Startree Planet 第93話 対西ウィムッケ開戦
●93.対西ウィムッケ開戦
「征東公、この機械を修理すると本当に小便が飲めるようになるのですか」
ディワは、地球の工具にも慣れてきていた。
「もちろん。宇宙船では欠かせない水循環清浄装置だから、船内に大小いろいろ
あるよ」
「もし、修理できなかったら、水不足になるところだったのですか」
「これは、比較的単純な装置だからな。でも副長室の近くのトイレにあって良か
ったよ」
「呼吸困難な通路とかでしたら、修理するのにも、宇宙服を着る羽目になったの
か…」
「ディワ、そう言えば、もっと動きやすい宇宙服が、船内のどこかに残されてい
るかもしれない。これが終わったら、探しに行こう」
「この船は、広そうですけど、心当たりは、あるのですか」
「第一は無理でも、たぶん、第三格納デッキあたりのロッカー室には、あるはず
だ」
久保も、セルドでは最良とはいえ、トゥルメキの宇宙服には、不便さを感じて
いた。
久保とディワは、第三格納デッキの手前の通路に差し掛かった。隕石の貫通に
よる大きな穴が各所に開き、宇宙空間が見えていた。トゥルメキの宇宙服は、気
密帽(ヘルメット)の視界が狭いので、ゆっくり浮遊しないと、横から出ている支
柱にぶつかることも、しばしばあった。
第三格納デッキに入る久保たち。ここは、気密性は保てていないが、大きな損
傷は受けていなかった。デッキ内の小部屋に入り、ロッカーを開けると、探査隊
の標準宇宙服が2着あった。ここで、着替えるわけにも行かず、久保たちは、宇
宙服を担いで、ロッカー室を出ようとする。
『あの柱の向こうに何かいます』
ディワは、伝言板を見せてからデッキの奥の柱を指差していた。
『見えない』
久保も奥の柱を凝視していた。
『また動きました。このような』
ディワは、伝言板に、太った男の絵を描いて見せた。
『様子をみよう』
久保は、支柱の破片を投げてから身を隠した。薄暗い中、太った男のシルエット
らしきものが、通路へと浮遊していく。久保は、工具箱からレーザーハンマー
を取り出した。
太った男らしきものを、浮遊して追いかける久保たち。しばらく進むと亀裂
だらけの通路にさしかかる。宇宙空間が亀裂越しに見えた。
『人間でしょうか』
ディワの伝言板の文字はふるえていた。
『わからない』
久保は、ディワを安心させるために、レーザーハンマーをレーザーナイフに切り
替えて渡しておいた。ディワは、レーザーナイフを珍しそうに見ていた。
久保は、亀裂の一つから顔を出し、船外を見回したが、何もなかった。久保が
頭を引っ込めて通路に戻ると、ディワの目の前に、作業腕が一つしかない修復
ロボットが浮遊していた。ディワは、レーザーナイフを振り回している。
『修復ロボット』
久保は、伝言板に書くが、ディワには見えていなかった。レーザーナイフの刃が
作業腕を切り落とした。久保は、修復ロボットに飛びついて緊急停止スイッチを
入れた。興奮気味のディワ。
『これは修復ロボット』
久保が書くがディワにとっては理解できなかった。
『自動修復機械』
もう一度、久保が書くと理解した。
『まだ生きている』
『機能は停止させた』
久保が伝言板を見せると、やっと安心したようだった。久保たちは、宇宙服と修
復ロボットを抱えて、副長室に戻った。
「ディワ、こいつは、自分で判断して、主に船外を修復するロボットという
自動機械なんだ」
久保は、切り落とされた作業腕を取り付けようとしていた。
「なんか、丸っこくて、かわいくないですか」
アプレは、好印象で修復ロボットを見ていた。
「征東公、こいつは本来4つ腕があるのですか」
ディワは、もぎ取れた箇所を数えていた。
「基本的には、そうだが、こいつは、最後の一本も切られてしまったからな」
「申し訳ありません」
「いいんだよ。いきなり、見たこともない化け物が現れたのだから。さてと、
修復ロボットの予備の部品はあるかな」
久保は、コンピューターに聞こうとした。
「久保隊員、修復ロボットAK7の作業腕部品の予備はありません」
先にコンピューターが答えていた。
「征東公、このコンピューターっていうのは、我々の会話を聞いているのです
か」
ディワは、驚くことばかりであった。
「だから、コンピューターさんの悪口は言えないわね」
アプレは、"うちゅうⅦ"をそれなりに楽しんでいるようだった。
「でも…CJ12が、電源室の近くに転がっていたから、あの作業腕だけ、持っ
てきてつけられないかな」
久保は、半分黒焦げになっていたCJ12を思い返していた。
「AK7本来のスペックは維持できませんが、BN2レベルの修復作業は可能
です」
「それでも、電気がある限り休みなく、動いてくれるのだから、助かるよ」
久保は、作業腕部品を取りに行こうと標準宇宙服を着始めた。
「やっぱり、こっちの方が、ピッタリとフィットするし、動きやすい」
久保は、手足を動かしながら着ていた。
●
「ヘダムさん、あれがポル艦長の潜水艇ヌッドズネです」
情報屋が寄港している中型の潜水艇に視線をやっていた。ヘダムは、西ウィムッ
ケの港町・アザッダに来ていた。ヘダムは情報屋にカネを渡す。
「ヌッドズネは、いつまで寄港しているのだ」
「明朝には、出て行くと思います。毎回、だいたい1日しかいませんから…
それと、部下全員にカネをやって飲みに行かせることが多いです」
「となると、艦長は一人でヌッドズネに残るのか」
「そういうことになりますか。でも潜水艇は海上軍の施設内ですから、一人では
ないですよ」
「そうか。もう言い忘れたことはないか」
「ありません。それじゃ」
情報屋は、人目につかないように去っていった。
ヘダムは、一旦、宿に戻り、西ウィムッケ海上軍の制服に着替えた。ヘダムの
部下が運転する車は、海上軍施設のゲートで止まった。ヘダムと部下は、偽造し
た身分証を提示する。
「レメロング上佐、本日の目的は、なんでありましょうか」
門兵がヘダムに尋ねる。
「あぁ、ポル艦長とは、幼馴染でな、ここにいると聞いたもので、顔を出しにき
た」
「それでは、ポル艦長にご連絡いたします」
「いや、おどかそうと思ってな。何せ10年ぶりだからな」
「わかりました。どうぞお通りください。お車は、入って右の駐車場に停めて
ください」
「ご苦労様」
ヘダムは、さりげなく微笑んでいた。
停泊している潜水艇ヌッドズネに乗り込もうとするヘダム。潜水艇から出て
きた水兵と鉢合わせする。
「ポル艦長は、中にいるか」
水兵に声をかけるヘダム。
「…、中におられます上佐殿」
水兵は、ヘダムの階級章を見て、背筋を伸ばしていた。
潜水艇の狭い通路を通り艦長室の扉の前に立つヘダム。通路に人影がないのを
確認すると扉を開けて中に入る。
「何事だ。…君は誰だ」
ポル艦長は、ヘダムの顔をじっと見ていた。
「ちょっとお聞きしたいことがありまして」
ヘダムは、特別憲兵の偽造身分証を見せる。
「私は、特憲に追及されることは何もない」
「先日のトゥルメキの輸送船の件、重大な命令違反をしています」
「輸送船だと、私は知らん」
「機密命令を守ることは、評価しますが、命令違反が…」
「あの件は、軍規に従って行っておる」
「輸送船は、確かに沈めたんですね」
「妙なことを聞くな。それは事実ではないか。今更なんだ、命令違反と関わり
あるのか」
