茨城県 道の駅常陸大宮かわプラザ~水戸偕楽園もみじ谷  (2021年11月15日訪問)

 

大子温泉郷から南下して、水戸偕楽園もみじ谷を目指します。途中、道の駅常陸大宮かわプラザがあるので、散歩と昼食を兼ねて立ち寄りました。常陸牛のメンチカツがあったので、軽い昼食として食しました。美味しかったです。付近を散歩しながら久慈川河岸に降りると、小魚が群れていました。

 

 

 

 

 

かわプラザ、久慈川、常陸牛メンチカツ

 

道の駅常陸大宮かわプラザから南下して、水戸市内に入り、偕楽園の仙波湖から続く沢渡川河岸の無料駐車場に駐車してもみじ谷の紅葉を鑑賞しに行きました。土地の高低差を利用した、江戸時代の玉龍泉という噴水のあるところからもみじ谷を目指します。歩いて10数分で入口に来ました。谷に入っていくと鮮やかな紅葉が心を癒してくれました。

 

 

玉龍泉

 

 

 

 

 

 

水戸偕楽園もみじ谷の紅葉

 

紅葉鑑賞後、水戸駅北口前の三の丸跡に建つホテルに宿泊して、水戸城を再訪問します。

 

 

 

 

茨城県 黒田リンゴ園~袋田の滝  (2021年11月15日訪問)

 

黒田りんご園は、茨城県大子町の大子温泉郷にあります。30数年前から過去に数回訪問しています。

特に、すでに他界した父と、いまだ健在の母と、長男と3人でリンゴ狩りをしたのは楽しい、懐かしい記憶です。ちょうど妻が長女を出産して病院にいる合間に行ったのを記憶しています。懐かしくて、袋田の滝近辺の紅葉ついでに、行くことにしました。

さすがに、寄る年波に勝てず、リンゴ狩りはしませんでしたが、さんふじ、王林を買いました。帰宅してから食しましたが、みずみずしくて美味しかったです。

 

 

 

 

黒田リンゴ園

 

 

王林とさんふじ

 

黒田りんご園から、車で10数分で袋田の滝があるので、紅葉を見に行きました。かなり手前の無料駐車場に車を駐車して、歩いて10数分の滝見小屋をめざしました。途中の滝川河岸の紅葉が鮮やかでした。ひざしぶりに、滝見学しようと思いましたが、平日にもかかわらず、修学旅行生と等で大混雑でしたので、コロナ感染者が減少中で、ワクチン接種も2回終了していましたが、安全を考慮して、滝見学は中止しました。滝から流れる滝川の紅葉は十分綺麗でした。

 

 

 

 

 

 

袋田の滝から流れる滝川の紅葉

 

茨城県 黒田リンゴ園~袋田の滝~水戸偕楽園もみじ谷~水戸城~府中城

(2021年11月15~16日訪問)

 

コロナ渦の嬉しい誤算、原因不明の感染者減少の中、各地での紅葉みごろ情報がメディアで報道されることが多くなってきました。前回の日光は、紅葉見ごろ始めでしたので、今回は大子温泉郷方面に行く計画をたてました。

 

ドライブ計画図

 

1日目は、栃木、茨城県方面の常道、牛久阿見ICから高速に乗り、つくばJCTを経て、那珂ICで降りて、北上して第一の目的地黒田リンゴ園でリンゴを買い、近辺の袋田の滝の紅葉を見て、南下して、水戸偕楽園のもみじ谷の紅葉を見て、水戸市内のホテルに宿泊という行程です。

 

2日目は、以前訪問した水戸城の再訪です。以前は、水戸出張中の仕事の合間の訪問でしたので、ちょっと、じっくり攻城するつもりです。その後、南下して、帰宅途中にある、石岡市の府中城を見る計画です。

 

 

 

茨城県 古河城跡 攻城169 (2021年10月28日訪問)

 

<城郭概要>

古河城は、茨城県古河市(下総国)の渡良瀬川東岸にあった平城で、平安時代末期に下河辺行平によって築城され、室町時代には、古河御陣とも呼ばれ、北朝足利氏の拠点の一つであったようです。

江戸時代には藩庁がおかれて、城主は、土井氏等幕府の要職についていたようです。また、 徳川将軍による日光社参では、岩槻城・古河城・宇都宮城に宿泊した後、日光に入ることを恒例とし、将軍の宿城の一つとしても重視されたようです。

現在、遺構として、城郭北東に位置する諏訪曲輪の土塁、空堀が現存していますが、御三階櫓があったといわれる本丸他は渡良瀬川河川付け替え工事により堤防の下にあります。

 

 

城郭図

 

<攻城>

古河公方館跡から車で北に数分走ると、諏訪曲輪があり、北側に無料駐車があるので、駐車して攻城開始です。諏訪曲輪は古河城の最外郭部に位置し、徳川将軍の日光社参のために造成されたようです。出曲輪のようになっていました。古河歴史博物館が建っていて、諏訪曲輪の石碑がありました。土塁と空堀が遺構として残り、散策用の庭園、川として利用されていました。

 

諏訪曲輪 無料駐車場

 

 

古河歴史博物館と堀、土塁を利用した庭園

 

古河城諏訪曲輪石碑

 

 

 

堀、土塁

 

諏訪曲輪跡から北に走り、渡良瀬川にかかる三国橋を渡る手前で左折して堤防沿いの道を南下すると、

堤防の上部に本丸跡の石碑がありました。本丸跡は堤防の下に埋まっています。

堤防の河川側は公園になっていて、一部、ドローンの飛行操作練習をしている人が十数人いました。

築城当初から、渡良瀬川の氾濫に悩まされていたようです。河川改修、堤防造成による本丸等の城郭埋没の代償で現在は水害をしのいでいます。城下鵜愛好家としては、複雑なやるせない思いです。

