SPPTテエイパーズハウス『MARNI THE HIDDEN LIFE 〜マーニ その隠された人生〜』@池袋シアターグリーンBOX in BOX THEATER


・Me tooからこっち、かの地に限らずあの業界の色んな事はひとつ引いて見たり考えたりしてるけど、その鼻につく一端は見事に描き切っていると思います。腹立たしさもコミコミで共感しかない。

そこにキャストの良い仕事が乗っかると実感がいや増します。作り手のふたりには普通に腹が立ったし、渦中の女性俳優達には震えました。凛としててカッコよかった(^^)


・Me tooの文脈でも読み解ける素晴らしい脚本でもありました。あの業界ゴロは当時からいっこも学習していないって事も。


あー、でもこれくらいか……。




(注:これ以降参加者関係者には耳障りな感想しか書きません)




(注:精神衛生を保つならこの先読まない事をおすすめします)




(注:どーしても読むってんならあえて止めたりしませんが)




(注:警告しましたからね)






10年前にこちらの団体の公演を拝見していますが、今思い返しても腹が立って仕方ない自分が居ます。詳細は当ブログ2015年8月8日の記事を参照してください。

だからハナからバイアスが掛かっています……が、良い印象が無いのを差っ引いても、鼻につくとこが多かった気がしますので以下感想。


・俳優に地力の差が出るのは仕方ない。仕方ないけど、その差を埋める努力はしたんだろうか。まぁ養成所じゃないから団体の責任じゃ無いんだけれど、自裁出来るベテランとそうでないひとの佇まいの差が(>_<)

そりゃ世に出る前の俳優の役ではあるんだけど、演技じゃない素人臭さはただの素人臭さだよ。


・お話がオチに向かって急速に空中分解してたな〜。マーニがトップスターに認められる辺りまで物凄く丁寧だったのに、カムアウト以降の展開が雑だし乱暴。

全部がぶち壊れるストーリーなんだけど、『実は映画の成功の為にヤバい橋も渡っている』的なシーンなりくすぐりなりをもっと効果的に入れてくれないと、観てるこっちはいちいち脳内補完と推理をしなきゃなんない。第一ひとりしか居ないのに全部背負わされているマフィア役の彼が可哀想。


・アクションなんとかならんかったかね。素人同士が持ち慣れない得物でやり合うからこれでいいんだ、みたいな言い訳が聞こえてきそうだけど、それにしたって理屈に合わない事が頻発し過ぎだろうよ(『二代目はクリスチャン』という素人同士の銃撃戦のお手本みたいな資料だってあるのに)。

舞台上の小道具は記号であるとは云うけれど、あんなでっかい拳銃で撃たれてんのに末後の言葉を残せるとか、撃たれた足で歩き回るとか、腹撃たれてんのに「もう大丈夫♪」なんて云えるくらいに回復するとか……説得力もクソも無い(詳しい方がおったら『当時あのバージョンの拳銃は無い』みたいなツッコミもされそうだけど)。


・生歌とリップシンクが混在してたのはなんでだろう。


・ラストシーン。本番直前のパフォーマーにあんなネガティブな話をする神経が理解出来なかったけど、かの地の連中ならやりそうだな、と思い至り納得しました。私の口には合わないけどね。

ASOBIBA×I『その最後の最後まで』@北池袋新生館シアター


旗揚げ公演との事なんで、褒める所は褒めておかないとね。

・画造りはとても面白い。演出家最大の武器はここなんだろうな。

・手数は少ないけど、効果の塩梅もなかなかの物。

・前2点もひっくるめて、あらゆる部分のバランスはちゃんと取れている舞台、バランス感覚が優れていると思いました。

・19世紀ジュブナイル小説の少年少女向け翻訳みたいなセリフ回しは、いろんなとこが痒くなるけど基本的には好物です^^;


とはいえ、ねぇ……。





(注:褒めのターンは終わりました)




(注:おそらく以降書く事は参加者関係者が読んで気分が良くなる内容にはなりません)




(注:ネタバレもする事でしょう)




(注:関係者は読まない事をおすすめします)




(注:それでも読みますか?)



