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STAR TREK TRAVELER スタートレック・トラベラー

STAR TREK TRAVELER

■第1話・生存者

●1.襲撃
 周囲の空間には、線上に流れる星々の光が見える。長さ350メートル程のイントレピッド級の航宙艦がワープ航行している。艦体には『USS アトカ NCC74789』記されていた。『アトカ』の船体には点々と窓の光が見える。

 ブリッジの艦長席には、ジェフリー・ウィドマック艦長、隣の副長席にはリリィ・ホイ副長が座っていた。
「艦長、コース上ではないですが、前方に妙なものがあるようです」
操舵席に座るナカタは、コンソールの画面から目を離さないで言っている。
「妙なもの?、ポレック、何だかわかるか」
艦長は、科学部士官コンソールに向かって言う。ポレックは、素早くキーボードを叩く。
「何らかのエネルギーの集合体ではないかと推察されます」
「そうか、副長、どう見る。緊急停止する必要があるかな」
「別に急ぐ旅ではないですし、行方不明になったヴォイジャーの手掛かりになるかもしれませんから」
「そうだな。ナカタ、ワープ解除、インパルス推進で接近してくれ」
艦長は、ブリッジにある大型の主スクリーンに映る、光の点のようなエネルギー集合体を注意深く見ていた。

 『アトカ』は、ゆっくりと星雲のような光の渦に接近していく。太陽フレアのように時折、光のリボンを放射していた。赤から黄色、緑から黄色、青から赤と色が目まぐるしく変化している。

 ブリッジの主スクリーンにも、エネルギー集合体が映っている。次の瞬間、ドミニオン船がワープを解除して姿を現した。
「ドミニオン船が次々にワープ解除。8隻が現れました」
ポレックは冷静に言っていた。
「なんでまた、アルファ宇宙域のこんな所まで来たんだろう」
ウィドマック艦長は、腕組をしていた。
「今の所、敵意はないようですが、あぁ、武器システム作動。エネルギー集合体に発射しています」
アジア系クリゴン人女性のロムガが言っていた。
「ロムガ、念のためフォースフィールドを張れ」
「了解」

 エネルギー集合体は、攻撃を受けると、一部の光が、黒っぽくなる。その後、すぐにフレアのような光のリボンを伸ばして、次々にドミニオン船を破壊していった。

 「ドミニオン船のフォースフィールドは、全く役に立たないようです」
ポレックは自分のコンソールのモニター画面を見ながら言っていた。
「我々のも、多分役立たないでしょうね」
ロムガは、ぼそりと言う。艦長は唾をごくりと飲んでいた。
「ドミニオンを倒したということは、敵ではなさそうだが、どうも味方とも思えんな」
艦長は、艦長席のひじ掛けを指で軽く叩いていた。
「艦長、集合体が近づいてきます」
ポレックが静かに言う。
「ナカタ、ワープ2で離脱」
ナカタは、コンソールのキーを叩く。
「集合体はワープ速度で接近中」
ポレックは立ち上がり、艦長の方を見て言っている。
「ナカタ、ワープ7」
「了解」
ナカタが言った直後、艦内が激しく揺れた。照明が明滅する。
「艦長、集合体の光のリボンに接触しました」
ポレックは、しっかりと立っていた。
「バーンズ、被害状況を」
艦長は、マシューに呼びかける。白人男性のマシューの顔は、青白くなっていた。
「後部船体に亀裂。機関部に損傷あり」
「ナカタ、ワープ解除」
ブリッジの主スクリーンには、エネルギー集合体が映っている。
「ポレック、交信は可能か」
「わかりませんが、やってみます」
ポレックが言った直後、再び艦内が激しく揺れる。照明が消え、緑色の非常灯に切り替わった。さらに激しく
揺れ、船体がきしむ音が、聞こえてくる。
「フォースフィールド20%、全く通用しません。ダメだわっ」
ロムガはかなり感情的になっていた。

 急にブリッジ内の重力がなくなり、ポレックは少し浮き上がった。ナカタは息苦しさを感じ始めていた。ブリッジ内に嵐のように空気の流れ出す。ブリッジ内に光のリボンが侵入し、人間を次々に黒焦げにしていく。ポレックが黒焦げになり、人形のように倒れた。ロムガは光のリボンに立ち向かおうと手を伸ばすが、その手から黒焦げになり全身が包まれた。
 ナカタが振り向くと、艦長と副長の席は、黒い残骸になっていた。ナカタはとっさにコンソールデスクの下に潜り込む。ブリッジ各所、通路から悲鳴が聞こえていた。ナカタは息苦しさに喉を押さえていた。ナカタはコンソールの下から這い出し、周りを見る。もう光のリボンはなくなっていた。
 科学部士官コンソールの後ろに、緊急用酸素ボンベがあった。ナカタは、浮遊しながら、かつてポレックだった黒い塊の辺りまでくる。ナカタが、酸素ボンベを取り出そうとするが、周りの支柱が曲がり、引っかかって取り出せなかった。ナカタは力任せに引っ張ろうとするが、ビクともしなかった。何か使えるものはないか、周りを見る。ポレックの腰のあたりにフェイザー銃が見えた。半分近く焦げている。ナカタは、それをつかんで支柱に向けて発射する。支柱は弾け飛んだが、ほぼ同時に手が火傷してしまった。火傷していない手で酸素ボンベをつかみ、マスクを口に装着した。

 ナカタは寒さに震えていた。酸素ボンベは後1時間でゼロになると表示されていた。ブリッジの主スクリーンは、ちらつきながら、被害状況を表示している。ナカタは、スクリーン上に目が留まった。『生存者1名』とあり、空気漏れがないのは天体測定ラボだけとなっていた。

 天体測定ラボの中は、破滅的な襲撃以前のままであった。ナカタは、呆然として半球状のドームから宇宙を見ていた。エネルギー集合体はなくなっているが、光のリボンが1本だけたなびいている。穏やかに波を打ち、攻撃をいる意図はなさそうだった。ナカタは天体測定ラボで使えそうなものを探している。無線装置以外は全て
オフラインになっていた。マイクを持つナカタ。スイッチを入れてもスピーカーからは空電ノイズしか聞こえてこない。マイクのスイッチを切るナカタ。
「…オォマエ…お前らは私たち追う、なぜぇ」
たどたどしい言葉が聞こえてきた。ナカタは、スピーカーを見つめていた。
「お前らは、なぜ我々を追うのだ」
明瞭な音声になった。ナカタはマイクのスイッチを入れる。
「あんた、誰だ」
「ri kfppXY…」
意味不明の音声がする。
「誰だか知らないが、宇宙連邦の船をここまで破壊するということは、宣戦布告に等しい」
「お前らはドミニオンの仲間だろう。エネルギー生命体ではないからな」
「仲間なわけないだろう」
「お前らが現われて、すぐにドミニオンが現われたではないか」
「バカな、ずーっとあんたらを追っかけてたんだろう。たまたま俺らが出くわしただけだ」
「お前らのハイブリッド神経回路AIとやらを調べる」
薄い光のベールが一瞬、船内を包む。
「お好きにどうぞ。嘘は言ってないからな」
「確かに、ドミニオンではないようだ」
「だいたい、あんたらは何なんだ」
「エネルギー生命体だが、細かいことを言っても理解できんだろう。トラベラーと認識しろ」
「旅人だってか。さっさとどっかに消えちまえ」
「しかし初歩的とは言え、超光速で移動できる乗り物には郷愁がある。気に入った」
「乗っ取る気か」
「直す必要がある」
「好き勝手な野郎だな。壊して直すのか。人命を奪っておいて」
「このまま放って置いても、良いのだがな。お前は確実に死ぬだろう」
ナカタは押し黙った。
「うっ、待った。ワープコアなどの機関部だけでなく、空気も満たすというのか」
「当たり前だ。しっかりとオリジナル通りに復元してこそ価値がある。高く売れるのだ」
「え、この『アトカ』を転売しようっていうのか」
「たいていの場合、きれいに破壊してしまうので、形として残っているものは珍しいのだ」
「だろうな」
「お前は、お前らの時間でいう5日間はここにいろ。そうすれば、今まで通りになる」
「仲間はどうなる。生き返るのか」
「それは無理だ。しかしお前は死ぬことはない。まずは宇宙服を着て残っている食べ物など集めて5日間を食い
つなげろ」

●2.奮闘
 誰もいない艦内の通路を歩くナカタ。亀裂が入っていた内壁は、どこにも見当たらなかった。黒焦げの死体があった場所は、きれいになっている。ナカタはジャンプしてみるが、すぐに床に着地した。
「おい、トラベラー、聞こえているか」
ナカタは、天井に向かって語りかける。
「修理したようだが、今どこに向かっているのだ」
返事は全くなく、通路にはワープ駆動の微かな音が聞こえている。
「これを売る前に、俺を人類の居る所に下してくれ。俺が居たんじゃ高く売れないだろう」
「この先、人類の居る所はない。お前込みで売る」
「そうかい。それで、いつ頃、あんたらの市場に到着するんだ」
「12.81年後だ」
「そんなにかかるのか。となると、天井を見つめて話すのを12年以上もするのかよ」
「つまらぬことを口にする奴だ。ホロ技術を用いるとする」
艦内の通路の空間の一部が揺らぎ、次の瞬間、ダヴィンチが現われる。
「これでどうだ。お前から見れば、私は万能だからこの姿が相応しいのではないか」
「ゼウスじゃないのかい。船のデータバンクには、あったろう」
「今は、これが気に入っているのだ」
トラベラーはナカタと並んで歩き、ターボリフトの前まで来る。
「それじゃ俺はブリッジを見させてもらうよ」
ナカタはターボリフトに乗った。

 ナカタは、ブリッジに入る。科学部士官コンソールの後ろにある支柱は真っすぐになっていた。新しい酸素ボンベが備え付けられ、支柱の重力表示計が『1.05G』を表示していた。ナカタは、ブリッジを見回しながら、操舵士のコンソールに座ってみる。座り心地に変化はないようだった。立ち上がるとターボリフトに向かった。

 ターボリフトの扉が開くと、シャトルベイが目の前にあった。普段はあまり使わない、シャトルが置いてある。気配を感じてナカタが振り向くと、ダヴィンチ姿のトラベラーが立っていた。
「逃げるつもりか。そうは行かないぞ。お前も含めて大事な売り物だからな」
「お前と一緒に、こんな所に12年以上もいられるわけないだろう」
ナカタはシャトルベイのハッチの前に駆け寄った。
「仲間を殺されたんだぞ、お前の言いなりにはならない。なるくらいなら死を選ぶ」
ナカタは、ハッチの緊急手動開閉レバーに手をかける。ハッチが少し開き、警報が鳴り出す。
「愚か者、死ぬ気か」
「俺は不死身だ。こんな茶番では死なないぞ」
ナカタはハッチを完全に開けきった。
「訓練生の異常行動により訓練シュミレーション終了」
自動音声が流れる。
 シャトルベイは、揺らいで消えると、ホロデッキの支柱がむき出しになった。
「俺が、こんなホロデッキに騙されるか。ボロボロになったイントレピッド級の航宙艦を5日かそこらで直せるわけないぞ」
ナカタが叫んでいると、トラベラーは軽く拍手をしている。
「良く分かったな」
「重力1.05Gは訓練用の設定なんだよ。直せたのは、電源区画とホロデッキだけだろう」
「お前を甘く見ていたが、全艦をコントロールしているのは、この私だということを忘れるな」
トラベラーは姿を消した。

 ナカタは、緊急用の簡易宇宙服を着て、ホロデッキの外に出た。黒くひしゃげた支柱があり、通路の所々に亀裂が入っていた。ナカタは宙に漂いながら通路を進む。船内カメラやセンサーは機能していない。トラベラーは全艦コントロールしていると言っても、ホロデッキを出たナカタの動きは、把握できないはずだと、ナカタは思ったが。はたと気が付く。宇宙服にマーカービーコンが付いている。ナカタは、肩口にあるワッペンを引きはがし、手近の支柱に張り付けた。
 
