佐賀県 名護屋城その2 攻城175(2022年4月15日訪問) 日本100名城 No87 57/100

 

<城郭概要>

名護屋城は、佐賀県唐津市ある、梯郭式平山城で、縄張りは黒田官兵衛、築城主は豊臣秀吉です。文禄の役を始める前に築かせました。波戸岬の丘陵(標高約90メートルほど)を中心に170,000平方メートルにわたり築かれ、望楼型5重7階(非現存)天守や御殿が建てられ、周囲約3キロメートル内に120ヵ所ほどの陣屋がおかれ、 城の周囲には城下町が築かれ、最盛期には人口10万人を超えるほど繁栄したようです。

秀吉の死後、大陸侵攻が中止されたために城は廃城となったと考えられており、建物は唐津城主、寺沢広高によって唐津城に移築されたと伝わっています。石垣も江戸時代の島原の乱の後に一揆などの立て篭もりを防ぐ目的で要所が破却され、現在は部分が残っています。歴史上人為的に破却された城跡であり、破却箇所の状況が復元保存されています。

 

名護屋城案内図

 

 

名護屋城復元模型、天守再現図

 

 

<攻城1> 大手前広場~大手前口

佐賀県立名護屋城博物館手前の道路対面の無料駐車場に駐車して、攻城開始です。西に登っていくと道中に井戸跡がありました。その先に名護屋城跡観光案内所があり、入場料100円を払って、パンフレットをもらい、広場の先の大手門から入城していきます。

 

名護屋城大手口前駐車場

 

大手口前井戸跡

 

大手口前受付

 

大手口前広場、石垣

 

 

大手口

 

搦め手口方面

 

 

本丸、東出丸方面

 

名護屋城は、今回の城めぐり、ベスト3のうちの一つ目でした。攻城開始して初めから興奮しています。大手口から残る石垣を見て、心躍ります。城郭考古学者の千田先生や石垣マニアの高橋英樹さんのような足取り、気持ちが良くわかります。

 

佐賀県 名護屋城その1 攻城175(2022年4月15日訪問) 日本100名城 No87 57/100

 

豊臣秀吉の晩年に、朝鮮出兵という、大事業がありました。強大な石垣の城郭を造り、周りに、日本全国の大名が陣を構えました。豊臣家の財力と権力を日本全国に見せつけました。結局、秀吉の死で、終焉を迎えることになりました。本当に、この地は来たかった場所です。念願叶えることができました。

陣跡、名護屋城を見ていきます。

 

名護屋城 陣跡案内図

 

黒田長政陣跡

黒田長政陣跡は、名護屋大橋の手前にあります。対面には無料駐車場がありました。民家の横の小高い丘

への道を登っていくと、陣跡がありました。父、官兵衛ともども、豊臣秀吉と切っても切れない関係の武将です。秀吉の挑戦出兵を、どんな思いで、戦っていたんでしょうか。複雑な心境ですね。

 

対面の無料駐車場

 

 

黒田長政陣跡入口

 

 

 

陣跡と説明版

 

前田利家陣跡

前田利家陣跡は、名護屋城の南東、道の駅「桃山天下市」の南にありました。道の駅第二駐車場が入口です。入口から入っていくと、道脇に石垣が積んであります。さらに南下していくと、石垣の枡形虎口があり、広い平地にでました。陣跡です。結構広いです。

前田利家は秀吉の家臣というよりは、盟友ですね。秀吉の挑戦出兵を、どんな思いだったんでしょうか。複雑な心境ですね。

 

前田利家陣跡入口

 

石垣

 

 

 

 

石垣と枡形虎口

 

 

陣跡と説明版

 

4年前の関ヶ原戦場めぐりのように、レンタサイクルを借りて巡ることも考えましたが、時間、雨模様の天候と強風を考慮して、車で行ける、陣跡に絞りました。次回から、名護屋城攻城です。

 

 

九州北部城めぐりの旅 5日目(唐津~名護屋城~佐賀城 4月15日訪問)

 

本日のルートは、秀吉の朝鮮出兵時の、黒田長政仁跡、名護屋城、前田利家陣跡、佐賀城で佐賀市内宿泊です。走行距離、80km弱のドライブ、旅です。

 

