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Startree Planet 第90話 手土産



         王宮裏手門


              ●90.手土産
 6階の特別会議室。
「アーヨロ理事、相変わらず、早いですね」
カチワッカの理事が声をかけていた。
「せっかちなもので、どうしても予定時間の前に来てしまいます。しかし、あな
たも、私の前に来ているではないですか」
「例のものも持ってきました」
アーヨロは、計算機の設計図を手にしていた。
 「失礼します。緊急の要件がございます」
会議室の扉の外から声がしてきた。
「誰だ」
とアーヨロ。
「理事会本部長室室長補佐官のイツホであります」
「補佐官か、入れ」
 「セィンハシニより、このようなものが届いております」
サゼッチャーは、密命書らしきものをアーヨロに手渡す。
「下がって宜しい」
アーヨロは、密命書を広げようとしていたが、サゼッチャーを見て躊躇してい
た。
「そちらの設計図は、偽物のようなので、あらためろとのことです」
「上太后様の命令か」
アーヨロは、上太后の署名を確認していた。
「中立な立場の理事会本部にと、トゥルメキ政府から依頼されました」
「ちょっと待ってくれ、征東公に確認を取る」
アーヨロは、内線電話を取る。
「急いでいますので、失礼します」
サゼッチャーは、アーヨロの隙を見て、設計図を奪い取ると、会議室を飛び出
した。
 会議室前の廊下でサゼッチャーと鉢合わせする久保たち。
「あっ、まずいっ、なんでこんな所に」
サゼッチャーが声を上げた。ロレッアは、その言葉に凍り付いていた。
「ロレッア、この男だな」
久保は、そう言いながら、サゼッチャーに飛び掛った。ネルドも飛びつく。
サゼッチャーの動きは封じられ、すぐに縛り上げられ、会議室に押し戻した。
 
 「理事、盗人は、捕まえましたよ」
久保は、娘を手玉に取った男を小突いていた。サゼッチャーは、何も言わずに
うつむいていた。
「計算機の設計図は、無事だったが、こいつは、問題だな」
久保は、サゼッチャーを睨みつけていた。
「この男、上太后様の署名のある命令書を持っていました」
アーヨロも、睨みつけていた。
「私は、こんなもの書いてないわ。この恥知らず」
ロレッアは、完全に恋心から覚めていた。アーヨロは、やはりといった顔で、
ロレッアを見ていた。
「ロレッア、これには、わけがあるんだ。俺も利用されて…」
サゼッチャーは、言い訳を始めていた。
「この署名は何よ。親戚の本屋だって、嘘じゃないの」
ロレッアは、もう聞く耳を持っていなかった。
「父さん、こいつは、逮捕して闇から闇に葬るしかないわね」
ロレッアの言葉にサゼッチャーは身震いしていた。
「ロレッア、よく言った。お前には、もっと相応しい相手を見つけてやるから、
こんな男のことは忘れろ」
久保は、ロレッアを抱き寄せていた。

 この後、サゼッチャーは、相互潜入工作員引渡し条項により、西に捕らえられ
た、トゥルメキの工作員と内密に交換となった。そして、サゼッチャーは、顔が
知れ渡ったため、情報員として不要となり、二重スパイの嫌疑を掛けられて、処
刑された伝えられた。

 その後の数年間で、トゥルメキ、西ウィムッケ双方とも、ロケット技術は飛躍
的に高まった。有人ロケット機は、150キビット(300キロ)の高度まで到達し、大
気圏再突入も、ほぼ失敗なく行えるようになった。
 しかし、その結果、トゥルメキ、西ウィムッケ双方とも、研究開発費が膨大と
なり、国費を圧迫することになった。

 久保は、謁見の間に呼ばれていた。
「クボ、議会は、ロケット開発費を削れと、盛んに言って来ているが、削った
ら、うちゅうⅦの到達は、西に先んじられるだろう」
「しかし、我々には、巨木があるので、地上からロケットを打ち上げなくても、
うちゅうⅦにたどり着けると思います。現在、開発中の、分解型ロケットの組
み立て基地を巨木上に作れば、開発費は、減らすことは可能ではないでしょう
か」
「基地を作るにしても、カネはかかる…、国防費もおろそかにはできない…」
「聖王様、この状況は、西も同じなら、共同開発を提案すれば、乗ってくるの
では」
「我々に先んじがたいために、開発しているのに、共同開発などありえるか。
同盟国ならまだしも、西だぞ」
「西ウィムッケのビルメーロでは、労働格差を巡って暴動が拡大していると聞
きます」
「ロケット産業労働者とそれ以外に産業の労働者の賃金格差か。わが国も、
暴動こそ起きてないが、くすぶっていることは確かだ」
「産業の裾野を広げる格差是正のための共同開発と銘打つなら、可能性はある
かと」
「そんなうまい話があるか」
「例えば、ロケット尖端の風防カバーの金属絞り技術を共同で行い、その絞りの
技術を、他の産業でも使えるようにするとかです」
「ただ、一番苦労しているのは、ロケットに使う材質や、燃料の混合技術だ。
金属絞りは第一段階として、材質は第二段階として、時間を稼ぐのは、どうで
しょうか。いずれにしてもこのまま競争が続けば、双方共に開発疲れで、疲弊
します」
「当初は、ロケット開発で景気が良くなったのだが、それが10年近くも続くと
いろいろな弊害が出てくるな」
「世の中、全体が、近代化していないのに、科学技術だけが、急激に進化した
ので、どうしても歪が出てしまいます」
「そういうものか」
「まずは、私が特使として、マラッドラ選民王に、直談判してみましょう」
「よろしく頼む」
               ●
 久保たちは選民王宮の大広間に通されていた。随行員は、デンサム、ディワ
ヘダムを含む10人であった。
 「ロケットの共同開発を持ちかけてこられても、双方共に、部外秘の技術が
あるはず。そう簡単には…」
マラッドラ選民王は、渋い声であった。
「ですから、重要度に分けて段階別にしてみては、ということなのです」
久保は、会談の冒頭に言ったことを、繰り返していた。
「金属加工技術など、部外秘でないものならば、特に共同にする必要もないと
思う。今回は、見送らせてもらたい」」
「しかし、暴動という問題も抱えておりますし」
「トゥルメキは、どうか知らんのだが、西ウィムッケでは、ほぼ暴動は沈静化の
方向にあるので、それほど苦慮しておらんのでな」
マラッドラ選民王は、全くに気にしている様子はなかった。
「ビルメーロの一件は、沈静化させたとは、喜ばしいことです」
久保が社交辞令を言うと、マラッドラ選民王はニヤりとしていた。
「外国勢力の介入がないので、容易かったです」
マラッドラ選民王は、釘を刺すような言い方であった。
「先年、西から分離独立した、ブラッメラド国は、頭の痛いところでしょう。
お察し申し上げます」
久保は、トゥルメキは、介入する外国勢力ではないと、あえて念を押していた。
「いずれにしましても征東公、今回は、見送ることにしますが、またいつか、
こちらからお願いすることがあるかもしれない。その時は、あらためて征東公
にお越しいただきたい」
「わかりました。こらちとしても、無理強いするつもりはありませんので」
久保は、西は、かなりロケット技術を完成させていると感じていた。