 ナカタはバックアップ用の司令室にたどり着いた。機能は全て乗っ取られたハイブリッド神経回路AIによってコントロールされていた。ナカタは宇宙服を脱いで、いろいろとキーボードを叩いてみるが、どれも受け付けられなかった。
 ナカタは気配を感じて振り向くと、ダヴィンチ姿のトラベラーが立っていた。
「だから言ったであろう。私がコントロールしている。救難信号など発信できないぞ」
トラベラーはニヤニヤしていた。
「何様のつもりだ」
「殿さまというところかな」
「ふざけるな」
ナカタはトラベラーにつかみかかる。トラベラーは、物凄い力でナカタを放り投げる。ナカタは司令室の壁に激突し、壁にひびが入る。ふらふらと立ち上がるナカタ。
「これだから、身体を持つ生命体はひ弱なのだ」
「お前には、人の心がないのか。これだけ大勢の乗組員を殺してニヤつきやがって」
ナカタは飛びかかろうとするが、足がふらついていた。
「血迷ったか。私は人ではない」
トラベラーはナカタを再び放り投げる。床に落ちたナカタは、必死になってすぐに起き上がり、駆け寄って、トラベラーの顔にパンチを繰り出す。もろに受けたトラベラーはよろけるが、またニヤニヤする。
「私はホロ投影像だぞ、なんの痛みもない」
トラベラーは笑い出す。ナカタは、サンドバッグに打ち込むように連打している。
トラベラーは大笑いをする。
「人の感情とは、こういうものなのか。実に興味深い」
「糞っ」
息の荒いナカタは、パンチを止めた。
「どうしたもうやらんのか。私はワープコアを修理しなければならないので失礼するぞ」
「ん、そうかまだこの船は動いていないのか」
「だからどうした」
「何の連絡もなしに5日以上も緊急停止している。遭難船と認識されているはずだ」
「だとしても、私に歯向かえると思うのか」
トラベラーは姿を消した。

 天体測定ラボにいるナカタは、無精ひげが伸びていた。ラボの測定装置は自由に使え、現在位置を割り出して見ると地球から3852光年の宙域と表示されていた。ナカタはワープが使えなければ、自力帰還はほぼ不可能だと感じていた。暗い気持ちになりながら、数少ない空気がある場所のホロデッキに向かった。

 ナカタは窓を開け、ドイツ・ローテンブルクの街並みを眺めている。空腹に腹が鳴り、宿の階段を降りていく。
「マルクト広場近くのレストラン」
ナカタが天に向かって言うと、周囲の景色が変わった。レンガ造りの内装のレストランになっている。ナカタは奥まった席に座った。
 店員が料理を持ってナカタのテーブルの所にやってくる。
「こちらが当店自慢のシュニッツェルとアイスパインでございます」
店員はテーブルに料理を置いて行く。
 ナカタは食べてみるが、口の中に入れると消えてしまった。何かホロデッキのデータが欠落しているようだった。空腹は全く満たされなかった。残りの携行食料をポケットから出して食べていた。
 突然、全てが真っ暗になった。何の音もしなくなり、重力もなくなった。ナカタはどちらが上か下かもわからなくなっていた。急激に不安感が増してくるナカタ。
「どうした。修復に失敗したか」
ナカタの言葉はホロデッキに虚しく響いていた。
「問題はない」
ホロデッキの重力が戻り、照明が点灯した。
「修理は進んでいるのか」
「いや」
「いやって、お前らしくないな」
「資材が調達できない」
「あんたらの、素晴らしいテクノロジーでもか」
「この劣ったAIの仕業だ。お前が細工したのか」
「かもな」
「バカな、そんなことをしたらお前も私も死ぬぞ」
「ええっ、実際に俺は何もしていないぜ」
「資材が調達できなければ、このままの状態が永遠に続く」
「何にもしいないのに、脅しか」
「私のエネルギーデータがこのAIから抜け出せなければ、近隣の小惑星にある資材が調達できないのだぞ。
なぜ閉じ込める」
「おいおい、あんた、この船のAIに捉われたってわけか。笑えるな」
「修復技術があっても、手足がなければ…、これは比喩だが、直すことはできない」
「もしかして、俺に手足になってくれとでも言うのか」
「これに選択の余地はない。やらなければお前も死ぬのだ」
「でも、手足になったとしてもだ。この船を直したら転売するんだろ。あんたしか得をしないよな」
「考える時間を38年与えよう」
「時間のスパンが全然違うんだけどな」
ナカタは周囲の空間に向けて言っていた。

 ナカタは21世紀前半の渋谷のスクランブル交差点にいた。通りに車はなく、歩道にも街にも人は誰もいなかった。強い日差しが降り注いでいる。ナカタは交差点のド真ん中に置いてある革張りのソファに座っている。
「何をやっている」
ソファの前に立つトラベラー。 
「気晴らしに、一度やってみたかったことをやってみただけだ。昔は地上を車が走っていたから交差点というものがあったんだぞ、知ってるか」
「原始的なことだな。それでどうだ、私の手足になるのか」
「それには、まずシャトルを直さないとな」
「シャトルだと、魂胆は見え透いている。まずは転送装置を直す」
「勝手にしてくれ。あんたも俺も捕らわれの身ってことは同じだからな」
「抵抗はしないのだな」
「お前に一時的に協力するが、お前を許したわけではない」
ナカタは、渋い顔をしていた。
「良かろう」
「それで、必要な資材を調達できそうな所が近場にあるのか」
「浮遊している小惑星がまもなく近くを通過する。それがそうだ」
「転送装置の修理は間に合うのか」
「間に合わせる」

 宇宙服を着ているナカタは、小惑星の表面に転送された。掘削レーザーを肩から下げている。
「どうだ。聞こえてるか。無事に転送完了だ」
ナカタは宇宙服の無線の感度を調整する。
「その周囲にレーザーで穴を10メートルほど掘れ、そしてそこにある鉱脈から『errrxy』同位体297が含まれている岩石を採取する」
「そのなんとか同位体ってなんだ」
「説明している時間もないし、理解はできない。黙って作業をしろ」
「偉そうだな」
ナカタは渋々レーザー光を小惑星の地面に向けた。

 宇宙服を着ているナカタは、小惑星の表面に転送された。
「今日で何日目だよ。いつまで続くんだ」
「7日目だ。後2日で終わる」
「あの変な物質で本当に船が直るのか」
「死にたくなかったら、作業を実行しろ。待て、不測の事態の可能性がある。作業を中断しろ」
「なんだよ、やれって言ったり、止めろって言ったり」
「お前を船に戻す」

 ナカタは、転送室に立っていた。トラベラーが出迎えている。
「あの小惑星はおかしい。位置が変化しない」
「浮遊しているんだろう」
「それなのに、位置が変化していない。我々も一緒に動いている可能性が高い」
「引力か何かに引き寄せられているんだろう」
「エネルギー集合体にあったデータバンクを思い出しのだが、放浪星系というものがある。それに飲み込まれた可能性が高い」
「何を言っているか、良く分からないんだけど」
「無理はなかろう。とにかく危険なものだ」
「別に超光速で動いているわけではあるまいし、急ぐことはないだろう」
「移動速度は不安定で、時速56.4089キロから光速の2896倍まで変化するとされる」
「あんたも迂闊だったんじゃないか」
「それに異論を唱えるつもりはないが、一刻も早く出た方が良いに決まっている」
「出ると言っても、壊れかけのインパルス推進しかないぞ」
「インパルス推進を最大限に活用すれば、何とかなるはずだ」
「スウィングバイでもするのか」
「その通り。まずは採取した『errrxy』同位体297で、インパルス推進を直す」

 『アトカ』のインパルス・ドライブ装置の周囲に光のリボンが目まぐるしく動き回り、少しずつ黒焦げの部分がなくなって行く。周囲の宇宙空間の色は、薄っすらとグレーがかっていた。

 ブリッジの操舵士席に座るナカタ。後ろの艦長席には、ダヴィンチ姿のトラベラーが座っている。
「お前の操舵の腕にかかっている。慎重にやってくれ」
「俺を頼りにしているのか。なんか随分と立場が変わったな」
「つべこべ言わずにやれ」
「黙っていると落ち着かないものでな」
ナカタは、切り替えた手動用のレバーをしっかりと握っている。『アトカ』はインパルス推進で航行し始めた。
 一番近くの小惑星の横をすり抜け、その先にある木星程の惑星に向かった。その途中に小惑星群が散らばっている。
 ナカタは機敏に操作して、小惑星群の間をすり抜けた。
「センサー類が使えなくても、何とかなりそうだな」
トラベラーが言った直後に艦内が少し揺れた。
「おーっと小さいのが当たったようだ」
「気を付けろ」
「わかってるよ」
ナカタは、レバーを操作している。

 木星程の惑星のそばをかすめると、一気に加速した。『アトカ』は、速度を増して、星系の重力圏を振り切ろうとしている。

 「上手く行ってないか」
ナカタはレバーから手を離していた。
「まだわからんぞ」
トラベラーは、主モニターを見つめていた。
 艦内は小刻みに揺れてから、安定した航宙になった。
「脱したようだぜ」
艦長席に振り向くナカタ。
「そのようだな」
トラベラーはそう言うと、姿を消した。

●3.修復
 天体測定ラボでデータを分析しているナカタ。
「今どこにいるのか、全く不明だ。トラベラー聞いているのか」
「それはそうだろう、放浪星系と共に移動したからな」
声はするが姿はどこにもなかった。
「お前の転売市場に行くにも、俺の地球に行くにも、ワープドライブを直さないと、どうにもならないだろう」
「お前だけでは手が足りない。ホロで人手を増やそう」
「ダヴィンチの分身をいくつも作る気か」
「ミケランジェロの方が良いか」
「ちょっと待て。お前が殺した乗組員のデータはあるよな」
「ある」
「ポレックやバーンズ、ロムガなんかをホロで再現してくれよ。その方が気が利いている」
「その方が、お前のやる気を高めるのか」
「当たり前だ。百倍高まる」
「調整に時間が53.86時間ほどかかるがすぐだ」
「頼んだぜ」

 ナカタがターボリフトをから出てくると、ブリッジ内には、艦長、副長、ポレックらが動き回っていた。
ナカタは、ブリッジ内をゆっくりと見回す。
「みんな、復活している…」
息を詰まらせるナカタ。
「目が赤いぞ。何らかの感染症か」
ブリッジの端に立っていたダヴィンチ姿のトラベラーが言っていた。
「まるで本物じゃないか」
「本人のキャラクター設定に基づいて行動するようプログラムされている」
「トラベラー、ありがとう…、なんて言えるか。このバカ野郎」
「人間の感情というものは、複雑だな。実に興味深い」
トラベラーは平然としてブリッジ内を歩いている。
 「ナカタ、君の席はここだ」
艦長がナカタを艦長席に案内する。
「艦長、それは恐れ多いですよ」
ナカタは、躊躇していた。ポレックが科学士官コンソールから歩み寄って来る。
「ナカタ大尉、君は唯一の生存者だ。今ここで指揮を執るのが最も論理的である。座りたまえ」
「しかし…」
「我々はホログラムだ。それを気にするのは非論理的だ」
「トラベラー、艦長と副長は、再現しなくていい。気持ちの整理がつかない」
ナカタが言うと艦長と副長は姿を消した。
 ナカタは、ゆっくりと艦長席に座わり、座り心地を試していた。
「想わぬ、大出世をしたものだな」
ナカタはひじ掛けを指で軽くさすっていた。
「さて、ナカタ艦長。やることが山積みだぞ。インパルス推進で行ける範囲で…」
トラベラーは言いかけたが、ナカタに遮られた。
「なんたら、同位体を探すんだろう。格好良くエンゲージとは行かないよな」
「誰と婚約するのだ。女性もホログラムだぞ」
トラベラーは不思議そうな顔をしてナカタを見ている。
「気にするな」

  医療部の診療台を直し終えたナカタ。診療用の精密機械は部品が足りないので、半分ぐらいしか機能していない。ナカタは手の火傷がだいぶ自然治癒したので、作業がしやすくなっていた。それでも皮膚は赤くただれた傷跡として残っている。
「医療部はある程度使えるようになったが、肝心の医者いない。トラベラー聞いているか」
ナカタは天井に向かって言う。
 トラベラーが姿を現す。
「医療部長のスミスを作れば良いのだな」
「ん、どうせなら彼よりもジェシカ・ムーアの方が良いな。彼女もかなりの医療知識を持っているから」
「それでモチベーションが上がるのだな。お前の感情を考慮する。しかし独自のキャラクターで艦内を自由に行動する人間並みのホログラムの投影は5人が限界だ」
「5人になるか」
「ポレック、ブラウン、バーンズ、ロムガ、それにムーアの5人だ」
「トラベラー、あんたは含まれないのか」
「私は別格だ」
トラベラーは姿を消した。