「やはり、そうか」
「やはりだと、お前は何者だ。もう一度身分証を見せろ」
「こんなもの、あんたにくれてやるよ。俺がここに来た置き土産だ」
ヘダムは、ポル艦長の顔に偽造身分証を投げつけた。ポル艦長は、立ち上がり、
ヘダムに向かってきた。ヘダムは素早く身を交わし、ポル艦長の手をねじ上げた。
「しばらく、おとなしくしてもらう」
ヘダムは、ポル艦長を椅子に縛りつけて、口をふさいでおいた。静かに艦長室の
扉を閉めて出て行くヘダム。
部下が待機している駐車場まで来たところで、施設内に警報が鳴り響いた。ヘ
ダムは、駆け出したいところだが、あえて、ゆっくりと歩いていた。
悠然と車に乗り込むヘダム。車はすぐに走り出し、ゲートに差し掛かる。身分
証を見せるヘダムたち。
「その車、待て」
施設の警備兵が、ゲートに駆け寄ってきた。ゲートの遮断機は、半分開きかかっ
ていた。
「出せ」
ヘダムは部下に叫ぶ。部下は、思いっきりアクセルを踏み込み、車は急発進した。
遮断機の一部が吹き飛び、車は、通りに出る疾走した。最初の交差点の手前で、
横滑りして、路地に入るヘダムたちの車。警備兵たちの車が、入っていった時に
は、車は乗り捨てられていた。
●
西ウィムッケのツッロイ3号は、"うちゅうⅦ"とほぼ同じ軌道上に乗った。
操縦士はノーボの後輩・ムンラであった。操縦席の後ろには、軽機関小銃があ
り、久保が従わなければ、使うことになっていた。しかし、なるべく穏便にす
ることが第一であった。ノーボの乗っていたツッロイ号より少し大きめ3号は、
久保たちをじらすために、ゆっくりと"うちゅうⅦ"に接近していた。
「これで西が輸送艦を沈めたことは明白だ。今、"うちゅうⅦ"に向かってい
るツッロイ3号は、接収する。そして、西を懲らしめなければならん」
聖王は、謁見の間のセルド儀を回していた。報告に来たグニルメン長官、軍務
大臣と外務大臣は、黙って聖王の次の指示を待っていた。
「ヘヌイラッム・ロケット発射基地を叩く」
聖王は、西ウィムッケ南部を指で弾いていた。
「それでは、本格的な戦争になりませんでしょうか。ロケット工場のあるメラ
ゼッチあたりで反応を見るのは、いかがでしようか」
外務大臣は、慎重であった。
「共同で修復するという征東公のお考えも難しくなるのでは」
グニルメン長官は、久保の言い分を代弁していた。
「手緩い、"うちゅうⅦ"は、クボのもの即ちトゥルメキのものだ。他に触れ
させん。修復は単独でなんとかさせる」
「それでは、予てより想定していました、対西ウィムッケ作戦をヘヌイラッム
・ロケット発射基地攻撃作戦に応用変更して実行に移します」
軍務大臣は、静かに言っていた。
「それで、攻撃日はいつになる」
「2日後です」
「猶予を与えてはならん。1日後にしろ」
「承知いたしました」
"うちゅうⅦ"の久保たち。持ってきた食料は、残り2日なっていたが、水は、
循環清浄装置のおかげで、全く問題なかった。
「これには、西の操縦士もたまげるでしょう。飲み水も残り少なくなって心細
いところに、救いの神のように現れてみたら、飲める水がじゃぶじゃぶあるの
だから」
ディワも"うちゅうⅦ"の生活にすっかり慣れてきていた。
「それに、重力もあるしね」
アプレは、ツッロイ3号からの無線が入ったことをモニターで確認していた。
「コンピューター、つないでくれ」
久保が言うと、副長室のスピーカーに空電音がする。
「…こちらツッロイ3号、これより緊急ハッチに接続します…」
「いよいよ、おいでなすったか。出迎えに行くか」
と久保。この時、久保たちは、まだ聖王や政府から何も知らされていなかった。
緊急ハッチは、修復ロボットにより、トゥルメキや西ウィムッケの宇宙船と
合うように改造されていた。
宇宙船がしっかりと密着すると自動でハッチ開いた。
「ようこそ"うちゅうⅦ"へ」
久保が声をかけると、ハッチをくぐった西の操縦士ムンラは、目を丸くしてい
た。
「そちらから通路に、移動する時は、気をつけてください。重力がありますか
ら」
アプレが、ニコニコしながら注意を促していた。ムンラ操縦士は、アプレが言
ったことの意味が良くわからず、そのまま浮遊してくると通路に入った瞬間、
尻餅をついた。
「あっ、重力が…」
ムンラは、口が開いたままであった。
「"うちゅうⅦ"のごく一部ですが、重力を復活させてます」
久保は、さりげなく言う。
「せっ征東公、こっこれは、どういうしくみなのですか。人工的に重力を生み
出せるなんて…」
ムンラは、気密帽を取っただけで、宇宙服は着たままであった。
「電重力板は、電気を流すと重力を発生させる物質で…あぁ話せば、長くなる
ので、まずは、宇宙服を脱いで、副長室まで行きましょう」
久保が少し説明しだしたが、ムンラは、ポカンとしていた。
トゥルメキ上空軍の大型大陸間ジェット爆投機は、北氷洋周りで、西セルド
大陸に向かっていた。
「機長、まもなく、西ウィムッケ北部地方の上空です」
航法士が報告する。窓の外は眼下に雲海が見えるだけであった。
「ほぼ予定通りだな。この調子だと南部のヘヌイラッム・ロケット発射基地の
爆投は、3時間後だな」
機長のリンヂルは腕時計で確認していた。
「機長、誘導弾2発発見。こちらに向かってきます」
電探士が声を張り上げる。
「迎撃誘導弾発射」
機長の声と同時に迎撃誘導弾が、ジェット爆投機の主翼下から2発発射された。
機体左下方の空中で爆発が2回起こる。ジェット爆投機は、爆風の気流で僅か
に揺れた。
「結構、近かったな。しかし、発見されてしまったか。航路を少し西寄りに取
れ」
「はい、機長」
操縦士は、操縦桿を傾ける。
「こちらから侵入すれば、誘導弾基地は、一箇所しか通過しない。だが、燃料
は、余計に食うがな」
リンヂル機長は、航法士の机の地図を眺めていた。
ヘヌイラッム・ロケット発射基地の上空まで、後40キビット(80キロ)の地点
に差し掛かった。
「機長、地表から急速に飛行物体」
電探士が叫ぶ。
「迎撃誘導弾発射」
しかし、今回は、迎撃誘導弾を急旋回してかわしていた。
「ロケット戦闘機だ。高高度に逃げても、追ってくるだろう。機銃で落とすしか
ない」
機長の声に上等空兵、空曹長たちが銃座に着く。
ロケット機は、高速で接近して、銃撃してくるかと思うと、次は、速度を落と
して下方から突っ込んでくる。
「機体後部下方被弾」
近くの銃座にいた空曹長の声が伝声管から聞こえてきた。
「まずいな。しかし、このまま逃げるわけには、いかん。皆、もう少し、辛抱し
てくれ、このまま突っ込むぞ」
機長の声に、爆投機隊員たちは、一丸となる。ジェット爆投機の機銃が弾幕を張
った。
「ロケット機撃墜」
上等空兵からの声が伝声管からした。隊員たちから歓声が上がった。
「機長、第一爆弾庫に延焼、食い止められません」
消火活動をしている空曹長の声が伝声管から聞こえてきた。
「仕方ない、爆投士、第一爆弾庫の爆弾を投下せよ」
機長の声は無念そうであった。目標の手前で半分の爆弾を落とした。
ジェット爆投機は、ヘヌイラッム・ロケット発射基地の上空に達する。
「第二爆弾庫全開、爆投開始」
機長は、命令を発する。ジェット爆投機から、10個の爆弾が投下され、ヘヌイ
ラッム・ロケット発射基地の施設は、次々と爆発していった。しかし、2本の
発射塔は、被弾させたものの、5つある格納棟は、2つ無傷であった。