 久保たちは、帰る途中、在ウィラータのトゥルメキ大使館に立ち寄っていた。
「大使、我々は、このまま、手ぶらで帰るわけには、いかないので、何か手土産
になるものはないでしょうか」
久保は、掘り出し物の情報がないか聞こうとしていた。
「…、そうですな…、確かに暴動は、鎮圧されてます。それにブラッメラド国
は、独立したとはいえ、形の上では西ウィムッケと同盟を結んでいます。選民
王はなかなかの手腕の持ち主です」
大使が言っていると、秘書官が、ヘダムを大使室に連れてきた。
「どうしたヘダム、何かつかんだか」
「征東公、西の無人ロケット機が"うちゅうⅦ"に到達して、写真を撮ってきた
らしいのです」
「本当か…、それでその写真、今どこにある」
「選民王宮に、送られたそうですが。王宮内のどこかは、つかめていません」
「また、ハッタリやデマではないだろうな。以前の例があるからな」
「征東公、残念ながら、その可能性は低いようです」
「だから、俺と会っている時も、あまり関心を示さなかったのは、演じていたの
ではなく、本心からだったのだな」
「そのようです。もっと早くわかっていたら、無駄に足を運ばずにすみました」
「しかし、その写真、見られるものなら、見てみたいな。今度は変装して、選民
王宮に行ってみるか」
久保が言うと、その場にいた全員が、目を丸くしていた。
「変装しても征東公は、顔が知られていますので、私が、その写真の写真を撮っ
てきます」
ヘダムは、久保の危険を真っ先に考えていた。
「しかし、本物の"うちゅうⅦ"を知っているのは、俺だけだぞ。ヘダムはどれが
偽物でどれが本物と見分けがつくのか」
「どんな写真かは、だいたい想像がつきます」
「しかし、どんな角度から撮ったかで、全然代わるからな。それに、忍び込ん
だ諜報員を混乱させるために、いろいろな写真と一緒に保管していると、想像
がつくぞ」
「情報操作が得意な奴らなら、やりかねませんが…」
「今回は、俺の身辺警護の意味もあって、デンサムやディワも同行している、
彼らと一緒なら、問題ないだろう」
「しかし、人数が多くなってしまいます」
「ディワと俺とヘダムなら、いいだろう。何かあったら俺が責任を取る」
「征東公なら、責任は取れるでしょうから、しかたありません」

 選民王宮の裏手門で停止する久保たちの内燃荷車。運転席から門兵に偽造
通行証を見せるヘダム。出入り業者を装う荷車の荷台には、洗剤が積まれてい
た。
「お前の他に作業員二人か…、で…今日の積荷はなんだ。また洗剤か。昨日、
納品したばかりだろう」
門兵は、喋りながら、荷物をあらためていた。
「トゥルメキの特使一行が帰ったので、大広間のカーテンとか、大物洗濯が、
あるのではないですか」
ヘダムは、調子を合わせていた。
「ん、お前、新人か。大広間のカーテンは、ここで洗濯しないぞ」
門兵は、ヘダムの顔をじろじろと見ていた。
「あぁ、そうなんですか。昨日入ったもので」
「お宅の主は、新人を王宮によこすのか。全く無礼だな。まぁ、不審なものは
ないから、通って良いぞ」
門兵は、裏手門を開けた。
 
 王宮で働く使用人用の通路を歩く久保たち。 
「昨日、俺らが歩いた廊下の裏には、こんな通路があったんだな」
久保は、感心していた。
「私が入手した図面によると、そこを右に曲がると扉があり、そこから廊下に
出て、3つ目の部屋が、王宮資料室です」
ヘダムは、図面を手にして、先導していた。
「その資料室には鍵はかかっているのですか」
ディワは、何か言いたげであった。
「たぶん、掛かっていますが、私がなんとかします」
「ヘダムさん、私の実家は鍵屋なんで、お役に立てるかと」
「そうだ。それで、何かの役に立つかと思って、ディワを連れてきているん
だ」
久保が付け加えていると、ヘダムは、扉を少し開けて、廊下の様子をうかがっ
ていた。
「人通りが多いようです」
ヘダムは、扉をそっと閉めていた。
「この納品業者の、格好では、廊下では目立つな」
久保は、どうしたものか、考えていた。清掃員の作業服を積んだ手押し車が、
久保たちの横を通過して行った。
「征東公、まさか、その洗濯室行きの手押し車の服を…」
ディワは、嫌そうな顔をしていた。
「ちょっと見た限り、どこが汚れているかわからない。拝借しよう」
久保は、手押し車の後をついていった。
 「あんたたち、何、洗濯物があるなら、さっさとここに入れて。急がしいんだ
から」
手押し車を押している中年女性が声かけてきた。
「良かったら、洗濯室に我々が押していきますよ。ついでだし」
久保は、試しに言ってみた。
「あら、そう。それは、助かるわ。頼んだわ。第5洗濯室だからね」
「第5ですね。わかりました」
久保は、手押し車を女性から引き継いだ。

 「征東公、こりゃ、まずいですよ。スカーフもあるし、全部女性清掃員用
だぁ」
ディワは、手押し車の洗濯物をまさぐっていた。
「確かに、一つも男物はありません。ただし中年女性が多いようなので、サイズ
は、大きめです」
「大きめって言ったって、女性用じゃダメだ」
ディワは、嫌な予感を感じていた。
「スカーフを被れば、わからんだろう。それに窓拭き係用だ。いろいろな部屋に
入りやすい」
久保は、自分にあいそうなサイズを探していた。
 3人は、大きめの女性清掃員といった姿で、廊下に出た。
「征東公、あの給仕、こっち見てますけど」
とディワ。
「気持ち悪いウィンクでもしてやれば、見ないだろう」
「征東公、ウィンクってなんですか」
「あぁ、ここじゃ、そんな習慣はないか…。無視しろ。鍵開けの出番だ」
久保は、ディワの前に立ち、鍵を開けている所が見えないようにしていた。ヘダ
ムは、高窓拭きモップを持って仁王立ちになっていた。
「ヘダム、ちっとは、女性っぽくしておけよ」
「はっ、はい」
ヘダムは、モップの詰まったゴミを取り始めた。久保は、スカーフを深めに被り、
周囲の様子をうかがっていた。
「ディワ、開いたか」
「もうすぐです。あっ、開きました」

 久保たちは、資料室に入った。しかし、王宮会議議事録や職員名簿の類ばかり
で、"うちゅうⅦ"の写真などありそうもなかった。ただ、王宮の設計図面、配線
図面もあり、久保たちの知らなかった、様々な部屋の存在がわかった。
 「この選民王執務予備室というのは、なんなんだろう。秘書官室隣に執務室と
は別に予備室とはな」
久保は、そこが怪しいと睨んだ。その時、資料室のドアノブが回る音がした。
「誰かいるのかぁ、」
扉のところから、声がしていた。書架の影に隠れていた久保たちは、息を潜め
ていた。
「なんだ、鍵の閉め忘れか。全くしょうがないな。特別清掃班か」
ドアノブを回した男は、ぶつくさ言いながら、鍵を閉めていた。
 足音が遠ざかると久保たちは、ほっとしていた。
「予備室は、6階の奥です」
ヘダムは、どの経路で行くのが安全か考えていた。
「ヘダム、予備室に写真があると思うか」
「行ってみないと、なんとも言えません」
「俺は、もっと良い方法を考え付いた。この配線図を見てくれ。資料室の内線
電話も執務室も予備室も、全部内線でつながっている。マラッドラだが写真を
持ってきてくれと言えば、済むんじゃないか」
「確かに、資料室の内線電話は、使えますが、声でバレますよ」
ヘダムは、申し訳なさそうに言っていた。
「そうだが…、選民王ではなくて、筆頭秘書官のネルの声なら、どうだ。俺は、
大広間で控えていた、あいつの声、ベタムに似ていると思うのだが」
「あっ、私も、どこかで聞いた声だなと、思っていましたが、ちょっと低めに
すれば、そっくりだと思います」
ディワも同じことを感じていた。
「私ですか。しかし、口調というものがありますし…」
ヘダムは、乗り気の久保とディワを交互に見ていた。
「奴の口調は、なになにでしゅっていった感じの空気の抜ける言い方をしてい
たから、それを真似れば、いい」
「至急、写真を持ってきてくれとのことでしゅ。こんな感じですか」
ヘダムが、試しに言うと、久保とディワは、そのそっくりさに、喜んでいた。
「いけるぞ、ヘダム。さっそく、その内線電話をちょっと細工して使おう」

