備中松山城(岡山県高梁市 2018年10月8日訪問)

 

備中松山城への登城口へは、高梁駅から乗り合いタクシーで行きました。老夫婦と乗り合いで、登城道中途中まで一緒でしたが結構登りがきつくて別れ、天守閣内で再度会い、しばし歓談しました。その時80歳であることを知りました。ここに再度来たかったそうです。城には出会いとその人なりの物語があるんですね。妻と再度80歳の時に来れたらいいねと話しています。

織田、毛利の激戦の地の城郭らしい、小ぶりでも堂々とした、現存天守閣、石垣、城郭構造等素晴らしい城でした。登りが辛かったこともあって、天守閣が見えた時の感動は忘れないでしょうね。

 

 

 

 

 

佐和山城(滋賀県彦根市 2018年5月1日訪問)

 

佐和山城もまた、登りがきつかったです。前日に訪問した小谷城のガイドさんの「簡単に登れるよ」の言葉を信じて登城しましたが、甘かった。昼食後で、何故か、足が鉛のように重く、途中から獣道になり、とにかく辛かったのを覚えています。彦根城ができるまでは、要衝の城でしたが、関ヶ原敗戦の将、石田三成の居城だったこともあり、徹底的に破却されていました。残念ですね。当時は豪華な天守が存在していたようです。本丸に立って琵琶湖方面を望みましたが、何とも言えない哀愁を感じました。

帰りの道中で、野生の猿の集団に5mの至近距離で遭遇し、凍り付きましたが、じっとしていたら、警戒の目で睨まれながら通り過ぎました。日光以外で野生の猿を見たのは初めてでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竹田城(兵庫県朝来市 2018年10月7日訪問)

 

オミクロン株の感染動向が不明で、なかなか城めぐりできません。そこで、過去の城めぐりを回顧することにしました。今回は、城までの山登りが辛かった城のその1です。

 

竹田城は典型的な日本を代表する山城で、城郭までの山登り行程が辛かったのを記憶しています。同時に、前日宿泊した姫路市のホテルでワインを飲みすぎたこともあり、低血糖状態になり、持って行った甘味ドリンクに助けられました。登城口から本丸天守台まで売店がありませんので、飲料水は事前に調達することをお勧めします。またトイレもありません。

 

日本のマチュピチュ」とも言われているようです。本物は行ったことが無いので比較できませんが、城郭的にも景色的にも十分満喫できました。

 

 

 

 

 

 

 

白鳥の飛来する季節

 

白鳥の飛来する季節になりました。寒い大陸から、大陸より暖かい、少し寒い日本に渡ってくるようです。

 

 

 

事業経費も出そろい、そろそろ、確定申告書の作成をするかと思いつつ、コロナ渦がいつまで続くのかとか思いながら、気分転換に白鳥見に行きました。

千葉県 水郷の街佐原その5  (2022年1月4日訪問)

 

忠敬橋を超えて、小野川沿いを行くと左岸に、今回のお目当て、「木の下旅館」が見えてきました。旅館とはいえ、現在はとんかつ屋さんになっています。「日本ボロ宿紀行」では、旅館業は建物老朽化でお客も少なく、1階で食堂を始めたと説明されていました。とんかつは結構美味しいようです。今回はコロナを考慮して食事しませんでした。ここに、元乃木坂46最年長の「まいまい」が泊まって演技していたと思うと感激しました。味のあるなんともいえない、古い日本家屋のたたずまいもいいです。

 

 

 

 

木の下旅館

 

酒屋

 

和紙屋

 

 

 

小野川と白鳥

 

川越の「小江戸」に劣らない、佐原の「小江戸」でした。結構、人もいましたが、密ではありませんでした。

来て良かったです。

千葉県 水郷の街佐原その4  (2022年1月4日訪問)

 

伊能忠敬旧宅の隣に、水郷めぐりの船の受付がありましたが今回は乗りませんでした。小野川沿いを北に行くと、香取神宮に通ずる香取街道、忠敬橋があり、街道沿いにも古い街並みがありました。明治・大正期と江戸期の建物がコラボしていました。

 

 

水郷舟めぐり受付

 

荒物屋

 

 

忠敬橋

 

千葉商船

 

三菱館

 

素顔屋

 

 

 

 

