RYUの生き方、逝き方 -52ページ目

不満の習慣

不満の習慣は、


その原因が無くなっても、


習慣だけは残る。










疑ってはいけないーーー

すべてを疑うとしても

自分が為(な)そうとする事まで疑ってはいけない。

事は為すうちに出来るものだから。

俺にはわからない

汝の敵を愛せよ、

とはとりもなおさず汝以外を愛しなさいということではないだろうか?

愛なくして敵は存在しないのに。

俺はそこに矛盾を感じる。

俺には分からない。

「今」の歩き方

こんな時代だから

個人個人がしっかりしなくてはならない。

生きるのではなく行く抜くのだ。

未来に期待するのでなく未来を想像し構築するのだ。

すべて決めるのは自分だ。

邪魔なものは破り捨てててやれ。

しがらみに手を振り身軽になってこんな時代を生きるのだ。

捨てて空いたスペースに明日への活力が注入されるだろう。















現実の苗木

夢は現実の苗木である



(ジェームズ アレン)




浪漫の位置

気持ちの上の余裕や贅沢さのないところには、ロマンは生まれない。

そしてもし、それが金で買えるものならブルジョアには、みなロマンがあることになる。

だが大抵は、金があっても無くても変わるもんじゃない。

「食」

食する為に生きるのではない。

生きる為に食すのだ。













汚された日の丸

日本という国は不思議な国で、他国に侮辱されると旁らで、みんながわいわい文句を言う。

学識経験者がしたり顔に解説を述べ国際ルールを説き、一応みんな納得したことにして、そのまま時間の経過を待つ。

何十回、何百回とこんなことで過ごしてきた訳で、今度もそれにプラス一回。

どの道、外交三流の国の方策なんてそんなもんさ、、、、、、、と

どこかで、そんな諦めに似たせせら笑いが聞こえるような気がする。

ガラス細工の幸せ

後から思う。

幸せはガラス細工

不幸は張り付いたらなかなか離れない。

それが人生。










~恋愛つれづれ~

決して恋愛下手ではないのだが、ここ数年何かおかしい???

何がおかしいか一例をあげると、ある立食パーティーで結構タイプの女の子と話す機会があった。

話しも盛り上がり楽しいひとときだったが、お互いプライバシーは言わなかった。

数ヶ月後にまたパーティーにその子がいた。

今度も楽しく話をし家も近所と分かりメアドも交換した。

メール交換の日々が始まり、食事やカラオケにも行った。

彼女は俺の名前から親しみを込めたあだ名を付け結構いい感じだった。

だがメール交換はするのだが、又誘う気にならない。

彼女は空いてる日を教えてくれ、さりげなく誘ってくれる。

でもいざ日付を決める段階になると躊躇してしまうのだ。

こんな事の繰り返しをここ数年している。

要は「また会いたい」という強烈な衝動がおきないのだ。

そんなこんなで離婚後、独身歴が10年を迎える。

漠然と誰かを愛したいし、過去の恋愛がまぶしく感じる。

どうなるのだーーーーーーーー

俺。