 「まず、筆頭秘書官が今どこにいるか、探らないとな。秘書官室にいるのに、
資料室に写真を持ってきてくれなんて、変だからな」
「それと選民王の居場所も探らないと、怪しまれます」
ヘダムは、いろいろと考えていた。
「そうだな。選民王に頼まれて、連絡している形にするからな」
久保は、どういう状況が一番良いか考えていたが、居場所次第であった。
 「ネルでしゅが、選民王様は、そちらにいましゅか」
ベタムは、それっぽく言う。
「選民王様なら、この時間、地下の食堂じゃないですか。どうしたんですか」
と執務室付きの女性秘書。
「あぁ、忘れてた」
ヘダムは、適当にごまかす。この調子で、調べた結果、ネルは仮眠室で寝ている
ことがわかった。
「今しか、チャンスはなさそうだ。ヘダム頼むぞ」
久保は、いきなり好機が訪れていたので焦っていた。 
「ネルでしゅが、選民王様が例の写真を資料室に持ってきてくれとのことでし
ゅ」
ヘダムは、再び選民王執務室に内線する。
「例の写真って、食事会のものですよね」
女性秘書は、全く違うことと勘違いしていた。
「いや、"うちゅうⅦ"のでしゅ」
「えっ、あっ、でも、あれは、やたらに持ち歩けないし…」
「とにかく、急いでいるので選民王様に怒られないように、至急頼みましゅ」
「わかりましたけど、仮眠で寝ぼけてないですよね」
「いいから早く、資料室にでしゅ」
ヘダムは、ネルを演じきっていた。
 「ヘダム、予備室にはなかっただろう」
「はい、執務室でした。行くまでもなかってでしゅ」
「おい、ヘダム、ネルが板についたな」
久保は、笑っていた。

 資料室の鍵が開き、女性秘書が男性秘書官と共に資料室に入ってきた。
「ネル筆頭秘書官、写真をお持ちしました」
女性の声がする。
「あぁ、そこのテーブルに置いてくれましゅか」
「筆頭秘書官、どうしたのですか。選民王様に何があったのですか」
男性秘書官が声をかけてきた。
 「余計なことは、言うな。おとなしくしていろ。さもないと、この筆頭秘書
官の命はないぞ」
久保が、声色を変えて言っていた。
「頼む、殺さないでくれましゅか」
ヘダムはネルの口調で言う。いずれも声だけで、秘書官たちには、誰がどこ
にいるのかわからなかった。
「そこの女、扉を閉めて中から施錠しろ。さもないと、こいつの命が」
と久保。
「はい。わかりました」
女性は、恐々答えて、施錠していた。
「二人とも、その手前の書庫の中に入れ。さもないと」
「わかりました」
男性秘書官が声を上げていた。二人の秘書官が、書庫に入ると、扉を閉めるディ
ワ。すぐに書庫の扉の前に別の書架を倒して、つっかえ棒とした。
 書庫を叩く二人の秘書官たち。音が結構響いていた。
「あまり、長居はできないな」
久保は、そういいながら、持ってきた写真を見ていた。"うちゅうⅦ"の側面から
撮影した写真が5枚あった。白黒写真なので、よくはわからないが、かなり隕石
などで損傷を受けている船体側面が写っていた。修復ロボットらしきものが、視
界の端に写っているが、作業腕は、1本しかないようだった。
「いずれも不鮮明だが、ほぼ予想していた感じだ」
久保は、この写真を持ち去ろうか迷った。
「征東公、これを持って、一刻も早く脱出しないと」
ヘダムは、扉の方を見ていた。

 廊下側で、多数の衛兵が走ってくる音がした。ヘダムは、窓ガラスを割って窓を
全開にしてから身を伏せた。
 資料室の扉が自動小銃で粉々になって、踏み倒された。衛兵たちがなだれ込んで
くる。手を後ろで縛られ、猿轡をされている清掃婦が床に横たわっていた。
衛兵は、清掃婦を抱き起こそうとする。久保は、窓の方を指差して、震える清掃婦
を演じていた。
「賊は、窓から逃げたようです」
衛兵の一人が窓付近から報告していた。
「写真の封筒はあるか」
上官の衛兵。
「あれがたぶん、ありました。間違いありません。慌てて置いていったようです」
「無事であったか」
上官の衛兵は、安堵の表情を浮かべていた。念のため封筒の中身をあらためようと
する。その隙に、久保たちは、資料室から怯える清掃婦を装って、立ち去った。

 使用人通路で、着替える久保たち。
「征東公、どうして、あの写真を持ち帰ろうとはしなかったのですか」
ディワは、不思議そうにしていた。
「不鮮明だし思っていた通りだということを確認できたから、それでよかった。
それに何よりも我々が、逃げ出す隙を作りたかったからな」
久保は、最後にスカーフを外していた。
「征東公、清掃婦の格好は、今後、ご免こうむりたいです」
ヘダムは、清掃婦の服を放り投げていた。

 久保たちは、特使としての任務は、まっとう出来なかったものの、若干の手
土産を持って、帰国した。

Startree Planet 第89話 航空総覧会



          総覧会場


             ●89.航空総覧会
 航空総覧会まで後260日、西ウィムッケの有人ロケット機が高度45キビット
(90キロ)まで到達した。それを受けて航空総覧会まで後210日、ウォーゼ基地
から打ち上げられたトゥルメキのロケット機が高度50キビット(100キロ)に
到達した。ロケットエンジンの性能や高度の競争が激しく続いていた。ここ
まで来ると、二段式の他に三段式ロケット機も現れ始めた。
 航空総覧会まで後36日と迫った日、科技総研に衝撃が走った。西ウィムッケ
が打ち上げた有人ロケット機が、高度65キビット(130キロ)に到達して、落下傘
降下で無事に戻ってきたというのだ。西ウィムッケでは、その操縦士が英雄扱
いで新報紙や放送で報道されていた。

 「"うちゅうⅦ"の高度に到達するのは、時間の問題だ。我々の方はどうだ」
久保は、焦った。
「我々のロケット機は、耳長狐を乗せたものでも、高度50キビット(100キロ)が
最高到達高度です」
リドゥールは、申し訳なさそうにしていた。
「航空総覧会では、明らかに水をあけられてしまう。ジェット機や回転翼機が
いくら優れていても"うちゅうⅦ"にはたどり着けない」
「西のロケット機開発は完全に弾道飛行よりも"うちゅうⅦ"を目的にしている
ようです」
「リドゥール、こちらの出し物で、西を圧倒させられるロケット機は何がある」
「ロケット機でですか…有人のロケット機に軟翼式(パラグライダー式)帰還機
をつけることぐらいだと思います」
「操縦性の良い軟式帰還機を付けただけではな…、もう日がない、このまま行
くしかないのか。高度だけでも…、とにかく西に一泡吹かせたいところだがな」
久保は、頭をひねっていた。

 航空総覧会まで後5日。ウォーゼ基地では、歓声が上がっていた。トゥルメ
キの有人ロケット機が想定以上の性能を発揮し、軟式翼帰還機が無事に戻って
きたのだった。
「高度は54キビット(108キロ)、見ようによっては、大して変わらんぞ。これで
西と肩を並べられそうだ」
この日、久保もウォーゼ基地の管制室に来ていた。
「はい。征東公、なんとか差を縮められました。西と同じ三段式にしたことが
功を奏しました」
リドゥールは、少し涙目であった。
「しかし、これでも、まだ一泡吹かせらない」
久保は、冷静に言っていた。
「わずかに高度が低いからですか」
リドゥールは、涙が乾きそうな顔をしていた。
「そうではないが…、何か。そうだ。2番機には女性操縦士を乗せるのはどう
だ」
「しかし、誰がいますか」
「アプレ操縦士はどうだ」
久保は、とんでもないことを思いついていた。アプレは、アフーレの偽名で、
ウォーゼ基地で匿われていた。
「アフーレ様をですか。何かあったら大変です。危険過ぎます」
リドゥールは、アプレの正体を知っていたので、思わず口にしてしまった。
「この1年間の操縦ぶりを見ると、技量は充分にあるし、度胸もある」
「でも、一回、ロケット機を低空で飛ばしたくらいでは」
「本人に確認してみよう。彼女なら、できないことは、きっぱりと断ると思う」
久保は、アプレが勤務している詰所に向かった。