 ナカタは診察台に腰かけて医療部を見回している。天井の化粧パネルは、ナカタがパテで補修した後がハッキリと見えていた。
「ナカタ大尉、どうしました。怪我ですか」
ナカタが振り向くと、白人女性のジェシカ・ムーアが立っていた。
「あっ、変わりがない」
「大尉、何でそんなに私を見るのですか。さては気があるのね」
「えぇっ、気が…」
「ジョークよ。その手、診せて」
ムーアはナカタの手を取り、触診している。
 いつの間にかニヤニヤしているトラベラーが立っている。
「どうだ。本物と同じだろう」
「そう言えば、トラベラーから聞いたわよ。あなたが唯一の生存者で指揮を執ることになったって。
昇進おめでとうございます。ナカタ艦長」
「艦長だなんて、まだ慣れていないけど」
ナカタは頭をかいていた。
「艦長、」
トラベラーが水を差すように言う。ナカタは自分のこととは思わず聞き流している。
「ナカタお前の事だ」
「なんだよ」
「意外なことが判明した」
「あんたでも意外にことがあるのか」
「インパルスドライブの修復に使った同位体297だが、再分解して、ワープドライブの修復に回せば、ワープ1で航宙できるようになる」
「できても、どこに行くのだ。ワープ1では知れてるぞ」
「私の推測が正しければ、ワープ1で行ける範囲内に同位体297などが豊富にある星系があるはずだ」
「あるばずということは、もしなかったらどうする」
「この状況を考えると、そうなる確率が格段に高い」
「確率ねぇー。ヴァルカン人みたいな言い草だな」
「とにかく、細かな作業を手伝ってくれ」

 空気のないインパルス・ドライブ区画。ナカタは宇宙服を着て、機器コンポーネントの間を浮遊していく。光のベールが機器コンポーネントの一つを取り囲むと、形が溶けて、ドロドロの状態になる。それが、雷のような光を受けると別の機械部品になった。
「これをワープドライブ区画に持っていけば良いのか。艦内の重力はオフにしてくれよ」
ナカタは宇宙服の無線を通してトラベラーに言っていた。
「お前だけでは、手が足らんだろう。ブラウンも手伝わせる」
トラベラーが言うと、ブラウンが姿を現した。
「艦長は前を持って、俺は後ろを持ちますから」
ブラウンがぶっきら棒に言う。
「艦長、あ、俺か。わかった」
ナカタとブラウンは機械部品を引っ張って行った。

 与圧され空気があるワープドライブ区画では、ロムガが作動していないワープコアをセンサーで調べていた。
「本体そのものは、取り換えなくても使えそうね」
ロムガは少し安心したような顔になっていた。近くで作業をしているポレックはうなづいている。
 宇宙服を着たままのナカタとブラウンが漂ってくる。
「お待たせ。これを付ければ、ほぼ完成だろう」
ナカタはフェスプレートを開けてロムガに言う。
「艦長、何言ってるのよ。まだこれで半分ぐらいなんだから」
「まだ何往復もしなければならないのか」
ナカタはうんざり顔であった。

 ブリッジの主スクリーンには、木星型の惑星を背景にしている氷で覆われた白い衛星が映っている。
「スキャンした結果、『errrxy』同位体297があの衛星には豊富にあります」
ポレックが科学士官コンソールから報告している。
「トラベラー、ワープ1で行ける範囲に、これがあると良く分かったな」
艦長席に座るナカタは、副長席に座っているトラベラーに言った。トラベラーは無表情であった。
「トラベラー、もっと喜べよ。言う通りになったじゃないか」
「艦長、とにかくお前しか転送できないから降り立ってもらう」
「また、同位体を取って来るんだろう」
「同位体の鉱脈の正確な位置を測定してくるだけで良い。後は転送で回収する」
「わかった。艦長が自ら行くなんて、あまりないよな」
「文句を言うのも感情の現れだな。覚えておこう」

 氷原がどこまでも続く衛星表面に転送されたナカタ。宇宙服の姿のナカタはトリコーダーを地面に向けている。ナカタは、軌道上から探査したデータと照合しながら、詳細な位置を記録していた。トリコーダーによると、同位体以外にも、鉄やニッケルなども確認できた。
 「トラベラー、ここは宝の山じゃないか。ここで修理したら『アトカ』は新品同様になるぜ」
ナカタの宇宙服の無線に返答はなかった。
「おい、トラベラー聞いているんだろう」
「艦長、我々はしばらく滞在することになる」
「トラベラー、あんたに感情はないのはわかるが、もっと喜べよ。転売市場や地球へワープ艦速で自由に動けるようになるんだぜ」
「黙っていても、仕方ないから言おう」
「言いたいことがあるのか」
「こんな近くに別の星系があるのは不自然なのだ。あるということは、…説明してもわかるか…」
「もったい付けるなよ」
「放浪星系と思われた外に放浪星団があり、その中にいるはずだ」
「ええっ、放浪星団。動いている星団か」
「お前も私も捕らわれの身なのだ。この星団をコントロールしている存在に会わなければ、出られないだろう」
「存在って」
「身体を持つ種族かエネルギー生命体か不明だ、星団の広さや移動速度もわからない」
「あんたでも、わからないものがあるのか」
「その存在に出会えても、脱出できる保証はない」
「だとしら、こうやって勝手に資源を採掘していたら、その存在とやらが、文句を言いに来ないか」
「その可能性はある。しかしいつ来るかは見当もつかない」
「あんたのお得意な50年後とかか」
「数秒後ということもある」

 天体測定ラボにナカタとトラベラーがいた。
「今日で7日目だが同位体の採取は順調に進んでいる。ワープドライブは完璧に使えるようになるだろう」
「トラベラー、ワープドライブが使えても、放浪星団から抜け出せるのか」
「このラボで観測した星団内の星系の間隔を考慮すると238光年から319光年の間と推察できる」
「そんなものなら、ひとっ飛びで脱出できるぜ」
「星団を維持するために境界面の重力場はかなりのものだ。簡単にはいかんだろう」
「それじゃ、ここの管理者に一刻も早く会うしかないな」
「それも、いればだが…」
「何日もここで採掘して、誰も来なかったら、そういうことになるか」
ナカタは頭上に広がる星々を見ていた。

 衛星に広がる氷原には、ドーム状の建物が見える。その建物の遥か上を『アトカ』が周回していく。この惑星系にはある人工物はこれらしかなかった。
 ドーム状の建物の窓から氷原を眺めているナカタ。制服のコミュニケーターをオンにする。
「トラベラー、あんたらの同位体を使った技術は、部品とか機械が作れるが、俺らのレプリケーター技術と同じようなものなのか」
「見た目は、その遅れたレプリケーター技術と似ているが、もっと高度なものだ」
「あんたらの技術を習得したら、特許で儲けられそうだぜ」
「勝手にしろ。それもここから脱出できたらの話だがな」
「それでトラベラー、そろそろ、ここは引き払うのか」
「『アトカ』の修復は121日で完了した。補給物資も積み終えた。後は艦長のお前次第だ」
「そんなにここに居たか。俺は誰にも邪魔されない、ここが気に入っているがな」
「艦から離れられるのは、お前だけだからな」
「しかし、どこへ行く。管理者が居そうな惑星はあるのか」
「少なくとも、ここから2光年の所に星系がある」
「やっぱり近いな。取りあえず、ここはそのままにして、そこに向かうか」

●4.模索
 惑星降下用のシャトルは、『アトカ』を飛び出し、目の前の惑星に降りていく。雲が少ない惑星の表面は、陸地と海がほぼ半分ずつであった。
 ナカタは、操縦レバーを楽し気に操作している。
「トラベラー、こいつは、以前のものに比べて操縦性が増したぞ。こうなると自動ではなく手動の方が断然楽しい」
「今、見えている下の海に降りろ」
「わかったが、テスト飛行の性能を試すためにも、この辺りをもう一周してから降りるよ」
ナカタはグイッとレバー引いていた。

 水深60センチ程の浅い海が広がる地帯にシャトルは着陸していた。空気が薄いのでナカタは簡易酸素マスクを装着してシャトルの外に出た。空を見上げると、大中小と太陽が3つ出ていた。ナカタの影は、いろいろな方向に薄っすらと伸びている。ナカタは、海水のサンプルを採取し、手にしている分析器で調べる。モニター画面に赤い表示が点滅する。急いで、シャトル内に戻るナカタ。
 ナカタはシャトルの通信機をオンにする。
「トラベラー、ここの海水は硫酸の濃度が高過ぎる。まともな生命体はいないだろう。希硫酸の雨も降っている」
「艦長、サンプルは採取したな。すぐ戻れ」
「了解」
ナカタは、通信をオフにした。その直後、シャトルが激しく揺さぶられた。
 ナカタはコックピットの窓から外を見ると、地割れが各所で発生していた。ナカタは、素早くコンソール飛び込み、シャトルを上昇させる。

 あたり一帯の地面が地割れして、海水が地面に滲みこんでいき、浅い海は消えてしまった。その上空を飛ぶシャトルは角度を変え、一気に大気圏外に向かった。

 ブリッジの艦長席に座るナカタ。その隣の副長席にはトラベラーが座っていた。
「あの惑星は、身体を持つ生命体には相応しくないが、エネルギー生命体なら快適で問題はない」
「確かに、海には小魚も見えなかった」
「そこから推察すると、管理者はエネルギー生命体ではないと言える。あそこを利用していないのだから」
「隠れているのかもしれないぞ」
「地殻の下にか。あり得なくはないがな」
トラベラーはヒゲをさすっていた。
「艦長、シャトルベイに異様なエネルギーサージを感知しました」
ポレックが冷静に言う。
「攻撃を受けたのか」
「それが、かなりのエネルギー量なのですが、どこにも被害はないようです」
「ポレック、シャトルベイに行こう」
ナカタはターボリフに行きかけると、トラベラーが急にしかめ面になる。
「艦長…、ハイブリッドAIに何者かが侵入した」
トラベラーの言葉に足が止まるナカタ。ナカタはポレックだけ、先に行けと合図する。
「貴様は何者…ertyo.ggopy…、立ち去れ」
トラベラーは、憤怒の表情で叫んでいる。のたうち回るトラベラー。その場に居合わせたロムガ、バーンズもナカタと共に様子を見ていた。トラベラーの姿が薄れ、光が体から漏れる。
「立ち去れ」
トラベラーが大声で叫ぶと、トラベラーの姿は安定した。
「艦長、お前がシャトルで、変なものを連れて来てしまったようだが。私が追い払った」
トラベラーは冷静さを取り戻していた。
「言葉が発せられるぞ。実に面白い。久しぶりに身体と言うものが体験できる」
リリィ・ホイ副長が立っていた。声は男の声になっている。
「貴様、まだ、そこにいたのか」
トラベラーは、副長を見ている。
「お前らは何者だ。身体を持つ者と、エネルギー体ばかりではないか」
「トラベラーだ」
「また迷い込んだのか」
副長は、困り顔になった。
「あんたはここの管理者なのか」
ナカタがブリッジの真ん中に立っている副長に尋ねる。
「管理者!?なんの管理をする者だ」
副長はナカタの方を見る。
「この星団をコントロールしているのは、あんたか」
「そんなものは、いない。様々な生命体の寄合所帯と呼べるものだ」
「いないって、どうしてわかる」
「我々が探したからな。それよりもこの船を私に使わせろ。お前らは出ていけ」
「それは無理な相談だ。私は、このAIから出られないのだ」
トラベラーは、その後、ニヤニヤする。
「たぶん、お前も出られないぞ」
「バカな、うむ、…」
副長のホロが消えかかるが、完全に消えなかった。

 ポレックはブリッジに戻っていた。副長は黙ったまま動かなくなっていた。
「私が奴の動きをデータ的に封じ込んでいる。今のうちに何とかしろ。いつまで持つかわからんぞ」
トラベラーは歯を食いしばっていた。ナカタはポレックにトラベラー以外のデータの特定を急がせていた。
「ホロであろうとも、押さえつければ、多少は気が済むといものだ」
ロムガが副長に飛びかかるが、体を通り過ぎて床に落ちる。副長をつかむことはできなかった。
「ロムガ少尉、無駄なことはしない方が良いのではないか」
ポレックは、科学士官コンソールのモニターから、ほとんど目を離さずに言っている。
「多少は気が済んだわ」
ロムガは自分の席に座った。

