社会のルール

みんなのために作られた

みんなという強制

それは共生するためのものだけど

矯正が目的なら、苦痛でしかない

ルールと折り合って生きていく

ルールに負けない個性であれ
心にひたひた降りてくる

重く暗い雨雲を

さわやかに吹き飛ばす

そんな風になる

あなたのために
ダメ出しばかりされるより、一緒に歩いてくれるほうが生きやすい。

求められることばかり多く、認められることが少ない。

みんな余裕がなく、サポートも乏しい。

余裕がもてるよう能力を改善しなければいけない。

そのためにまず必要なのは、肯定されること。

日本の自己肯定感の低さは、安心の少なさでもある。

そのままの自分を肯定されるあたたかい関係の中にいれば、心が安定する。

そこから、豊かな能力が育まれる。

それ無しに、ダメ出しばかりされる。

否定されて、這い上がってこい。

そんなひどい関係もない。

それが家庭でも会社でもよくあるのが今の日本。

一緒に歩いてくれる人がいたらいい。

失敗をとがめず、ポイントを教えてくれて、がんばりを認めてくれる。

そんな神様みたいな人がひとりでもいたら、家でも会社でもどれだけ助かるだろうか。



「書いて」というアプリはじめました。

バカは頭が悪いのではなく、考える時間が足りないだけ。

思考速度に個人差はある。

遅くてもいい。

時間をかける。

特に大事な問題(悩み)には。

考えると悩むは違う。

考えることは、価値観(かん)を変える。

悩むことは、名(定義)に病んでいる。

名前は定義。

○○ということに延々と病んでいるのは時間がもったいない。

価値観というと重いが、心の感覚が変わるまでやるのが、考えることだと思う。

時間と共に、季節の移り変わり共に、あらゆるものが変化していく。

その変化を観察し、発見する。

行動して、実験し、結果を検証してみる。

科学者じゃなくても、生きることはサイエンスみたいなものだ。

大学に通わなくても、生きることは学問をすることだ。

それらがすべて、【考える】ことになる。

悩みを悩みにするだけではいつか時間切れになってしまう。

バカな人なんていない。

みんな可能性がある。

ただ、頭の使い方がわからないだけなんだ。

大きな鍋に張った水を沸騰させるように。

時間がかかってもいいから、人生の大問題が変化するまで熱を加えましょう。
コロナ禍は、人々の暮らしを変えた。

生活は一変し、不要不急の外出は自粛。

あらゆる楽しみは縮小し、家にひきこもる生き方が善とされた。

学校では給食の会話も自粛を強要され、大学はオンライン授業がメイン。

1億人が打ったワクチン。

もう元の世界には戻らないと思われている。

マスコミが日々、報道する数字に怯える。

ウイルスは弱毒化し、ほぼ無症状なのに簡単にコントロールされる。

コロナのテーマ。それは、【コントロールからの自由】

それぞれにインフルエンサーがいる。

テレビを信じる人、著名な論文誌を信じる人、SNSを信じる人。

運良く安全な方向を信じるなら命は助かる。

でも、そうでなければ、多くのものを失う生活をすることになる。

問われているのは、知識や学歴、肩書きでは無い。

フェイクにまみれた中、真実を見抜く【感覚】が明暗を決する。

コロナだけでない。

ウクライナ紛争も、ウソだらけだ。

認知戦と呼ばれるマインドコントロール戦争の中にいる。

コントロールされる人は、多くのものを奪われる。

何を信じ、何を頼りにするか?

釈尊は、「自灯明、法灯明」と遺言した。

自らを明かりとし、真理を頼りにしなさい。

心を澄ませ、心の声に耳を傾けてください。





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職場で「死にたい」といつも言う先輩

🤓「何か美味しいもの食べたらどうですか○○とか?」
🥸「高い! ちょっと無理」
🤓「じゃあ○○とか」

…というやり取りをしていると先輩が元気になる会話のルーティンワーク
本当の私に会いに行く。

すぐそこにいる。

近いけれど、たどり着けない。

今、会えるのに、ずっと会えない。

すれ違う永遠。

いつ会える? いつか会える。

私が、私でいるなら。

あなたがあなたであるように、私はいつか本当の私になる。
つまらない人間だと思い込んでいた。

中学時代、友達とうまくいかず、人間関係に自信を失っていた。

大学生のとき、インターネットをはじめて文章を公開するようになった。

つまらない人間だとウケない。

今でいうインフルエンサーになりたいと思った。

本を読み、文章を推敲する日々。

文章はウケなかった。

しかし、少数の読者がいた。

その方たちに励まされ、更新を続けていた。

あるとき、年上の女性の方と相互フォローした。

魅力的な文章を書く方で、出会った日から、気になっていた。

向こうは大人で、私は子供。

若気の至りで、相手に大変な迷惑をかけてしまった。

そのとき、その女性からいただいたのが、「相手の心を思いやってください」という言葉。

思い返せば、中学時代、自分のことしか考えず、友達にイヤな思いをさせていた。

つまらないから、うまくいかないのだと思い込んでいた。

でも、本当は、相手を大事にしないことで、人間関係がうまくいかなかった。

社会人になってからも、インターネットで文章の公開は続けていた。

あるとき、後に妻になる人と出会った。

更新するたび熱烈なコメントをもらい、自然な流れで付き合うことになった。

初めてのデートの日、彼女に会うため、車を運転しながら思った。

彼女を大事にしよう。

大事にするとはなんだろう?

それは、自分の話しばかりしないで、相手の話しをしっかり聞くことだ。

会話がつまらないのは、それが自己中心の会話だから。

会話は、キャッチボールのように、双方向のあるものがいい。

交互に相手の気持ちを受け止める会話が楽しい。

つまらない人間だと思い込んでいた。

そのつまらなさは、相手の気持ちを大事にしないことだった。

考え方を少し変えるだけで、人生が変わることもある。

デートは無事、終了し、1年後、彼女と結婚した。
高校入学の春、父から腕時計を買ってもらった。

でも、それを落として失くしてしまった。

それから3年間、時計無しで過ごした。

時間に縛られる感覚がイヤだったから。

今、腕時計を買うことはできるが、父からもらったあの時計を買うことはできない。