ルート図

 

まず、昨日宿泊した、唐津の純和風旅館を出発し、名護屋城を目指します。旅館をでてすぐ、道の左側は石垣です。二の丸の海側の石垣が現存しています。石垣マニアとしては感激しました。

 

現存する旅館前の道の石垣

 

北西に、10数キロ、20数分のところに、後の福岡城主、黒田長政陣跡(紹介は城めぐり編)があり、対面に駐車場があったので、駐車して、陣跡攻城後、名護屋城を目指します。すぐ先の名古屋大橋から玄界灘が望めました。絶景でした。晴天ならもっと良かったです。

 

黒田長政陣跡対面にある駐車場

 

名古屋大橋からの眺望

 

長政陣跡から数分で、名護屋城跡駐車場があり(紹介は城めぐり編)、駐車して攻城です。攻城後、近くの道の駅「桃山天下一」でお土産を買いました。第二駐車場に車を停めましたが、偶然にも、前田利家陣跡(紹介は城めぐり編)が駐車場外にあり、攻城しました。

 

道の駅「桃山天下一」

 

前田利家陣跡

 

道の駅「桃山天下一」を後にして、佐賀市を目指します。途中、道の駅「厳木」に寄り、昼食&お土産休憩し、

佐賀市内の宿泊ホテルに駐車して、チェックイン後、徒歩20数分の佐賀城(紹介は城めぐり編)を攻城しました。夕食は、佐賀城からの帰り道中にある総菜屋で買い物して、ホテルで食事の予定が、コロナのせいか、お店がありませんでした。昨年の、飛騨高山もそうでした。総菜屋さんは感染対策が難しいんでしょか。

残念です。

 

道の駅「厳木」

 

佐賀市内

 

佐賀城

 

明日は、柳川城跡熊本城です。

 

 

 

佐賀県 唐津城 攻城174(2022年4月14日訪問) 日本100続名城 No185 32/100

 

<城郭概要>

唐津城は、佐賀県唐津市東城内に建つ、連郭式平山城(海城)で、豊臣秀吉家臣だった、寺沢広高によって築城されました。その後、徳川家譜代大名が5家入城したことからも重要な城だったことがわかります。

巨大な石垣の天守台は現存していますが、天守の存在は不明のようです。現在は、複合式望楼型5層5階地下1階のRC造模擬天守が再建されています。

 

唐津城案内図

 

唐津城 城郭図

 

唐津城説明版

 

 

<攻城>

唐津城二の丸跡にある有料駐車場に駐車して、攻城開始です。北に進むと本丸への階段があり、石段を登ると、石垣の枡形があり、天守が望めます。藤棚の藤が綺麗です。藤棚をくぐると本丸下部の曲輪にでて、巨大な天守台石垣が見えます。回り込んで、石段を登ると天守前の広場に出て、模擬天守がそびえたちます。

 

二の丸跡有料駐車場

 

登場口

 

櫓台跡

 

 

石垣の枡形入口

 

藤棚と天守

 

 

 

唐津城天守

 

唐津城の天守が存在していたのか、無かったのか、興味があります。秀吉の時代に築城されていたら、華麗な天守があったでしょう。関ヶ原後に築城されていたら、無かったか、もしくは、遠慮した御三階櫓だあったかもしれません。興味がありますね。

 

 

福岡県 福岡城その2 攻城173(2022年4月14日訪問) 日本100名城 No85 56/100

 

<攻城2>

二の丸から本丸に入ります。大、中、小の石垣の天守台があり、3連連立天守があったことを伺わせます。天守台には礎石もありました。天守から、櫓跡等の石垣が見られました。立派な天守があったと、想像したいですね。

 

本丸跡

 

 

 

 

 

 

天守台と石垣

 

礎石

 

天守台からの眺望

 

天守台から降り、南に進むと多門櫓がありました。そこから、桐ノ木坂をを下り、駐車場に戻りました。雨脚が強くなってきたので、福岡は、飛行機ですぐ来れそうなので、今回はここまでとしました。

 

多門櫓

 