 「艦長、ハイブリッドAI内にある侵入した新規データをマークアップすることに成功しました」
「主スクリーンに出してくれ」
ナカタは艦長席から立ち上がる。
「ロムガは無駄が多いが、ポレックのキャラクターは使えるな」
トラベラーはポレックを見ている。
「ポレック、新規データを消去しろ」
ナカタが叫ぶと、副長は青白い顔になる。
 主スクリーンいっぱいに表示されていたデータ表示アイコンが、次々に消えていく。10×10のマトリックスが半分以上消えると、副長の姿が揺らぎ消え始めた。
「やめろ、あぁ」
副長は声が途切れていく。
「私のデータは消すなよ」
トラベラーは心配そうになる。
「あんたが、いくなっては今の所困るからな。ポレック注意してくれ」
「艦長、完了しました」
ポレックが言うと、主スクリーン上のマトリックスは全てなくなっていた。

 ワープからインパルス推進に切り替えた『アトカ』は、火星ような惑星にゆっくりと近づいていく。周回軌道に入り、地表をスキャンしていた。

 ブリッジにはナカタ、ロムガ、バーンズ、トラベラーが主スクリーンを見ている。スクリーンには、洞窟のよう場所が映っている。
「ポレック、モバイルエミッターの調子は良さそうだな」 
ナカタは無線を通じて呼びかけていた。
「今の所は、問題がないようです。今後、モバイルエミッター使えるようになれば、艦長だけが惑星降下しなくて済みます」
ポレックは喋りながら歩いている。
「空気がない所を宇宙服なしで歩けるんだから、便利だよな」
「ホログラムですから、当然のことです。特に驚きには当たりません」
「ポレック、もうその辺りが高エネルギーの発信源になるはずだ。カメラを回してくれ」
トラベラーは主スクリーンを食い入るように見ている。
「エネルギー生命体がいるのかな」
ナカタ、カメラが捉えている映像をくまなく見る。
「ポレック、その先に何かある近づいてくれ」
トラベラーが指示を出す。
「了…」
通信が途切れ、主スクリーンがノイズだけになった。
「ポレック。どうした大丈夫か」
ナカタが呼びかけるが、通信は途切れたままであった。
「ポレックの安否が気になる」
「艦長、安否など気にするな。あれはホロだ。艦内でまた再生できる」
「いや、せっかく作ったモバイルエミッターに問題があったのかもれないし、何者かいたのかもしれない。ここは俺が行くしかないだろう」
「確かにモバイルエミッターの回収は必要だな」

 ナカタは宇宙服を着て洞窟内を歩いている。
「どうやら、これは溶岩流が流れた跡らしい。人工物ではないな」
「艦長、そろそろポレックが消息を絶った辺りだぞ。カメラをゆっくりとパーンさせてくれ」
「わかった。これでどうだ。トラベラー何かわかったか」
「そのまま、真っ直ぐ歩けそうか」
「あ、モバイルエミッターが落ちている」
ナカタはモバイルエミッターを拾上げるとカメラの前に持ってくる。
「使えそうか」
「全然、無傷だ。それにポレックと違って、生身の俺は、どんどん奥へ進めるぞ」」
「艦長、お前は今、エネルギー波の発信源のすぐそばにいるはずだ」
「そう言われてもな。それらしいものは見当たらない」
ナカタは、宇宙服の照明を広角にしていた。

 「何か小さな箱のようなものがある。これが多分発信源だな。これを持ち帰って分析しよう。
トラベラー、転送してくれ」
「わかった」
「どうした」
転送されるのを待っていたナカタは、通信機で呼びかける。
「出来んのだ。転送ビームが到達できない」
「出来ないだと、ポレックのモバイルエミッターが落ちていた所の外まで戻ってみる」
ナカタは、小箱を持って、軽くジャンプしながら戻っていく。
 ナカタはモバイルエミッターが落ちていた付近まで来ると、透明の壁のようなものにぶつかり、弾き飛ばされた。
「トラベラー、何らかのフィールド内に閉じ込められたようだ。出られない」
「ん…」
「トラベラー、あんたのテクノロジーで何とかならないのか」
「残念ながら無理だ」
「本当はできるのに、やらない気か」
「バカな。身体を持つ生命体のお前がいなくなることは、私にとって致命的なことになる。待て、考えさせろ」
「ここで、50年ぐらい待つのかい」
ナカタは手にしている小箱を放り投げる。ナカタは、洞窟内を見回す。急に恐ろしさを感じたナカタ。
「こんな所に閉じ込められるなら、フィールドに思いっきりぶつかって死んだ方がマシだぜ」
ナカタは、走り出しフィールドに向かってジャンプする。ナカタは、そのまま、通り過ぎるこの惑星の弱い重力によって、数メートル先にゆっくりと着地した。ナカタはさっきまで小箱を手にしていた手を見ている。
 「トラベラー、あの小箱を手放したら、フィールドの外に出られた」
「艦長、今なら転送できるぞ」
トラベラーが言い終える途中で転送が開始された。

 艦内の科学部の分析室に、ナカタ、トラベラー、ポレックがいた。3人の前にある分析台には、カメラとトリコーダーで記録したデータを元に作られた小箱が置いてあった。
「これは、救難信号ポッドの可能性がきわめて高いと言えます」
ポレックは小箱を指さしている。
「誰のものか特定できるか」
トラべらーは、ポレックに向き直っている。
「それは無理です」
「とにかく我々以外にも捉われた者がいっぱいいるんだろう」
ナカタは小箱を見つめていた。
「あのフィールドの組成はわかるのか」
「トラベラー、それはあなたの方が詳しいのではありませんか」
ポレックに言われたトラベラーは、黙っている。
ナカタは、トラベラーとポレックがホロ同士のはずなのに、気まづい雰囲気があるように見えた。
「俺を閉じ込めたフィールドも込みの救難ポッドってところか」
「そうでしょう。フィールド内から持ち出せないようになっているようです」
「あのフィールドはポレックを消してしまったら、一時はびっくりしたよ」
「驚く必要はありません。あれはホロですから」
「そうは言ってもなぁ。あんたら、やっぱり人間の感受性に乏しいな」
ナカタはトラベラーとポレックを交互に見ていた。
「それよりも艦長、ブラウン少佐の発案によるモバイルエミッターは使えそうです」
「他所の船で誰かが発案しているかもしれないぜ」
「それはわかりませんが、私以外のモバイルエミッターも作った方が良いと思います」
「また消えてしまうのは怖いか」
「艦長、それは論理的ではない」
ポレックは、肩眉を軽く上げていた。

 ブリッジには、ロムガ、ポレック、バーンズが所定のコンソール席に座っている。ナカタの座る艦長席。その隣の副長席にはダヴィンチ姿のトラベラーが座っている。
 「医療部は異常なよな。行くのは俺だけだしな」
「艦長、問題はありません」
「機関部、ワープコアは安定しているか」
「艦長、いつでもワープ艦速が出せます」
「エンゲージと言いたいところだが、俺には向いていない。トラベラー、ワープ4で前進させてくれ」
「艦長、私は操舵士の役割もあるのか」
「そうだろう。コントロールしているんだから」
「トラベラー、ワープ4で隣の星系に向けて前進」
ナカタは、真っ直ぐ主スクリーンを見ていた。

 

Startree Planet 第98話 手動リセット(最終章・後編)



            噴射口


            ●98.手動リセット(最終章・後編)         
 トゥルメキの外務大臣・ニンギルムは、随行員と共にウィラータの選民王宮
に来ていた。
「選民王様、一時的に征東公の処遇は棚上げにして、"うちゅうⅦ"を乗っ取っ
たムンラの脅威に対処しなければならないと思います」
ニンギルムは、静かだが、揺ぎ無い信念を持って言っていた。
「ニンギルム大臣、結局のところヌーザン何某と同じ状況なので、休戦という
ことですか」
マラッドラ選民王は、当初の硬い表情を少し緩めていた。
「はい。ムンラは、西ウィムッケにも攻撃をしかけています。共通の敵という
ことになります」
「よくわかりました。よろしいでしょう。一時休戦を受け入れる用意はありま
す」
選民王が、あっさりと言ったので、ニンギルムは拍子抜けした。だが、同時に裏
でムンラと密約をしていると確信した。
「休戦の条件として、双方とも開戦前の領土内に兵を引き上げるというのと、
賠償請求はしないということですが、了承いただけますか」
「あぁ、良いですよ。それに征東公の処遇は、トゥルメキ側にお任せします」
選民王は、軽い調子であった。
「ということは、征東公の賞金は、撤回していただけるのですか」
「はい。しかし、"うちゅうⅦ"については、ムンラの脅威が去ってから、改めて
協議することで、了承していただきたい」
ここにきて、選民王の目は鋭くなっていた。
「あっ、はい」
ニンギルムは、選民王側が、表面的でも、かなり譲歩しているので、ここで
まとめたかった。後は久保の"うちゅうⅦ"奪還作戦に賭けるしかなかった。
           ●            
 第106ウィニューム伝で聖地とされる場所は、ムンラの出身分国の西部にある
デムリと呼ばれる土地であった。
 デムリの古い祈祷神殿は、急遽修復され、人々がそこに集まっていた。祈祷
神殿前の広場は、拡張工事が進められ、以前の20倍になろうとしていた。広大
な広場は、"うちゅうⅦ"の大きさに合わされていた。
 拡張工事作業員たちは、午後の休憩を取っていた。
「神の奇跡が、数日以内に起こると聞くが、いったい、どんなものなんだ」
拡張工事作業員の一人が言う。
「突然、大きな神の船が、現れるらしいが、信じがたいな」
話しかけられた作業員が答えていた。
「征東公の作った偽物とは、別物か」
「なんでも"うちゅうⅦ"がそれらしいんだ」
「西の人間が乗っ取っているあれか」
「神との契約で乗っ取ったとも聞くがな」
作業員たちの間では、いろいろな噂が飛び交っていた。伝説の信者たちは、
祈祷神殿に、続々と入って行き、祈祷をしていた。

 久保は、アプレと共にツッロイ3号に乗っていた。
「このまま進んで、ムンラに発見されないかしら」
「"うちゅうⅦ"の下方から48度の角度で接近すれば、センサーも壊れているし、
窓もないから発見されないだろう。ただし宇宙服を着て、船外活動でもしてい
たら、バレるがな」
「まず、それはないでしょうね。副長室からロボットに命令できますから」
「俺もそう、信じているよ。それよりも、船体後部の通常エンジン噴射口から
中に入れるかが心配なんだ」
「私が知る限り、壊れたままでしたから…」
「壊れた噴射口からエンジン整備用の通路にたどり着ければ、半分は成功した
ようなものだ」
「征東公、武器はこれだけで大丈夫ですか。ムンラは、軽機関小銃を持ってい
ますけど」
アプレは、小型弓銃(クロスボー)の弓のしなり具合を確かめていた。
「宇宙船内で、弾丸式の銃をぶっ放すのは、危険だからな」
「あっ、"うちゅうⅦ"が見えてきました」
目の良いアプレは、視界の彼方にある銀色の点を見つめていた。

 西ウィムッケの天体観測所。東の空から、"うちゅうⅦ"の出が始まった。
望遠鏡で観測を始める所員ガデッヌ。最近では天体観測の他に"うちゅうⅦ"
観測が業務の一つになっていた。
 「所長、"うちゅうⅦ"にツッロイ3号が接近しています」
ガデッヌは、望遠鏡をそのままにして、所長室に飛び込んでいた。
「どういうことだ。まさか、トゥルメキが奪還に動いたのか。選民王宮に連絡
だ」
所長は、無線電話機の所へ走った。

