4ヶ月前になりますが2月23日、代々木八幡にて鳥集徹氏(ワクチンを考える市民の会)主催、國部克彦氏、浜崎洋介氏、高木俊介氏のシンポジウムに参加しました。

主催者の鳥集さんはこのコロナ騒動の5年間、マスクや大げさと思われる政策で個人の自由が侵害される事に対し、本来自由や解放を求めるリベラルが声を挙げるべきなのにそれが無かった、と何度も仰ってました。そのため人文学の観点からコロナ騒動を振り返るという趣旨でシンポジウムを行うこととなりました。
この点においては我々クリスチャンにとっても先に行われた第一回全クリセミナーにおいて中村篤史医師の「本当は宗教家の人たちに立ち上がってほしかった」と言われたように我々信仰者にとっても同じ反省点があると思います。
そういった意味でこのコロナ騒動を振り返り検証するのは大切な事でしょう。
しかし私の頭では難しかった💦というのが正直なところです。ですがとても勉強になりました。
現在の社会構造に於いて我々は共同体や空気、そして生権力のシステムの中にあり、この構造を壊すのは難しいとのこと。
今回は「医学の知が社会を支配してしまった」のではないか、また、今までワクチンやマスクを批判していた医師たちが一晩で変わってしまった背景には生権力の中で食べさせてもらっているシステムを壊すことの難しさ、そして奇妙なほどにまったく思考することができない「凡庸の悪」について語っていました。
國部先生は西田幾多郎氏の思想から「自分を大切にすることが他人をそして社会を大切にする事に繋がる…つまり自利利他の精神から
『思いやりワクチンのような他人の為に、』と言っているが本来は自分を大切にすることが社会を大切にする」と仰っていたのが印象的でした。
そして最後に今後、この生権力や共同体の中でどのように抵抗していけば良いか?の問いに
「自分の感情に責任をもつ。そこを原点に少人数の中でも空気や情報を共有しているもう一つの共同体をつくり、政策的に繋がる活動を地道に行っていく。」
というようなことを言っていたと思います。そんな地道な活動を続けていく中で、ある時コロッと変えられる時があるそうで、今回のトランプの政策変換がよい例だと言ってました。
私クリスチャンは聖書を基盤として物事を見ていきますが、神なき世界の一般の方々も自分なりの正義感や思想によってそのシステムに必死で抗っている姿を体感させてもらった思いです。
パウロのごとく、ノンクリスチャンの考え方や生き方を知って、また共感した上でキリストの香りを放ちながら声をあげていく大切さを実感した次第です。
余談ですが、始まる前に鳥集さんに挨拶程度ですが少しお話できました。また、帰りの駅迄の道で参加された婦人と少し話をしながら歩きましたが「この3名が同一で話を聞けるチャンスなんて滅多にない」というような事を仰ってました。話ながら皆さん、ワクチン問題で闘っている姿を改めて感じました。
また、会場には映画「ヒポクラテスの盲点」に出演していた新田教授やその他多くの医師も参加し質問してましたが、イヤ〜皆さん博識で自分はまだまだ勉強しなきゃいけないなぁと思わされ、せめて國部先生の著者「ワクチンの境界」を読もうかなと思っているところです。そんな意味で良い刺激となり、またどうしてもクリスチャン視点で見がちな世の中において社会に生きる人々の全体像を把握する意味では勉強になりました。



おまけ

帰りの電車の中で会場でいただいた資料を見ながら帰ったのですが、読めば読むほど難しく頭の中がぐちゃぐちゃになり、乗り換えの新宿駅で人の多さも手伝ってヘロヘロになって家に到着しました
でも、鳥集さんが始まる前に
「今日は皆さんにたくさん難しい事を考えてもらいます。
昨今、皆さん考えることをあまりしなくなっているのではないかなと思いますので良い機会になれば、と思います。」
みたいな事を言っていましたが、こんがらがった私の頭の中に
「あー、考えるってこういう事なんだな」
とつくづく実感しました
なんでもAIに聞いて考えることが失われつつある現代、人間は考えることを失ったら人間ではなくなりますね。
私、人間生活してるのね
とちょっと誇らしく思いながら、イヤイヤこんなの当たり前じゃんと何を考えているのか未だにぐちゃぐちゃのちーママです

ちかれた〜💦
prayer