「機長、残りは、この機で突っ込みましょう」
血気盛んな、上等空兵が言う。
「ダメだ。この機は、君だけのものではない。優秀な爆投士などを死なせる
わけにはいかんのだ。一旦戻れば、もう一度爆投できる。戻るぞ」
「はい、わかりました」
「よろしい。トゥルメキの地を踏むまで、皆、気を引き締めて行くぞ」
ジェット爆投機は、高度を上げて帰投進路をとった。
このことにより、西ウィムッケは、洋上に浮かぶカチワッカ領の島を占領し、
徹底抗戦の構えとした。
"うちゅうⅦ"には、王城からの無線がつながっていた。
「クボ、トゥルメキとその同盟国は西ウィムッケと、戦争状態に入った。ツッ
ロイ3号を接収し、操縦士を拘束せよ」
聖王は直々に受音器(マイク)を握っていた。
「聖王様、なっなんと…、例の潜水艇の報復ですか」
「その通り、放っておいては、示しがつかんからな」
「となると…共同修復は…」
「西のツッロイ3号があるではないか。単独で充分なはず」
「しかし、大掛かりな作業となると」
「クボ、私の命令に逆らう者があれば、処罰してかまわん」
聖王は、久保もその対象であると言わんばかりであった。
「わかりました」
久保は、釈然としていなかった。
「征東公、どうしました」
久保たちとすぐに打ち解けたムンラが、声をかけてきた。ムンラは、"うちゅう
Ⅶ"のあまりにかけ離れた科学技術に圧倒され、軽機関小銃のことも話し、従順
になっていた。
「トゥルメキと西が戦争になってしまった」
「あぁ、しかし、ここ宇宙では、関係ないでしょう」
「ツッロイ3号を接収して、ムンラを拘束しろとのことなんだ」
「接収、やはり、そうなりますか」
ムンラは、諦めたような顔をしていた。
「ムンラ、しかし、俺は君を縛り付けておくつもりはない。"うちゅうⅦ"にいる
限り自由だ」
「征東公、大丈夫なのですか」
「これは、俺の船とも言えるし、もし、ムンラが何か悪さをしようとしても、コ
ンピューターが見ているからな」
「正直、ここにあるものは、あまりに素晴らしいものばかりで、とても、悪さを
しようという気にはなれません」
ムンラは感服していた。
「しかし、ここを本格的に直すには、人手が足りんしな。どうしたものだろうか」
久保は、考え込んだ。アプレやディワは、ただ、久保の考えが浮かぶのを黙って
待っていた。
「ちょっと気晴らしに、天体観測室に行ってくる。あそこは落ち着くからな」
久保は、そう言って、最近修復したばかりの天体観測室に向かった。
「コンピューター、特異点の状況はどうなっているのだ」
天体観測室のマイクに向かう久保。モニターは、小型のものしか作動しなかった。
「久保隊員、小型の宇宙船なら通過可能ですが、まだ不安定です」
「あそこの特異点の向こう側にある通信ポッドは使えるのか」
「わかりませんが、ここの恒星系側にある通信ポッドは作動しています。映像は
こちらです」
コンピューターは、観測室のモニターに映像を転送した。モニター上に映る特異
点のアップ画像は、光が歪み異様な輝きを放っていた。久保は、長い間、惑星セ
ルドにいて、特異点を目にしていなかったので、以前に比べて、不気味に見えて
いた。
「ん、大芝居打つにしても舞台装置が必要か…」
久保は、モニターを見つめていた。
「共同で修理できないのなら、今できることは、さっさとやってしまうおう」
久保は、アプレたちに、あまり詳しく説明しないまま、貨物射出アクセレーター
の修復を手伝ってもらうことにした。
「これは、貨物庫から宇宙空間に荷物を搬出する機械なんですって。でも、受
け取る側の宇宙船は、どのくらい距離に浮遊しているのかしらね」
アプレは、ディワに話しかけていた。
「さぁ、わからないな。征東公に聞いてみないと」
「ディワさんたちの方は、順調なようですな」
ムンラが代替部品を持って通りかかった。
「そうでもないわよ。リニアモーターとかいうものの曲がりを直すのに力がいるん
だから」
「アプレさんの力でもしんどいですか」
「私って、力あるように見える」
「いや、冗談ですよ。それじゃ」
ムンラは、久保が待っているアクセレーターの先端部に向かうため、一旦、代替
部品を置いて、宇宙服に着替えようとしていた。
Startree Planet 第92話 軌道修正
●92.軌道修正
主コントロール室にいる久保たち。主コンピューターと伝言板による会話が
できないので、キーボードを探していた。
『最近、使わないから』
『いつ頃からですか』
『150年以上』
と走り書きする久保。アプレは、伝言板に何も返事を書かなかった。
久保は、壁面の収納パネルから、キーボードを引っ張り出しコンソールにあ
るUSBソケットに差し込んだ。いろいろな埃が詰まっているようで、全く反応が
なかった。くすむモニター上には、現在の電源供給率0.8%、軌道高度低下率
アップと反転していた。例えキーボードがつながったとしても、電気が足り
ないのでは、何もできなかった。
『一旦、戻る』
久保は、残念そうに伝言板を見せていた。うなづくアプレ。
『"うちゅうⅦ"は電力不足でほとんど機能しない。戻る』
久保は伝言板に書いてノーボに見せた。
『俺はどうなる』
ノーボが書く。
『"うちゅうⅦ"を壊した罪で、連行したいが0号機は2人乗り。自分の船で
帰れ』
『俺を逃がすのか』
『今は共同で"うちゅうⅦ"を早急に直す必要があると選民王に言え』
『本当か』
『ご覧の通り壊れ放題。軌道高度は下降中』
『燃え尽きる可能性あるのか』
『全てがなくなる』
久保が書くとノーボは、大きくうなづいていた。
0号機は巨木(スターツリー)上の基地に戻り、ツッロイ号は、うちゅうⅦの
軌道を離脱して、大気圏へ再突入していった。
●
「クボ、そんなに"うちゅうⅦ"はあぶない状態か」
謁見の間に聖王の声が響いていた。
「西の宇宙飛行士が爆発を引き起こしたのが、最後の一押しになったようで、
軌道高度の降下速度を今まで以上に早めています」
「しかし、共同で"うちゅうⅦ"を直すのは、気が進まんな。なんとかならんか」
「とにかく、あまり時間がないので、苦肉の策ですが」
「とりあえず、蓄電池を運んで、電力を復活させてくれ。そして、西の宇宙船
を近づけるな。共同の件は、外務大臣に話しておく」
「聖王様、宇宙服を着て作業できる人間が、トゥルメキと西ウィムッケ合わせ
ても、どれくらいいるでしょうか。本格的に直すには、どうしても人手が…」
「クボの言い分は、わかった。"うちゅうⅦ"を航行できるようにしたいのだな」
聖王は、何よりも久保にセルドを去られることを危惧していた。
久保は、蓄電池を載せた巨木登坂車隊と共に組立発射基地に到着した。今回は
0号機に久保一人が乗り、積載ギリギリの蓄電池を10基を運ぶことになっていた。
久保はアプレに教わった操縦で、再び"うちゅうⅦ"に向かった。組立発射基地
を出て30数分後、"うちゅうⅦ"とドッキング態勢に入るが、先日の軌道高度より
も明らかに下がっていた。
宇宙服を着た久保は、蓄電池を引っ張りながら、通路を浮遊していた。主コン
トロール室の奥にある配電室に入り、持ってきた蓄電池を電源ユニットに接続さ
せた。無理無理作らせたソケットは、円滑にはまったが、主コンピューターの
反応は全くなかった。久保は接続端子に詰まった煤のようなゴミを取り除いて