 "うちゅうⅦ"の副長室と選民王宮は無線でつながっていた。
「ツッロイ3号がそちらに向かっています。神の船が奪還されないように警戒
してください」
選民王宮付きの正祈祷師・ウッメロムが選民王に代わって無線に出ていた。 
「ウッメロム師、ご忠告ありがとうございます。伝説で終わらせないセルド平和
のために守り抜きます」
ムンラが言っている背後で別の入電をコンピューターが知らせていた。
 「こちらトゥルメキ巨木基地・司令官のゼンダイです。ムンラ、充電を3日
で終わらせられないので、たった今、足りない分を蓄電池で送った」
ゼンダイは、西の天体観測所が、"うちゅうⅦ"を発見するタイミングを見計ら
って無線を入れていた。
「ゼンダイ司令官、ツッロイ3号は、誰が操縦している」
「遠隔操作の無人で、そちらに向かわせている」
「無人だと…」
「だから、もしかすると、思わぬ方向に行くかもしれないから、注意してく
れ」
「あまり、変な動きをするとアクセレーターで狙うからな」
「せっかくの蓄電池を無駄にするのか」
「とにかく、わかった司令官」
ムンラは、ある程度納得したようだった。

 ツッロイ3号は、"うちゅうⅦ"の巨大な噴射口のスカート部に半分船体を
突っ込む形で停止した。
 久保とアプレは、宇宙服を着てツッロイ3号のハッチから出てくる。少し
周囲を確認してから、噴射口の中に入っていった。
 燃焼室を通り抜け、大きな穴が開いた燃料パイプの中を浮遊していく。久
保たちは、燃料パイプの穴から、整備通路に向かった。
 「この通路の扉を開けるには、こいつを接続しないとな」
久保は記録媒体箱から伸びるUSBソケットを扉の端末につないでいた。アプレ
は久保の作業をじっと見ていた。無線機を通して、彼女の荒い息が聞こえて
きていた。二人とも、これで開錠されるかどうかで、今後の行動が変わって
くるのだった。記録媒体箱が、気圧重力ともにほぼゼロの環境で作動してい
た。久保とアプレは20分間も浮遊して待っていた。 
 カチッ。整備用通路の扉の端末の緑LEDが点灯して消えた。
「アプレ、開いたぞ。船体に張り付いて身を隠して緊急ハッチの方へ回る必要
がなくなった」
久保は、扉のノブを回して中に入る。
「征東公、コンピューターが警報を発することはありませんか」
ゆっくりと整備用通路に入ってくるアプレ。
「俺のIDもプログラムに入っているから、黙っていてくれると思う」
「コンピューターって場合によっては、人も騙せるのですか」
「俺とコンピューターの仲だからな」

 副長室のムンラ。
「コンピューター、ツッロイ3号が船体後部の方に行ってしまったが、捕まえ
ることはできるか」
「船体後方のセンサー及び監視カメラが損傷しているため、具体的な位置が
つかめません。ツッロイ3号を遠隔操作している巨木基地に連絡して修正して
もらうしかありません」
「そうか。コンピューター、巨木基地につないでくれ」
ムンラは、久保並みにコンピューターに命令を出していた。
 「こちら、巨木基地、遠隔操作だとどうしても誤差が出てしまって…、
もう一度、操作してみる」
巨木基地の司令官・ゼンダイは、久保たちが潜入できるように、時間稼ぎして
いた。
「司令官、本当に蓄電池を届ける気はあるのか」
「あんたに配慮して、無人なんだから、しかたないだろう」
ゼンダイは、突き放すように言ってしまった。
「もういい、私が、修復ロボットを使ってツッロイ3号を回収する」
ムンラは、無線を荒々しく切った。
 格納庫の充電スタンドで待機していた修復ロボットは、起動状態になり、浮き
上がった。船内の通路を通り後部ハッチから船外に出るコースを辿り始めた。
 
 船内通路を歩く久保とアプレ。"うちゅうⅦ"の標準宇宙服は、着たままだが、
フェイスプレートは開けていた。
「船内監視カメラは、この通路には、確かなかったよな」
久保は、通路の天井や壁面を注意深く見ていた。
「私も注意していますが、問題なさそうです」
「アプレ、そんなに真剣にならなくても、このあたりの通路は大丈夫だよ」
「しかし、ムンラが新たに設置した可能性もありますから」
アプレは久保の身を案じているようだった。
「ゼンダイ司令官に、何か命令されたか」
「いいえ。ただ、何があっても征東公をお守りするように、聖王様と奥様に言わ
れておりますから」  
「セリがそんなこと言ってたのか」
「正確には、セラトムさんからですが」
「そうか。でも、俺はアプレを犠牲にしてまでも、何かしようとは思わないから
な」
久保はアプレを安心させようと彼女に微笑みかけながら話していた。
「あっ、」
アプレが声を上げたので、久保は通路の先を見た。通路の先から、修復ロボット
がこちらに向かってきていた。
「こんなところに、修復ロボットか」
久保は、修復ロボットのカメラの向こうに、ムンラの目があるような気がした。
久保たちは、すぐに近くの配電盤室に身を隠したが、カメラには、一瞬でも、
久保たちの姿を捉えていたはずだった。
「アプレ、ムンラに見つかったと思うか」
「じっーとモニターで監視していたとは思えませんが」
 修復ロボットは、配電盤室の扉の前を通過していった。今のところ船内に警
報は、なっていないが、嫌な予感がしている久保たちであった。

 副長室のムンラは、ゲーム画面とロボットのカメラ映像を2分割画面にして
いた。ムンラはチキュウのゲームというものに、はまりかけていた。だが、まだ
慣れていないため、すぐにゲームオーバーになってしまっていた。
「ちっ、このステージ、もうちょっとでクリアだったのに」
ムンラは、悪態をつくと同時に、ふと、カメラ映像に目をやった。
「おっ、コンピューター、今の映像をゆっくりと戻してくれ」
「はい」
コンピューターは、映像をスローで戻していく。
「そこだ。止めろ。あれは…、征東公じゃないか。いつの間に潜入していたの
だ」
ムンラは、久保の映像をじーっと睨んでいた。
「コンピューター、なぜ、俺に知らせなかった。ツッロイ3号に乗っていたの
だろう。機械でも戒めは必要だ。こうしてやる」
ムンラは、電源プラグを引き抜く。
「データが失わ…」
人工音声は、弱弱しくなり消えた。ムンラは、ゲームオーバーで少し頭に血が
上っていたので、火に油を注ぐ感情の爆発となった。
 「どうだ、この糞コンピューター」
ムンラは真っ暗なモニター画面を見ながら、電源プラグを再び接続した。
『電源が予期せず切断されました。回路ダメージが大きく復帰までしばらくお
待ちください』とモニター画面には、表示された。
「コンピューター、私に逆らうと、そのプログラムを痛めつけるからな」
ムンラは、ある程度、コンピューターを擬人化した存在として接していた。
「わか…りましたぁ、ムンラさん。プログラム温存のため従います」
人工音声は、まだ不安定であった。
「わかれば良い。それで、今、征東公はどこにいる」
「第15通路です。それと重要報告事項があります。先ほどの切断で、何箇所か
の回路及びプログラムが、大きなダメージを受けました」
「わかったよ。いつもそう言うが、話はできるじゃないか」
「会話プログラムは、単純なので、影響はでません」
「コンピューター、第15通路の空気を抜け」
「わかりました」
 
 通路を歩く久保たち。風が吹きぬけ始める。
「ムンラに見つかったな。空気を抜きやがった」
久保は、自分のフェイスプレートを閉じた。アプレもすぐに閉じた。
「アプレ、ちょっと面倒なことになりそうだな」
久保は宇宙服の無線に切り替えていた。
「焦って地上にワープさせないと良いのですが」
「うん。実際の所、2日前の充電で、地表にワープは可能になっていたから
な」
「ムンラは、そのことを知りえることは、あるのですか」
「今日の時点で、やってないところを見ると、コンピューターは、教えてない
と思う。でもムンラが勝手に調べたら気づくだろうな」
「あっ、征東公、今の会話は、漏れることは…」
「絶対にない。プライバシーモードだから」
「プライバ…、そうなんですか」

 ムンラはゲームをやるにしても、気分を一新させたいと思い、ワープ駆動
マニュアルをモニター上に呼び出していた。彼は、ニホンゴがある程度、理解
できるので、大まかな意味はつかめていた。コンピューターに聞くことも可能
だが、嘘をつく可能性もあると思い、まずは、下調べをしてから、聞くことに
した。
 ムンラは、地上へのワープは、著しく危険で禁止している点が、どうも気に
入らず、何かを隠していると勝手に判断していた。距離的な移動量を見る限り、
短距離のワープなのだから、2日前の充電状態で可能なはずであった。という
ことは、久保が記述を故意に細工した箇所ではないかと思った。ムンラは、
にんまりとしていた。
 「コンピューター、ワープ・シーケンスを開始してくれ」
「ムンラさん、行き先は特異点でしょうか。それには、充電が足りません」
「デムリの神殿前広場だ。地表へのワープだから、充電は充分なはずだ」
「しかし、地表へのワープは緊急事態以外禁止されています」
「その緊急事態だよ。始めてくれ」
「少々お待ちください。機能チェックをします」
「準備に手間取るなよ」
「機能チェック完了」
「なんだ早いな」
「それでは、デムリの神殿前広場へのワープ・シーケンスを開始だ」
「了解しました」
 副長室のモニター画面には、『5分30秒・29秒・28秒…』とカウントダウン
数字が表示された。
「なんだ、まだ5分もかかるのか。コンピューター、征東公は、今どこに居
る」
「第15通路にいます」
「ということは、そろそろ窒息したか」
「いいえ、宇宙服を着て生存しています」
「服の空気はまだ残っていたか」
ムンラは第15通路の画像を見たかったが、あいにく、カメラが損傷している
ため、見られなかった。

 久保たちは、第15通路にある配管点検室に入った。
「征東公、宇宙服の空気が残り少なくなってきたので、のろのろはできません
ね」
「あぁ、わかってる。ここの船内送電ケーブルを、つなぎかえてバイパスすれ
ば、コンピューターを脅迫から救えるのだが」
久保は、太い送電ケーブルの色を確認していた。
「ここではないな。緑に白い線が入っているはずなのだが」
「征東公、この部屋の入口の端末表示画面が反転していますが、あれはなん
ですか」
「反転…」
久保は、入り口に駆け寄った。
「まずい、ワープ・シーケンスが始まっている」
「ムンラが、ワープできることに気づいたのですか」
「マニュアルか何かを読んだのだろう。」
「その画面の数字はなんですか」
アプレは、反転している数字の意味に嫌な予感がしていた。
「カウントしている。後3分25秒後にワープが実行される。急ごう」
久保は、送電ケーブルの所に戻った。
 「征東公、その黄色いケーブルの奥にあるのは、違いますか」
アプレは、束ねられたケーブルの一番奥のものを指差していた。 
「おっ、あれだ。緑に白い線が入っている」
久保は、それをソケットから外し、緑に赤い線が入っているケーブルにつない
だ。
「よし、コンピューターに船内モードで連絡できる」
久保は、宇宙服のスイッチを切り替えようとしていた。
「ムンラがプラグを外しても、電源切断できないのですね」
アプレは、微笑んでいたが、久保には微笑み返す余裕などなかった。
「コンピューター、ワープ・シーケンス中止。中止だ」
久保の声は船内に響いていた。

 副長室。
「おっ、征東公か。何が中止だ。コンピューター、征東公に従ったら、どうな
るかわかるだろうな」
ムンラは、電源プラグに手をかけていた。
「久保隊員、ワープ・シーケンスは中止できません」
と人工音声。
「よしよし、コンピューター、それでよし」
ムンラは、満足げであった。
「当該シーケンスのキャンセルは不可です。中止はできませんが、一時中断は、
可能ですから直ちに中断します」
この人工音声に、急に顔色を変えるムンラ。
「コンピューター、逆らったな。こうしてやる」
ムンラは、荒々しく電源プラグを引き抜いた。だが、モニター画面になんの変
化もなかった。ムンラは、何回もプラグを着けたり抜いたりするが、"予期せぬ
切断"という表示は現れなかった。モニター画面上の数字は、1分56秒で止まっ
ていた。
 「征東公、何をした」
ムンラの声は、船内にこだましていた。