 航空総覧会の前日、聖王夫妻は、飛行機でメリニグ入りしていた。西ウィム
ッケのマラッドラ選民王も夜には、到着の予定であった。聖王夫妻は、航空総
覧会場となるメリニグ飛行場を視察していた。
 「クボ、こうして見ると、会場は立派だが、出し物では、西を圧倒できそう
か」
聖王夫妻は、直前準備中の会場の貴賓席に座っていた。久保は貴賓席の横に立っ
ていた。
「現状では、ほぼ互角なのですが、秘策は用意しています」
久保は、アプレの正体は聖王に伝えずにこの日を迎えていた。
「西は、戦争でもする覚悟で、総覧会に臨んでいると聞くが」
「この2年間のロケット機開発競争は、"うちゅうⅦ"にどちらの陣営が先に
到達するかに変わって来ました。結局それが、圧倒的優位に立てることなので」
「クボの"うちゅうⅦ"には、それほどまでの知識が詰まっているのか」
「レーザー砲から核物理学、ワープ技術までありますから、知識の宝庫と言って
も良いと思います。もっとも彼らは、私の発明品や知識の源が、あそこにあると
思っているだけで、具体的に何があるかは知らないはずです」
「あのぉー、征東公は、"うちゅうⅦ"にたどり着けたら、故郷に帰ってしまうの
ですか」
ワメロング王后は、あまり嬉しそうな声ではなかった。
「…私もまだ決めかねています。当初は、帰りたい一心でしたが、100年以上…、
いや、あぁもう110年近くになりますか。もう、ここも故郷の一つなんです」
久保は、初代聖王のことなどを思い返していた。
「私としては、ここにいてもらいたい」
聖王は、感情を隠すように静かに言っていた。
                ●
 聖王夫妻の結婚記念日。航空総覧会は、幕を開けた。聖王の挨拶、マラッドラ
選民王の白々しい祝辞などが終わると、飛行観覧演目が始まった。ジェット機部
門、大気圏内ロケット機部門、回転翼機部門、それぞれに、トゥルメキと西ウィ
ムッケの最新機が登場する。整然と並ぶ編隊飛行、最小旋回半径を見せ付けあう
曲芸飛行が、会場の上空で披露された。
 「聖王様、いずれも甲乙つけがたい、ものばかりです」
「クボ、次の大気圏外に出てから戻ってくるロケット機は、どちらが、上だと
思う」
「それも甲乙つけがたいと思いますが、トゥルメキの操縦士は女性です。こちら
は、女性も最新機の操縦士になれるというのをセルド中にアピールしようと思い
ます」
「面白い趣向だ」
聖王が喜んでいると、貴賓席の端にヘダムがやってくる。久保は、気になったの
で、トイレに行くふりをしてヘダムの元に行った。
 「西ウィムッケの新報紙が、こんなことをスクープしてました」
ヘダムは、部下が持ち帰った版下原稿を手にしていた。久保は、その原稿に目を
通す。
 「36日前の高度65キビット(130キロ)に到達したロケット機は無人だったのか」
久保は、唖然としていた。
「はい。飛行士は別のロケット機に乗っていたそうです」
「だとすると、我々の有人記録の方が上ではないか」
「今日も特設発射台には、トゥルメキ、西ウィムッケ双方のロケット機が準備
されていますが、発射されるでしょうか」
「しかし、今日は、まがい物ではない本物を用意しているはずだろう」
「西は、今回の操縦士も、あの英雄のようですが、妙なことを耳にしました。
密かに殉職パレードの用意をウィラータではしているようなのです」
「殉職か。我々の操縦士の話だと、帰還時の熱に船体がぎりぎり耐えたという
ことだから、高度65キビット(130キロ)だと燃え尽きるかもしれないな。もっと
も、優れた耐熱材を使っていたら別だがな」
「しかも、まだこのことはマラッドラ選民王は、知らされていないようなので
す」
「とにかく予定通りに、計画を進めないと、首を切られるお国柄だからな。例え
失敗しても予定通りということか」
「でも、西のロケットが成功する可能性もあるのだろう」
「ゼロではないと思いますが、パレードのことを考えるとかなり低いと…」
「わかった。そんな競争にアプレ操縦士は、乗せられないな。無理をするかも
知れない。即刻、発射台から降りるように連絡してくれ」
「わかりました」
ヘダムは、貴賓席の端から走り去った。

 久保は、ヘダムの情報を聖王に耳打ちした。何も知らない貴賓席のマラッド
ラ選民王は、空を仰ぎ見て、西ウィムッケ機に喝采を送っていた。
 機体後部につけた吹流しを撃ち合う、模擬空中戦では、前半、西ウィムッケ
側が優勢で、点数を稼いでいた。しかし、後半になると、盛り返してくるト
ゥルメキ側。最終判定は、引き分けになった。

 久保は、マラッドラ選民王の席に歩み寄った。
「マラッドラ選民王様、聖王様が大気圏外ロケット機発射の前に、軽食茶会
(ティータイム)は、いかがかと申しております」
「聖王様が茶会を用意しているとは、これは断るわけにも参りませんな」
「どうぞ、あちらの建物に」
久保は、大窓が並ぶ、茶会用の館を手で指し示していた。

 「どうですか。腕自慢のうちの料理人に作らせた甘味軽食(スィーツ)は」
聖王は、テーブルを挟んで和やかに話しかけていた。
「さすがに美味ですな」
選民王は、隣に座る夫人に微笑んでいた。
「ところで、本日のロケット機発射の件ですが、折り入ってお話が…」
聖王が切り出すと、タイミングよく、ワメロングが選民王夫人をテラスに連
れて行った。
「なんですかな」
「ちょっと、こんなものを目にしまして…」
聖王は、新報紙の版下原稿を見せた。
「こっこれは、わが国の新報紙ですが、まさか」
「これは、偽物かもしれませんが、ご存知なのかと思いまして」
「いゃぁ、知りません。もし本当でしたら、これは由々しき事態です」
マラッドラ選民王の顔は、真剣になっていた。
「それで、実は、トゥルメキ側も、無理して有人ロケット機を打ち上げるのは、
危険なので、躊躇してまして…今回は双方とも無人で打ち上げというのは、
どうでしょうか」
「あぁ、そうですか。とにかく早急に、真偽を確かめたいのですが」
「どうぞ、ご確認ください」
聖王は、内線電話を選民王に渡した。すぐに来賓席にいた大使や秘書官たちが、
選民王のもとに集まり、指示をうけると急いで立ち去った。

 30分ほどで、選民王のもとに、真偽の程を伝えにくる筆頭秘書官。彼は、険
しい表情であった。選民王と筆頭秘書官は、10数分話し込んだ。

 「聖王様、西ウィムッケとトゥルメキの今後の友好のためにも、どちらが上と
いうことは、決めない方が良さそうですな」
マラッドラ選民王は、意味深なことを言って来た。
「私も、そのお言葉には賛成です。となりますと、大気圏外ロケット機は、双方
とも無人で打ち上げますか」
「大きくて費用がかかる花火ということで、締めくくりましょう」
マラッドラ選民王は、体面上、和やかな雰囲気を保っているが、帰国次第、誰を
懲罰するかで、煮えくり返っていた。

