攻城記録(2016年9月10日~2021年12月31日現在)
2016年9月10日の久留里城(千葉県)から攻城を始めて、2021年末日までに170城の攻城を果しました。佐和山城(滋賀県)で猿の小軍団、七尾城(石川県)でニホンカモシカに遭遇したりと、いろいろありましたが、これからは、蛇、蜂、猪、熊には遭遇したくないので、平城主体でいきます。年ですし。
今後は、九州、沖縄、北海道の城を訪問する予定です。コロナ渦次第ですね。
今年最後のブログになりました。皆さん良いお年を!
攻城記録(2016年9月10日~2021年12月31日現在)
2016年9月10日の久留里城(千葉県)から攻城を始めて、2021年末日までに170城の攻城を果しました。佐和山城(滋賀県)で猿の小軍団、七尾城(石川県)でニホンカモシカに遭遇したりと、いろいろありましたが、これからは、蛇、蜂、猪、熊には遭遇したくないので、平城主体でいきます。年ですし。
今後は、九州、沖縄、北海道の城を訪問する予定です。コロナ渦次第ですね。
今年最後のブログになりました。皆さん良いお年を!
現存12天守その2
備中松山城(岡山県)
松江城(島根県)
丸亀城(香川県)
高知城(高知県)
宇和島城(愛媛県)
松山城(愛媛県)
戦国の世から現在まで、威風堂々とたたずむその姿に感激せずにはいられません。歴史の重みを感じます。もう一度訪れたいものです。また、違った見方、感じ方があると思います。
現存12天守
2016年9月24日の彦根城(滋賀県)を最初に、2019年4月30日に松山城(愛媛県)まで、12城すべての現存天守の攻城を果しました。いずれも、天守の美しさのみならず、城郭構造、石垣、堀、土塁と素晴らしい城郭でした。
現存12天守(その1)
彦根城(滋賀県)
犬山城(愛知県9
長野県(松本城)
弘前城(青森県)
丸岡城(福井県)
姫路城(兵庫県)
茨城県 府中城跡 攻城170 (2021年11月16日訪問)
<説明>
府中城は、茨城県石岡市にある平城で、1300年代に、大掾氏によって築城されたようです。その後、佐竹氏が落城させて城主となりましたが、秋田転封により、城主が変わり、最終的に水戸藩主徳川頼房の五男松平頼隆が二万石の大名となって府中陣屋を築いたようです。その後、十代頼策まで続いて明治に至り、廃城されたようです。
遺構としては、小学校敷地内に土塁が現存しています。
また、小学校のグランドで、7~11世紀ころの常陸国府跡が発掘されているようです。
府中城城郭図
<攻城>
府中城北側、徒歩10数分のイベント広場駐車場に車を駐車して攻城開始です。小学校構内に土塁が見えました。朽ちた閉館した市民会館との間にも土塁がありました。閉館した市民会館の南側には木造の石岡陣屋門がありました。ぐるっと回ると小学校のグランド入口に、府中城土塁跡がありました。
石岡陣屋門
府中城土塁
7~11世紀にあった常陸国府跡が発掘されたようです。今はグランドの土の下で、石碑が建っていました。
常陸国府跡
茨城県 水戸城跡その3 攻城72 再訪(2021年11月16日訪問)
<攻城3>
本丸へ続く大手道を本丸方面に行くと、左手に北側の見晴らし台の入口があり、行くと、城郭北側をの景色が望めました。那珂川が城郭北側を守っています。
本丸への大手道
見晴らし台入口
北側を守る那珂川
大手道に出て西に行くと、杉山門が見えてきます。門脇の坂を下ると土塁が城の北側を守っているのがわかりました。戻ってさらに行くと、本丸橋があり、本丸跡に建つ高校の門に入ると、現存する薬医がそびえたちます。重厚です。本丸橋へ引き返し南下して水戸城の南側をぐるりと一周して、駐車場に戻りました。
杉山門
二の丸北側土塁
本丸橋、本丸
高校敷地内に建つ現存薬医門
水戸城御三階櫓再建図、水戸城系譜
坂下門
深く広大な二の丸、本丸間の堅固な堀切
城下鵜南側土塁
水戸城、再訪問して、非常に広大な興味ある城郭でした。徳川御三家の素晴らしい城郭でした。
茨城県 水戸城跡その2 攻城72 再訪(2021年11月16日訪問)
<攻城2>