桐ノ木坂、桐ノ木坂御門跡

 

二の丸石垣とつつじ

 

黒田官兵衛黒田長政親子の城、福岡城は巨大な石垣の城でした。当時はどんな城郭、天守だったんでしょうか。豊臣秀吉の軍師だった官兵衛の、蜂須賀家正の娘と離縁して、家康の娘を嫁にした長政の、黒田家のしたたかな生き残り術を見た気がします。

長政は死に際に家臣に、「関ヶ原で自分が東軍につかなかったら、西軍が勝っていた」と言って、他界したそうです。是非、もう一度来て、攻城したいです。市内観光やアサヒビール園にも行きたいです。

福岡県 福岡城その1 攻城173(2022年4月14日訪問) 日本100名城 No85 56/100

 

<城郭概要>

福岡城は、福岡県福岡市中央区に築かれた梯郭式平山城で、築城主は、豊臣秀吉の家臣だった、中津城から移った、黒田長政です。長政は、関ヶ原合戦の功労者として、家康からこの地を与えられたようです。

元豊臣恩顧の大名は、江戸から遠い、中国、四国、九州に多いですね。天守は記録がなく、不明のようですが、天守台、礎石があり、細川忠興との手紙で天守があった記述もあるようです。

遺構として、石垣、堀、土塁、南二の丸多聞櫓とそれに続く南二の丸南隅櫓が現存しています。

現在は、舞鶴公園と大濠公園となって市民に親しまれています。

 

福岡城案内図

 

 

福岡城 城郭図

 

 

<攻城1>

福岡城三の丸跡にある、有料駐車場に車を駐車して、攻城開始です。対面に渡り、福岡城跡の石柱のある松ノ木坂を上り本丸を取り囲む二の丸に入ります。あいにくの雨ですが、石垣が立派です。

 

三の丸跡の有料駐車場

 

二の丸の石垣

 

松ノ木坂

 

松ノ木御門跡

 

 

二の丸跡

 

本丸への階段

 

 

福岡県 小倉城その2 攻城172(2022年4月14日訪問) 日本100続名城 No181 31/100

 

<攻城2>

八坂神社方面から南下して、本丸内に入っていきます。定番の石垣に囲まれた枡形を行くと、大手門跡、槻門跡があり、進むと、天守閣がありました。奥に再建された、着見櫓、佐々木小次郎と宮本武蔵の像がありました。宮本武蔵は小倉に数年、滞在していたようです。

 

 

 

 

 

 

石垣、大手門跡

 

槻門跡

 

小倉城天守

 

着見櫓

 

宮本武蔵、佐々木小次郎像

 

小雨降る中の、小倉城攻城でした。城郭のほとんどは開発され、当時の面影はありませんでしたが、石垣、堀、本丸跡が現存していました。復興天守ではありましたが、当時の姿は思い起こされました。細川忠興の城、来て良かったです。

 

 

 

 

福岡県 小倉城その1 攻城172(2022年4月14日訪問) 日本100続名城 No181 31/100

 

<城郭概要>

小倉城は福岡県北九州市小倉北区に建つ、輪郭式平城(海城)で、築城主は毛利氏、1602年から、豊臣秀吉の家臣だった、細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城したようです。忠興は、明智光秀の盟友、細川藤孝の嫡男で、妻は光秀の三女玉子(細川ガラシャ)です。黒田長政が中津城から福岡城に移った後、一時中津城に居城し、その後家康の命により、関ヶ原合戦の功績として小倉城を与えられたようです。

細川氏の熊本転封の後は、徳川家譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城したようです。1837年に失火の為天守閣が焼失し、残る城郭も1866年、第二次長州征討の混乱の中で小倉藩が自ら城を焼却したようです。

当時の天守閣は連結式層塔型4重5階でしたが、1959年に、連結式望楼型4重5階のRC造復興天守として再建されました。再建時、小倉市が、観光目的で、容姿を変えたようです。

遺構として、堀、石垣が現存し、天守、模擬櫓、庭園が再建されています。

 

小倉城案内図

 

小倉城 城郭古地図

 

 

