首都コロンボから南へ100キロほど下ったところにゴール(Galle)という港町があります。ここは、歴史上、スリランカに初めて外国が訪れた港として有名です。

その外国とはポルトガルです。訪れたというよりは、偶然ここに漂着したと言った方が正しいのかもしれません。この時から欧米列強によるスリランカ支配がはじまります。


ゴールの町へはコロンボからバスで1時間弱で着くことができます。それはスリランカに唯一のハイウェイがこの2つの町の間を通っているからです。
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町自体は1日あれば十分回れるほどの大きさですが、見どころはやはり世界遺産となっているゴール砦(Galle Fort)でしょう。
砦の周りを数キロにわたって大きなレンガ造りの壁で囲まれたこの砦は、かつてここを支配していた国々が外敵の侵入を防ぐために建てられたのです。この壁で囲まれた中に町があります。
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海に向かって四方八方に突き出た砦は、そのどこからでも外敵を発見できるようになっています。

砦から望む景色はとてもきれいで、晴れた日には遠くインドまで見渡すことができるといいます。その中にひときわ目立って白い灯台が建てられています。$subwoofermateのブログ

カトリック教会や植民地時代のコロニアルホテル、博物館などなどが点在しています。
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ここに座って海を眺めていると、その昔、ここ支配し、されていた人々と同じ景色を見ることができているのだなという思いが胸を熱くします。


悠久の時の流れのなかで、かつて大航海の時代を経てまだ見ぬ未知の世界に思いをはせながらこの地に上陸した西洋人たち。

 僕が見ているこの景色とおなじものを見ていた人たちが沢山いて、彼らと同じ景色を共有できているこの瞬間…

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砦の上の高さまで伸びていたココヤシの木。アップで撮ってみました。
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 スリランカと聞いて何を思い浮かべますか?
「象?」「セイロン茶?」「モルジブ?」

 この国は、日本人はあまり多く立ち寄ることのない観光地です。モルジブへのフライトのストップオーバーがあるのでそれでコロンボ周辺を散策したりするくらいだと聞きました。

この国には私の友達が多く住んでいます。彼らを訪ねてインドへ行く前にスリランカを選びました。

スリランカは、2011年からシンガポールを除くすべての外国人に対して入国時のビザ取得が義務付けられるようになりましたので、ここへのフライトの前日にシンガポールで超慌ててウェブで申し込みをしました。ギリギリセーフでしたよ…。


 さて、俗にいう「セイロンティー」で有名なスリランカですが、実は、この国は2009年まで内戦の真っただ中にあったのをご存じでしょうか? 
 
 日本人がほとんど知ることのない国の状況を現地の友達にたくさん教えてもらいました。もちろん、自分で下調べをしてからいろんな話を教えてもらったのですが、以前にも書いていたように、自分が行く国に対してはある程度の歴史や社会情勢などを知っておくことが必要だと考えています。それが自分の命を救うことになるかもしれないし、現地の人たちと話をする上でも大きな予備知識として助けとなるかもしれませんから。


 さて、その内戦ですが、少し歴史の話になります。
中世ヨーロッパ以降の大航海時代が始まってから、欧米列強は植民地政策~帝国主義へと流れていきます。その中で、スリランカの最初の宗主国はポルトガルでした。その後オランダ~イギリスという流れでスリランカは各国の占領下に置かれます。

 内戦の主な原因は、このイギリス統治時代のイギリスの植民地政策下で始まります。

 もともとスリランカはインドーヨーロッパ語族に分類されるドラヴィダ系のシンハラ人の王朝国家でした。それが、17世紀初めのイギリス植民地政策下にあった、東インド会社などの政策で(例えばプランテーションなどの労働力の為)において南インドに住んでいたタミル人をたくさんスリランカへ移住させます。この時にこのタミル人を植民地政府の高官に適用するなどの〈タミル人優遇措置〉をとりました。これに対してもともとの住民、シンハラ人が反感を持たないわけがありません。

 少数のタミル人とイギリス植民地政府が支配するスリランカで、イギリスが植民地政策から手を引いた後、次第に民主化の動きが進み、ついにシンハラ人の首相が選出されました。

 この首相が今の空港の名前になっているバンダラナヤケ首相です。彼はシンハラ人なのでイギリス統治下のタミル人優遇政策をやめ、シンハラ人を優遇する政策に切り替えました。

ここで問題が起きたのです。

 それまで支配層だったタミル人が今度は被支配層になりますね。そこで、反旗を翻し、自分たちの国家をこのスリランカに作りたいという主旨の下、シンハラ人政府に対して戦争を始めることになったのです。

このタミル人の中で最も過激派だったのがLTTEというグループです。Liberation of Tiger Tamil Eram(タミル独立の虎自由同盟)
彼らがシンハラ人政府や民間人に対して多くのテロ行為を繰り返します。

 28年間の内戦の中でタミル人、シンハラ人合わせて約7万人が犠牲になったといわれています。


現地の友人に聞いた話によると、テロ行為の多かった時期には、一つの家族が電車に乗るときには、いくつかの車両に分かれて乗ったそうです。その理由がわかりますか?
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答えはいたってシンプルです。

電車内で自爆テロが起きた時に、家族全員が同じ車両にいるとその家族が全滅してしまうから、各自離れたところに乗っている
 
                        のだそうです…。

我々にはそんな考え方は思いつきませんし、考えるに至りません。それだけシビアな状況が続いていたのです。



さてそのテロも、その首謀者が捕らえられ、殺害されることによって終わりを迎えました。2009年の話です。
 

 世界には色々な国があって、そのそれぞれにとても深い話があるんだなと改めて感じたと共に、日本にいて知ることのできなかった事実をたくさん教えてもらったことに感謝しています。

 日本人としてではなく、地球に生きる人間としてもっと世界で何が起きているか、知るべきですね。特に「日本人」は。



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 さて、香港を堪能したものの、この先どうしようか・・・。中国へ戻るには、再入国ビザが必要だし(2回目の入国にはこれが必要です)、ベトナム戻るのもお金かかるし、ブログの更新もできてないし…ということで、一番安い「タイガーエア」で、いったんシンガポールまで戻ることにしました。

 シンガポールでは、再来を予想だにしていなかったマットに知らせるために事前にシンガポール再来を仄めかしておいたので、彼がまたまた空港まで迎えに来てくれました。なんといういいやつ・・・


 そして、ここで3日ほど滞在した後、次の目的地スリランカへ向かうことにしました。


 この滞在期間中、マットお勧めの「リブロース」を食べに連れて行ってくれました。これがまた、うまいんだわ!!タイガービールとよく合う!! 拝
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これが私が病みつきになった、トロピカルフルーツ、マンゴスティン!!
甘酸っぱい最高の味がします
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