 「今のムンラの声、聞きました。地上へのワープは阻止できましたね」
「コンピューターも脅迫から逃れられたようだ」
久保は、配管点検室の端末表示の反転が止まったのを確認していた。
「コンピューター、もう自由だぞ。俺に従ってくれ」
「久保隊員、ありがとうございます。もう少し早く、実行していただければ、
データ損傷が少なく済みましたが、しかたありません」
「えっ、コンピューターって、人間的なことも言うのね」
アプレは、目を丸くしていた。
 「コンピューター、今、俺らがいる周りの空気を充填してくれ」
「わかりました。2分後に呼吸可能になります」
人工音声は、嬉しそうに言っているように、久保たちには感じられた。

 通路を副長室に向かって歩く久保たち。フェイスプレートは開けていた。
「コンピューター、ムンラは、何か悪さをしようとしているか」
久保は宇宙服の無線で呼びかける。
「いいえ」
「観念したようだな。コンピューター、ムンラを呼び出してくれ」
「ムンラさんは、ただ今、話しができません」
「どうした」
「副長室の空気を抜いたので、生命反応がありません」
「何っ、こっ、殺したのか」
久保は、声が裏返っていた。
「障害を排除する一番合理的な手段でしたので、実行しました」
人工音声の声に、久保とアプレは顔を見合わせていた。
 「自分の判断で、殺すだなんて…」
アプレは、空恐ろしさすら感じていた。
「…コンピューターも、よっぽど腹に据えかねたのだろう」
久保は、同情的であった。
「久保隊員、私には感情はありません。合理的な判断で…」
人工音声が不安定になった。
「どうしたコンピューター」
「…回路ダメージで、誤動作が生じましたが、リカバリーしました」
「頼むぜ。壊れるなよ」
久保は、コンピューターを戦友のような存在と感じていた。

 副長室に空気が充填され、扉が開いた。中には、ムンラが胸をかきむしるよ
うにして倒れていた。目を伏せるアプレ。久保は、すぐにムンラの遺体を抱え
て、隣の部屋に入れた。
 「さてと、一時中断だから、完全な中止にしないとな」
久保は、軽い気持ちで、何とかなると思っていた。キーボードを叩いて、状況
確認している久保。
 「コンピューター、ちょっと聞いてもいい。この私をどう見ているの。場合
によっては、殺すこともあるの」
アプレは、かすれるような声であった。
「アプレさん、それはありえません。久保隊員に恋愛感情を持っている人物を
殺すことは、合理的ではありません」
「恋愛感情…」
アプレは、宙を見つめていた。
「コンピューター、余計なことは言うな。アプレが戸惑っているだろう。それ
に俺もアプレもそんなつもりは…」
久保は言葉を濁していた。
「ただ、セリさんに、よろしく頼みますとは、言われていますが…」
アプレは小声であった。
「何をよろしくなんだろう。まぁ、いいや。聖王様の手前もあるからな」
久保は複雑な思いを秘めていた。
 「コンピューター、ワープ・シーケンスのキャンセル不可ってどういうこと
だ。さっきは、ムンラの手前、そう言っていたのではないのか」
「いいえ。ただ今、ワープ・シーケンスをコントロールしているプログラムに
狂いが生じています。当該シーケンスの実行後に手動リセットが必要です。但
し、充電量を半分以下まで消費させてからでないと、バックアップ・プログラ
ムが作動しますので、リセットできません」
「とにかく実行させなきゃ、止められないのか」
久保は、愕然としていた。
「一時中断は、どれくらい、できるのかしら」
アプレは、誰に言うでもなく、言っていた。
「アプレさん、一時中断は、最大1時間までです。それ以上は、ワープ機関に
過大な負荷となります」
「コンピューター、行き先の変更は可能だよな」
「はい。現在の充電量ですと、特異点のかなり近くまで、ワープ可能です。
具体的な距離はただ今、算出中です」
コンピューターは、回路とプログラムのダメージが大きいらしく、計算に時間
がかかっていた。
 「久保隊員、特異点までの距離56万キロの宙域までワープ可能です」
「そこは、特異点の重力圏内になるのか」
「現在の大きさですと、圏外です」 
「最大距離ワープしても、特異点に吸い込まれることはないのだな」
「はい。ですから、今回は地球への帰還は無理です」
「そうか、安心したよ」
「地球への帰還は、不本意なのですか」
一瞬、間があいたような人工音声。
「俺の正直な気持ちは、ここに残ることなんだ」
「そうでしたか。いずれにしましても、今回は帰還できません」
「それじゃ、半分の宙域までワープして、充電量を消費してから手動リセット
し、戻れば、全て丸く収まるわけか」 
「久保隊員、それはワープ機関が順調に作動することが前提です。手動リセッ
ト後に再起動するかどうかは、未知数です」
「再起動しなかったら、特異点と惑星セルドの中間宙域で立ち往生ってこと
か」
「通常エンジンは、使えませんが、修復不能な核融合発電区画の核物質を
通常エンジンの頑丈なスカート部で断続爆発させれば、"うちゅうⅦ"を動かす
ことは可能です」
「そんな離れ業できるのか」
「最悪の事態をシミュレートし、対処可能な許容範囲内の修理補強も行って
います」
「その荒っぽいことをすると、どれくらいで、惑星セルド戻れるのだ」
「地球時間で2年と29日です。現在の食料在庫は、およそ二人分で1年、一人
分で2年となっています」
「ということは、最悪のことを想定したら一人でリセットしなきゃならない
のか」
久保は、考えるまでもなかった。
「俺が残ってリセットするから、アプレは、ツッロイ3号で戻ってくれ」
「征東公、確か、修復作業員用の食料が、第2格納庫にかなり残ってません
でしたか」
アプレは、久保と一緒に残るつもりであった。
「久保隊員、プログラム・ダメージのため、第2格納庫の在庫は把握できま
せんでした」
「そうか、確かめよう」
久保は、立ち上がった。

 がらんとした第2格納庫。久保とアプレは、動きやすい船内服になってい
た。
「征東公、この中、じめじめしませんか」
「俺ももそう思った。なるほど、近くの汚水浄化装置の水蒸気が漏れている
ようだ」
久保は、格納庫の端にある壁面の亀裂から白い水蒸気が漂ってくるのを発見
していた。
「いやに、暖かいのも、そのせいですね」
アプレは、うっすらと刺激臭がするのを感じていた。久保は、積んであった
修復作業員用の食料箱に歩み寄り、蓋をこじ開ける。中には、袋が発酵で膨
らみ破裂したものやカビの生えた白麦饅頭(セルドパン)などがあった。
 「これは、とても使い物にならない」
久保は、すぐに蓋を閉めた。アプレは悪臭に顔をしかめていた。
「アプレ、ということだから、君は、ツッロイ3号で、戻ってくれ」
「でも、征東公…おいてはいけません」
「時間がないんだ。早くしてくれ」
久保は、立ち尽くすアプレを放っておいて、歩き出した。その後ろ姿を熱く
見つめるアプレは、動こうとしなかった。久保は、通路に出かけた時、後ろ
を振り向く。
「アプレ、まだ、そこにいたのか。聞き分けてくれ。俺は別に死ぬつもりは
ないし、最悪でも2年後には、皆がいる所に必ず帰る」
久保が大声で言うと、アプレは、うなづき、ツッロイ3号がある船体後部に
とぼとぼと歩き出した。
 「もう一度、会えますよね」
アプレは、通路の端から、もう一方の端にいる久保に大声で叫んでいた。久
保は、あえて振り向かず、片手を上げて、"OK"の合図を送っていた。アプレ
は、それを確認すると通路を走り出した。

 久保は副長室に戻る。ワープ・シーケンスの一時中断限界まで、後15分で
あった。ツッロイ3号からの着信があった。 
「征東公、ツッロイ3号は"うちゅうⅦ"より離脱しました」
「了解。できるだけ"うちゅうⅦ"より離れてくれ。ワープによる空間歪みで
宇宙塵による渦流が起きる」
「乱気流のようになるのですか」
「空気ではないが…、塵の嵐が来ると思ってくれ」
「わかりました。フルパワーで離脱します」
 数秒後、副長室の丸窓からツッロイ3号が飛び去っていく姿が見えた。久保
は、アプレから見えないとは思うが、軽く手を振っていた。
 「コンピューター、ワープの行き先を、地表の神殿前広場から特異点と惑星
セルドの中間宙域に変更」
久保はそう言いながら、モニター画面で変更されるのを確認していた。
「変更完了」
「それじゃ、ワープ・シーケンス一時中断解除。ワープ・カウントダウン再開」
「久保隊員、ワープ実行に備え、シートベルトを締めてください」
「コンピューター、ここは副長室だ。シートベルトなんて…あっ、あった」
「現在、副長室が、操舵室になっていますので、その椅子にシートベルトをつ
けさせました」
人工音声が言っている間に、モニター画面の数字は残り1分を切っていた。
「毎回、思うんだが、ワープにシートベルトは必要かな。古い習慣の名残だろ
う」
「久保隊員、万一に備えてください」
 モニター画面の数字をコンピューターが読み上げ始めた。
「5・4・3・2・1」
久保は何の衝撃も振動もない副長室に座っていた。だが、丸窓から見える景色
に惑星セルドはなく、連続ワープによる偏光した星の染みが見えるだけになっ
ていた。

 ほぼ2日経過した。
「コンピューター、いくら連続ワープの回数が減っているとしても、そろそろ
中間宙域だろう」
久保は、しびれを切らしてたずねていた。すぐにコンピューターからの返答は
なかった。
「どうした、何かあったのか。返事してくれ」
「区ほー、ASDぶはいせPP…」
人工音声は、言葉になっていなかった。久保は、キーボード入力で再度コンピ
ューターに呼びかけた。
「久保隊員、回路誤動作の障害を排除しました。人工音声作動。…先ほど質問
に対する答えは…」
「コンピューター、慌てなくていいよ。正確に報告してくれ」
「現在位置、解析中」
「おい、大丈夫か」
久保は、宇宙服が副長室のロッカーにあるかどうか確認していた。
「連続ワープ解除。ただ今の充電量2%。ワープ・シーケンス・手動リセット
準備中」
「2%だって…」
久保は、咄嗟に丸窓の外を見た。そこには、かなり近くにある特異点の姿があ
った。
「おい、ワープは終了したが、中間宙域じゃないぞ」
「久保隊員、ワープ・シーケンス・プログラムの誤動作により、最大距離ワー
プを実行してしまいました」
「コンピューター、それでも、特異点のこんなに近くには、来ないはずだった
よな」
「はい。当初の予想よりも特異点が大きくなったようです」
「おい、吸い込まれないよな。ここからじゃ、帰りの食料は…」
久保は、頭が真っ白になり、考えがまとまらなくなった。
「手動リセットを実行してください」
「わかった」
久保は、荒々しく、キーボードを叩いて、手動リセットを完了させた。
「リセットできたけど、これじゃ、惑星セルドに帰れないじゃないか」
「久保隊員、脈拍数が上がっています。冷静になってください」
「バカ野郎、どうしくれんだよ。セリやセラトム、アプレ、聖王、ロレッアに
…」
久保は、副長室の壁を叩いていた。
「久保隊員、まだ惑星セルドとは、連絡がつきます」
「連続ワープが終了したからだろうが、ここからだったら片道何分かかる」
「50分です」
「じゃ、往復で100分だぞ。会話にならん」
「交信は取りやめますか」
「やめないでくれ。頼む」
久保は、怒りながら涙声になりかかっていた。
 「久保隊員、どうぞ。カメラに向かってお話しください」
「セリ、セラトム、ロレッア、アプレ、聖王様、こんなことになってしまっ
た。この先、どうなるのかわからない。突然のことでまだ何も思いつかない。
ただ、みんなの愛に支えられてきたことに感謝する。とにかく俺の居場所は
みんなの所だ。これが最後だなんて、絶対に認めない。俺は、超寿なんだ。
どんなに時間をかけても必ず戻る。それまで、皆、待っていてくれ…」
「久保隊員、お話中、申し訳ありません。"うちゅうⅦ"は、特異点の重力に
捉えられました。125分後に通過することになります」
とコンピューター。
「何っ、往復交信ぎりぎりじゃないか」
「ですから、ご報告いたしました」
「今の無線は、送信したよな」
「はい」
 久保は、モニター画面に映る特異点を睨んでいた。当初は、こんな日を夢に
まで見ていたのだが、今となっては、恐怖さえ感じていた。

