戦いに負けても責任は問われない | 日々新たなる学び

日々新たなる学び

人生100年さて、何をして生きるべきか。

 

彼らの責任は明らかである。

敵方の捕虜になった者や、

事故の責任者に再び指揮をゆだねるのは、

名誉挽回の機会を与えてやろうという温情ではない、

失策を犯したのだから、

学んだにもちがいない、

というのであったというから面白い。

 

塩野 七生  著  ローマ人の物語 3

         ハンニバル戦記 上巻  より

 

私は後輩が失敗した時、野球の話をしていた。

「三振してもいい。

プロ野球の選手だって三振する。

だけどその後が重要なのだ、

次の試合で、監督が、この選手は前の試合で三振したから

また三振するかもしれない、

と思ったらメンバーから外すだろう。

今度はきっとヒットを打つかもしれないと思ったら

メンバーに残すだろう。

それを決めるのは三振した試合の後で、

その選手が何をしていたかだ。

その選手をよく見ていればすぐに解る。」

 

この本を読みながら、

そんな話をしたことを思い出した。