最初のうちは「そんなことがあったのですね~(笑)」「え~っ!大丈夫だったんですか?」なんて笑ったり驚いたりしながら聴いていたのですが、回を重ねるごとに、まるでI氏の生き証人にでもなったような大きな責任を覚え始めたのです。

 

いつも笑い話を交えながら終始笑顔でお話しくださるのですが、長い歳月の中で幾多の経験を重ねたI氏の語ることばは、どれも深く重みがありました。そして、その重みの一つひとつは、まるで水面に落ちた雫が作った波紋のように、幾度も私に押し寄せてくるのです。

 

「人様の自叙伝を綴るお手伝いをするうえで大切なことは、一つの尊い生命と対峙すること。その人の生き様を同じ目線で見つめ、同じ空間に入り込み、一緒に感動することができなければ綴ることなどできませんよ。あなたにはその資格と覚悟がありますか?」可笑しな話ですが、私には自叙伝の神様がそう問いかけてくれたように感じました。

 

人の生きた証を綴る。私は何て凄いことに関わってしまったのでしょう。

もちろん、最初から決して安易な気持ちでお受けしたわけではありません。I氏の歴史を同じ目線で見つめ、同じ空間に入って一緒に時代を辿ってきたつもりでした。しかし、それではまだ不十分だったのです。原稿を書かせていただくからには、I氏に憑依するくらいの勢いでお話を聴く覚悟がなければ、書く資格などないのです。

 

全ての話を聴かせていただく前に、そのことに気付かせてもらえて本当によかったと思いました。と同時に、全身が震えました。それは責任という怖さからではなく、そんな凄いことに携わっていることに対する感動の震えでした。そして、この瞬間、私はI氏の歴史を聴かせていただく土俵にようやく上がれた気がしたのです。

この機会が無ければ出会う事すらなかったであろうI氏の人生を直に聴かせていただき、綴らせていただけることに、改めて感謝しました。

 

 未だ肌寒い季節に始まった取材も、新緑が眩しい候に入りました。幼少期を終え、

小中学校時代を終え、取材が青年期に差し掛かったころ、I氏本人にも変化が起こりました。ご自身の若かりし頃の熱い思いに鼓舞され、かつて苦汁の思いで諦めた夢に再チャレンジしようと志を新たにされたのです。

日頃から柔和な物腰のI氏ですが、「今まで敢えて避けて来たけど、もう一度やってみようかな」と話しながら前を見据えたその眼が、夢に向かって我武者羅に挑み続けた若かりし頃の写真の眼と同じ輝きを放っていたことを、私は見逃しませんでした。

 

…こうして取材は無事に終わりました。そして幾度か校正が入り、ダンディなI氏そのものにお洒落な装丁が施されて、他に類を見ない素晴らしい自叙伝が完成しました。

 

後日、完成後の出版記念パーティーにお招きいただきました。ホテルの大広間に百名を超える人が参席される中、I氏がご自身の自叙伝出版のきっかけや経過をユーモアたっぷりにお話されます。

会場に笑いと拍手が溢れるその時、隣席に座る出版社のKさんが私に耳打ちしました。「なんだかI氏のことが親戚のおじちゃんみたいな気がするわ」。確かに、I氏が生まれた時から今日までのいろんなこと、そして、本には載せないほうがいいだろうと削除した秘話も、私たちは知っていますからね(笑)