再度接続するとパイロットLEDが点灯した。
モニターには、システム復旧中と表示された。久保は百十数年ぶりに見たモ
ニター画面に胸がこみ上げてきた。本来の自分の世界に戻れたと思う気持ちが
まず支配的になるが、段々、惑星セルドでの様々なシーンが蘇り、最後にロレ
ッアやセラトム、セリの顔が浮かんできた。
「警告、警告、直ちに避難してくだ…」
コンピューターの合成音声が宇宙服の気密帽越しに、微かに聞こえてきた。コ
ントロール室の照明が点灯すると同時に床の非常灯は消えた。
久保は、きれいに磨いたUSBソケットを差し、反応をみる。
『キーボード使用可能』
とモニターに表示される。久保は、自分のIDコードと認証コードを入力する。
『久保探査隊員の可能性50%。顔認証ができません』
音声と同時にモニターに表示された。
『空気がないから、ヘルメットを取れない』
打ち込む久保。
『現在、主コントロール室は、損傷箇所多数。空気充填不可能。非常時マニュ
アル検索中』
『顔認証ができないと、操作は無理か』
久保は宇宙服の手袋で、やりにくそうにキーボードを叩く。
『操作権限はありません。少々お待ちください。非常時マニュアル検索中』
しばらく、コンピューターは反応がなかった。久保は、システムダウンして
しまったのかと、思うほどであった。
『副長室は、損傷箇所2箇所の修復で空気充填可能。主コンピューターと
接続可能。顔認証可能』
と表示された。
久保は、急いで副長室に向かった。途中の指示された床パネルを開けて
非常修復キットを手にする久保。副長室に入ると、すぐに壁面と天井の亀裂に
修復パッドを貼り、硬化させた。
『副長室、呼吸可能』
副長室の小型モニターに表示された。久保は、慎重に気密帽を外した。
「コンピューター、俺だよ、久保だよ。認識できたか」
副長室のカメラに向かって叫ぶ久保。
「はい。地質担当・久保慎也隊員。お疲れ様です」
「久しぶりだよな。こうして話すの」
「申し訳ありません。時計機能が正確でないため、大まかに100年以上としか
申し上げられません」
「まぁ、いいや。しかし、"うちゅうⅦ"は、危険な状態だよな」
「はい。コンピューターは、現在接続されている電源で作動していますが、通
常エンジン系は、大規模な修復が必要ですし、軌道高度は、後45日で致命的な
状態になります」
「当然、ワープ機能は使えないのだろう」
「いいえ、極短距離ワープなら可能です」
「極短距離って、あまり聞いたことがないが、どれくらいだ」
「50キロ程度です」
「そうか。それじゃ、極短距離ワープで、軌道高度を上げよう」
「久保隊員、現在の電力の1260倍は必要です」
「なんだダメか。試しにだが、俺の乗ってきた0号機で噴射して、軌道高度を
上げられるかな。今、あの宇宙船のエンジン・スペックを打ち込むよ」
久保は、思い出しながら入力する。
「致命的な状態を後200日に伸ばせますが、性能を超える噴射をしますので、
1回限りなる可能性が大です」
「それでも、できなくはないのだな」
「お勧めはできませんが」
副長室の端末のスピーカーがビープ音を発した。
「久保隊員、アナログ回線によるアクセス者があります。許可しますか」
「どこからだ」
「スターツリーのない大陸からです」
「それは、西ウィムッケという国がある大陸だ。科学技術的なことなら、何も
教えるな」
「はい。しかし、この通信内容は、私もしくは"うちゅうⅦ"を神と勘違いして
いるようで、天変地異の予測を聞き出そうとしています」
「それだったら、適当にあしらっておいてくれ」
「センサー機能が、半減しているので、高確率の予測は不可能です」
「真剣に考えるな、曖昧で、どっちにも取れるようなもので充分だ」
久保は、巨木(スターツリー)経由でセィンハシニに戻った。
「リドゥール、ライラニ1号機は、いつ頃、打ち上げられそうか」
「シレア重工の工場で作られていますので、ウォーゼ基地に運んで組上げると
なると、後20日は必要です」
「巨木から飛び立つのではなく、地表から打ち上げるのだから、そう簡単には
行かないか」
久保は、ライラニ0号機を失った後は、ライラニ1号機に頼るしかないと思っ
ていた。
●
久保たちは巨木の麓にある巨木第一基地の作戦室にいた。
「征東公、ライラニ0号機は、今回の噴射で使えなくなるのですか」
アプレは、不服そうであった。
「共同修復がいつになるか、わからないので、仕方ない」
「わかりましたけど、それでも、一時しのぎなのですよね」
「根本的な修復が必要だから、"うちゅうⅦ"の軌道を上げたら、俺が西と交渉す
るつもりだ」
久保は、今のところ"うちゅうⅦ"のために、行動しているのだが、その最終到達
点は、どこになるか、わからなくなってきた。
「征東公、"うちゅうⅦ"より、危険軌道高度、至急対処をとの無線が入って
ます」
ディワが作戦室に飛び込んでくる。
「コンピューターが言っていたか」
「はぁぁ、あの妙な声で言ってました」
「緊急連絡をしてくるということは、状況が悪化したようだ。ディワ、アプレ、
俺と一緒に"うちゅうⅦ"に行ってくれ」
久保は、巨木登坂車の鍵をつかんだ。
ライラニ0号機は、今回は、3人が乗っているので、3人分の宇宙服なども
積まれ、新しい蓄電池は、2つしか運べなかった。
"うちゅうⅦ"に入る久保たち。副長室で、ようやく宇宙服を脱いだ。
「あぁ、まずい状況だ」
久保は、モニターを凝視していた。
「もう選択の余地は、ないのですね」
アプレは、察していた。久保は黙ってうなずく。
「ディワ、0号機を"うちゅうⅦ"の船首手前あの部分につけてくれ」
久保は、コンピューターが最良の位置とした箇所を窓越しに指差していた。
「あそこに、0号機をつけて噴射すれば、軌道高度は上げられるのですか」
とディワ。
「俺が行って、やりたいところだが、"うちゅうⅦ"のコンピューターを扱える
のは、俺だけだからな」
「わかりました」
ディワは、脱いだばかりの宇宙服を着ようとする。その時、ディワは、尻餅を
ついた。
「あっ、重力が戻ったぞ」
久保は、セルドとちょっと違う地球の重力を久しぶりに感じた。
「この船は、凄いしくみだ」
ディワは、副長室内を見回していた。アプレも重力を感じて、口を開けていた。
「コンピューター、新しい蓄電池で重力が戻せたのか」
「はい久保隊員。副長室及び緊急ハッチまでの通路は、電重力板が作動し、呼
吸可能になっています」
「わかった。ディワ、ということだから、宇宙服は、着ないで、担いで行って
くれ」
「わかりましたけど、この宇宙服、重くて」
「そうか。わかった。コンピューター、通路の電重力板だけをオフにしてくれ」
「そんなことできるんですか、驚きです」
ディワは、副長室のドアを開け、通路に出るとふわりと浮き出した。
「征東公、所定の場所に0号機をつけました」
「ディワ、よくやってくれた。0号機はそのままにして宇宙服を着て、戻って
来てくれ」
「本当に、そのぉコンピューターというもので、操縦できるのですか。もしもに
備えて、自分が残った方が、良いのでは」
「君には、失礼かもしれないが、コンピューターは、寸分狂いもなくやってくれ
る。だから、大丈夫だ。ディワ、帰りは、船首部分の、第24緊急ハッチから船内
に入ってくれ」
「24ですね」
