継続する苦しみ | タンタンとパパの子犬の社会化ブログ

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よく動物に対して「殺してしまうならどんな方法でも同じだろう」などという人がいますが、

そんなことを肯定する人はよほど人生経験の浅い子供かよほど想像力に欠ける人、

またはサイコパスでしょう。

 

一瞬の痛みや苦しみはなんとか耐えられますが、

継続する激痛や恐怖は地獄の苦しみです。

 

自ら早く死なせて欲しいと懇願するほど耐えられないものです。

 

 

うつ病になる人の多くは大きなショックよりも、

継続的な苦しみやそのショック後の継続的な不安や悲しみが原因になることが多いです。

 

対象が人間以外の動物だとしても、

面白半分に殺したり、

じわじわと苦しみを与えて殺したり、

恐怖を与え続けることは極めて残虐非道な行いです。

 

 

趣味や娯楽で行うハンティング

味を良くするためと称して生きたまま焼いたり熱湯に放り込んで煮たりする犬猫食、

漢方薬の原料にするため生きた熊の腹部に穴を開けパイプを刺して、 死ぬまで胆汁を搾り取るという『熊胆』(ゆうたん)の製造、

毛や皮を得るために生きたまま毛皮を剥ぐなどという行為は、

とても長い苦しみを与えることで、決して許されるものではありません...

 

ガチョウやアヒルなどに身動きできない状態で強制給餌することにより、

肝臓を肥大させて作るフォアグラも、非常に残酷な行為です。

フォアグラを食べることはこの虐待に加担することでもあります...

 

 

私たち人間を含めほとんどの動物は、

他の生き物を食べて生きるしかありません。

 

それは他の命を奪って生きるということに他なりません。

 

しかし、そこには生命に対する敬意が必要であり、

育てる過程では可能な限り大きなストレスを与えずにのびやかに穏やかに生活させ、

『屠殺』するときにも恐怖や痛みや苦しみを最短で最小限に抑える慈悲が伴わなければいけません。

 

 

残酷な事から目を背けても残酷な事はなくなりません!

 

 

現在行われている飼育方法や屠殺方法を理解し、

それがあまりにも残酷なことであれば、

変えていかなければいけません。

 

味をよくするために生きたまま火あぶりにしたり、熱湯につけこんだり、皮を剥ぐなどの行為は

気が狂うほどの苦しみを継続的に与えることであり倫理的に断じて許されることではありません。

 

食文化だからなどと見て見ぬふりをしていい次元ではないのです...

 

 

世の中の人全てがヴィーガンになることはありませんから、

自分がヴィーガンになるだけで動物たちは救えません。

 

法で食用の動物の権利を守る必要があるのです。

 

それによって味が下がり、価格が上がることになっても、

この条件を満たすことは倫理を重んじる近代社会の人間として、

大切な責務ではないでしょうか?