さて、ハイデラバードでの結婚式を終えた後、そこで知り合った友人とともに隣のマハラシュトラ州の州都プネPuneへと向かいました。これまた夜行バスです。
早朝に着いて、そのまま友人Kushal(クシャル)の家に向かい、荷物を降ろした後、その日一日をどう過ごすかいろいろ話し合った結果、プネの山登りをすることになりました。


頂上に着くと、その地の利を生かした要塞が建てられていて、昔の王国林立時代の面影が感じられるものが多く残っていました。

軽食をとったところ 自家製ヨーグルトです。
山道の途中に売っているトウモロコシ。
下山した後、結婚式で知り合ったSandip(サンディップ)の家に泊まることになり、Kushalの家から荷物を移動させました。
Sandipの家は大家族で、狭い家の中に8人くらいが生活していました。ここで、夕飯をごちそうになりました。最初は彼の家族も人見しりしていたのかすごく冷静で静かでした。
しかし、だんだん慣れてくるにつれ、隣家や近隣の友人たちに私が来ていることを知らせ、村中から続々と私を見に来るではありませんか。
そんな経験をしたことがない私は変な気持でしたが、彼らにとっては海外からゲストが来るということ自体がとても珍しく、村中から見物客がやってきました。
夕飯が終わる頃になると、その家族がみんなで写真を撮りたいというので私のカメラで撮影しました。
このころにはみんなが打ち解けていて、「もっといてほしい」とか「日本の話を聞かせてくれ」とか沢山の質問をされました。
しかし、翌日の早朝、デリーへのフライトを控えた私は結婚式の疲れもあり、早々に失礼しました。でも、本当はもっとこの家族と話をしたかったです。
さて、Sandipの寝泊まりする家はまた別にあり、ここで、彼の祖父母や兄弟に会いました。ここで、また沢山質問を受けたり丁寧な接待を受けたりしました。
加えて、既に眠りについていたおじいちゃんを起こして、おじいちゃんからの質問を受けてくれと頼まれました。このお爺ちゃん、84歳になった今も現役の農作業をしています。その人生のほとんどを農業と牧畜に費やしていたそうですが、海外のニュースや出来事に非常に関心が深く、福島の地震や津波の経過、果ては第二次大戦の原爆の話まで、寝起きながらもたくさん質問されました。
私もそれにできる限り答えようとしましたので、ついつい話が熱くなり、長くなってしまって気付いた時にはもう日付が変わっていました。そこでお爺ちゃんは再度眠りにつき、私はシャワーを浴びて寝床に着きました。本当はもっともっとこの家族と話をしたかったし、日本のことも伝えたかったのですが。
さて、翌日はいよいよ首都デリーへ。By エアーインディアです
早朝に着いて、そのまま友人Kushal(クシャル)の家に向かい、荷物を降ろした後、その日一日をどう過ごすかいろいろ話し合った結果、プネの山登りをすることになりました。

この山にはふもとからは2時間余りで登れるのですが、道中が険しく、泥濘もあったりして結構険しいものでした、地元の人や観光客のなかには、サンダルで登っている人もいましたが、みんなよく滑っていました

頂上に着くと、その地の利を生かした要塞が建てられていて、昔の王国林立時代の面影が感じられるものが多く残っていました。

軽食をとったところ 自家製ヨーグルトです。
山道の途中に売っているトウモロコシ。
下山した後、結婚式で知り合ったSandip(サンディップ)の家に泊まることになり、Kushalの家から荷物を移動させました。
Sandipの家は大家族で、狭い家の中に8人くらいが生活していました。ここで、夕飯をごちそうになりました。最初は彼の家族も人見しりしていたのかすごく冷静で静かでした。
しかし、だんだん慣れてくるにつれ、隣家や近隣の友人たちに私が来ていることを知らせ、村中から続々と私を見に来るではありませんか。
そんな経験をしたことがない私は変な気持でしたが、彼らにとっては海外からゲストが来るということ自体がとても珍しく、村中から見物客がやってきました。
夕飯が終わる頃になると、その家族がみんなで写真を撮りたいというので私のカメラで撮影しました。
このころにはみんなが打ち解けていて、「もっといてほしい」とか「日本の話を聞かせてくれ」とか沢山の質問をされました。
しかし、翌日の早朝、デリーへのフライトを控えた私は結婚式の疲れもあり、早々に失礼しました。でも、本当はもっとこの家族と話をしたかったです。
さて、Sandipの寝泊まりする家はまた別にあり、ここで、彼の祖父母や兄弟に会いました。ここで、また沢山質問を受けたり丁寧な接待を受けたりしました。
加えて、既に眠りについていたおじいちゃんを起こして、おじいちゃんからの質問を受けてくれと頼まれました。このお爺ちゃん、84歳になった今も現役の農作業をしています。その人生のほとんどを農業と牧畜に費やしていたそうですが、海外のニュースや出来事に非常に関心が深く、福島の地震や津波の経過、果ては第二次大戦の原爆の話まで、寝起きながらもたくさん質問されました。
私もそれにできる限り答えようとしましたので、ついつい話が熱くなり、長くなってしまって気付いた時にはもう日付が変わっていました。そこでお爺ちゃんは再度眠りにつき、私はシャワーを浴びて寝床に着きました。本当はもっともっとこの家族と話をしたかったし、日本のことも伝えたかったのですが。
さて、翌日はいよいよ首都デリーへ。By エアーインディアです