千葉県 水郷の街佐原その3  (2022年1月4日訪問)

 

桶橋の向かいに、実測による初めての日本地図の作成で知られている、伊能忠敬の旧宅があります。忠敬は1745年に千葉県山武郡九十九里町で生まれ、1762年に、千葉県香取市佐原にある酒造家の伊能家に婿養子として入り、家を継いだようです。

旧宅は、店舗・正門・書院・土蔵が国指定史跡に指定されています。 また旧宅敷地内には、江戸時代につくられた農業用水路の一部が残っていて、かつてここを流れた水が小野川に流れ落ちジャージャーと音がしたことから、樋橋のことを通称ジャージャー橋と呼ばれています。現在は、当時の様子を復元して、30分ごとに水が流れるようになっています。

 

 

 

 

 

 

伊能家旧宅内部

 

 

 

伊能家旧宅外観

 

旧宅地内水路

千葉県 水郷の街佐原その2  (2022年1月4日訪問)

 

町並み観光駐車場の奥に伊能忠敬記念館、小野川沿いの街並みがありました。

 

観光マップ

 

観光パンフレット

 

伊能忠敬記念館の正面にとよはしがかかっています。渡って少し行くと桶橋があり、右手に伊能忠敬旧邸がありました。桶橋は伊能忠敬旧邸内を流れる水路の終点で、定期的に水が流れ落ちます。通称、ジャージャー橋と言われているようです。

 

伊能忠敬記念館裏手の銅像

 

とよはし

 

小野川

 

桶橋

 

 

水が流れ落ちる桶橋(ジャージャー橋)

 

千葉県 水郷の街佐原その1  (2022年1月4日訪問)

 

年が明けて、することは、確定申告です。今年は、書類等の電子化の義務化、消費税の経過処置の廃止等、することが多くて大変です。昨年の分は従来どおりでいいんですけどね。

 

そこで、その前にどこかに行きたいなと思い、水郷の街佐原に行ってきました。何故佐原かというと、

「コロナ渦」⇒「dTV契約」⇒「乃木ビンゴ5」⇒「深川麻衣(まいまい)を知る」⇒「paravi無料視聴」⇒「日本ボロ宿紀行 第5話(まいまい主演)」⇒「佐原の 木の下旅館 が舞台」で佐原です。古い街並みと味のある宿が良かったんです。

 

<街並み概要>

水郷の街佐原の町並みは、千葉県香取市佐原(旧下総国)の市街地にある歴史的建造物が残る町並みです。商家町として栄え、古くから北総の小江戸」「水郷のまち」と称され、日本遺産に認定されています。

佐原は、江戸時代に家康の利根川東遷事業により舟運が盛んになると小野川沿いなどが物資の集散地として栄え始め、小野川には物資を陸に上げるための、「だし」と呼ばれる河岸施設が多く作られました。古い街路区画の残る家屋の密集する市街地の中央を小野川が南から北へ流れ、明治以降もしばらく繁栄は続き、自動車交通が発達し始めるまで、成田から鹿嶋にかけての広範囲な商圏を持つ町となり、「お江戸見たけりゃ佐原へござれ、佐原本町江戸まさり」と唄われた商家町です。また、日本地図の伊能忠敬が商人として活躍していた町であり、利根川水運の拠点のひとつで、江戸との交流が隆盛を極め、醸造業や商業が大きく発展したようです。

 

利根川南岸の堤防に整備された、国道356号線 利根水郷ラインを柏方面から西に進み、霞ヶ浦へ渡る水郷大橋を抜けると千葉県香取市の「水郷の街並み 佐原」に到着します。町並み観光駐車場(500円/日)に車を停めて、街並みを探索します。

 

街並み観光駐車場、奥は伊能忠敬記念館

 

 

 

 

明けましておめでとうございます

 

 

今年は、中止延期中だった、「九州 城めぐりの旅 北部編」を計画していますが、オミクロン株の正体がはっきりせず、モヤモヤ状態です。1月10日前後の感染状況はどうなんでしょうか。最良は、弱毒化して、普通の風邪並みになるで、最悪は、感染爆発して、医療ひっ迫又は強毒新変異株の出現です。

 

北海道、沖縄の城めぐり、熊野古道等の世界遺産めぐりもしたいんですけどね。どうなることやら。