初犯刑務所からの手紙 -4ページ目

初犯刑務所からの手紙

弟からの手紙は刑務所の住所だった。

初めて服役する人達が舞台の初犯刑務所物語。

「あの建物の右側の部屋に入って下さい。」案内の人は50m程さきに見える小さな建物を指さした。学校の校舎のようなコンクリートの建物に隣接するちょうど学校の下駄箱の部屋のような形である。そこまではまっすぐなのだが特に通路のようになっているわけでもなく広々としたアスファルト。車が通行するのだろう。時折見張りらしき制服の人が目を光らせている。きょろきょろと落ち着かずに周りを見回しながらその建物へ入った。

中に入ると廊下が左右に分かれている。右側に進むと部屋のドアがある。木製で灰色に塗装され真鍮製の今にも壊れそうな貧弱なドアノブを回し中へ入る。

ここはドラマと同じだ。スチール製のパイプいす、アクリルの透明なしきりに円形にたくさんの穴が開いている。ドラマのようにここで向き合って話すことになる。まだ向こう側には誰もいない。このアクリル板の向こう側はトイレに行くのにも許可が必要な自由がない別の世界なのだ。いすに腰掛けると間もなく弟が刑務官に連れられて来た。

茶髪で今時リーゼントだった頭は坊主頭になり、拘置所にいるときに差し入れたユニクロの白いTシャツに灰色のスエットパンツを身に付けていた。のそのそと私の向かい側に座り深々と頭を下げた。

「本当にどうもすいませんでした。仕事中にわざわざ来てくれてありがとうございます。」

「大丈夫か?」兄弟とは思えないようなよそよそしい会話が不自然だった。

「腰が少し痛むけど、何とか」リウマチの持病が再発したようだ。

「とにかく今はしっかり罪を償って社会に戻って来るように。おまえが帰る場所はあるから。」

そんな事を言うつもりはなかったのだが、さずがに不憫に感じた。あと二年間この中に居なければならないと思うと将来帰る場所があることだけは伝えないと自暴自棄になりかねない。とっさにそう思った。ようするに身元引受人になるという決心をした。弟はまだ30歳、やり直しができるだろう。

しばらく“こちらが側”と“そちら側”の情報交換をしていると刑務官に時間切れを告げられる。時間にして5分くらいだったろうか。特に時間制限は聞いてなかったが、ドラマでもよくこんなやりとりがあったな…。ヤミ金の取り立てで暴力団に追い込まれていた彼はこの不自由だが安全な世界に来て安心したのだろうか。表情が意外と穏やかだったのが救いだった。

“そちら側”でもお金が必要らしい。筆記用具、切手代、本代、資格を取るための受験費用など。とりあえず敷地内にある差し入れの窓口でお金を五千円渡す。待合室の受付にバッジを返しロッカーの荷物を取り出した。黒服の一味は既にいなかった。コカコーラの自動販売機でブラックコーヒーを買い、横の黒服が占拠していた喫煙場所でたばこをふかした。こんな場所の自動販売機でもジョージアのプレゼントキャンペーンの広告が貼ってあり、その横に応募用のハガキが吊しているのが滑稽だった。


ベンチは四列に並んでいた。ざっと見回すと壁の貼り紙には待合い室内や入室時の注意事項やがマジックで書かれている。当然ではあるが携帯電話やカメラ・レコーダーは持ち込み禁止。外に立っている黒服のイメージと違いベンチで待つ面々は、初老の男性、幼い子供を連れた30歳位の女性…いたって普通の人達である。皆表情は暗くうつむき加減でまるで審判を待つ被告人のようだった。私の顔もきっとそうなのだろう。昔ながらの定食店のように部屋の角の上方にブラウン管テレビがローカル放送のワイドショーを映していた。

広さは12畳ほどであろうか。隅には売店もある。この部屋は禁煙なので、ちょっと外へ出てみる。黒服と一緒にたばこを吸うのは遠慮して、少し歩くともう一つプレハブの小部屋が解放している。中には同じようにテレビがあり、灰皿も置いている。さっそく車にたばことライターを取りに行き時間までここで過ごすことにする。まだ一本目を吸い終わる前にアナウンスが

「23番の方受付までお越し下さい。」

まだ、十分も経っていない、一時間と言われ拍子抜けしながら受付へ行くと意外な展開。

「今、本人が入浴中なのでちょっと時間がかかりそうです。」

「えっ、風呂ですか?どれくらいかかりますか?」

「一時間もあれば」

もともと一時間と聞いていたので何をいまさらである。しかし朝10時に入浴とは…ここは俗に言うシャバの常識とは別世界なのだろう。

ふと売店に目をやるとお菓子、ジュース、肌着、新聞・書籍などが売っている。

受刑者への差し入れとして売っているようである。

雑誌類は特に豊富でマンガや週刊誌・スポーツ誌はわかるのだがコンビニで成人誌と区別して陳列されている雑誌までもが売っていたのには驚いた。

プレハブに戻り仕事の段取りを手帳に記したり携帯電話でゲームをしたりして時間をつぶしていると

やっとなのかついになのか23番が呼び出された。

待合室のロッカーにポケットの中味をすべて納めて受付のゲートをくぐった。


営業で使っているEKワゴンで、弟が住む刑務所に向かった。初めての場所なのでナビに住所を入力し検索すると広い敷地に確かに○○刑務所という文字が表示されている。たんたんと目的地に向かった。朝の渋滞はやわらいでいるものの平日の日常の道路はおそらく仕事をする人たちが運転する車がうごめいている。


家を出ておよそ一時間、暗い気持ちとは裏腹に、中途半端に明るいアナウンスで「間もなく目的地周辺です」とナビゲーションされる。なるほど高くて薄汚れた壁はそれを象徴していた。入口を探し車ごと門へ向かうとすぐ横には待合室らしき小さなコンクリート造りの建物がある。表には、黒いスーツにサングラスという、いかにもというVシネマに出てくるような若い衆が三名立っており無言でたばこを吸っている。この暑い日に大変だなと思いつつ、とうとう来てしまったという現実を感じた。駐車場は20台ほど止められるだろうか、待合い室近くは黒塗りの車が占拠していたので奥の方へ向かうと意外なことに軽自動車も数台止まっていた。車を頭から突っ込み気を落ち着かせるために車内でたばこを一服。財布と手帳とボールペン。携帯電話はマナーモードに切り替えて必要なものだけスーツの上着に入れ車を降りた。隣の黒いワゴンRを覗くとヒョウ柄のシートカバーの助手席には水玉柄の赤いスカートをはいたミニーーマウスが座っている。まるで先生に叱られるために職員室に呼び出された中学生のような心境で待合室へ向かった。


入口に陣取る若い衆の横から遠慮気味に小さい窓越しに受付のおじさんに声をかける。


「初めて面会に来たのですが…」


「そこの用紙に記入して下さい」


優しい声で指示される。用紙は小学校から子供がもらって来るようなざら紙。名前、住所、電話番号、受刑者の氏名を記入。面会の目的は選択制になっており「安否伺い」に○をつけておじさんに渡すと23番とマジックで書かれた丸いバッジを渡された。


「この番号を呼ばれたらバッジを付けて来られて下さい。荷物はそこのロッカーに…」


「どのくらい時間がかかるでしょうか?」


「ん~あと一時間もあれば」


一時間か…壁に貼っている注意書きを読むと受付時間は朝八時半からで面会時間は九時からとある。今十時を過ぎたところなのでちょうど込んでいる時間なんだろう。今度はもっと早く行こう。


とりあえず四人がけくらいの安っぽい薄緑色のベンチに腰掛けた。