皆様、お元気ですか?
わたしは、そこそこ元気です。
先日、ある文化講座でお会いしたご婦人に
「あなた、壇蜜に似てるわね」と言われたくらいです。
今、その講座の先生の著書を読んでおります。
『伊勢神宮とは何か』植島啓司著
![]() | 伊勢神宮とは何か 日本の神は海からやってきた (集英社新書ヴィジュアル版) |
| クリエーター情報なし | |
| 集英社 |
先生が実際に伊勢・志摩を実際に訪れたフィールドワークの記録。
10年前は、毎年のように志摩スペイン村の『フラメンココンテスト』に通っていたなぁと
冒頭からしみじみ。
コンテストはわたしにとって、まるで甲子園のようでした。
無我夢中に優勝を目指していた。
賞品がスペイン旅行だったから・・・。
最終的には、決勝まで残ったものの入賞止まりで、
立派なマントン(房の付いたスカーフのようなもの)をいただき、
それを衣装に仕立て直したことまでも思い出しました。
さてと、お伊勢さん。
小さなお社とも言えないようなところも、くまなく取り上げられている。
中に、伊射波登美命(いざわとみのみこと)を祀ったお社も紹介されていて、
その、とても美しい響きの名前に感銘を受けた。
そして、またもや30年近い前の話を思い出した。
小中学生のころ、うちの母トミコと昼のドラマを観ていたわたし。
そのドラマは、子だくさんの家族設定で、岡江久美子さんがお母さん役。
13人目の女の子が産まれ、名前をどうするか家族会議。
こどもの一人が、
「十に実でトミコにしよう!」と提案した。
それを聞いたわたし、反射的に
「だっさー」と思いっきり言っていた。
失言、このうえなし。
ハッとして、母トミコの方を見た。
気まずそうな、何とも言えない顔をしていた母トミコ。
わたしは「謝るのも変だし…」と、何のフォローもしなかった。
今でも昨日のことのように思い出すシーンの一つです。
傾向として、わたしは言われた嫌な言葉はほとんど覚えていないけど、
自分の発した何気ない失言はしつこいくらいに覚えている。
なんだか、損な性分。
そして今。
登美子っていい名前だと思う、壇蜜似というよりも母親似のわたしである。
思い出がいっぱいで、考察的なことを書かないまま終わるところでした。
小さなお社も含めて、昔の人は「ここに神がいる」と感じて、そこを祀っていたという話。
その「感じる」って不思議だなぁと思います。
わたしも、実家の近くの神社、パワースポットとも呼ばれているところに行った時には、
何かしら感じます。
気持ちのいい空気の流れを感じます。
力をもらえるような気もします。
目には見えないけれど。
昔、そこで神様の使いと言われる白蛇を見たことがあるからかもしれません。
さて、そこで思ったのですが、
この事象を科学で証明することができるのかということ。
例えば、マイナスイオン。
きっといい空気って、マイナスイオンを含んでいるのかもしれません。
そこそこは科学で証明できるんだろうなと思います。
昔の人々が「奇跡」とか「たたり」とか思っていたものも、
現在においては、ほとんど科学で証明できるのかもしれないなと。
奇跡を再生可能にするのも、たたりを避けられるのも、科学の発達によるところでしょう。
でも、わたしは実証出来ないことがある方がいいなと思う。
所詮、我々はただの人間。
めちゃめちゃ賢くても、どんなにあがいても、
人間を作った存在には叶わないんじゃないかと思う。
そして、どんなに文明が発達しても、
昔の人々の持っていた「感じる」力の方が、優れているんじゃないかとも思う。
それが神様だったっていうことこそに、人の生きる意味を見出せるんじゃないか。
八百万の神がいる日本に生まれたわたしは、そう思います。
昔の人も今の人も、幸せを追求しているってことでしょう。
ニュースに思うところがあり、ついつい書き過ぎてしまいました。
神様の存在に鈍感になった人類の、終焉の日が近付いてるのかもしれません。
こ、こわい。
壇蜜からスタートして、この結論。
うわぁ、どうしよう。