副長室にいる久保とアプレ。0号機の噴射タイミングを待っていた。
「60・59・58・」
カウントを始めるコンピューター。久保は、第24緊急ハッチが見える船外監視
カメラで、ディワの様子を見ていた。
「あいつ、通り過ぎているな。24とはっきり書いてあるのに」
「征東公、ディワ中尉は、日本語や神の言葉がわかってますでしょうか」
アプレが何気なく言う。
「あっ、そうだ。彼は日本語など知るわけがない」
久保は、焦った。ディワの宇宙服には、無線機は、まだ付いていなかった。
「30・29・28…」
「コンピューター、0号機の噴射中止だ」
「久保隊員、噴射シーケンスに入ってます。停止するには、船長もしくは副長
の認証が必要です」
「できるわけないだろう」
久保は、頭をかかえる。
「征東公、彼のことです。何かにつかまるかするはずです」
アプレはそう信じていた。
「5・4・3・2・1」
"うちゅうⅦ"は、0号機の噴射で、動き出した。副長室では、僅かに上へ上が
るGを感じていた。しかし、船外は、別であった。
ディワは、"うちゅうⅦ"の支柱にぶつかり、その反動で、弾き飛ばされかける。
近くの別の支柱につかまるディワ。少し経つと別の角度の噴射が始まる。"うちゅ
うⅦ"が斜め前方に進み始めた。ディワは、別の方向の力を感じ、手を離してし
まった。ディワは、どんどん、"うちゅうⅦ"の後方へと、漂っていく。このまま
どこにも、つかまることができないと、宇宙空間で追いてけぼりになってしまう。
ディワは、つかまれるものを探す。たまたま、壊れた太陽電池パネルの支柱が目
に付いたので、それに飛びつくディワ。
久保は、モニターを16分割画面にして、作動している船外監視カメラで、ディ
ワの姿を探す。アプレも、横から久保と一緒にモニター画面を見ていた。
「征東公、どこにもディワ中尉の姿がありません。撮像機(カメラ)はこれだけ
ですか」
「いや、本来なら、118はあるが、使えるのはこの15機だけだ。コンピューター、
船体スキャンでディワ中尉の居場所をつかめないか」
「久保隊員、センサーは損傷で作動しません」
「それじゃ、使える15機のカメラの死角を表示してくれ」
久保が言うと、2秒後に、死角をモニター上に表示した。アプレは、久保とコン
ピューターのやりとりが、あまりの反応の速さに唖然としていた。
「そうか。この太陽電池パネル付近が、怪しいな。もしつかまっているとすれば、
ここしかない」
久保は、宇宙服を担いで通路に出ようとした。
「征東公、私が行きます」
「アプレ、ここに残ってくれ。船内の構造は、俺の方が詳しい、迷うことは、
ないから、俺が行く」
「しかし…」
「こんなことでは、死ぬつもりはない」
久保は、通路に漂って行った。
第24緊急ハッチを開ける久保。周囲には、誰もいなかった。0号機による噴
射の加速は終わり、危険はなさそうであった。船外カメラの死角となっていた
太陽電池パネルは、かなり後方にあった。だが、よく見ると支柱の部分に白い
塊が付着していた。ほぼ間違いなく、ディワであった。久保は、船外点検作業
用の重力板パッドを操作して、ディワのところまで漂っていった。
久保は、気密帽の顔窓越しにディワの顔を覗き込む。青ざめた顔のディワは、
久保の顔を見ると、にやりとしていた。久保は、ディワを連れて、船内に戻っ
た。
「"うちゅうⅦ"は、203日後に再び危険軌道高度になります」
「203日、予定より3日、増えたわけか。良い知らせじゃないか」
久保は、人に接するようにコンピューターに話しかけていた。
「久保隊員、先ほど使用した旧式宇宙船は、噴射口に亀裂が入ったため、
再噴射不能です」
「そうか。ということは、我々は、巨木にも戻れないわけか」
「今のところそのようになります」
「征東公、我々は、どうなるのですか」
アプレは、コンピューターの声に寒気を感じていた。
「ライラニ1号機を打ち上げてもらうしかないだろう。それで、巨木に戻れ
る。大気圏再突入は3人では無理だから」
「久保隊員、所定の周波数で、巨木第一基地、ウォーゼ基地、王城に連絡を
入れておきました」
「コンピューター、よくやってくれた」
「征東公、この機械には、人が入っているのですか。それともどこかと…」
ディワは、不思議さにたまりかねて、質問してきた。
「人は、入ってないよ。人に近い機械で、この手のコンピューターは、いろ
いろなところに使われている」
久保が言うとただただをうなづくディワ。
「征東公、0号機で持ってきた食料や水は20日分です。それまでに1号機が
来ないと…」
アプレは、
「予定通りなら、余裕で間に合うはずだが」
久保は、ちょっと読み違えていた気がした。もし、コンピューターが巨木第一
基地、ウォーゼ基地、王城に連絡した無線を西ウィムッケが傍受していたら、
発射を阻止して自分たちが取って代わり恩を売るという筋書きもありえる。
だが、久保は考えすぎと頭を振っていた。
●
ウォーゼ基地に向かう輸送船。積荷は、ライラニ1号機の主要部品であっ
た。
「この部品が、届けば、ライラニ1号機は、完成となり、打ち上げられる。
しかし、なんで、急がせるのかな。当初の予定よりも早まっている」
操舵室の船長は、久保の状況など知らなかった。
「船長、今の時期、ウォーゼ島近海は、荒れますので、本当は、30日後ぐらい
が良かったです」
操舵士は、天候を気にしていた。
「上の考えることは、わからんよ」
「船長、やっぱり、今回も雲行きが悪くなってきました」
「船長、付近の巡視艇から緊急電が入りました。船籍不明の潜水艇らしきもの
発見とのことです」
無電士が報告する。
「またオオテール(セルド鯨)の見間違いじゃないですか」
と操舵士。
「念のため注意して航行してくれ」
船長は、潜水艇よりも天候の方が気がかりであった。
夜になると雲はほとんど消えたが、風が強まり、荒れ出したウォーゼ島近海。
速度を落として航行する輸送船。
「司令部からの連絡によると、あの船に間違いないのだな」
艦長のポルは、潜望鏡で輸送船を確認していた。
「はい。トゥルメキのロケット部品を輸送中とのことです」
と上等水兵。
「しかし、証拠を残さずに、沈められるものだろうか」
艦長は、命令通りに実行することの重大さを考えていた。
「この天候なので、必ずや艦長の戦功の一つになるはずです」
「よし。泳進爆弾(魚雷)装填」
輸送船は、一時的に波が静まりかけた海域にさしかかった。第五惑星に煌々と
照らされる輸送船。海中を黒い影が接近してくる。鈍い音がする。輸送船の機関
室付近に泳進爆弾(魚雷)が命中し、爆発した。輸送船は、傾き始める。甲板か
ら救助艇を投げる船員たち。沈む一方の輸送船。普段の訓練が行き届いていたた
め、何人かが、救命艇に乗っていた。
「あれはなんですか」
船員の一人が無線士に聞く。救命艇は激しく揺れていたが、暗がりの中、海中か
ら突き出している棒のようなものが遠くに見えた。
「潜望鏡だ」
無線士は、無念そうに言っていた。
王城の執務室で連絡を受けた聖王。
「何、輸送船が沈んだだと」
聖王は、立ち上がった。
「今のところ、原因は、荒天にあるとされていますが、一説には、潜水艇による
攻撃とも言われています」
報告に来た秘書官は、付け加えていた。
「潜水艇か。輸送船が沈んで喜ぶのは、西ウィムッケだな。だとすると、奴らの
