事 にもあったように、
情報をとるのと、購買衝動は大きく違います。

また、ウィンドーショッピングはしても、モノは買いません。
かっこいい彼氏と付き合いはしても、結婚は別。

いいものないかなーって
ウィンドウショッピングをしているときの心理と、
買いたい物を決定し、
レジに持ってゆく、その瞬間の心理
は、
単に、ファンになるとか、クチコミで知っているから、
ということではないように思います。


ファンであって、靴込みで知ってたって、
買わない人は買わないし、むしろ、そういう人の方が多い。

そこを無理矢理、押すと怪しいし、
何もプッシュしなければ、衝動は発生しない。



プッシュするひとつの要因として、
クチコミがあるわけですが、
購入者は、すべてにおいて、
本当にクチコミを信じているかというと、
そうでもないように思います。

クチコミは、購買の判断基準を提供するものであって、
購買意欲を刺激するツールとしては、最強のツールではない。

実際には、
購入する!という意識が形成され、
クチコミにより判断基準が提供されたとしても、
なお、
購買者のカン(たぶん、いいんだろう)とか、
リスク負担(ま、失敗しても、いっか)とか、
そういう心理的な障壁は、残っているように思います。


ビジネスは、購入衝動を、いかに形成すべきか?


ひとつの考え方として、
集客に力を入れる。集客した客に購入してもらうのは、確率論。
そういう考え方があります。

ネットの性質からして、真実だと思います。
集客(お店に呼び集める、にぎわいをつくる)は、重要。
しかし、無理して興味の無い人を集客したとしても、
感覚的に麻痺した人を集めても、
そのあとのプロセス設計ができていないとねぇ。

ムダな集客は、周囲に迷惑もかけることになる
ということにもなりかねません。


なお、濃い読者だけを集める、考え方は、
興味のある人とだけつきあうという意味で、
一つの答えだと思います。

しかし、信用が落ちている中で、
濃い読者を集めることは、
困難になってきています。


「どうしようかな?買おうかな?やめようかな?」
「それ、買っていいんだよ。」
「そっか、えーいい、買っちゃえ!」って、
購入者のココロの声がささやくようにするには、
どうしたらいいか?

煽動的なコピー?
推薦文?
クチコミ?


普通に興味・感心はあるがながめているだけ、
クチコミもみているけど、半信半疑。よくわからない。
そういう状況のとき、人は、どういう行動になるか?


リアルの社会をみてみて下さい。

たとえば、
リアルな、信用できる、人の話を聞いて、
おしゃべりして、それで問題ないことを確認して、
それで、購入する。

お店の人とおしゃべりして、
なんか許せる感じの人だから買っちゃう。

多くは、メンタルな安心感を求めようとする。

そういうところ、ないですか?



あなたをわかってくれる人が、
「それ、買っていいんだよ。」と言い、
「そうかなぁ。」とおしゃべりして、
「じゃぁ、そうしよっか。」となる。


「ねー。これ、どう思う?」
「うーん、こっちのほうが、あなたに似合うんじゃない?」
「そうかなぁ。でも、やっぱ、こっちにするわ。」
「そうだよね。アンタが着るんだからね。」

お友達としての会話ですよね。
お店での会話でもあります。


ということで、

■ 信頼関係をつくる
(売り手がお客の心理になって接する。話を聞く。)

■ 双方向コミュニケーションが大切

リアルと同じに考える。

ネットビジネスパーソンが
みんな、そういう思いで取り組めば、
変な押し売りのようなメッセージは減ると思いませんか。

すべてが変わるとは思いませんが、
ここから始まるのではないかと思います。


要は、集客のあり方は、もう煽動的になるのはやめて
そして、集客後のクロージングまでのプロセスを鍛える
そのあたりを再点検してみては?
ということです。



それには、どこかで、教育が必要だと思っています。

学校では教えてくれない。
でも、ビジネスをするときには、あたりまえの基本。

■ 信頼関係をつくる
(売り手がお客の心理になって接する。話を聞く。)

■ 双方向コミュニケーションが大切

ネットも、リアルも、同じだと思っています。
というか、ネット社会も、だんだん、
リアルな社会の法則に近づいてゆくのであろう、と。


昔ながらの商売の基本は、そうでしょ?


