決戦前前夜。


私はかつてない程に動揺している。


全身全霊をかけたものの結果が出る時。


ダメでもいいじゃないかと優しい私が言う。

また書けばいいじゃないかと強い私が言う。

お前はそこまでだと意地悪な私が言う。

誰もが通る道だ、ジタバタするなと厳しい私が言う。


色んな私が出ては、私をさらっていく。


決戦前夜には別の心持ちにもなるかもしれない。

ある程度腹がくくられる可能性もある。


この前前夜を如何に過ごせばいいのかアイディアが湧かない。


誰かと共有したくても共有できない孤独な思い。


どうかここに書くことによって昇華できますように。


決戦前前夜。

誰もが通る道だ!甘ったれんなお前!!


この膨大な本たちが私を駆り立てる。

待ってろよ。



昨日の私は訳もなく自分が嫌いだった。


なんてことないことなのに誰にも言えない悲しさや、自分の不器用さ加減に嫌気がさした。

心が檻の中に入り、自分でもいうことが効かなくなってしまった。


そんな思いを誰かに口にすれば、また分かり合えたり、慰め合えたりするのに、不器用がすぎる私はそれを口にすることができない。


決して弱みを見せたくないのではないのだ。


ただ、自分でその思いを抱え、1人で解決する癖がついてしまった。


でも、愛する人は、俺の前で泣けと言ってくれる。


昨日、その人にどれだけ抱きしめられたかったか。


言葉にできない悲しやさ虚しさが襲ってきた時は身体的なコミュニケーションがモノを言うんではないだろうか。


抱きしめてくれれば全て解決するのに。


そうはできない状況にいる私達は、昨日の悲しみを忘れ、今日を楽しむことにした。


そうして、日々を綴っていく。




この本は梨木香歩さんと師岡カリーマ•エルサムニーさんの手紙のやりとりを本にしたものだ。


この本ではイスラムの文化に系譜する師岡さんの考えがとても面白い。




信仰とは何なのかについて互いに意見を交換する。


信仰はどんな責め苦にあってもゆずれないプライドとなることに、未だ答えが出せない師岡さん。


私もそれには答えが出せない。

信仰は時に人の心を救う一つの手段であり得るとは考えるが、それがプライドと変化した途端に何か壊れるものがあるのではないだろうか。


日本人に住んでいて、無宗教で宗教を感じるのは葬式の時くらい、と考える私には到底解ける謎ではない。


誰かが信じる何かにはいつも理解を示していたい。


そこに自由があればいいのにと思う。


信仰がいつも開かれた場所であればいいのにと感じる。


私たちの星では未だいろいろな謎があるのであろう。