 

 

古河城城郭が埋没している堤防からの景色

 

堤防上の古河城本丸跡の石碑

 

 

 

茨城県 古河公方館跡その2 攻城168 (2021年10月28日訪問)

 

<攻城2>

古河公方館跡のある半島は周囲を池で囲まれていて、天然の要害になっています。館跡から池に架かる天神橋を渡ると西方向に小高い筑波見に丘が有り、登りましたが、樹木に遮られて、筑波山は見えませんでした。北側は広大な公園になっていました。家族との散歩に最高の公園になっています。かなり、広大な城郭だったようです。

 

 

 

 

 

 

 

茨城県 古河公方館跡その1 攻城168 (2021年10月28日訪問)

 

<説明>

古河公方館跡は、茨城県古河市鴻巣にあった中世の城館で、城郭形式は平城、築城主は鎌倉から古河に本拠を移した、第5代鎌倉公方 足利成氏です。関東戦国時代の幕開けのきっかけとなった、成氏による、関東管領上杉憲忠の謀殺があった享徳の乱後、古河公方として移ったようです。以後130年間継続して、江戸初期に廃城となったようです。

現在、古河公方館跡地の大半は古河総合公園となっていて、遺構として、空堀、土塁が現存しています。

 

古河公方館跡 案内図

 

<攻城1>

古河総合公園内に複数ある無料駐車場に駐車して攻城開始です。南に歩を進め、池に張り出した半島を行くと館跡がありました。途中さしま茶畑がありました。遺構としては、土塁、空堀跡がありました。

 

古河総合公園内無料駐車場

 

 

公園正面入口

 

さしま茶畑

 

古河公方館跡

 

 

 

 

土塁、空堀

 

 

茨城県 下妻城跡 攻城167 (2021年10月28日訪問)

 

<説明>

下妻城は、茨城県下妻市にある、平山城で、築城主は多賀谷氏です。後に水戸徳川家の始祖、徳川家康の11男徳川頼房が城主として10万石で入封し、頼房が水戸に移った以降、幕末まであったようです。

遺構はほとんどなく、わずかに土塁があるのみで、現在は城址公園となっています。

 

 

城郭図

 

<攻城>

城址公園の北側に小規模な無料駐車場があり、駐車して攻城です。攻城と言っても、周辺は開発されていて本丸跡があるのみです。城郭図を見ると、周囲を沼で囲まれた、天然要害のかなり大規模な平城のようです。沼は一部を除いて城郭もろとも埋め立てられています。平城の宿命ですね。

 

無料駐車場

 

 

 

 

 

 

 

本丸跡

 

 

 

 

茨城県 真壁城跡その3 攻城133 再訪(2021年10月28日訪問)

 

<攻城3>

中城内を西に進んで行くと、庭園跡、西虎口があり、外郭へ続く大手道がまっすぐ伸びています。外郭を北へひと回りして、外郭内の道を南下して、大手道に戻り、中城内、二の丸を通り、本丸跡の駐車場に戻りました。

 

中城内土塁

 

中城内庭園跡

 

 

中城西虎口

 

 

外郭土塁、空堀

 

大手道

 

外郭土塁

 

広大な外郭

 

真壁城は、広大な平城形式の城郭でした。本丸跡が駐車場なのは残念でした。通常だと、西に山が迫っているので、本丸は山沿いかとも思いましたが、今の城郭配置だと、城郭東側が開発されているので、地形がわかりませんが、本丸が著しく危険のように思われました。

発掘調査中でしたが、遺構の保存も良く、平城の城下鵜構造がわかりやすい、いい城でした。再訪して良かったです。

 

茨城県 真壁城跡その2 攻城133 再訪(2021年10月28日訪問)

 

<攻城2>

二の丸を南下すると、中城の南食い違い虎口があり、見張り台跡、外郭への土橋、空堀がありました。外郭沿いに整備された道が途中までありました。戻って、発掘調査中の、中城郭内を西へ歩きます。外郭との土塁、空堀等遺構が状態良く現存しています。広大な平城様式の城郭です。

 

 

中城 南食い違い虎口と土橋

 

中城南虎口の見張り台跡

 

 

 

中城、外郭間の空堀、土塁

 

 

 

中城 城郭内

 

外郭との空堀、土塁

茨城県 真壁城跡その1 攻城133 再訪(2021年10月28日訪問)

 

真壁城は、2020年9月7日に訪問していますが、コロナ渦と雨天、発掘中ということで、途中で切り上げていたので、再訪することにしました。

 

<説明>

真壁城は、筑波山の北、真壁駅跡の東に位置し、加波山系の足尾山西麓にある台地上に築かれた連郭式の平城で、築城主は平氏の血を引く真壁氏、江戸時代初期に廃城となっています。

遺構は、城郭、空堀、土塁等で、国の史跡に指定され、現在も発掘調査中です。

 

 

真壁城 城郭図

 

<攻城1>

現在、本丸跡に体育館が建っていて、駐車場が併設されています。駐車場に駐車して攻城開始です。

西二の丸の中央をつくば益子線が貫通していて、本丸を含めて、西側は開発済みです。

本丸と二の丸を繋ぐ土橋を渡ると東二の丸広場にでます。二の丸の土塁に石垣のような石がありました。

二の丸の外郭に、中の城が配置されています。

 

本丸の駐車場

 

 

本丸、二の丸間の土橋

 

二の丸、本丸側の土塁と石垣のような跡

 

二の丸

 

二の丸と中の城間の土塁

 

 

二の丸から中の城を望む