正確には
躊躇してる自覚はなくて
幸せになりたいはずなのになんか後ろめたい気がする
って感覚でした。
昨日のブログにも書いたけど
頑張ってきた人にとって
今までと真逆のやり方で幸せになることは
今までの頑張りや
今までの人生を否定すること。
(本当はそうじゃないんだけどね)
頑張らないで幸せになれるのなら
もしかしたらあの時も
そんなに頑張らないで
助けを求めればよかったのかもしれない…
できないよーって泣きついたら良かったのかもしれない…
我慢しないで早く音を上げればよかったのかもしれない…。
そんな後悔がつきまとう
それが自分1人のことならまだしも
私が頑張らないでいたら家族ももっと変われたのかな…
本当はもっと早くできないよーって言えてたら状況は良くなってたのかな…
もっと早く気付けていたら良かったのに…
頑張る方向が間違ってたのかな…
みんなのためにってあんなに頑張ったのに…
私の頑張る方向が間違ってたのかな…。
私が変な方向で頑張ってたからみんなを不幸にさせちゃったのかも。
私が無駄に我慢してたからこんな風になっちゃったのかも。
弱くてもよかったのかぁ。
頑張らなくてもよかったのかぁ
それなのに私だけ幸せになっていいわけない。
今まで間違えた道を闊歩してきたくせに、
ひゅるりとひるがえして
さっさと幸せになっていいわけない
そんな風に思っていました
今まで「残業こそ正義!」って言ってた人が
急に周りの残業してる人たちを置いて帰るような感覚。
えー…あなたが残業は正義って言ってたから残ってたのに…
私たちの努力はなんだったの…
って思われてるような…。
だから私だけ幸せになるなんて申し訳ない
そう思っていました。
そんなのただの思い上がりなのにね
私だけにそんな影響力があるわけじゃない。
私だってそれしかできなかったんだから
それしか知らなかったんだから。
それがその時の精一杯だったんだから。
しかたないよ…。
むしろよくやってたよ…。
そうやって少しずつ
自分のことを許してあげて
だんだんとその後ろめたさは消えていきました。
そして
その後ろめたさが消えたあと
私はさらに根っこに
「幸せになりたくない理由」
に気付くのです
その話はまた。