仕業だろう」
「でも聖王様、選民王宮報道官は、否定しているようです」
「…、クボは、"うちゅうⅦ"に取り残されたままになる。なるほど、西はそれが
狙いか」
聖王は、すぐに感づいていた。
一日後。マラッドラ選民王の親書が王城に航空便で届く。
「しらじらしい、船を沈めたに決まっているのに、お悔やみを申す上に、ロケット
を代わりに打ち上げるだと…」
聖王は、親書を破り捨てた。聖王の執務室には、外務大臣、軍務大臣、総合情報
局長官が集まっていた。
「聖王様、しかし、今はそれを受け入れませんと、征東公をお救いすることは、
できません。あまり時間がないのです」
と外務大臣。
「うちゅうⅦには、征東公もおられることですし、乗っ取られることはないと
思います
総合情報局長官のグニルメンも聖王を落ち着かせようとしていた。
「偽善の恩には、仇で返すことも、正義であります」
軍務大臣が言い放つ。
「わかった。とにかくクボを助けねばな。ありがたくお受けすると、返書をしら
じらしく、書くか」
聖王は、ペン取ろうとするが、ふと何かを思いついて手を止めた。
「グニルメン長官、潜水艇の決定的証拠をつかむよう、動いてくれ。いいな」
「はい聖王様」
久保は、潜水艇の件も含めて、一部始終報告を無線で受けた。今回から、地上
宇宙間の通信も、久保が考えた乱数表による暗号で、送受信されることになった。
Startree Planet 第91話 "うちゅうⅦ"到達
●91."うちゅうⅦ"到達
「聖王様、西は、まもなく"うちゅうⅦ"に人を到達させられるでしょう」
久保は、無人機の写真について報告していた。
「そうか。それで、科技総研のロケット機では、どうなのだ」
「残念ながら、電波による遠隔操作が、うまくいかず、無人機でも、到達には、
まだ時間がかかりそうです」
「クボ、"うちゅうⅦ"を守らねば、ならんぞ。そもそもクボの持ち物であろう」
「はい。それで考えたのですが、分解型のロケット機を巨木の高所に運び上げ
ている最中です」
「分解型は、うまく組み立てられるのか」
「何がなんでも組み立てるしかありません」
「クボ、予てからの質問があるのだが、もし、クボが"うちゅうⅦ"に乗り込め
たとしたら、トゥルメキ、いや、セルドをいつ去るつもりなのか」
「…。わかりません。"うちゅうⅦ"がどの程度、動くかにもよりますし、特異
点の状況にもよります」
久保は、地球への帰還が現実味を帯びてきたが、どこか他人事のような気もし
ていた。
北ライラニに聳え立つ巨木(スターツリー)。その高度1000メビット(2000メー
トル)付近にある補給基地まで、回転翼機で飛んだ久保は、試作型の巨木登坂車
を見ていた。
「微小重力下では、後部にある小型ロケットで、移動することも可能になりま
した」
リドゥール所長の右腕とされる副所長・マノームが説明していた。
「分解型ロケット機の小型ロケットエンジンを作る過程で生まれた、技術だな」
久保は、巨木登坂車の運転席に座ろうとしていた。
「征東公、いまここで、ロケットエンジンを掛けないでください」
「わかっているって、走行用のエンジンを掛けるだけさ」
「あっ、それは、違います」
マノームは、久保が手を掛けようとしているスイッチを押さえた。
「えっ、これがロケット用なのか。間違いやすいな。改良点の一つだな」
「はい。すぐに直させます」
久保たちは、分解型のロケット機の組立発射基地まで、上る予定であった。
久保の視察隊の5台の車列は、補給基地を後にした。
数年前、マッシのミイラ化した遺体が発見された地点には、碑が建てられて
おり、傾斜路の名所・旧跡の一つになっていた。大気圏外に出るには、ロケッ
トよりも格段に時間がかかるが、絶対に失敗のない道のりであった。
「征東公、いつ見ても、この景色には、圧倒されます」
同行しているデンサムは、眼下に広がる惑星セルドを眺めていた。
「俺もそうだよ。宇宙服も着ないで、こんな景色が見られるなんて、他じゃ
まずありえないからな。宿り木のおかげだよ」
「チキュウには、巨木はないのですか」
「ないが、あると便利かも…、いやぁ、短距離ワープの方が便利か」
久保は、自分がセルド人の感覚が染み付いていると思った。デンサムは、意味
のわからない言葉があったが、ニコニコしてごまかしていた。
微小重力下の大気圏外・組立発射基地は、高度280キビット(560キロ)の巨木
上にあった。これ以上上は、宿り木もほとんどなく、人が使える巨木の最高地
点とも言えた。また、ここまでくると傾斜路は、人が一人通れる程で、組み立
て途中のロケット機は、宿り木の大気の外につながれて浮いていた。組み立て
作業員たちは、宇宙服を着て作業をしていた。当初は潜水缶のようなもので
あったが、段々、服と言って良いほど動きやすく改良されていた。西ウィムッ
ケは、ロケット技術で先行していたが、宇宙服の技術は、トゥルメキの方が上
であった。
組立発射基地の管理小屋、山小屋程度で、作業員たちの宿舎は、高度200キ
ビット(400キロ)付近にあった。
管理小屋で、進捗状況を聞く久保。
「我々のロケット機は、この前方左右の姿勢制御ロケットエンジンを取り付け
れば完成です」
組立監督・カルイシュは、少し浮いたままの図面を広げて説明する。
「その部品は、いつごろ到着するのですか」
「遅くとも明日の昼までには、来るはずです」
「あぁ、我々が途中で出くわした、あの輸送隊が、そうだったのか」
「燃料と試験操縦士も一緒に到着するはずです」
「そうなのか。それで、操縦士は誰です」
「待ってください。えぇ…、アプレ操縦士とあります」
カルイシュは、手控帳を開いていた。
「何、アプレだって、カチワッカに帰っていたのではないのか」
「征東公、ご存知なのですか」
「あぁ、ウォーゼ基地にいたもので」
久保は、カルイシュが詳細を知らないようなので、余計なことは口にしなか
った。
「確かに、カチワッカ上空軍所属とあります。試験操縦ですから、同盟国の
カチワッカ人でも構わないと思いますが、正式操縦は、やはりトゥルメキの
操縦士が相応しいかと思います」
「組み立て完了後だから、試験操縦は、明後日あたりになるな」
久保は、自分が操縦したいところだが、アプレなら任せられると思っていた。
●
西ウィムッケ南部のヘヌイラッム・ロケット発射場。最新型の大型ロケッ
ト機が聳え立っていた。
「いよいよだな。これで西ウィムッケの優位が確定的になる」
選民王の名代としてジャネル殿下は、発射・操縦管理室に来ていた。
「征東公の知識の源を手中にするのですから、もうトゥルメキも何も言えま
せん」
管理室総監は、胸を張っていた。
「操縦士は優秀な人物と聞くが、どうだ」
「はい、その通りです。ニホンゴの文字がある程度読める有能な操縦士が搭乗
しています。必ずや貴重な資料を持ち帰るはずです」
「あの征東公の驚く顔を、早く見たいものだ」
ジャネル殿下は、待ち遠しそうに、ロケットに燃料が注入されるのを眺めてい
た。
「5・4・3・2・1、発射」
管理室員がカウントし、大音響と共に、ロケット機は、浮き上がり始める。凄
まじい煙と火柱を後にして、ロケット機は、ぐんぐん上昇していった。
●
管理小屋で久保は、久しぶりにアプレと話をしていた。
「そうか、どうしてもロケット機に乗りたかったか」