 トゥルメキと西ウィムッケのロケット機は、ほぼ同時に打ち上げられた。会場
は夕刻からすっかり夜へと変わっていた。無人ロケット機は大気圏外に出て、す
ぐに再突入する。燃えるロケット機の姿が、夜空に閃き航空総覧会を締めくくら
れた。
               ●
 航空総覧会の翌日、久保は謁見の間にいた。
「何、昨日のロケットには、アフーレ様が乗る予定だったのか」
聖王を目を大きく見開いていた。
「アプレ操縦士は、優秀ですから」
「クボ、今まで私に黙って、ウォーゼ基地で匿っていたのか」
「利用されずに安全を確保するために必要だったのです」
「そこまでするのか」
聖王は、久保を睨んでいた。
「どうぞ、処刑なり、なんなりと処分してください。しかし、私は間違ってい
たとは思いません」
久保は、謁見の間の床に直に座り込んだ。
「うぅ、クボ!…」
「いかがしますか」
「…それで、アフーレ様は、そんなに操縦士として優秀なのか」
聖王は、感情を抑えているが、声は怒りに震えていた。
「はい。カチワッカのみならず、セルド全体の宝となる才能です」
久保は、芝居口調であった。
「セルドの宝か。第二夫人などの器ではないのだな」
「そうは申してません。しかし、婚礼の儀から2年が経っています。聖王様
のご意思次第で、いかようにもなりましょう」
「そうか。わかった」
「アフーレ様は、今、ウォーゼ基地に向かっています」
「それでは、アフーレ様を呼び戻せ」
「第二夫人にするのですか」
「いや、カチワッカに帰国させるのが、本人や父親のためであろう」
聖王は、静かに言った。
「聖王様!」
「クボ!、命を張ってでも、忠告する人物は、大事だな」
聖王は、渋い顔のままだが、腹の底では苦笑いしているようだった。

 航空総覧会以降も、ロケット機の打ち上げ競争は、加熱していった。特に
西ウィムッケの目標は"うちゅうⅦ"にたどり着くことであった。一方のトゥ
ルメキは、領内の巨木から打ち出すための分解型ロケット機の開発も始まっ
た。大気圏外再突入の熱対策、軌道計算など、様々な問題を一つ一つ、解決
しながら、ロケット技術は進んで行った。
               ●
 上空舎には、ヘダムの部下ネルドが訪れていた。
「ロレッア上太后様の愛人・サゼッチャーが、どうもトゥルメキのロケット
情報漏らしているようなのです」
ネルドたちが、報告する総合情報局の情報はいつも裏が取れていた。
「何っ、ロレッアに愛人だと」
「上太后様は、お年よりも、お若いので、どうしても、そちらの方も…」
ネルドは言葉を濁していた。
「まっ、俺もそうだから、娘は、ダメだとは言えんからな」
久保は、セリがそばに来ていないか気にして、小声になっていた。
「それで、我々が、上太后様にご忠告申し上げにくいので、征東公様から
声をかけていただくことはできますでしょうか」
「あぁ、なるほど、それでグニルメンやヘダムは、言いにくいことは、ネルド
に任せたわけか」
「いかがでしようか」
「もちろんOKだ。俺しかそんなことをロレッアに言えんだろう」
久保は、今となっては有名な口癖を言っていた。ネルドは、安堵の表情を浮か
べていた。

 その日のうちに、久保は、王城の上太后殿に行った。
「あら、父さん、どうしたの急に」
ロレッアは、あっけらかんとしていた。
「サゼッチャー氏のことだが…」
久保は、娘に対して愛人とは、とても言えなかった。
「…サゼッチャーのこと。ただの友達だし、別に王家の一員にするつもりはない
わよ」
「実は、彼が、トゥルメキのロケット情報を漏らしているらしいのだ。何か思い
当たる節があるか」
「ええっ、そうなの。何かの間違いってことはない」
「総合情報局が、言ってきたのだから、ほぼ間違いない」
「そう…。でも、思い当たる点はなかったわ。信じられない」
ロレッアは複雑な表情を浮かべていた。
「何か、彼に特別な施設に入れる権限のようなものを与えてないか」
「それもないわね。だいたいあの人、そんなタイプじゃないし、おっちょこちょ
いだし…」
「ロレッア、いろいろな性格を演じきれるのも諜報員の素質だからな」
「まさか、別れろって言うの。父さんだって、3人も奥さん代えてるし、アフー
レ様も、5世聖王から奪い取ろうとしたっていうじゃない」
「ロレッア、アフーレ様は、断じて違うからな。神に誓って付き合ったことなど
ない」
久保は、娘が余計な噂話まで持ち込んだので、むっとしていた。
「サゼッチャーは、お前の愛人という地位を利用している男だ」
「愛人!父さんから、そんな言葉を聞くとは思わなかったわ」
ロレッアもかなりむっとしていた。しばらく親子は、黙ってしまった。
 「ロレッア、この件、どうしたら良いと思う」
久保は父親らしく静かに切り出した。
「サゼッチャーは、逮捕されるの」
「たぶんな。逮捕されれば、新報紙ネタになる。総合情報局は、穏便に済ませた
いので、まず俺に連絡してきたのだ」
「穏便にね…」
「今、彼はどこにいる」
「メリニグの親戚の店を手伝いに行ってるけど」
「そうか、この期間、恒久和平理事会が開かれている。だからか」
「考え過ぎじゃない」
「ロレッア、その店ってメリニグのどこだ」
「私も、一回身分を隠して行ったことがあるところよ。架空の場所ではないわ」
「それじゃ場所を教えてくれ、俺が行ってくる」
「何しに行くのよ。殺すつもり」
「父さんがそんなことすると思うか。信用ならないなら、一緒に行くか」
久保は、勢いで言ってしまったが、ちょっと後悔していた。
「もちろんよ。行きましょう」

 翌朝、久保親子は上空軍の輸送機で、メリニグに向かった。前日のうちにメ
リニグ入りしていたネルドとデンサムとは、サゼッチャーの親戚の店の前で落
ち合う予定であった。
 「ロレッア、ここじゃないのか」
久保は、運転席に座っていた。
「確かに花屋の隣だし間違いないけど、店の看板が違うわ。本屋だったんだか
ら」
助手席のロレッアは、変装用の帽子を上げて、店をよく見ようとしていた。
「どうみても、靴屋だな。おっ、デンサムたちの車が来たぞ」
久保は、曲がり角を曲がってきた車に窓から手を振っていた。

 「征東公様、何も上太后様まで、お連れするとは」
ネルドは、恐縮していた。
「ネルドさん、今日はお忍びなので、クボラスさんとロレルさんとお呼びして
ください」
デンサムは、ネルドがてっきり知っているものと思っていたので、意外だと言
う顔をしていた。大きくうなずくネルド。以前、ヘダムがクボラスと叫んでい
たことを思い返していた。
 「クボラスさん、ここは、15日前に引き払ったそうです」
「だとすると、サゼッチャーが来る前に仲間が引き払っていたのか」
「まさか…あの人がそんなことをしていたとは…」
ロレッアは、信じていた気持ちが揺らぎ始めた。
「ネルド、たぶん君のことだから、もう新しいアジトは、突き止めているの
だろう」
「はい。2街区先の古本屋です。しかし、サゼッチャーの奴は、まだ一度もそこ
を訪れてはいません」
「よし、その古本屋に行ってみよう」
久保たちは、車に乗った。

 恒久和平理事会本部。西ウィムッケ理事の執務室。 
「サゼッチャー、トゥルメキの理事が、カチワッカの理事に、ロケット開発の
進捗状況を説明するのだが、その際に、軌道計算用の計算機の設計図も渡すら
しい。なんとかならんかな」
と理事。
「計算機ですか。ロケットに直接関係ないように思えますが」
「計算機は、これから重要だ。いちいち、人の手で計算していては、遅いし、
間違うこともある。絶対に必要な技術の一つだ」
「トゥルメキの理事には、上太后の署名を偽造した密命書を見せて、設計図を
手に入れます」
「サゼッチャー、上太后の署名は、使い過ぎの様な気がするが、大丈夫か」
「それでは、今回を最後にします」
「そうだな。念には念を入れたほうが良い。あぁ、それとトゥルメキの理事た
ちは、2時間後に、6階の会議室で会うとのことだ」