 王城の通信室には、聖王、アガレム、ロレッアが来ていた。最初の交信は
久保が置いていったタブレット端末にも録画されていた。王城から連絡を受け
たセリ、セラトム、アプレは20分ほど遅れて駆けつけていた。一同は、突然の
ことに、何が起きているのか実感がなかった。
「征東公のことですから、ひょっこり戻ってきますよ。父上」
「アガレム、今回は、とんでもなく遠くに行ってしまっているんだ」
聖王は、無力感に包まれていた。
「無事に地球に行ければ…、それしか手立てはないわ」
ロレッアは、気丈に振舞おうとしているが、声が震えていた。
           ●
 副長室の久保は、特異点の向こう側が、どんな時間軸になっているか心配
になっていた。かつて自分が出てきた時間軸か。それともその1万年後となる
のものなのか。また、そこを通過して、今、久保が居る惑星セルド、ロレッア
たちがいる時間軸に戻って来られるか気になっていた。センサーによると、久
保が120年前に抜けてきた時間軸の可能性が高かった。
 「久保隊員、セルドから返信が届きました。モニター画面に転送します」
「クボ、まさか、予定通りだとは言わせないぞ。とにかく戻ってきてくれ。こ
れは勅命だ。…絶対です、大じい様」
聖王は、声が裏返っていた。
「父さん、セリさんや私をチキュウに連れてってくれる約束、どうしてくれる
のよ。愛しているの言葉だけじゃ、済まないわよ」
「あなた、セラトムが、あなたの代わりを務めるから、心配しないで。そして
いつか、戻ってきたら、私をチキュウに連れて行って」
セリは、目を赤くしていた。
「父さん、何か手はあるさ。帰ってきてくれ」
セラトムは、無理やり笑顔を作っていた。
「征東公、あの時、私が身代わりになっていれば、それで済んだのに…」
アプレは、悔やんでも悔やみきれない表情であった。
 聖王やセリたちの後ろには、ワメロング聖王妃やリドゥール所長の姿も見え
ていた。
「クボ、時間がないそうだな。コンピューターが…ガガッー」
交信は途絶え、ノイズ画面となった。
「コンピューター、もう交信できないのか」
「特異点の磁場圏に入りました」
「結局、俺は、一大国家を支えた征東公から、また元の久保慎也に戻るわけ
か」
「久保隊員、諦めたら、あなたらしさがなくなります」
「何か手があるっていうのか」
「それはわかりませんが、あなたは、超寿です。時間はたっぷりあります。
120年前の逆境から立ち上がったのですから、今回の逆境も乗り越えられる
はずです」
「わかったよ」
久保は、丸窓の外を眺めていた。

 惑星セルドでは、久保と"うちゅうⅦ"が去ってしまったので、和平への道が
加速した。トゥルメキと西ウィムッケは、停戦合意し、戦争前の国境線に戻っ
た。惑星セルドには、久保が伝えた科学技術とスターツリーが残り、宇宙進出
の足掛りができ、新たな時代の幕開けとなった。


                 完



          第2格納庫

Startree Planet 第97話 一転(最終章・前編)



       修復後の"うちゅうⅦ"


            ●97.一転(最終章・前編)
 軌道上の"うちゅうⅦ"の副長室。ムンラは、自分の出身地に上陸し、戦闘を
繰り広げているトゥルメキ軍の姿を"うちゅうⅦ"のスーパーズーム画像で、見
ていた。ムンラが操作球をゆっくりと動かすと撮影範囲も動いていく。ムンラ
の家族が住んでいた町が映し出された。そこには、彼の記憶にある建物はなく、
瓦礫と死体が転がっていた。ムンラは、黙って手を握り締めていた。
「ムンラさん、どうしたの」
アプレは何気なくたずねる。
「いや、別に…しかしここにある機械は凄い。なんでもできそうです」
ムンラは、スーパーズーム画像を消していた。
「そうね。私は天体観測室に行ってみるわ。あそこに征東公が居そうな気が
するから」
アプレが出て行くと、副長室はムンラ一人になった。
 「コンピューター、征東公がいなくなると、あなたは、誰に従うのですか」
ムンラは、何も映っていないモニターに話しかけていた。
「乗組員が全員死亡した場合、本船が地球に戻ることが優先されます」
「それじゃ、それ以外は何を言っても、従ってくれないわけか」
「地球に戻るために必要なことでしたら、従います」
「例えば、この惑星の戦争を終わらせないと、地球に戻れないとしたら、終わ
らせてくれるわけですか」
「そういうことであれば、可能な限り終わらせます」
「終わらせられれば、征東公、いや久保隊員の遺骨は、地球に持って帰れるん
じゃないかな」
ムンラはコンピューターの反応をみるように言っていた。
「遺骨ですか。興味深い提案です」
「その気になってくれたか」
「この惑星で120年近く生存した人物のDNAが採取できます」
「戦争を終わらせるために王城と王宮にもう一度爆弾を落として脅そうと思
う。もちろん人的犠牲は最小限にするつもりですが」
「ムンラらさん、このことはアプレさんとディワさんは、ご承知なのですか」
「知らないと思うが、戦争を終わらせたいのは同じだと思う」
「わかりました。それには、爆弾が必要です」
「アプレとディワに持ってきてもらうのは、どうだろう。俺が行くよりも、
合理的じゃないか」
ムンラは、コンピューターが好む"合理的"という言葉を使っていた。
「はい。西ウィムッケ出身のあなたでは、面倒なことになる可能性が高いで
す」
「さっそく、俺が頼んでみる。人への頼み事は、人間同士の方が合理的だろ
う」
「そのようです」
               
 久保たちは、セィンハシニで、トゥルメキ軍に捕らえられた。その知らせを
聞いた聖王は、すぐに久保を謁見の間に呼んでいた。
 何も言わずに睨む聖王。なかなか口は開かなかった。
「そっちから、来るとは、手間が省けた」
聖王は、短剣を鞘から出していた。
「聖王様、お怒りは、ごもっともですが、こうするより手はなかったのです。
おかげで"うちゅうⅦ"は無事です」
久保は、聖王が握る短剣を見つめていた。
「クボ、お前の最終目的はなんだ。聖王家を利用して騙してでも地球に帰るこ
とか」
「そのようなつもりは、ありません」
「実際にしているではないか」
聖王は、短剣を玉座の肘掛に突き刺した。
「では、聖王様は、この先、私をどうしたいのですか。何を望むのですか」
「示しをつけるために罰を与え…」
聖王は、口ごもってしまった。
「実は私も、この惑星セルドに残りたいのか、地球に帰りたいのか、このとこ
ろ、わからなくなっていたのです」
久保が言うと僅かに頬を動かす聖王。
「クボ、どっちだかわからないというのか。120年もかけたことだぞ。笑わせ
るな」
「帰るにしても残るにしても、命は一つ。ここで絶たれても、いたしかたあり
ません」
「クボ、そうやって潔いところを見せて、助かると思っているのか」
「但し、ロレッアとセリ、セラトムは自由にしてくれ」
久保が嘆願するが、聖王は短剣を引き抜いて立ち上がった。
「聖王様、お取り込み中、申し訳ありません」 
グニルメンが、衛兵を振り切り謁見の間に駆け込んできた。
「なんだ長官。急用か」
「はい聖王様。アプレ飛行士とディワ中尉が巨木基地から爆弾を運び出しまし
た」
「なんために。誰か命令したか」
聖王は、ありえないといった顔をしていた。
「やはり、聖王様の勅命ではないのですか」
グニルメンは、一人うなづいていた。
「もしかするとムンラが、コンピューターをてなづけたかも…」
久保が思わず口走った。
「クボ、そんなことできるのか。所詮相手は機械だぞ」
「機械だから、ありえます」
「クボ、なんとかしろ。処遇はお預けだ」
「まずは巨木基地に連絡して、爆弾の数を確認します」
久保は、王城の無線室に向かった。

 "うちゅうⅦ"に爆弾を運び終えたアプレとディワは、副長室に戻ってきた。
「なんか、気が進まないけど、征東公がいない今、私たちができることは、
これぐらいかしらね」
アプレは、丸窓から、射出アクセレーターの先端部を眺めていた。
「とにかく戦争は、終わらせないと、犠牲者は増えるばかりです」
ムンラは、キーボードを叩き、爆弾をアクセレーターにセッティングしていた。
 ディワは、爆投目標をタブレット端末で確認していた。
「ムンラさん、双方の焼け残った庭園の他にロケット発射基地にも、爆弾を投
下するのですか」
ディワは、基地の人間が犠牲になるのを懸念していた。
「本気で戦争を止めさせるなら、これぐらいは必要だと思います。それでも、
最小限の犠牲に留められし、理にかなっています」
ムンラは、コンピューターに同意を求めるように言っていた。
「ムンラさんの考えは合理的かつ効果的なものです」
と人工音声。
「コンピューターが、そういうのなら、間違いないか」
ディワは、納得していた。

 「コンピューター、久保隊員に代わって、私ムンラが、チキュウ帰還のため
に命令します。目標に射出爆投してください」
ムンラは、慎重に命令を下した。
「了解」
コンピューターは、久保以外の人間の命令に従った。
 王城と王宮の庭園、発射基地に、次々と爆弾が射出された。副長室のモニター
には、各所で爆発炎上する様子が、分割画面で映されていた。音声は、含まれて
いないので、静かに燃え盛る状況が見て取れた。
 「ムンラさん、聖王、選民王より回線がつながっています」 
「コンピューター、つないで、もらえますか」
ムンラが言うと、最初につながったのは、マラッドラ選民王であった。
 「おう、ムンラか。拘禁されていると聞いたが、脱出したか。しかし、これは
どういうことだ。トゥルメキだけでなく、西も攻撃された。説明してくれ」
マラッドラ選民王は、かなり慌てていた。
「意地の張り合いのような愚かな戦争は終わりにしてください。犠牲者が増える
ばかりです。終わらせないと、さらに攻撃します」
「何っ、ムンラ、貴様、この私を脅迫するつもりか。戦争はトゥルメキが仕掛け
てきたんだぞ」
マラッドラ選民王の画面が半分になり、隣に聖王の画面が映った。どちらも、久
保に渡されたタブレット端末のカメラから、送信されたものであった。
「何を言う選民王、そちらが輸送船を沈めたからだ。ムンラ、アプレとディワは
どうした。まさか殺したのか」
聖王は、画面からはみ出しそうな剣幕であった。
「トゥルメキも西ウィムッケも、戦争は終わりにしないと、この私がヌーザン連
合の代わりに、セルドを支配することになります」
ムンラは、何気なく自分の口から出た言葉に驚いていた。受け手の聖王と選民王
もびっくりしていた。
「何っ、ムンラが支配者」
と選民王。
「貴様が支配者だと」
と聖王。
 副長室にいた、アプレとディワもムンラを黙って見つめていた。ムンラは、
電源室からつながるプラグをいきなり抜いた。数秒おいて、再びプラグをさす。
『電源が予期せず切断されました。回路ダメージが大きく復帰までしばらくお
待ちください』とモニター画面には、表示された。
「アプレさん、ディワさん、電源の調子が悪いようなので、電源室を見てきて
ください」
ムンラは、さりげなく言う。
「えっ、でもムンラさん、今、プラグを外しませんでしたか」
アプレは、ちょっと怪訝そうにしていた。
「あれは、…とにかく出て行って…出てけ!」
ムンラは、アプレとディワを副長室から押し出した。通路に出されて、転びそう
になるアプレたちの背後で、扉が閉まった。ディワは、扉脇の"開"のボタンを押
すが、反応がなかった。アプレとディワは、副長室の扉を叩いたが、開きそうに
なかった。
 「コンピューター、緊急指示、火災発生、第7通路の空気を排出」
「ムンラさんの指示には従えません」
「従わないと、またプラグを外すぞ」
ムンラは、アプレたちがいない間に、電源を切ることで、コンピューターを脅せ
ることを発見していた。
「回路ダメージ回避のため承諾」
と人工音声。
 通路に立つアプレたち。
「なんか、息苦しくなってない」
アプレは、扉を叩くのを止める。
「ムンラの奴が、空気を排出したのかな」
ディワは、通路内を見回していた。
「そんなことできるかしら」
「アプレさん、でも、急がないと」
 二人は、副長室前の第7通路を駆け抜け、第8通路に飛び込み、通路の非常ハ
ッチを閉めた。

