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alohaの日々

なんてことない日常
そんな中でも夢中になれる事を
見つけられた幸せ

mahalo




10/3



雨だけど
明日は昼から止みそうだし
病院から持って帰ってきた衣類たちを
洗濯しよっかなぁ



その中でも
汚れ物はトップスとタンクトップ
2枚のみ

上半身の浮腫は治っていたはずなのに
何故か湿ったままビニールに入っていた


まだ上半身からも体液出ていたのかなぁ


いつも通り漂白除菌しようと
洗面台にお湯を溜め洗剤を入れ
汚れ物をつけた瞬間
お湯がまっ茶色に変化した

ブルーグレーのトップスにベージュのタンクトップ
湿っていたけど汚れていたわけではない

それを見て

「歯ブラシ持ってきて
歯ブラシが真っ黒になるんよ
洗浄してもらうんだけど取れないの」

と言っていたのを思い出した


頭では分かっている、現状は変わらない事

だけど薬の影響なのか確認する為に
先生に電話してみた


すると
「ん〜、汚れた服を着ていた
様子はなかったですよ」

ここで少しブチ切れた

湿っていたのが体液だとすると
薬の関係で化学反応のような事が起きる
可能性があるのかと聞いたのに
服が汚れていたかと聞いたんじゃない

すると
「下半身は申し訳ないくらいの状態だったから
汚れてもおかしくないと思うけど
上半身ですよね?」

だから汚れじゃないって言ってんだろ
しかも申し訳ないくらいの状態って
何の説明も聞いてない

口から爆弾を落としそうだったので
電話を切った



その後、大量の洗濯物が終わり
洗濯機の蓋を開けた瞬間
第二の異変が目に飛び込んでくる



洗い終えて綺麗になったはずなのに
全体にキラキラ光る粒々が広がっている

なんじゃこりゃと思って手に取ると
吸収ポリマーだと判明

ゴミのように
袋に詰められていた服たちは
本当にゴミと一緒にされていたようだ

畳んだままで
着用していない服が殆どだったのに
どこに紛れていたのか

全てお風呂に放り投げ
まずは洗濯機を洗い
洋服を一枚一枚バケツですすぎ
ポリマーを落として再び洗濯機の中に戻す

怒りで作業は捗ったけど
めちゃめちゃ疲れた






今日は私の社会復帰1日目



レッスンは私1人の問題ではない

久しぶりのレッスンのような気がしたけど
先週も皆んなとレッスンしたなんて
時間の感覚が崩壊している





9/30の通夜と10/1の葬儀
ともに無事にすませ
翌2日は何もしないと思っていたけど
落ち着かないので
朝から役所に行ってきた



福祉課での手続きを済ませた後
戸籍を取得したかったんだけど
死亡が反映するまでに時間がかかるんだそうな



仕事を休んでいる間に
全ての手続きを終えておこうと思ったけど
そう上手くはいかないようだね



帰りに郵便局に立ち寄り
通帳の解約の手続きの説明を聞くと
当然金融機関でも戸籍が必要

何も進まない

仕方ないので
家に帰り、遺品整理を兼ねて
母の居場所を作る為、リビングから大掃除だ



テレビのサイドに棚があるけど
電子機器の横じゃダメかなぁ

と思ったので
キッチンとリビングの
仕切り的な役割をしている
キャビネットの中に居場所を作ることに



遺品整理も兼ねているので
全てのものを選別していると
あっという間にゴミの山

景品で貰った箱に入ったままの物
道端でもらったポケティ
診療明細などの紙の束
これまた
景品か何かだと思われるハンカチやタオル



扇子やアクセサリーなど
綺麗な物はお世話になった方々へ
形見分けをしようと思っているので
大切に保管して
その他のものは全て廃棄に回す



こんな事しながら気持ちも整理できたらいい






3人姉妹の末っ子

両親を早く亡くし
親族との繋がりもなく
姉妹で助け合って生きてきた母


そして
1番仲の良かった次女を
今年1月に見送ったばかり



うちは母子2人家族
父方の親族との繋がりはなく
昔から10人にも満たない少ない親族で
寂しく見送る事になるんだろうなって思っていた



ここに住んで20年以上経つだろうか



当初は仕事もしていたが
何かとストレスも多かったようで
仕事を辞めてもいいかと聞いてきた

今考えると
年金を貰えるようになった
タイミングだったのかもしれない



その頃から
地域の方々と交流が出来始めたようで
老人会のイベントで出かけたり
友人とお茶したり



そんな方々に
何も伝える間もなく突然入院となり
心配して下さるお声が届いているのに
本人はお返しする事ができないまま

家族葬だけど
親しくしていただいた方にも
最後に会ってほしいと思い
近所の集会所で葬儀を行う事にした



マンションの掲示板に
案内を出して頂いたこともあるが
準備していた30程度の席が足らなくなる程



喪主なんて初めての体験だけど
伝えたい事が沢山ある時って
緊張しないものなんだね



母親の為に
涙を流してお別れをしてくれる人達が
こんなにも居たんだ



若かりし頃からの友人も
20キロの道のりを
タクシー飛ばして来てくれた



母も嬉しかったんじゃないだろうか



母が地域の方々と交流して
築いてきた関係

残された私がそれを引継ぎ
今度は私が皆さんに返さなければいけない

そう感じた瞬間でもある