(注:警告しましたからね)


・ま、ブログのタイトルそのまんまなんだけど^^;中盤以降の意図的にストーリーを破綻させて(いるという私の見立て)からの求心力が明らかに不足していて、目を覆ってしまいました。結果帳尻は合うようにお話は出来てるけど、印象は苦し紛れの夢オチとさして変わらないもの。

「うわー!何この展開!!どーすんの?どーやってこのお話は収束するの!?」てのが客席に生まれないと、作家演出家の狙うカタルシスは得られない。


・平台や箱馬を平台や箱馬以外の用途で使う場合は化粧貼りをしなければならない、というのは『何でもアリ』の舞台において“絶対に”破ってはいけないルールのひとつ。お金が無い、めんどくさい等理由はあるんだろうけど、演劇やる以上これは知らないでは済まされません。

ちょっとした段差につまづく、なんてのは平台使ったからこそ出た説得力なのに、もったいないなぁ。


・これは私の嗜好になるけど、俳優が性別の違うキャラクターを割り振られるのは意味が生じてしまうと思っています。人外を演じるのならともかく、今回のように女性俳優が男の子キャラを一切説明無く演じさせる意図が判らない。ビジュアルとしての少年性を表現したい、という安易な理由付けを一般的には聞くけれど、なら他の男の子キャラが女性俳優でないのは何故?

むしろこれをひとネタにして話膨らませた方が余程スマートだと思うんだが。

劇団宇宙キャンパス、HAGAKURE共演者立石亮参加。ぷろじぇくと☆ぷらねっと『詩人と役者の動く朗読劇2 After The Carnival』@高田馬場JETROBOT


久しぶりに参加者からのご案内を頂かずに拝見した公演。しばらく日疋さんの公演に伺えてなかったのと、身体が定期的に欲するアーティスティックなモノに触れたいという欲求が興じまして。とはいえ相変わらず詩の読解は出来ませんけど^^;

そしてここんとこマイブームとなっている『朗読とは』。この考察にも一石を投じていただけるか、とも思いましてね。


何度か拝見している日疋さんのステージングでしたが、今回はより『人間が見える』公演だったかと思います。アーティストの仕事はとどのつまり己をさらけ出す事である、とアタマでは理解していても、私がやっている様な演劇だとどうしても様子を整える事に注力しがち。本作はさらけ出しの魅力担当と様子整えの魅力担当が、お互いの魅力を引き立て合ってるのがとても素敵でした。

決していい環境のハコではなかったけど、また全員が決して芝居巧者ではなかったけど(そりゃそうだ、「詩人と役者の〜」と謳っておきながら、俳優専門で立っているひとの割合はえらい低くかったもの)、こと演者の魅力だけなら凡百の舞台には引けを取らないと思われ。


『朗読とは』についてもひとつ気づきを得られました。実際のところ演技しながら掛け合いながらなんだから自分のセリフなんかちゃんと入っていて、舞台上で文章を追うなんて事はほぼやっていないんだろうけど、あの形だとどんな言い回しであってもしっくり来てしまうんだなぁ、と。

リアルでそんな会話する事なんて無いよ!とツッコまれそうな、例えば昔の翻訳ものとか古語や文語体の掛け合いなんかでも(もちろん詩的表現も)しっくり来てしまう。そのしっくり来ている視覚情報と、違和感ととらえている聴覚情報とのギャップがまた私には気持ち良くてね(^^)


もちろん全てを理解なんか出来ている訳ではないけど、アートは浴びてなんぼだしその上で楽しかったらオレの勝ちなので、とにかく体験してみる事をオススメします。とはいえ評判良い上に小さなハコなので既に全公演札止めなのですが、ツイキャスプレミアムで配信があるそうです♪





※タイトルは私の敬愛する軍師勝又健志先生のお言葉でした。

「ボートの収支?勝ったり負けたり……でも楽しかったからオレの勝ち(^^)」