宣伝・集客をするのも大切ですが、
潜在顧客・現顧客とのコミュニケーションを大切にするほうが、
古くさいけど、ネット社会では、新しいのではないか、と思います。


とかいう、私たちも、なかなかできないんですけど。。。

(と、まぁ、ここまでは、ありきたりの話ですね。)


で、ここからが、私の私見。提案。


仲間を大切にして、そこから、信用できる筋をたどってゆく。
そこに出会いがあり、ドラマがあり、人間成長がある。
そして、そこに、ビジネスが成立する。

それが、古来からの、ビジネス拡大の基本だと思っています。


だから、
SNSは、可能性を秘めているんじゃないか、
と思います。

単に個人のブランディングをするツールという訳じゃなくて、
SNSを活用した、古来の商売の基本を実践するモデル

だんだん、そういうことが、可能になりつつあるように思います。

どうですか?

セルフブランディングの流行にならって走るだけでなく、
こういった思考で、挑戦をしてみて、
自分のビジネスが顧客にとって、
新たな価値として受け取れるような挑戦
をしてみては?

私も、少しづつですが、
そういう挑戦をしてゆきたいな、と思っています。

きっと、いろいろと実験、失敗を繰り返しながら。。。


じゃ、また。


追伸:
この記事は、
スモールビジネスを想定して書いています。
億単位のビジネスモデルでは、
少し、スタンスが異なると思うので、
念のため。




ソーシャルネットワーク(SNS)の透明性

こんにちは。
TJBCの「おにい」です。

アメーバブログをやっている人のほとんどは、
Twitterをやっているのではないでしょうか。

”ネット「新」金脈”として、SNSが特集されています。
(東洋経済2010/10/9号)

ブログとか、Mixiとか、Twitterとか、Facebookとか、
だんだん、SNSの世界に慣れてきていますよね。

興味深いのは、日本のSNSは、
個人名を開示しないで済むものが流行する、ということ。

用心深く、慎重な日本の国民性でしょうか。
日本では、匿名性をうまく活かしている。
だから、Twitterで十分。

海外では、
信用できない情報が大量に流通しているので、
個人名を公開し、透明性を確保しないと、信用してくれません。
怪しいヒトとつきあうことを警戒する。。。

コミュニケーションするときは、
常に、家族のこと、プライベートのこと、
できるだけ自分のことを多く語り、
信用をつくろうとします。
信用をつくるため、透明性という犠牲を払うことは必要
と、考える人が多いように思います。

なので、海外では、
Twitterは、つぶやきを楽しむというよりは、
メッセージの機能を上手く活用している事例が多いような気がします。

日本語だと少ない言葉で多くを語れますが、
英語だとね。という、言語の問題ももあるでしょうけどね。

匿名性があってもつながれる日本って、海外からみれば、
うらやましい、不思議な国のようですよ。

じゃ、また。


無意識によって、理性が崩壊?

TJBCの亜流、おくさんです。

精神分析や心理学って、多くの人が興味を持つ時期って
ありますよね。
この精神分析や心理学の源流は、有名なフロイド先生です。

フロイドが、夢分析によって(賛否両論ありますが)
「無意識」の存在を世に出しました。

これ、実は西洋社会というか、近代哲学にとっては、
非常に大きなアンチテーゼになってしまったんです。

西洋近代哲学、とは
人間は「理性」によって真実を認識することが可能か?

ということを追求していたんです。
デカルト先生からカント先生に至るまで。

「理性」は神が、人間にのみ与えたもうた能力であるわけで、
そんな神が与えたものに、欠陥があろうはずはない。

ところが、なんです。
見方によっては、半ばゲリラ的に、フロイド先生が
人間には全く認識することのできない、
「無意識」によって
人間はコントロールされている、
なんてことを発表してしまいました。

これって、いわば
「人間は、自分自身さえも認識することはできない」
と言っていることと同じなんですね。

西洋近代哲学が、その前提としていたものが
音を立てて崩壊した瞬間です。

この後、西洋近代哲学の辛くて長い旅が始まります。

別に、哲学講座ではないので、
ここまでにしておきますが、
人間の行動は、価値観に縛られている
ことを理解するために必要だったので、
今回はこんな話題に触れてみました。

今回も最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

では、Auf Wiedersehen!