ちーママのブログ

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クリスチャンの暮らしと猫ブログ
大切なことは聖書から***

次女が拾ってきた猫の奮闘記から始まったこのブログ。家族の事、絵本や絵画、またまた日常の何気無い思いを綴った純粋なブログです。ちなみに大ママとは私こと大きいママでプロテスタントのクリスチャン、保育士です。どうぞヨロシク。


「猫は生きている」

作 早乙女勝元
絵 田島征三
理論社刊
ミーちゃん、ちょっと見にくいのですが…ニコニコ

夏休み、お盆休みですね。
今年の夏は昨年に比べてちょっと涼しさが感じられて過ごしやすいです。

この時期になると夏の空は急に高くなったように感じ、青い空と白い雲のコントラストを感じるのですが、一方で歳を重ねるごとに戦争と平和を考えさせられる季節でもあります。

8月6日、9日の原爆投下。
15日の終戦。

そしてもう一つ忘れてならないのは、3月10日の東京大空襲。
今日の本の紹介はその東京大空襲の戦火をくぐった猫たちの話です。


この絵本はMUJIBOOKSのカフェで購入しました。値段はなんと300円!

実はワタクシが花の?高校生の時に学校にこの本の作者である早乙女勝元さんが来られて講演されたのを今でも覚えております。

あの当時、修学旅行が広島、山口と中国地方だったこともあり、広島原爆ドームにも訪問しました。その前段階としてお呼びしたのでしょう。

とても話しが上手で意外にも当時のJKでもまたDKも皆、真剣に聞いていました。
それだけ話しが心に響いた印象があります。

その後、夏休みに課題図書として早乙女先生のノンフィクションである「東京大空襲」を読みました。

その早乙女勝元さんが書かれた幼い子どもたちにもあの戦争を知る上でなんらかの手がかりを…ということで戦争をテーマにした絵本です。

作家も画家も戦争体験者です。
そしてこの絵本は初版が1973年で20年続いたベトナム戦争が終わった年でもありました。

因みに、私が手にしたこの絵本は1986年で56刷です。
長いこと受け継がれているのだなと思いましたが、正直私がこの絵本と出会ったのはこれが初めてでした。 

ストーリーはある日、昌男の家の縁の下に一匹の野良猫が住み着きました。昌男はこの素早く動く猫に「稲妻」と名付けて戦争中の食料不足にもかかわらず、ほんの少しの煮干しをもらうと妹の光代と一緒に稲妻にあげて世話をしていました。

空襲警報のサイレンが鳴ると昌男の家族であるお母さんと生まれたばかりのチイ子を背中に背負って昌男も妹の光代の手をしっかり握りしめ、防空壕に飛び込む日々。そんな中、稲妻は4匹の子猫を産みます。そして子猫は稲妻母さんのもと、逞しく育っていきました。

それは3月9日の北風の激しい夜のことでした。昌男はお母さんに起こされて目を覚ますと町は真っ赤な火の海でした。赤いインクをぶちまけたような色にそまり、B29の爆音は頭の上を覆い尽くし、耳が破れそうな爆発音が絶え間なく響いています。