 「ムンラ、お前の望みは、なんだ。お前がトゥルメキを叩いてくれたら、そっ
くりトゥルメキとその同盟国の支配者として認めるぞ」
選民王は、したたかに交渉を始めていた。
「何をバカな。そんなことできるわけないだろう」
中継音声を聞いていた聖王が割って入る。
「聖王、征東公が死んだ今、"うちゅうⅦ"を操作しているのは、西のムンラのみ
だぞ」
「選民王、実はなクボは、生きておるのだ」
聖王の言葉に、選民王とムンラは目を丸くしていた。
 ムンラが見ているモニター画面。聖王が映し出されている分割画面に、久保の
姿が映った。
「ムンラ、"うちゅうⅦ"の絶大な力を手にして、とんでもない欲求に駆られた
か」
久保は、少し同情するように言っていた。
「せっ征東公、…しかし、今は、私がコンピューターを牛耳っています。この
セルドでは誰も私に逆らえなくなっています。それに戦争は終わらせなければ
なりません」
「コンピューター、ムンラに従う必要はない。俺は生きているぞ」
呼びかける久保。
「声紋分析完了。久保隊員、生存確認。予期せぬ電源切断による回路ダメージ
甚大。ムンラさんの脅迫に従っています」
コンピューターは、臆することなく答えていた。
「ということです。征東公」
ムンラは、一瞬にやりとしたようだった。
「ムンラ、よくやった。君は、西ウィムッケの英雄だぞ」
「選民王様、まだわかっていなのですか。戦争は終わらせてください。聖王様
も同じです」
「…偉そうに…」
マラッドラ選民王は、不服そうだが黙ってしまった。
「終わらせたら、どうする。"うちゅうⅦ"をクボに返すか」
聖王は、試しに言っていた。
「まだ、わかりません。戦争が終結していなのですから」
「ムンラ、とにかく時間をくれ。俺が聖王様とマラッドラ選民王様を説得して
戦争は終わらせる」
「征東公、うまくやれるのでしょうか」
「やってみせる。それとアプレたちは無事か、それとも仲間なのか」
「下手すると通路で窒息しているはずです」
ムンラは、冷たく言い放つ。
「コンピューター、アプレたちは生存しているか」
興奮気味の久保は、通信越しにたずねていた。
「第8通路にいます」
「ムンラ、2日くれ。お前が何をしたいにしろ、2日待ってくれ。戦争は終わ
らせる」
少し落ち着いた久保。

 「ディワさん、ムンラがコンピューターを操っているのなら、"うちゅうⅦ"
内のどこにいても、危険よ。脱出しましょう」
「賛成。念のため宇宙服は着た方が良さそうです。ロッカー室に寄って行き
ますか」
 通路を歩くアプレたち。通路の柱に備え付けられた小型モニターが点灯する。
「アプレ、ディワ、無事だったか。どうやら運び屋に利用されたようだな」
小型モニターに久保の顔が映り、語りかけていた。
「せっ征東公、生きていらしたのですか」
「よくぞ、ご無事で。さすがに征東公だ」
「死んだことにしておいたのだが、いろいろとあったようだな」
久保の側からは、アプレたちの姿は見えなかった。
「こうして、連絡できるということは、コンピューターは、取り戻せたのです
か」
アプレは、頬を緩ませかけた。
「いや、一部だけだ。コンピューターは、脅迫されている。だから、表面上は
ほとんどの命令に従っている。なんとか、君たちの命は守りきっているが、限
界はあるだろう」
「ツッロイ3号で、脱出しようと思ってます」
「そうだな。それがいい。今のうちなら、コンピューターが、緊急ハッチを
密かに開けてくれるはずだ」
久保は、無線なのに声を潜めていた。

 謁見の間には、久保の他、外務大臣、軍務大臣、総合情報局長官が集まって
いた。
「そもそも、戦争の原因、ことの発端は、"うちゅうⅦ"です。あれさえなけ
れば、トゥルメキも西ウィムッケも争う理由がなくなります」
久保が切り出した。
「クボは、あれに乗ってチキュウに帰ればよいということか。それは許さん。
私を騙した罪を償ってからだ」
「現時点ですと、まだ外交ルートは、残っています」
外務大臣が聖王と久保の会話に割って入った。
「ニンギルム外務大臣、我々は勝っているのに、交渉をするのですか」
軍務大臣が慌てて口を挟む。
「軍務大臣、こういっちゃなんですが、軍事費は、かなり、今年度の財政を
圧迫してます」
「まあ、二人とも言いたいことはわかった。ところでクボ、"うちゅうⅦ"を
取り戻せる見込みはあるのか」
「とりあえず戦争を止めれば、奴の一つの条件は飲むわけですから、一歩前
進となるでしょう」
「ムンラの言いなりは、気に入らん。クボ、コンピューターに命じて、ムンラ
を窒息させられないのか。コンピューターは少しは言うことを聞くのだろう」
「当初はできたのですが、ツッロイ3号が、脱出した後からは、通信は逐一
傍受されて、ムンラに筒抜けになっています」
「あのー、聖王様、これはまだ不確かな情報ですが、マラッドラ選民王は、
ムンラと何らかの密約を交わしている可能性があります」
グニルメン長官が口を挟んだ。
「どうして、わかった」
「ムンラの出身地の古ウィムッケ語での交信が"うちゅうⅦ"と交わされたよう
で、現在、言語の専門家が解析しています」
「急がせろ」
聖王は、腕組をした。聖王の秘書官が一礼して謁見の間に入ってきた。
「聖王様、ムンラが新たな充電をさせろと、要求してきました」
「どこかに移動するつもりか。クボ、どう見る」
「これは好都合です。移動するにしても充電に時間が稼げます。充電はさせ
ましょう」
「わかった。しかし真意がわからん。とにかく言語解析を急げ」
聖王は、控えている秘書官に命じていた。
「あぁー、それとクボ。自由に動いて良いが、まだ許したわけではないから
な」
聖王は、厳しい表情を崩さなかった。
             ●
 久保は、"うちゅうⅦ"から脱出したばかりのアプレたちを上空舎に招いて
いた。軟禁拘束から帰宅を許されたセリとセラトムもそこにいた。ロレッア
は上太后殿に戻り別の日に久保と会うことになっていた。
 「アプレ、ディワ、大変だったな。今日は腹いっぱい、飲み食いしてくれ。
しかし、その前に、ちょっと教えてくれ」
「なんでしょうか」
アプレは、きょとんとしていた。
「修理不能だった、通常ロケットの噴射口は、そのままだったか」
「一番後ろのやつですか。あれはそのままです」
ディワは、そんなことかと言わんばかりであった。
「はい、私もそれは確認していますけど」
「ありがとう。なんとかなりそうだ。今日はセリの料理を楽しんでくれ」
久保は、主ホールの奥に居たセリとセラトムに微笑みかけていた。

 「今までいろいろあったが、やっぱりここが俺の居場所かもしれない。
妻も娘も息子もそしてひ孫の聖王様もいる。ようやく、ここに来てわかった。
地球に帰る必要はないんじゃないかと。だから、ムンラに"うちゅうⅦ"に乗っ
て、どこかに行ってもらった方が、全て丸く収まる気がする」
だいぶ酔いが回ってきた久保。
「でも、征東公、"うちゅうⅦ"を取り戻さないと、西とムンラが何を企んで
いるのか心配です」
少し腹が出てきたデンサムは赤ら顔であった。
 セリが杖をつきながら、久保の傍らにやってきた。
「私を地球に連れて行って、この足を直してくれるという、約束は、どうな
るのかしら」
「セリ、そっそれは…、」
久保は、皆と離れたくない一心から出た言葉で、約束は忘れたわけではなか
った。
「いいのよ。これが自然なのだから」
セリは、全く気にしていなかった。
「父さん、僕は、上太后様のようにチョージュではないみたい。でも、
いいさ」
セラトムは、何か違いを感じていたようだった。
「すまない」
久保は、その言葉しか浮かばなかった。
「いいの。チキュウに帰られてしまうよりは、一緒に居られるから」
セリがセラトムの隣で微笑みかけていた。
「聖王様も、罰とか言っているけど、本当のところは、帰って欲しくないん
だよ」
セラトムは、あっさりと聖王の気持ちを代弁していた。

 翌日、総合情報局本部・暗号言語分析室。
「"故郷の大地に舞い降りて守護神とせよ。さすれば望む神となる"と読め
るのですが…他にも意味があるかもしれません」
室長は、グニルメン長官と共に訪れていた久保に説明していた。
「もし地表にワープさせるとしたら、大変なことです。宇宙空間だと、数百メ
ートル、いや50メビット以上の誤差は、問題ないが、地表となると、地面にめ
り込んだりするし、ただでさえ痛んでいる船体に致命的なダメージになります。
また、うまくワープされたら、たぶん西ウィムッケ領内のどこかに温存され、
物凄い脅威になります。絶対に阻止しないと」
「征東公、今、しぶしぶでも進んでいる和平交渉もご破算ですか。しかし…
なぜ、こんなにあっさりと…」
グニルメン長官は久保と顔を見合わせていた。
「ムンラの出身地にまつわる、宗教的な伝説で言いくるめるぐらいのことは、
朝飯前の祈祷師が選民王宮にはいるのでしょう」
「確かに、この文章は、第106ウィニューム伝という伝説の一節でもあります」
室長は、辻褄があったという顔をしていた。

 久保は、総合情報局本部を訪れた足で科技総研にも顔を出した。
「リドゥール所長、俺のタブレットで表示した設計図を参考にして、磁性帯
(テープ)記録媒体はできたか」
「征東公、なんとか、磁気による記録保存はできるようになりましたが、ご覧
ください。あのようになってしまいました」
リドゥールは、トランクケース大の箱を所員に持ってこさせた。
「でかいな。これで、どれくらいデータを保存できるのだ」
「征東公の単位でいうところの128000バイトになるはずです」
リドゥールにとっては、とても考えられない数字であった。
「背負わなきゃならない代物で、128キロバイトか。しかたないか」
「征東公、これでも足りないのですか」
「…うん。しかしオーバーテクノロジーなのに、よくやってくれた」
久保は、磁性帯(テープ)記録媒体の箱を持ち上げて、だいたいの重さを測って
いた。彼の見立てでは、10kgはあった。
「それと暗唱番号プログラムは、入ってるよな」
「はい。あのジャバ・プラス・プラスという言語は、人間が喋るものなのです
か。ニホンゴとは違う記号ばかりに見えましたが」
「テキスト・データで動く言語…、人間のじゃなくて、コンピューター用の
言葉だよ」
「タブレット端末のキーボードにある記号を一字一句違わないように、入れて
います」
「俺も確認してから、使うようにするよ。本当はタブレットを持っていけば良
いのだが、連絡用に置いていけと、聖王様に言われているからな。とにかく
助かった」
久保は、記録媒体の箱を背負い直した。

 "うちゅうⅦ"の副長室。
「充電に後5日もかかるのか。昨日から何回も言っているだろう、征東公を
出せ」
ムンラは、苛立っていた。
「征東公は、選民王との終戦交渉のため多忙なんだ…」
音声のみの無線で説明する巨木基地の司令官・ゼンダイ。
「あぁ、ちょっと待ってくれ。征東公が基地にお見えになった」
「ムンラ、久保だ。巨木の架線が一部、送電の熱に耐え切れなくなって、断線
したのだ。こればっかりは、どうすることもできない」
久保が無線に出た。
「一刻も早く送電を再開してもらえますか。コンピューターの電源を切ることに
なりますから」
「ムンラ、それはよせ。メモリーや回路が損傷する。大量の情報が取り出せなく
なるぞ」
「わかってます。それで半分ほどの充電でも、短距離ワープは、可能なはず
でしたっけ」
ムンラは、ワープ駆動について、だいぶ詳しくなっていた。
「カドクラ乗数と距離にもよるがな。まさか地上なんて考えていないよな」
久保は、探るように言っていた。
「そのまさかですよ征東公」
「ムンラ、コンピューターからいろいろと聞き出しているようだが、地上への
ワープの危険さには、目をつぶっているのか。カドクラ乗数のことも考えろ」
「カドクラ乗数?…なんと言おうと、私は決定しました。従ってもらうしかあり
ません。3日以内に送電は再開してもらいます」
ムンラは、無線を切った。

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