子供の頃編


近所に、時々登山の帰りに父親のやっている趣味

居酒屋に現れる若者がいた。


彼は職人で、日ごろは油まみれになって働いて

いるが、休日は登山の格好で出かけることが趣味

になっている。


冬には、アイゼンとカンジキを背中にしょってかなり

本格的な登山のスタイルになる。


彼は、山手線に乗り、登山の格好をして、乗客が

どこの山に登りにいくのか、どの山に登ってきて

帰るところなのか、などと考えてのではないかと

そう想像することが至福の喜びなのだ、そうだ。


今から、40年あまり前のことだが、その当時は

変態?と思っていたが、今考えると最先端をいって

いたのかもしれない。


パチンコ屋の開店の時などにチンドン屋が扮装をして

楽器を鳴らしながら街を練り歩くのは、心もウキウキ

するものだ。街頭宣伝の昔からの方法だ。


チンドン屋の扮装には意味がある。しかし、山手線を

登山の扮装して何周も回るのには意味があまり感じ

られない。


しかし、最近のなりきりコスプレは、すっかり市民権を

得た感じだ。秋葉系やおたくから飛躍的にはってんして

しまった。


私も京都太秦撮影所で宮元武蔵に扮装したことがあ

った。

なりきって写真をとってもらうのだ。


瞬間のことだったが、とても気分がよく、楽しくて、興

奮したことを覚えている。


別の空想の人格になりきってみる。単純にストレス

解消だけではなく、新しい自分の可能性を発見する

ことの大いなる刺激剤になるのではないだろうか。


自分を内面を変化させる大きなチャンスにもなるの

だ。


そうした意味で、山手線登山姿の扮装旅行は尊敬

すべき元祖コスプレだったのかもしれない。





子供時代編


子供の頃、私は明治通り沿いに住んでいた。

二階の部屋から通りの車を見ているのが好きだった。


その車の中にめったにみることのできない超高級車

が通りかかることがあった。

私は興奮して

その車が通るたびに同居していたおじさんを呼んた。

そして、

「将来 あの車に乗せてあげるからね」と言った。



近所の人たちにも、その超高級車を見かけると、大きく

なったら、おじさんをあの車に乗せてあげるんだ。

といって自慢していた。

近所の人たちは、おじさんも喜ぶわね。といってくれて

いた。


その車は、黒く大きい。車の上に立派な寺の屋根のよう

なものがついていて、みるからに豪華なものだ。


同居していたおじさんは、昔はやくざの親分だった。

父親が警察官だったので、平気で同居していた。


ある日、大好きなそのおじさんがタンカーで運ばれ

た。


木賃宿の用心棒をしていたら、刺されて殺されてし

まったのだ。


おばさんは号泣した。


次の日、あの超高級車がおじさんを迎えにきた。私が

なんとしてもおじさんを乗せてあげたかった車だ。


おじさんが超高級車に乗るとき、おばさんは、「乗せ

てもらいたかった車におじさんも乗れて幸せよ。」

と言った。


超高級車は目の前でみると、思った以上に迫力があ

っておじさんの最後にふさわしかった。





子供の頃編


子供の頃、私のすんでいた下町の日本堤、三ノ輪近

辺には日雇い労働者に仕事を斡旋している人々がう

ろちょろしていた。彼らは人買いと呼ばれていた。


以前から、近所の人たちに、あの人買いたちは、労働

者をて、遠くのダム工事なんかに連れて行って、

逃げられなくしておいて、その労働者から働いたお金

をほとんど取ってしまう悪い人々だ。

ということを聞いていた。


ある人買いが、夕方になると三ノ輪公園にあるベンチ

よく休憩していたのだ。


私は、その人買いの隣にすわり、人買いに説教をして

た。


「おじさんが、人を騙して働かせてお金を儲けていること

を知っているよ。もうやめたほうがいいと思う。どうし

な悪いことをするの?」


などと言って、人買いのおじさんと話しをしていた。い

つしか仲良くなり、たびたび話すようになった。


どんな話をしていたか詳しくは覚えていないが、おじさ

の弁解を聞いていたようだ。



「自分はそんな悪いことをしていない。むしろその反対

いいことをしている」。

「仕事のない人に一生懸命仕事を探して世話をしてい

るんだ。」などと言っていた。


最近になると、人買いも会社になり、組織化された。


秋葉原で無差別殺人事件が起こったが、犯人は現代

の人買にあっさり解雇されそうになり、キレて犯行に及

んだのだ。


人買いが私の子供の頃より横行して、以前の下町の

山谷地域が全国化してしまったのだ。


もう彼らを公園のベンチで説教はできない。説教でき

ないほど巨大化してしまった。