 久保たちは、2街区先まで来る。
「ここまでくると恒久和平理事会本部が、かなり近くになるな」
歩道を歩く久保。久保とロレッアを守るようにして、ネルドとデンサムは歩い
ていた。
「今、建て替えしている、そこの建物ができると本部は見えなくなりますが」
ネルドは、さりげなく言っていた。
「この辺は、メリニグでも再開発が盛んなようですね」
ロレッアは、舞い上がっていた砂埃に、手で口を塞いでいた。
「はい。地下鉄道も、現在工事中なので、渋滞の原因となる路面電車は、なく
なる予定です」
デンサムが付け加えていた。
「地下鉄道か。あの古本屋の下と理事会本部のどこかが、地下でつなげられて
いる可能性はないか」
久保は、駅ができるとしたら、今、自分が立っている足元付近だろうと想像し
ていた。
「ちょっと余計に掘ればできますし、今、掘っても、工事の一部としか思われ
ず、怪しまれません」
ネルドは足元をじっーと見つめていた。
「恒久理事会本部で、どんな予定があるのか些細なことまで再確認しよう」
久保は、古本屋に向かう足を止め、理事会本部に向けた。

 トゥルメキ理事の執務室を訪れる久保たち。久保は身分を明かしていた。
「征東公、今日は、大した予定は、ありません。うちうちの説明ぐらいのもの
です。後30分ほどで6階の会議室に行きますが、それまで、お話はできると思
います」
トゥルメキ理事・アーヨロは、ちらりと壁時計に目をやっていた。
「それで、この本部内で、この男を見かけたことはありますか」
久保は、サゼッチャーの写真をアーヨロに手渡した。
「…理事会本部には、大勢の職員が働いていますから、見かけた気もしますし、
見かけないような…」
「あの、アーヨロ理事、この本部と地下鉄道の駅は、直結する予定なのでしょ
うか」
ネルドは、話題を変えてきた。
「はい。本部の地下2階とつながりますので、雨に全く濡れずに、来られる
ようになります」
「理事はもう時間がないようなので、うちうちの説明が終わるまで、地下2階
の工事現場でも見にいかない」
ロレッアが言うと、アーヨロ理事は、その声に聞き覚えがあるような顔をして
いた。
「私の秘書ロレルは、娘のロレッアに声が似ているから採用したんですよ」
久保は、機転を利かせていた。

 久保たちは、アーヨロ理事の執務室を出る。エレベーターホールが込み合っ
ており、階段室の方を何気なく見るロレッア。
「あっ、サゼッチャーだわ」
「ロレッア、本当か」
久保もすかさず、階段室の方を見るが、既に誰もいなかった。
「上に上って行ったわ」
「確かめよう」
久保とロレッアが走り出すと、ネルドたちもついてきた。

Startree Planet 第88話 2年間



        ロケット機発射


             ●88.2年間
 「クボ、ジャネル殿下の提案は、予期していなかった」
「私も、あのようなことを披露宴の席で言うとは」
久保は、披露宴の翌日、王城に呼ばれていた。
「それも2年ときた。2年で離婚する王は、愚なる王・愚王と見なされるとい
うトゥルメキの古い言い伝えを知っているのだろうか」
聖王は、いまいましいそうにしていた。
「たぶん、勉強し調べたのだと思います。しかし聖王様が2年以内に、ワメロ
ング王后と離婚するはずはないでしょう」
「私もそのつもりだが。西ウィムッケが何か画策しないとも限らない。注意は
しておきたい」
「はい。それよりも、航空総覧会の方です。あぁいう風に言う限りは、何か、
最新の航空機を開発しているのだと思います。その披露の場にしようと画策し
ていることは、間違いありません」
「ということは、ロケット機だな」
「科技総研もかなりの所まで開発は進んでいますが、制御がどうもうまくいき
ません」
「それでは、予算を増やそう」
聖王は、議会と掛け合うつもりであった。

 科技総研を訪れた久保。
「リドゥール所長、ロケット試作機は、どうだ」
「ジェット機並みに、使えるようには、なりましたが、燃焼時間が短く、航空
機としては、ロケットエンジンは向いていません」
「いや、一旦大気圏を出て、進むことができるから、格段に速度を上げられる。
弾道飛行すれば、数時間でウィラータに到達できる。ただし航空機というよりは
航空宇宙機だな」
「航空宇宙機ですか。でも、極端な速さよりも運べる爆弾の数を考えるとジェッ
ト爆投機の方が有用かと」
「確かにな。核弾頭でもあれば、ロケットも…」
久保は、ここが地球でないことを思い知った。
「航空宇宙機は、わかりますが、それですと征東公が言っていた"うちゅうⅦ"に
たどり着けるとしても、一般に広く利用することが…」
リドゥールは、ロケット機が開発費の割りに利用価値が低いように感じていた。
「西ウィムッケもそうなのかな」
「いいえ。西は違います。"うちゅうⅦ"にある情報を手にしたいのですから、
ロケット機開発は、躍起になっていると…、但し、あちらさんも、2年間と
目標は設定したものの、うまく行ってないと思います」
「それよりも軍事的優位を維持する航空機をということか」
「我々には、征東公がいますから、わざわざ、"うちゅうⅦ"に行かなくても、
知識は手にできますし」
リドゥールの心の奥底には、"うちゅうⅦ"に到達できる乗り物ができれば、久保
が、トゥルメキを去るのではという危惧もあった。
「ところでリドゥール、今度のロケット機の垂直発射実験はいつだ」
「北ライラニの基地で10日後です」
「巨木の近くのあそこか。もしもの時にロケットが巨木に当たりはしないかと
思っているんだ」
久保は、ウォーゼ基地に発射台だけでも移したかった。
「いろいろな施設が、あのあたりに多数ありますから、どうしても便利なもの
で」
「そうか」
久保は、あまり釈然としていなかった。

 10日後。久保は、北ライラニ第三基地に来ていた。今回は、実用化した上空軍
の回転翼機で、本格的な長距離飛行を試みていた。
 回転翼機を降りた久保。基地のはずれにある発射台まで、万一の爆発事故に備
えて装甲車で向かっていた。 
 「ここまでの物が出来上がったか」
久保は、垂直に立つロケット機を見上げていた。高さ15メビット(30メートル)
直径1.5メビット(3メートル)程の円筒形のロケットであった。
「この試作7号機は、到達高度30キビット(60キロ)以上は確実なはずです」
ロケット機開発総監のイジズチも、見上げていた。
「もしもだが、失敗しても巨木には、影響ないように頼むぞ」
「巨木ですか、ここから、15キビット(30キロ)も離れてますから大丈夫です」
イジズチは、久保が失敗のことを口にしたので、気を悪くしていた。
「んー。とにかくよろしく頼む」
久保は、雲に霞んで見える巨木の方を眺めていた。

 発射の秒読みが始まる。天に向かって立ち尽くすロケット機。二段式の試験
ロケット機であった。この頃になると大陸間の弾道飛行を目的とした単段式ロ
ケット機の他に"うちゅうⅦ"に到達するための二段式ロケット機の開発も増え
てきていた。
「5・4・3・2・1」。大音響と共に凄まじい噴煙。ロケット機は、強力な火
柱に乗って上昇し始めた。真っ直ぐ上昇していたが、高度4000メビット(8000メ
ートル)付近で突如として、右に傾き始め、巨木の方角へと進み始めた。様子を
祈るように見守る久保。高度6000メビット(12000メートル)付近で、ロケット機
は、機体半分を巨木の幹に衝突させ、幹を削りながら、横に飛び、少し飛行した
所で、大爆発した。巨木の幹や宿り木に火の粉が降り注ぐ。燃え上がるロケット
機の残骸は、3つの大きな塊となって落下する。その塊は、巨木の三箇所でぶつ
かり、引っかかっていた。高度5000メビット(10000メートル)付近、高度4000メ
ビット(8000メートル)付近、1000メビット(2000メートル)付近の三箇所で火の手
が上がり始めた。
 「あぁ、起こってしまったか…イジズチ、巨木が燃え始めているぞ」
久保は、黒焦げになって折れてしまう巨木を想像もしたくはなかった。ついに彼
が危惧していたことが現実となってしまった。
「今、基地の消防班に、連絡しました」
イジズチは、最善を尽くそうと必死であった。
「俺もこうしちゃおれん、火災現場に急行する。ディワ中尉、行くぞ」
久保は、装甲車に飛び乗りエンジンを掛ける。同行していたディワも、飛び乗っ
てきた。
「征東公、私も乗せてください」
イジズチは、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「乗ったか、つかまれ!」
久保は、装甲車を急発進させていた。

