中に入ると廊下が左右に分かれている。右側に進むと部屋のドアがある。木製で灰色に塗装され真鍮製の今にも壊れそうな貧弱なドアノブを回し中へ入る。
ここはドラマと同じだ。スチール製のパイプいす、アクリルの透明なしきりに円形にたくさんの穴が開いている。ドラマのようにここで向き合って話すことになる。まだ向こう側には誰もいない。このアクリル板の向こう側はトイレに行くのにも許可が必要な自由がない別の世界なのだ。いすに腰掛けると間もなく弟が刑務官に連れられて来た。
茶髪で今時リーゼントだった頭は坊主頭になり、拘置所にいるときに差し入れたユニクロの白いTシャツに灰色のスエットパンツを身に付けていた。のそのそと私の向かい側に座り深々と頭を下げた。
「本当にどうもすいませんでした。仕事中にわざわざ来てくれてありがとうございます。」
「大丈夫か?」兄弟とは思えないようなよそよそしい会話が不自然だった。
「腰が少し痛むけど、何とか」リウマチの持病が再発したようだ。
「とにかく今はしっかり罪を償って社会に戻って来るように。おまえが帰る場所はあるから。」
そんな事を言うつもりはなかったのだが、さずがに不憫に感じた。あと二年間この中に居なければならないと思うと将来帰る場所があることだけは伝えないと自暴自棄になりかねない。とっさにそう思った。ようするに身元引受人になるという決心をした。弟はまだ30歳、やり直しができるだろう。
しばらく“こちらが側”と“そちら側”の情報交換をしていると刑務官に時間切れを告げられる。時間にして5分くらいだったろうか。特に時間制限は聞いてなかったが、ドラマでもよくこんなやりとりがあったな…。ヤミ金の取り立てで暴力団に追い込まれていた彼はこの不自由だが安全な世界に来て安心したのだろうか。表情が意外と穏やかだったのが救いだった。
“そちら側”でもお金が必要らしい。筆記用具、切手代、本代、資格を取るための受験費用など。とりあえず敷地内にある差し入れの窓口でお金を五千円渡す。待合室の受付にバッジを返しロッカーの荷物を取り出した。黒服の一味は既にいなかった。コカコーラの自動販売機でブラックコーヒーを買い、横の黒服が占拠していた喫煙場所でたばこをふかした。こんな場所の自動販売機でもジョージアのプレゼントキャンペーンの広告が貼ってあり、その横に応募用のハガキが吊しているのが滑稽だった。