「やはり、大気圏外から眺めるセルドの景色は、一度目にすると、癖になり
ますし、この微小重力のふわふわ感も体験できます」
アプレは、少し椅子から浮き上がってみせていた。
「それじゃ、大人しく、舞踏会などに出るよりも、操縦士なんだ」
「あのぉ、聖王様は、お元気でいらっしゃいますか」
「元気も元気、先日、男の子が生まれて」
「6世聖王ですか。お名前は」
「アガレム、アガレム殿下です」
「これで聖王家も安泰ですね」
「そろそろ、組み立てが終わる頃ではないかな」
久保は立ち上がり小屋の窓から外を様子をうかがっていた。
デンサムが管理小屋に文字通り飛んできた。
「どうした。組み立てが完了したか」
久保は気楽に語りかけていた。
「征東公、ついに、西が有人ロケットを発射したそうです」
デンサムは、久保の近くで浮いていた。
「何っ、…無人ということはないか」
顔を引きつらせる久保。
「各所からの情報と大きさから言うと、有人であることは間違いないらし
いです」
「となると、周回軌道に入り、少しずつ高度を上げてくるか」
「はい。"うちゅうⅦ"にたどり着くのも時間の問題かと」
「こういう形になるとは…」
久保は、組み立て中のロケット機を呆然と見ていた。デンサムは、久保の真剣
な表情に、次の言葉がかけられないでいた。
「征東公、我々のロケット機の組み立ては、たった今、完了したそうです」
アプレは、デンサムの第一声を聞くとすぐに、組立監督・カルイシュのもとに
行き、確認して戻ってきた。
「カルイシュ監督、ライラニ0号機は、今すぐ使えるのですか」
久保は、問い詰めるように言っていた。
「はい。しかし、点火試験は、まだですし、」
「今、"うちゅうⅦ"にたどり着ける手段は、これしかない」
久保は、管理小屋に誰かが入ってくる気配を感じた。
「征東公、私が、行って、立ち入りを阻止します」
アプレは、宇宙服用のインナーを着込んで浮遊していた。
「しかし…、あそこに詳しいのは俺だ。監督、ライラニ0号機は、何人乗りで
すか」
「西の打ち上げ型よりも大きいので、二人乗りです」
「ちょうど良い、アプレ、俺も同行した方が、何かと便利だぞ」
「でも、危険過ぎは、…と言っても無理ですよね。同行をお願います」
監督は、もしものことがあったら、責任を取って死ぬ覚悟であった。悲壮な
顔でアプレと久保を宇宙服ロッカーへと案内する監督。
宿り木と巨木の幹が作り出す環境は、段々薄れていく。久保とアプレは、ラ
イラニ0号機につながるワイヤーを伝っていた。
0号機のハッチを開けて操縦室に入る久保たち。中は座席が二つあり、前方
に丸窓が大小2つずつあった。操縦室の空気量を確認してから、久保たちは、
宇宙服の頭部気密帽(ヘルメット)を外した。
「やっぱり、この方が、周りがよく見える」
久保は、西洋の甲冑のような頭部気密帽を側壁のフックに掛けていた。
「宇宙服にも、無線機を付けた方が、便利ですね」
「後でマノームに言っておこう。ところで、これの操縦は…」
久保は、操作盤を見て手が止まってしまった。
「征東公、ロケット機は、乗ったことは…」
「大気圏外の本格的なのはない」
「それでは、私が操縦をします」
アプレは、手早く様々なスイッチを入れていた。
「全て異常なしです。それでは、ロケット・エンジンを点火します」
アプレがスイッチを倒すと、船体が振動して、前に押し出され始める。ロケッ
ト・エンジンの噴射は、数秒で終わるが、0号機は、そのまま進んでいく。
「今のところ、"うちゅうⅦ"に向かって順調に航行しています」
「アプレ、西のロケット機は、今、どのあたりだろうか」
久保は、110数年も経って、ようやく宇宙船で"うちゅうⅦ"に向かうというの
に、その喜びよりも焦りが先行していた。
「見える範囲内には、見当たりません。こういう時のために探知機みたいな
ものは、作れないのですかね」
アプレは、丸窓に顔をつけて外を見ながら言っていた。
「レーダーということか。リドゥールがオシロスコープみたいなもので、
研究開発中だが、実用化までには、あともう少しだ」
「でも、征東公、その"うちゅうⅦ"には、レーダーというものは、あるのです
よね」
「あるにはあるが、かなり壊れている。まっ、もっとも設計図は、データバン
クにあるから、リドゥール達に作らせる手もある…。あそこにたどり着けると
科学技術が一変するな」
「それじゃ、どうしても、我々が先に到着しないと、その全てが西に奪われて
しまうわけですか」
「西の連中が、何もわからないで、"うちゅうⅦ"に行けば、触ってはいけない
ものに触って、破壊してしまう可能性もある。奪われるだけでは済まされない
と思う」
久保は、いつになく、苛立ち始めていた。
西ウィムッケの有人ロケット機・ツッロイ号は、"うちゅうⅦ"とほぼ同じ軌
道上を航行していた。操縦士・ノーボは、ロケット機の丸窓を覗いていた。視
界の遥か先に、金属の輝きを発見した。ノーボは、それが"うちゅうⅦ"である
ことは、間違いないと直感する。この20年近くのトゥルメキとの開発競争で、
勝利するのは、自分たちだったという誇りに満ちていた。
段々、"うちゅうⅦ"の姿が大きくなってくる。ノーボは、慎重に逆噴射させ、
減速させる。これほどまでに巨大な宇宙船がセルドの軌道上に浮いていたこと
は、驚異以外の何モノでもなかった。しかも、120年近く前から、そこに存在し
ている。ノーボは、初めて"うちゅうⅦ"を間近で見たセルド人であった。船体
の割りに小さい噴射口を持つエンジン、青みがかった板状の物体、全てが、
不思議に思えてならなかった。ただし、外壁などが剥がれ、間違いなく、大き
な損傷を受けていた。ノーボは、この宇宙船のどこに正式な入り口があるのか、
わからなかった。地表からの望遠鏡観測、無人ロケット機からの写真を分析し
た結果、入り口と思われる箇所が3箇所、ピックアップされていた。ノーボは、
そのうちの一つ、一番手前にある開閉口に向かっていた。
ノーボは姿勢制御小型ロケットを巧みに操作し、ツッロイ号を開閉口の目の
前で停止させた。開閉口は、しっかり閉ざされているものの、すぐ脇の外壁が
黒焦げになって剥がれていた。宇宙服で通過できそうな大きさであった。
ノーボは、宇宙服を装着し始める。その時、突然、ツッロイ号の無線機が作
動しだし、空電音がした。
『船籍不明船に告ぐ、異常接近。直ちに…、…防衛行動…レーザー』"うちゅ
うⅦ"の主コンピューターが、警告をするが、電力不足のせいか、不明瞭で、
途切れ途切れであった。最初は、英語だったので、理解できなかったノーボ
だが、次は、日本語だったので、ある程度、理解できた。
"うちゅうⅦ"の中央部にある砲塔らしきものがゆっくりと旋回し始める。
ノーボは、咄嗟に危険と判断し、宇宙服のまま、操縦席につき、ツッロイ号を
"うちゅうⅦ"の船体から離れさせた。
ライラニ0号機は、"うちゅうⅦ"と同じ軌道上に到達した。
「まもなく、肉眼で見えるようになるだろう」
久保は、丸窓に顔を肉薄させていた。
「私の計算では、だいたい24分後に視界内に入ると思います」
「アプレ、少し速度を上げるか」
「いいえ、加速と停止に余計な燃料を使うようになるので、今のままで、
良いと思います」
「西のロケット機は、どうしているだろうか…」
「征東公、あれは、なんですか。西の機雷でしょうか」