東京大空襲です。

この焼夷弾の雨の中、人間もそして稲妻と子猫たちも必死に逃げ回ります…



この絵本を手にして初めて読んだのは午後出勤の土曜日でした。その絵本をお昼寝の時に読み聞かせながら寝かせました。

少々長い話しだけに途中、寝る子はもちろんいましたが、なかなか寝ない子も中にはいて、その子たちは真剣に聞いていました。

最後まで読むと寝る時間がなくなるので私の方から
「続きはまた今度ね」
と途中でやめて子どもたちを寝かせ、私自身が続きを読んで涙しました。

子どもたちには途中にさせてオトナの私は最後まで読む。いやはや、なんちゅう先生でしょうニヤニヤ

というか、この時はストーリー全体を把握してなかったのでリアルな戦争の描写にこのまま読み進むべきかどうかちょっと迷ったのも正直ありました。

でも現実はもっと残酷です。


戦争は多くの命を一瞬にして失わせます。
今も多くの人たちが無残にも死んでいます。
私は戦争体験者ではありませんが、父や母、そして体験者の話しを聞いて育ちました。

その語り部が減少しているのも事実です。そして歴史は繰り返されます。


今も中東、ロシア、ウクライナをはじめ、内戦もあちこち起こっておりこの絵本のように恐怖のど真ん中に立たされている人たちがいます。


人間はおぞましい。 
一番悍ましいと思う。

神のようになれるとそそのかされて善悪の知識の実を食べてから人間は罪人となってしまった。

そしてここから死が入りこの地は呪われてしまったのです。

神から離れてしまった人間の営みは戦争の繰り返しです。

聖書は救いの書でもありますが人間の罪ゆえの戦争の繰り返しの記録でもあります。


日本は今は平和の中にあるかもしれませんが、私は戦争の気配を感じてなりません。

先にも触れましたが今のメディアの情報があの戦争時代の大本営と同じに思えてならないのです。

そして戦闘ではなくても静かなる侵略を感じます。
つまりいつ戦争が起きてもおかしくない状態です。

日本はあの戦争で多くの命が失われました。
今ある平和は多くの先人たちの犠牲のもとに成り立っていることをこの楽しい夏休みの片隅にでも感じる小さな時間をもってもらえると嬉しいです。

そんな意味でも読んでもらいたい絵本です。


看板持ち


次の週のお昼寝時に「あの猫はどうなったの?」
と聞いてくる子がいました。


今度の土曜日8月15日にまた続きを読もうと思います。



足あと足あとおまけ足あと足あと

安心して寝ているミーちゃん
平和を守ることは
この小さないのちを守ることでもありますね



猫しっぽprayer猫あたま




「大発見の思考法」

ips細胞vs.素粒子


山中伸弥 益川敏英

文春新書




以前、創造論で教わって読んだのですが今年目標の本棚整理、積読解消の為、改めて読み直しました。


2011年発行ですね。

当時は確かノーベル賞日本人受賞ラッシュだったような、とにかく盛り上がっていたように思います。


もう、15年前になるのかぁ。

その間、コロナ騒動やワクチン問題もあり正直、私自身も受け止め方が微妙に変わっております。


内容はノーベル賞医学生理学賞を受賞した山中伸弥教授とノーベル物理学賞を受賞した益川敏英教授の対談集です。


最初に読む時は結構先を急いで読むことが多いだけに

再読して良かったと思いました。

二人とも天才的な科学者と思いきや、普通に育ち特に益川教授は小学生の通信簿は1以外の全ての数字が取り揃えてあり国語が苦手。宿題も全くやらずに遊び回っていたとのこと。

二人とも自営業家庭でほったらかしだったそうです。


その二人が口を揃えて言うのは

「国語力は全ての基本」

「計算力よりも読解力、国語力が大事」

とのこと。


そんな益川教授の趣味はクラッシック音楽と読書だそうで、本をたくさん買って置き場所がなくなり琵琶湖西岸にログハウスを建てて本を収納したそうです。

週末はそこに行き、冬は薪ストーブをたいて考え事をしたりクラッシック音楽を聴きながら集めた本をパラパラめくる時が最高に幸せだとか。

イイですね〜、憧れの生活ですね。


真顔



クリスチャンのワタクシとしては、やはり終章の

「神はいるのか」

のところですね。


その益川教授は「積極的無宗教」

宗教を「信じない」のではなく「信じている人をやめさせる」

精神だそうです😅


例えば、雪の結晶など自然の不思議な現象を

「神がお造りになったのだ」

と引き合いにして説明することに納得がいかないそうで、科学者ならば徹底的な批判精神をもって接するべきだとのこと。

いかにも科学者らしいです。


かと言って自然界には「進化論」のようにまだ証明されていない理論や解明されていない謎が多い。我々はもっと謙遜にそれらの謎に向き合わなければいけないと思う、と言っています。


科学とは、

「肯定のための否定の作業」であり、考えつく限りの可能性を考えて「これは当てはまらない」「この可能性はどうか」…と一つひとつ検討していく作業だと益川教授は言っていました。



看板持ち



かつて創造論セミナーに参加した時、講師の韓国人科学者である

ハン・ユンボン博士が

「科学の目的は神の創造の意味を知ること」

と話してアーメン!と思いました。


博士は例えば、「自然はなぜ美しいのか?」の問に


創造主が創られた自然には、

一定の模様+秩序+原理

があるからだ。

秩序は数学的表現が可能であり

原理は物事の根本的な法則がある…


まぁ、ワタクシのような理数系大の苦手人間が偉そうな事を言える立場ではありませんが、クリスチャン科学者とそうではない無宗教科学者の間には視点というか、考える土台が

「神はいるのか?」

ではなく

「神がどのようにこの世界を創ったか?