 久保たちの乗った回転翼機は、巨木の一番下の火災現場に到着した。既に基地
の回転翼機に乗った消防班が、放水を開始していた。
「班長、水が足りません。もっと下から運ばないとダメです」
消防班員・メーロは、放水ホースの水の勢いが弱まるのを感じていた。一方の火
の手は、着実に広がっていった。
「本格的な消防班が傾斜路を上り始めているが、間に合いそうにない」
班長・ガンヅは、困惑していた。
 久保は、ちょうど班長たちの所まで、来ていた。
「班長、この状況では、うまく行ってないようだな」
「あっ、征東公、ここまでいらしていたのですか」
ガンヅは、驚き顔であった。
「上は、宿り木が燃え尽きたら、空気も薄くなるから、自然に消火すると思う
しかし、ここは、消さないと…、それに残骸も大きいからな」
「征東公、今、我々にできることは何かありますか」
班長のガンヅは、本当にお手上げであった。イジズチは、申し訳なさそうな顔で
班長を見ていた。
「回転翼機で水を運ぶにしても、量が限られてしまうし、傾斜路の消防班は、時
間がかかる。どうしたものか、んむ…」
久保は、腕組をしてうなっていた。
「征東公、あのコブは、巨木の果実か何かですか」
イジズチはよく見ようとコブに近づく。火の手はコブに覆いかぶさるように、延
焼する。
「イジズチ、あまり近づくな」
久保は、咄嗟に叫んだ。イジズチが久保に振り向いた瞬間、コブは破裂した。そ
の破片を背中や後頭部に受けたイジズチは、その場に倒れた。
「イジズチ、大丈夫か。ロケット機開発総監の仕事がまだ残っている死ぬなよ」
久保は、イジズチを抱き起こした。虫の息だが、死んではいなかった。
「征東公…、あれの中身はなんですか」
とイジズチ。
「水素だ」
「やはり、巨木のそばに発射台があるのは、いけません」
「もう、余計なことを言うな。今、救護班が来る。黙って傷を治せ」
「こうなってしまったのも、私の責任です」
「責任を感じたなら、もう一度やり直せ」
久保は、意識を失いかけているイジズチに大声で言っていた。イジズチは、救護
班の担架に運ばれていった。
 今の破裂の影響で、燃える残骸が二つに分かれていた。
「これなら、ここにある回転翼機4機で、吊り上げられるぞ」
久保は、妙案を思いついた。
「火元を落とせば、消火はぐーんと早まります」
ガンヅ班長の目も明るくなってきた。
「ディワ中尉、君の操縦がものを言うな」
久保は、ディワの肩を叩く。
「私だけでは、できません。4機のバランスが必要です。少なくとも、もう一機
は、征東公に操縦していただきたいのですが」
「もちろん、そのつもりだ」
久保は、消火班の回転翼機に向かって歩き始めていた。

 4機の回転翼機は、残骸の上で浮上滞空(ホバリング)していた。上からワイヤ
ーが下ろされる。それをメーロたち消火班員たちが燃える残骸に引っ掛けていた。
ワイヤーの長さが調節され、釣り合いがとれると、4機は、慎重に上昇し始める。
残骸は、浮き上がり、ゆっくりと横に移動する。傾斜路や幹の部分から離れた
ところで、残骸を切り離す。火達磨のような残骸は落下していった。
 間を空けず、もう一つの残骸にとりかかる久保たち。回転翼機は、久保、ディ
ワ、ガンヅ班長、消火班の操縦士・ヌレンバが操縦していた。初めての集団飛行
行動だが、息はあっていた。だが、メーロたちは、全員が消火班にもかかわらず、
火炎を避けながらの引っ掛け作業だったので、なかなか、うまくいかなかった。
 「ブワーぺ、もう少し右の方は、引っ掛けられないか」
メーロは、歯がゆそうにしていた。
「主任、火の手が強くて無理です」
ブワーぺは、既に手を少し火傷していた。
「俺がやる」
メーロはブワーペに代わって、ワイヤーを手にして、炎を上げる残骸に近寄る。
メーロは、火の手と風向きを見ながら、上手にワイヤーを残骸に引っ掛けること
ができた。しかし、その直後、残骸の一部が崩れ落ちてきた。メーロは、素早く
身をかわすが、右足を挟まれてしまった。ズボンの裾に火が燃え移る。そばに
いたブワーペたちが、必死に放水し、ズボンの火は消えた。だが、足は引っか
かったまま、どうにも抜けなかった。残骸が吊り上げられると、一緒にメーロ
も吊り上げられそうになっていた。
「ブワーペ、俺に構わず、引き上げるように、征東公に合図してくれ」
メーロは、痛みにこらえていた。
「主任、でも」
「うまくすれば、俺の足も引きぬけられるかもしれない。頼む」
「わかりました」
ブワーペは、メーロの言葉を受け、上空の久保たちに合図を送った。

 上から見ていた久保。声は聞こえなくても、およその察しがついていた。だ
が下手すると、メーロも宙吊りになりかねなかった。久保は、迷ったが、一か
八か慎重に上げようと思った。少しでも、メーロが浮き上がるようだったら、
中止できるように。
 ディワ、ガンヅ、ヌレンバの位置からは、メーロの状況が見えないので、久
保の目に全てが掛かっていた。
 久保が、操縦席から手を上げると、回転翼機は、一斉に上昇し始める。残骸が
吊り上がる。ほぼ同時にメーロの足も上がり、彼は逆さ吊りになってしまった。
久保は、そこで、ディワたちに合図を送り、浮上滞空(ホバリング)させた。
 ブワーペたちは、すぐにメーロの足の付近に手を入れて、残骸とメーロの足
を引き剥がそうとしていた。顔をゆがめるメーロは、どさりと、傾斜路に落ち
た。上で様子を見ていた久保。そのタイミングで、回転翼機を上昇させ、残骸
を横に移動させ、まだ半分以上燃えている残骸を投棄した。
 メーロとブワーペは、久保が乗る回転翼機に手を振り、無事をだという合図
を送っていた。

 その後、途中まで登って来ている消火班のところから、燃料が続く限り回転
翼機で、水を運び、燃え残りの幹や宿り木などの消火にあたった。ほぼ消火が
完了した頃に、後続の消火班が到着していた。

 この事故を契機にロケット開発の基地は、ウォーゼ基地に移転することにな
った。そして、航空総覧会まで、後1年となった時、久保は、王城に呼ばれて
いた。
「クボ、これは私的なことなのだが…」
聖王は、いつになく、声を潜めていた。
「なんですか」
近寄る久保。
「先日、同盟王族舞踏会で、カチワッカのムラネ大首長の姪に会ったのだが、
そのぉ、飛行機も操縦できる才女で、可愛すぎて…第二夫人に」
「聖王様、大首長の姪のアフーレ様に、会われたのですか。確かに、愛らしい
女性ですが…ワメロング王后には、及びません」
「ワメロングも、さっぱりした性格だから、あまり気にしてない様子だし」
「聖王様、王后は、口に出さないだけで、決して快くは思っていないはず。そ
れに、婚礼2周年を迎える前に、火種になるようなことは、慎むべきことかと」
「離婚などありえない。第二夫人として迎え入れるのだから」
「しかし、利用される可能性もあります。ここは、もう一年待ってからでは、
いけないですか」
「とは言ってもな…、カチワッカの貴族との縁談話が、かなりあるらしいのだ。
早くしないと」
「聖王様、若くして聖王になられたから、仕方ないとしても、今は、我慢の時
です」
「征東公、第二夫人がダメなら、何か他に良い手はないか」
「これは、もう父親的役割でもある私が、アフーレ様に会って、真意を確かめ
ねばならないでしょう。西ウィムッケの後押しがあるかどうかを」
「それで、後押しがなければ、第二夫人にできるのか」
「…、すぐには無理です。しかし待ってもらえるようにはできますけど…」
久保は、聖王としてでなく、ひ孫としてユッガナを見ていた。