アプレは、急に不安げな声を上げた。
「どれだ、あっあれか、子衛星だ。別に問題はない」
久保は、かなり近くを通り過ぎていく、子衛星を丸窓から見ていた。
「あっ、見えたぞ。"うちゅうⅦ"だ。ここに来るまでどれだけ経ったこと
か…」
久保は、胸にこみ上げるものがあり、少し黙ってしまった。
「征東公、あの、隣にある小さな点も子衛星ですか」
「どれだ。…、あんな格好のものはない。西の宇宙船だ」
「やはり、たどり着いてましたか。でも中には入ってないようです」
アプレは、ライラニ0号機を減速させていた。
ノーボは、後部の丸窓で、ライラニ0号機を発見していた。ツッロイ号を
接近させると警告が発せられるので、宇宙服で、接近しようと決心していた。
ツッロイ号と"うちゅうⅦ"の距離は、50メビット(100メートル)程あった。本
来であったら、この距離でも警告は発せられるのだが、センサーがかなり損
傷しているため、警告は発せられてなかった。
ハッチを開けて、宇宙空間に出るノーボ。宇宙服前面のヒーターと、背面の
冷却装置が同時に作動していた。だが、突然、前面のヒーターが弱まり、冷え
始めた。すぐに向きを変えるノーボ。命綱を頼りにツッロイ号に戻った。
「あっ、西の操縦士は、宇宙服で接近しようとしている。…ん、そうか
主コンピューターが警告を…、距離的に変だが、ありえることだな」
久保は、西の操縦士の行動を観察していた。
「征東公、我々は、どうすればよいのですか」
「左舷の緊急ハッチに向かってくれ、赤い印がある、あそこだ。左舷のセンサー
は、壊れている、あそこなら、警告は発せられないだろう」
久保は、冷静に見極めていた。
左舷側に向かうライラニ0号機。その動きを見逃さなかったノーボは、阻止
するかのようにツッロイ号を左舷側に移動させる。緊急ハッチまでの距離は、
圧倒的にツッロイ号の方が近かった。
「征東公、西の操縦士は、その緊急ハッチを知っているのでしょうか」
「知るわけないと思うが、俺らがそちらに向かうからには、何かあると察した
のだろう」
「でも、中には入れないと思います」
「いや、緊急ハッチは、いろいろなハッチにアジャストするようになっている
西の宇宙船でも、指示に従えば、ドッキングできてしまう」
「指示って、"うちゅうⅦ"は無人で無線を発するのですか」
アプレは、今更ながら、驚いていた。
ツッロイ号の丸窓の前には、緊急ハッチの赤い印があった。
『船内、呼吸不可能。ドッキングしますか』
コンピューターの人工音声は、英語と日本語であった。
「ど、ドッキングってなんだ。中に入りたい」
ノーボは、無機質な声に答えていた。
『宇宙服を要します。ドッキングしますか』
日本語で答えたので、日本語のみで返答するコンピューター。
「しっ、します」
ノーボは、日本語で言った。数十秒経つと、緊急ハッチ周囲にエアバックのよう
なものが膨らみ、ツッロイ号のハッチと緊急ハッチが密着した。
ノーボは、宇宙服を着て、ツッロイ号のハッチを開け、エアバックのトンネル
内を浮遊する。緊急ハッチの丸ハンドルを回し開けると"うちゅうⅦ"内部の暗が
りがそこにあった。
通路は、緊急ハッチが開いて数秒後、床面のパネルが20枚おきに、うっすらと
光りだした。ノーボは、宇宙服のポケットから酸素濃度計を取り出し、調べる
が、ゼロをさしていた。
ノーボは、通路を船尾方向に漂っていった。途中、衣服はそれほど劣化して
いないミイラ化した死体を2つほど目にしていた。通路をしばらく進むと、ド
アの開いた広めの部屋を目にした。中に入るノーボ。ドアには、レクリエーシ
ョン室と記されていた。部屋の壁面には、小板と白い玉を持って、笑っている
人間の写真が貼ってあった。ノーボは、自分たちとほぼ同じ、人間が写ってい
るのを、眺めていた。すると、写真の端の方に見覚えのある顔があった。
「征東公…」
ノーボは思わず口にしてしまった。さらに部屋を見回すと、赤い小箱が設置
されていた。うっすらと"非常用レーザーハンマー"と記されていたが、見落
としていたノーボは、小箱の箱を慎重に開けていた。船体に閉じ込められた
時や、船内ハッチが閉じてしまった時用の脱出ハンマーであった。ノーボは
武器ではないようなので、少し気を抜いて、ハンマーを調べていた。
「アプレ、奴の宇宙船を引き剥がすには、手動操作する必要がある。俺が
行って手動にしてくる」
久保は、頭部気密帽を装着しようとしていた。
「…、危険ですけど、知っているのは征東公だけですから、お願いします」
0号機のハッチも開くのでアプレも頭部気密帽を装着しようとしていた。
その時、爆発音がして"うちゅうⅦ"後方の外壁パネルが飛散していた。久保
は、歯がゆそうにしていた。
「やっぱり、何かに触ったか」
久保は、0号機のハッチを開けて、緊急ハッチに漂っていった。
"うちゅうⅦ"内に入る久保とアプレ。久保は、念願の故郷ともいうべき、
"うちゅうⅦ"に戻ったのだが、爆発があり、重力はないし空気もない。宇宙服
を着たままの帰還なので、感傷に浸っていられなかった。
『我々の武器は拳銃だけで大丈夫ですか』
アプレは、首から提げている携帯伝言板に書いて見せてから、宇宙服のベルト
に掛けた拳銃の安全装置を確認していた。
『ここでは使いたくない。拳銃は、俺が持つ』
久保たちは、通路を船尾方向に向けて漂っていった。
『通路は、なぜ明るいのですか』
『発光パネルを使っている。寿命は100年ほどだから長持ちしている』
『征東公の世界では、なんでも寿命が長いのですか』
『そうだ。船も』
久保は、通路の壁を懐かしそうに触っていた。
『船尾方向に傾いているようです』
『爆発の衝撃で、動いてる』
アプレは、不安なのか、絶えず伝言板で話しかけていた。
ノーボは、レーザーハンマーのビームが最大になったまま、スイッチを入れて
しまい、悪いことに、部屋の天井の配管に照射してしまった。配管にたまってい
た汚物などの腐敗ガスに引火し爆発を引き起こしていた。ノーボは、天井パネル
の破片にまみれたが、重力がないので、助かっていた。
『爆発は、レクリエーション室』
久保は、伝言板見せてから怪訝そうな顔をしていた。
『それはなんですか』
『娯楽室』
久保は、手早く書いて見せていた。
レクリエーション室に入る久保たち。中には、誰もいなかったが、爆発を
起こした惨状は見て取れた。
『隣の部屋に誰かいます』
アプレが伝言板を見せる。久保は、そっとロッカールームに漂っていった。
西の宇宙服の後姿があった。
「貴様、何をしてる」
久保は、気密帽の中で叫びながら、飛び掛っていった。ノーボは、成すすべも
なく転がっていた。気密帽越しに、顔と顔が合う。ノーボは、久保の顔を見る
と、怯えた顔になり、震えているようだった。だが、そこで久保は、ノーボの
宇宙服の表面からパネル片の埃が舞っており、小さな穴があいていることに気
づく。ノーボも、その穴を見ると、パニックになりかけていた。
「お前、のろのろしてると死ぬぞ。おとなしくしろ、助けてやる」
久保は、気密帽の中で言っていた。
『応急気密テープ』
久保は伝言板に書いた。アプレは、宇宙服のポケットから気密テープを取り出
し手渡した。
ノーボは、宇宙服の空気漏れがなくなると、静かになったが、久保は、念の
ためレクリエーション室に縛っておいた。