という思考が全く違う中にあるのだと思いました。


とはいえ、このお二人の認めざるを得ないところまで探求するお姿には教えられました。



足あと足あと足あと足あと


地震被害にある熊本県民の皆さまの為にお祈りしています。



猫しっぽprayer猫あたま





読了記録

世界から猫が消えたなら

     川村元気 著
     ㈱小学館


今年のワタクシの目標は「積読解消」でございます。
この本我が家に2冊もあり本棚の整理としても読まなきゃの本でした。
なぜ2冊あるのかといいますと
長女、次女がそれぞれ購読していたからです。

まぁ、なんと言っても猫ですものねニコ
猫という文字とその表紙カバーにかわいい子猫の写真があったので購買意欲をそそられたのでしょう。笑い泣き

だから100万部突破の理由はそこにあるのでは?と思うのですが…


ストーリーは
郵便配達員として働く30歳の僕。映画オタク、猫と二人暮らし。ある日突然、脳腫瘍で余命わずかであることを宣告される。絶望的な気分で帰ってくると、自分と全く同じ姿をした悪魔が待っていた。「この世界から何かを消す。その代わりあなたは一日だけ命を得る」という奇妙な取引きを持ちかけてきた。
電話、映画、時計…僕の命と引き換えに世界からモノが消えていく。僕と猫の陽気な悪魔の7日間が始まった。

ということで2013年本屋大賞ノミネート作品だそうです。
結構評判になっていて本屋さんにかわいい猫の表紙カバーが並んでいました。映画にもなったようですね。

ワタクシとしては、
う〜ん、さほど感動するものでもなかったかな~。正直、軽い。しかし哲学(?)ファンタジー的で、どちらかといえば中高生、若者に読んでもらいたいかなとおばちゃんは思うのであります。

死を前にした時、自分のやりたかったこと、叶えられなかった夢が走馬灯のように自分の頭の中に映し出されるでしょう。生きている間に実行すれば良いのですが、時間や状況によって延ばし延ばしになり最終的には後悔というかたちになるのだろうと思います。
時間は平等に与えられるものです。が、無駄にしてはいけないことも改めて思います。
しかしまた、この主人公は「たくさんの些細な後悔や叶えられなかった夢を思い出しながら、その後悔こそが美しいと思う。それこそが僕の生きていた証だからだ。」と言っています。
確かにそうかもしれません。

この主人公は最後に父親との関係を修復しようとしてこの小説は終わります。最後はやはり家族なのです。

私も夫が逝く前に父親に対して嫌悪感でいっぱいの娘に対し「主よ、娘を憐れんてください。父親を赦す心を与えてください。確かに嫌って当然の人間でした。しかしどのような人間であっても父親であることにはかわりないので死んでしまった後に娘は絶対に後悔するでしょう。どうかそうさせないでください。」と主に祈ったことを思い出します。

神はその祈りを聞いてくださいました。本当に奇跡でした。詳しいことはここでは記しませんが主の憐れみとしか言いようがありません。

(コロサイ3︰14)
とありますが、主の愛は完全です。

看板持ち

さて、自分も限られた命。
私は今現時点で何をしたいのだろうかと考えてみました。

・主に示された歩みができるように
・本棚を整理するとともにたくさんの本を読みたい

う〜ん、考えたけどこれしか思い浮かばない。ニヤニヤ
些細なことですが、こんなもんでしょう。
また、この程度になるまで生かされてきた、そして様々なことを体験できたことに感謝!なのです。


足あと足あとおまけ足あと足あと

机を占領されてしまいました。
机を占領されてしまいました。消えてほしいとは思いませんが、ちょっとどいてほしいかも😅


猫しっぽprayer猫あたま