スピーカーは楽器 | ニャンコの音楽とオーディオでまったりした日々

ニャンコの音楽とオーディオでまったりした日々

ヤフブロから移ってきました。
ゆるゆるニャンコとツバメ、動物と音楽とオーディオでまったりした日々をおくっています。

オーディオは以下のとおりです。
https://ameblo.jp/tiromie/entry-12481502923.html

イタリアのスピーカー人気ブランド、ソナスファベールの創業者で設計者、故フランコ・セルブリンの目標は「スピーカーの完成度を高め、ひとつの楽器に限りなく近いものにすること」と語っておられます。

 

使ったスピーカー、同社のガルネリ・オマージュのエンクロージャーは最初で最後の様々な無垢の木片48個を寄せ木細工で。
接着剤は石油由来の化学合成ではない天然材料のニカワを使って、塗装も石油系のラッカーではなく、これまた天然のニスを選んだというのは、まさに楽器のようです。

テクノロジー至上主義からは、原音波形、マイクで拾った波形と同じ波形をどれだけ出力できるかこそが優れたスピーカーであるとの反対論も聞こえてきます(笑)。

しかし、ブランコの設計したスピーカーは恐ろしくフラットで、ウーハーとツイーターをフレームを削ってでも近接配置した初代エレクタアマトールはあの故山中敬三先生は技術的な執念とまで書いています。

何度かフランコ・セルブリンと食事された故菅野沖彦先生は彼の性格などを分析されていました(笑)。
著作集から引用します。

ソナスファベール社を立ち上げたいきさつ


これは良くメーカー立ち上げで聞きますね。
既存品に満足出来るものがないから、メーカーを立ち上げたというところ。

一部の自作品にもありますね!安く済む、市販品は高いから自作とは別の、市販品に満足出来るものがないからという志しのものが。

スピーカーは楽器かというのは哲学的な深い意味として読みました。彼の人物像を菅野先生が分析されています。



名器などのごく一部の人間しか作れない楽器の持つ音色に、一流ミュージシャンの感性と表現力をその楽器の音色を通して表出させる行為。

これをはっきりと表現し、リスナーに感じさせるのがスピーカーならそれは楽器であると読みました。

最近、大きな機器の入れ替えをしました。

その中心となった違いが、ロック、ポップスでのグルーヴ感、ジャズのスイング感、クラシックのハーモニー感といった、グループの乗りのようなものが、今までのより、はっきり、くっきり感じられるというものでした。

これを聴くと、すっかりかつての機器を鳴らすことはなくなってしまいました。値段は半値以下なのに(笑)。

自慢になりかねませんが、今のホーンスピーカーの原型は25歳の時の自作てす。
数年、Marantzのチャンネルデバイダーとマルチアンプで鳴らしていた時期にあのMJがリスニングルーム探訪に来られて測定されました。

スピーカーの軸上、1mだったかの周波数特性があまりにフラットだったのに、測定ではなく、耳だけの調整でこれを!?とプロ音響の来訪者が驚かれていました。

おそらく、クレモナのバイオリン工房にバイオリンの作り方を徹底的に習って、生み出した愛用したガルネリ・オマージュの周波数特性が完全フラットも、バイオリンなどの生楽器に精通していた彼だから当然と思うわけです。

自分もちょっと前の日記のとおり、ロックドラムを叩いたり、生でいろいろなエレキギター、エレキベース、ボーカル。
そうしてジャズでは毎日のように聴いた様々なミュージシャンの楽器の音色が記憶に刻み込まれています。
それにバランスを合わせただけてす。

 

そういえば、バブル期に奇しくもSONYとYAMAHAが4ウェイの2本で500万円も超えるハイエンドスピーカーを作って、その試聴会に出ました。

どちらもだったか記憶が薄れていますが、明らかにバスドラムの音が潰れて、実際とは似ても似つかぬ音の悪さに驚きました。

まだ20ちょっとの血気盛んな若者もあって、来ていたスピーカー技術に、前日にDATとワンポイントステレオマイクでデジタル録音したジャズライブでのドラム音をスピードがバラけるはずもないフルレンジのSONYのモニターヘッドホンで聞かせました。
「明らかに基音が遅いよ❗」と言いながら(笑)。

ところで、グループ感、スイング感、ハーモニーの再現力は解像度とか、音数、音場とは別のものです。

その意味でプレーヤーやアンプも楽器ではないか?

会議、合議で作られた家電メーカー品のそれらに惹き付けられるものはなく、個人の感性で作られたモノにシンパシーは、こういう楽器耳で聴いて選んでいるからだろうと思っています(笑)。

オーディオの面白さは尽きませんね(笑)