父が、脳梗塞で病院に運ばれた。
下記の「いぬのはなし」を書いた翌朝の出来事でした。
急転直下の出来事に、私はオロオロしてしまいました。
母が付き添いで出て行ったので、
家にポツンと1人残され、
どうすればいいのか分からなくなった私は、
とりあえずその直前までにしていたことを、してみた。
朝ご飯のトーストを食べること。
これが、どうしてもできない。
手が震えてくる。
出て行くときの父のフラフラした姿を思い出すと、
ただただ不安で泣けてくる。
涙の中、かじったトーストを見て、見事にきれいな歯形だなあと
全然関係のないことを思ったことは覚えている。
今思えば、父は無茶な生き方をしていたと思う。
リタイアしてからは特に、昼間から飲酒、
たばこは1日に3,4箱。
とにかく暇だったんだと思う。
「いつ死んでもいい」というようなことを口走っていたこともある。
ところがある日、ずっと家族に内緒にしていた糖尿病の進行状況を、
母親に知られたことから、私たち家族は変化していった。
父親の目の前で、焼酎を流しに流した母親の姿に、
父はようやく禁酒を始めた。
それがちょうど2ヶ月前の出来事でした。
今の父は、どうやら命に別状はなさそう。
ただ、血栓がありすぎて、ちょっとやそっとじゃ、
元に戻らないと思う。
言語能力を司る分野に障害が出ているようで、
言いたいことが言えない。
年齢を聞かれたときに「28」と答えたり、
本の絵を見て「ねこ」と答えたり、
一瞬、「プッ」と笑ってしまうけど、その後必ず泣きそうになる。
入院した直後は、いつも泣きたいのを我慢していた。
「命があるだけでもラッキー」だと思いこもうとしていた。
泣くなんて、縁起が悪いわ!と。
そんな私を泣かすヤツが登場。
一度ブログで書いたことがある、4歳の姪っ子。
父の鼻から酸素が吸入されているのを見て、
「これとってよう~、早くしゅじゅちゅ(手術)して、とってよう~」
ウワーンと泣き出した。
やめてくれー!泣いてしまうではないか!
ふと見ると、いつも父にそっけなく、シニカルな6歳の姪っ子も貰い泣き。
そんなちょっとした家族劇場もありました。
まだ始まったばかり。
家族に余裕がなくなっていくこともあるに違いない。
私も、今まで通りの自由奔放な暮らし方ができるとは、露にも思っていない。
しかし、状況は今までと180度変わっても、
私には、たくさんの隠し財産がある。
頼りになる友人達、相談に乗ってくれる人生の先輩達、
悩みを分け合える兄妹。
そして、その人達と時間を共有することで培われた自由な精神。
もう、怖くはない。
どんな時でも、些細なことに幸せを見つけて笑っていけたらいいなあと
心から思う今日この頃です。
ちなみに、どさくさに紛れて、
前出の「ハリー」は、妹の家の犬になりました。
しめしめ。