教育者分析からプリキュアの物語へ | マネタイズの目論見

先週末、連日セミナーを受講してました。

時間があいたので
秋葉原を表現するキーワードを探索して歩いていたはずが
ショーウィンドウに陳列された雑誌の表紙たちに目がいきました。

男性が読む雑誌は 4誌も 5誌も ことごとく
“壇 蜜” という固有名詞が溢れ
対談、グラビアなどが掲載されていました。

癒しを求める男性が多いのか。
私的にはケリー・マクゴニガルのほうが癒し度 高いです。

再び街角に目をやると 
膝枕
耳かき
などの文字が目に入ります。
やはりこちらも癒しがキーワードなのか。

えっ 私の見た秋葉原のキーはこうだよ。 てっ意見があれば
メッセージなり、是非ください。
あなたの見方も知りたいです。

さて、受講内容についてアウトプットしようとしたところ
いろんな刺激を受けていて
まず講師・セミナーの内容を分析しないと
次に進めなかったのでそれについて考えてみました。

“本物の定義”

ビジネス主体のセミナーでは
お金が手段ではなく目的になっている受講者が
多いのではないかと想像していました。

いざ参加してみると
集合的無意識なのか
講師と雰囲気が似ている気がします。

初参加の人でさえ、できる人オーラ が出ているような、
こちらが自分の気配を抑え
地味に お地蔵さん になりたい衝動にかられる感じ
と言ったら雰囲気が伝わりますでしょうか。

このセミナーはお金持ちでない限り
お気軽な額ではないはず。

講師は 参加したニートの人に 
「貯金を はたいてセミナーに参加しました」
と言わせるほどの実力者です。

もう少し具体的に実力を例えるならば
歴史の教科書 は私にとって、
伝える側に都合が良いように作られた出来事集 でしかなく
眠気を誘うには優れたものでした。

一方
“事実という名の物語 ”
を知ってしまえば
面白くて、ぐいぐい流れに引き込まれていきます。

教えるということについて、今回の講師はその後者です。
余計 曖昧になっていたらすいません。

が、しかし本物の定義はそこではなく
講師と受講者の 接し方にありました。

ラッパーのような手振り・身振りのパフォーマンスで
シナリオどうりに一方的かつ事務的に進めるかんじの講師が
自分の中でイメージ的に多くを占め、
(悪意はないので気に障るかたがいればご容赦ください)

それとは違う雰囲気で
なんとかして解らそうと真摯に対応している。
聞くほうも集中してそれを理解しようとしている。
そんな空気にこの空間は包まれています。

教育者とは
教えることよりも
気ずかすことが重要なのではないかと再認識しました。

講師のスタイルは
疑問が湧いた時、受講者が遠慮なく話しの流れを止めて
即 質問できるスタイル

受講者にさくらが仕込まれているはずもなく
普段 質問内容に関することを時間をかけて考えていないと
レスポンスよく的確に返答はできないはずです。

なので質問者の知的欲求を満たしてあげるためには
勉強に専念する時間が多く必要。
すなわち それをつくる意味でマネタイズは必要といえます。

このセミナーを後から思い起こすと
賢者が行く先々で、村人に気ずきを誘いながら旅を続けている。
というような演劇を賞翫させてもらった気分です。

村人:「ニートです」
賢者:「よくセミナーに、これたね」
村人:「はい。貯金をつかいました」

こんな会話のやりとりで進んでいくのです。

時代はいつしか、飼い慣らされていたい人たちの量産に成功し
同時に自分の頭でものを考えるという行為から遠ざかっていきました。
こうした空間に集い、
頭を使いたがる人が再び増えれば、この国の未来は明るいでしょう。

今回のセミナーで私が一番、腑に落ちたのは
自分が好きなことを武器にしましょう
という とても単純なことでした。

さて、分析に区切りをつけ
若干、アウトプットしてみます。

2日目の朝 ホテルでプリキュアの放送をしてました。
悪のボスと戦っているようです。

最終回なのでクライマックスの部分に限定されますが
セミナーのなかでストーリーについて説明があったので、
訓練に見立てて このアニメの流れを現実になぞらえてみます。

いきなり地球の1/4くらいの大きな手があらわれ攻めてきます。
戦隊シリーズとかライダーシリーズと
比較にならないくらい巨大な敵。

そこで一同、絶望します。

ですが徐々に、みんなと一緒にいたい。
みんなを守りたいという気持ちが燃え上がり、
それなら相手を倒す術がある。
と ウサギみたいなリーダーが言い放ちます。

がしかし、この技をつかうとリーダー(プリキュアたちにとっては希望の星)
とこの先 別れて会えなくなる。

ゆえに最絶望

しかしそれでも正義のヒロインとして敵は倒さなければなりません。

みんなの心が寄り添い繋がっていれば同じ未来を迎えられる。

どんなにつらい選択でも自分たちで決断する。
(すなわち結果はどうあれ自己責任
 そうして精神的に自立している個が
同じ意識のもとに集いコミュニティを形成する
そして今できることをみんなと一緒に全部やってみて盛り上がる)

クロージング
大きな希望と愛で敵を包み絶望はいつしか消えていた。

その後、契約であったリーダーとの別れを迎える。
(何かを得るため その他の大事なものを失う)

月日は流れ、それぞれのプリキュアたちは
すぎゆく生活の日々の中で
些細なことかもしれないが、
自分にとってなにが幸せなのかを知り始め
自己実現をなしていく。

エンドロールが流れ終わったあとの一場面
いろんな人たちと あらたな出会いを重ね、
ふとした偶然から、リーダーと再会してハッピ-エンド。
(願いはかなう。なぜか。
良い習慣を重ね、実現する方向に無意識で行動している時間が増えるから)

お話をとうしての印象は
個の時代の副作用として
孤独からの、なんともいえない焦燥感が募る。

それらを癒したいがための他人との繋がり。
そこに気持ちを向け、満たそうとしている。
そんなかんじでした。

ここで さらにあなたの意見をメッセージなりで聞かせてほしいです。
この物語のどこが共感を得られる場面なのか。

そんなもんねかったよ。 の場合は、
自分ならどんな創作された場面を付け加えるのか教えてください。

私の共感ポイントは
みんなの心が寄り添い繋がっていれば同じ未来を迎えられる。
の場面です。

帰りの新幹線で隣に
子供たちの教育者のかたが偶然座られ
男性・女性の気持ちの違いなどについて意見を交わし
私なりに理解を深めることができました。

これもシンクロニシティなのか。。

とどめに月曜日、the policeのシンクロニシティが
ラジオから流れてきました。まじで。