大手門から二の丸に入っていきます。3年前はちょうど、大手門再建中で、大手橋横に堀切を渡る仮設階段通路がありましたが、今回は大手門をくぐります。内桝形になっています。桝形は城門の常道ですね。堀切が深いです。桝形を出ると右手に幼稚園、左手に小学校、二の丸歴史博物館がありました。館員の方としばし談笑した後、3年前になかった、再建されていた二の丸隅櫓に行きました。無理を言って少し早く門を開けてもらいました。学校の間に道があって南下していくと、二の丸隅櫓が姿を現しました。木造再建されていました。中に入ると、木の香りが心地よいです。
大手門解説文
大手門、大手橋
三の丸、二の丸間の深い堀切
大手門
大手門 内桝形
二の丸の学校と歴史博物館
二の丸隅櫓解説文
二の丸隅櫓入口
木造再建された二の丸隅櫓
水戸駅方面歩道橋から見る二の丸隅櫓
茨城県 水戸城跡その1 攻城72 再訪(2021年11月16日訪問)
2018年6月19日に訪問していましたが、大手門、二の丸隅櫓が再建されてということで、再度訪問することにしました。前回は出張の合間ということで、今回は再度攻城し直しました。
<説明>
水戸城は、茨城県水戸市の中心部、水戸駅の北側に隣接する丘陵に築城された連郭式平山城で、下記古地図からわかるように、北部を流れる那珂川と南部に広がっていた今より広大な千波湖を天然の堀とし、台地東端の下の丸(東二の丸)、から西に向かって本丸、二の丸、三の丸が配され、それぞれが深い堀切で仕切られた難攻不落の城郭です。
築城主は馬場氏で、築城年は1100年代のようです。その後、秀吉の小田原征伐の恩賞として、佐竹氏
が常陸大宮から移封され、関ヶ原合戦後、家康により秋田に減封された後、徳川御三家水戸藩始祖、家康の11男、徳川頼宣が城主となっています。
天守は非現存で、独立式層塔型3重5階の御三階櫓が建っていたようです。遺構として、城郭、弘道館、薬医門、土塁、空堀が現存しています。現在、各郭曲輪跡には、幼稚園、小学校、中学校、高校が建っていて、見事に勉学地区として再建されています。土地有効利用でいいと思いますが、個人的にはかなり、もったいない状況となっています。
水戸城古地図(上が南)
水戸城城郭図(上が北)
<攻城1>
前日宿泊した三の丸内に建つホテルの駐車場に車を停めたまま(便利にもチェックイン後24時間利用できます)北上すると、左手が三の丸、右手が二の丸になります。跡地には学校が建っています。さらに北上すると左手に弘道館が見えてきます。
大手門に続く道(左三の丸、右二の丸)
大手門側から弘道館を望む
弘道館
三の丸内弘道館側から二の丸方面大手門を望む
前回は、仕事の合間で一人でしたが、今回は妻と一緒なので弘道館内を見学しましたが、紹介は過去ログといことにします。
千葉県 房総半島の紅葉その2 亀山湖、三島湖 (2021年11月30日訪問)
養老渓谷から西に進み、亀山湖、三島湖というダム湖の紅葉を見に行きます。紅葉自体はスポット的にありました。ちょっと期待外れでしたが、道中の道に紅葉が映えている場所が数か所ありました。
今年の紅葉の見納めをして、帰路につきました。
亀山湖
三島湖
今回の千葉県房総半島紅葉のドライブは、走行距離240km、燃費19.6km/Lの旅でした。
千葉県 房総半島の紅葉その1 養老渓谷 (2021年11月30日訪問)
栃木県奥日光、茨城県大子温泉、水戸偕楽園、千葉県成田山新勝寺成田山公園と紅葉を見てきましたが、見納めは、千葉県養老渓谷周辺の紅葉です。養老渓谷は30数年前に一度家族4人で訪問していましたが、今回は、久しぶりに、夫婦二人で訪問です。
湾岸自道車道千葉北ICから高速に乗り、宮野木JCTから館山道に乗り、市原袖ヶ浦ICで降りて養老渓谷に向かいました。7時過ぎに千葉北ICに乗りましたが、宮野木JCTから千葉東ICまで超絶渋滞、抜けるのに50数分かかりました。市原袖ヶ浦ICからは、順調でした。9時30分前には、町営栗又駐車場に到着して、1日500円の駐車代を払って、養老渓谷遊歩道を散策です。以前の台風で、遊歩道は崩落で途中まででしたが、養老川に流れる滝、紅葉が綺麗でした。千葉県にも結構紅葉あるんですね。
養老温泉マップ
養老渓谷遊歩道案内図
遊歩道入口
急階段
栗又の滝
千代の滝
万代の滝