 上空舎を訪れているヘダム。
「ヘダム、それは本当か」
久保は、少し顔色を変えていた。
「はい。ですから行くまでもありません。アフーレ様ご自身は、知らないと
思いますが、侍女長のリレヒットは、間違いなく西ウィムッケの息がかかっ
てます」
「何も知らないアフーレ様を利用するつもりだったのか」
「アフーレ様は、純真ですから、扱いやすいのでしょう」
「このまま知らん顔して、奴らの動きを見て、関係者全員を逮捕する必要が
ある。大首長の姪のそばに西の息の掛かった者がいることは、見逃せないぞ」
「はい。ただ聖王様は焦っておられるようなので、うまく説明する必要があり
ます」
「そちらは、俺がなんとかする」
「現在、カチワッカの公安局と共にリレヒットの動きは監視しています」
ヘダムは、腕時計を見ていた。
「征東公、定時連絡をしたいのですが、お電話をお借りしてよろしいですか」
「後ろのテーブルにある電話を使ってくれ」
久保は、応接室の扉付近を指差していた。
 定時連絡を終え受話器を置いたヘダム。
「アフーレ様が行方不明になったそうです」
「ヘダム、それは本当か。誰の仕業だ」
「西ウィムッケなのか、カチワッカなのか、全く不明です」
「こういう時は、アフーレ様がいなくなって誰が得するかだな」
「カチワッカに行って調べてきます」
「ヘダム、俺も一緒に行く。どうせ行くつもりであったから」
久保は、立ち上がった。

 カチリューム旧市街の外れにアフーレの父・ユエジャ公の居城があった。
久保たちは、とりあえず、居城を訪ねていた。
「私も、大変焦っています。もしも娘に何かあったらと思うと、この3日間、
一睡もしていません」
ユエジャ公は、年の割りに白髪が目立ち、やつれていた。
「脅迫状や犯行声明のようなものはありましたか」
久保は、心痛な表情のユエジャ公に静かに話しかけていた。
「それが、全くないのです」
「いなくなられた当日、何か変わったことはありましたか」
とヘダム。
「警務局にも話したのですが、特に変わったことないので、手がかりなしで
す」
「そうですか」
久保は、思わずため息をついてしまった。
「征東公が、お出でになるということは、聖王様も心配なさっているご様子
で…。光栄なお話があることは聞き及んでいます」
「それなんですが、少し待ってはいただけないでしょうか。婚礼祝賀の2年目
を過ぎてからでないと、西ウィムッケに利用される可能性があります」
「そ、そんなご事情があったのですか」
ユエジャ公は、政情に疎い貴族の一員であった。
「それで…ここの侍女長・リレヒットさんなんですが、西の手のものです」
ヘダムが、待ちきれず言い出した。
「リレヒットがですか。よく働いてくれているのですが」
ユエジャ公は、心底驚いていた。
「リレヒットさんは、今、どこにいますか」
とヘダム。
「侍女室にいます」
「だとすると、今回の件に関わっていないふりをしているのか…」
久保は、てっきり、いなくなっているものと思っていた。
「どうしましょうか」
ユエジャ公は、懇願するように言っていた。
「今のところ、我々もお手上げです」
久保も、頭の中は、真っ白であった。 
 久保たちは、何の情報も得られずに居城を出て行く。その姿をリレヒットは、
廊下で確認していた。

 「征東公、この後、カチワッカ公安局員と食事をする予定になっています」
ヘダムは、運転しながら話しかけてきた。
「夕食か。あまり食が進まないがな」
「女性の敏腕局員だそうで、何か新情報を得られるかもしれません」
「美人なのか」
「それは私もわかりません」
 久保たちが乗った車は、旧市街から新市街の繁華街へと向かっていた。メリ
ニグや、セィンハシニには、及ばないものの、高層建築が立ち並び、カチリュー
ムもかなり発展していた。

 高級晩餐楼(レストラン)に入る久保たち。店員に案内され、予約していた
テーブルに向かう。久保は、柄の悪い3人組の席の近くには、行きたくないと
思っていたが、ずばりそこへ案内された。ごつい男とその間にはさまれた小柄な
男。いずれも、きらびやかな帽子や装身具を身につけ、地元の顔役のようであっ
た。
 席に座らされる久保たち。お互いに顔を見合わせていた。
「ヘダム、何かの間違いじゃないか」
「はぁ、そんなはずは…」
 「衝立を閉めますので、後はごゆっくりと」
店員は、端にあったテーブル席を豪華な衝立で囲ってから、立ち去った。

 真ん中の小柄の男は、帽子を取ると、束ねて隠してあった髪を解いた。なん
とその人物は女性であった。それも久保にとっては、見覚えがあった。
「…アフーレ様?」
久保は思わず口にしてしまった。
「大きな声では、言えませんが、そうです。私の両隣にいるのは、カチワッカ
公安局の者です」
アフーレは、周囲を用心していた。
「ということは、どういうことですか」
久保は、少々頭が混乱した。
「公安局の人が、父を騙してでも、身の安全の確保を、ということで、動いて
くれました」
「誘拐されたわけでは、ないのですか」
ヘダムは、あっけに取られていた。
「私がいると、いろいろと利用する者たちが暗躍するそうなので」
「確かに。しかし、公安局は、さすがに行動が早い」
久保は感心していた。
「征東公、聖王様は、お元気ですか。あのお方も心配なさっていることと思い
ます。ただ子供っぽいところがありますから…」
アフーレは、久保に微笑みかけていた。その可愛らしい表情に久保は、心が揺
れてしまった。聖王が惚れるのも無理ないと思った。
「アフーレ様は、わが聖王様には、もったいないお方です。カチワッカのため
にご活躍なさるべきです」
久保は、実際に会ってみて、強くそう感じていた。
「征東公、そんなこと言って、大丈夫なのですか」
傍らでヘダムが、小声で言っていた。
「それで、アフーレ様は、今後どうされるおつもりですか」
「1年間は、身を隠そうと思います」
アフーレは、きっぱりと言い放っていた。
「行方不明ということですか。確かに丸く収まりますが、ユエジャ公には…」
久保はユエジャ公の姿を思い浮かべていた。
「父のことは、私も気がかりですが、あれが一番効果的だと思います」
「とりあえず1年間は、辛抱してもらいますか。ユエジャ公や聖王様には」
久保は、妙な解決策に行き着いていた。

 セィンハシニに戻った久保。
「クボ、それでは、何もわからないまま、戻ってきたのか」
聖王は、意外だという顔をしていた。
「はい。ただ、これは私の憶測ですが、アフーレ様は、なかなかの策略家の
性格だと見ましたので、身を隠すぐらいのことは、演じられるのではと」
「父親を悲しませてもか。かなりの策略家の性格だな。あの顔から想像も
できない」
「かなりの人物かと。いずれカチワッカを率いるほどの器ではないでしょうか」
「そんなに凄い女性なのか…」
聖王の思いつめる気持ちは、すこし緩まったようだった。
「いずれにしましても、見つからないことには、話になりません。目下のとこ
ろ、カチワッカの公安局を通じて、捜索を継続させようと思います」
「そうか…」
聖王は、目を伏せていた。
「聖王様、それよりも航空総覧会の方が、国家の一大事です」
久保は溌剌とした声で言っていた。