<攻城1>

小倉駅前のホテルに車を駐車したまま、早朝より攻城開始します。小倉駅前の平和通りを南下してすぐ

勝山通りにでるので、右折して西に進むと紫川にでるので、川沿いに南下して鴎外橋に出たら渡って、小倉城内に入ります。紫川が定番の天然の要害になっています。左手に市役所、右手に小倉城庭園を見て進むと、大手先門がありました。小倉城庭園は工事休館中でした。残念。ここから、小倉城天守、天守の石垣が望めます。内堀沿いに北に進むと八坂神社がありました。

 

 

 

 

鴎外橋、紫川

 

 

小倉城案内板

 

大手先門跡

 

休館中の小倉城庭園

 

八坂神社の鳥居と小倉城天守

 

八坂神社

 

八坂神社から見る小倉城天守

 

 

 

 

九州北部城めぐりの旅 4日目(小倉~福岡~唐津 その3 4月14日訪問)

 

前回に引続き、純和風旅館です。食事編です。

夕食は、美味しいものを少量、それでも、品数多く、上手く調和され、老齢夫婦には十分な量で、時間を見計らって出してくれるのでゆっくり会話しながら、お城見ながらゆっくり2時間かけて食事を満喫できました。特にイカ活き造りとその後のゲソ天ゲソ焼がとても柔らかくて美味でした。玄界灘といえばイカ活き造りですよね。年甲斐もなく、途中から、横並びに恋人座りで、城を見ながら食事しちゃいました。

夕食事中、唐津市の地酒、純米吟醸 万齢(1合)を頼みました。美味しかったです。あまりの心地よさに、妻のお酒控え中のイエローカードを無視して、鹿嶋市の地酒、純米吟醸 鍋島(1合)を追加注文しました。

久しぶりに、結構酔いました。

料理の器、日本酒のおちょこ、とっくりと全て唐津焼で見た目も楽しめました。

 

お品書き、白魚踊り、鯛刺し

 

イカ活き造り

 

鮑刺し、筍真蒸、鰆焼

 

茶碗蒸し、伊勢海老

 

、サザエ、イカ活き造り後のゲソ天、ゲソ焼

 

ご飯、碗、イチゴのデザート、ライトアップ唐津城

 

朝食も唐津城を見ながら、程よい品数、量で美味しく食事できました。食後のコーヒーも美味しかったです。

 

朝食、朝の唐津城

 

眼前の玄界灘、唐津城、晴れていたら、また違った表情を見ることができたでしょうね。残念でしたが、天候には勝てません。直前の天気予報は風速10m前後でしたから、予報よりは風速弱かったんで良かったです。チャンスがあれば、福岡は飛行機で直ぐ来れるので、また、来たいですね。晴天の日に。でも、暑くもなく、寒くもなく程よい気温でした。心癒される、素晴らしい純和風旅館に宿泊できてとても良かったです。

 

コロナの影響で、旅館業界も大変なようです。少しは貢献できたでしょうか。

 

 

 

九州北部城めぐりの旅 4日目(小倉~福岡~唐津 その2 4月14日訪問)

 

本日の宿泊は、唐津城にふさわしい、純和風旅館です。抹茶と和菓子を客室でだしていただき、宿泊客が少なく、24時間貸し切り風呂にしていただきました。食事も唐津城の見える部屋での食事に変更していただきました。コロナ対策で、部屋食、内風呂の宿を探してたどり着きましたが、内風呂に入ることはありませんでした。食事も海の幸満載、量もほどよく、地酒も美味しくて、おまけに、夕食はライトアップされた唐津城、朝食時も唐津城を見ながらいただけました。接待も素っ気なくもなく、しつこくも無く、程よい親しみやすさで、思わず話もはずみ最高でした。宿泊室内も、とても落ち着く木造の木の香りと畳の感触、眼前が海辺の縁側も、すべてが、とても落ち着いて、心が癒されました。造形した和のテイストのあるホテル旅館とは一線を画した、本当の純和風旅館です。宿泊して良かったです。

 

客室眼前の玄界灘

 

 

廊下

 

 

客室入口

 

 

客室

 

付属茶室

 

夕食時の唐津城

 

朝食時の唐津城