”いじめをしないルールの必要性”【書籍紹介】友だち幻想 菅野 仁(2008)
人との関わり方について、ヤングアダルト向けに書かれた書籍。これは『Q 私の思考探究 NHK「Q」制作班(2011)』を読んでいたときに紹介されていた本で、教育に興味があり、印象深かったので読んでみました。特にいじめについての視点としてなるほどなぁと思った文章を抜粋します。今は以下の引用の中にある何も教えない自然状態であり、それぞれ子ども個々の力量に任せてしまっている部分はないでしょうか。 誰かをいじめると、自分がいじめられるリスクが生まれる 社会のルールで何が一番大事かということは、いろいろな社会によって微妙に違ってくるかもしれません。でも、どんな社会にでも大体共通して大事に考えられているルールがあります。それは、「盗むな、殺すな」という原則です。 これは、社会のメンバーそれぞれの生命と財産をお互いに尊重するというルールになっているわけです。どういうことかというと、自分の気分しだいで勝手に人を殺していいということになると、今度は自分がいつ殺されるかわからないということにもなりうるわけです。ですから、「殺すな」は結局自分が安全に生き延びるという生命の自己保存のためのルールと考えられるわけで、別に世のため人のためのルールと考える必要はないのです。「盗むな」もそうです。(中略) こうした観点から「いじめ」の問題をあらためて考え直してみると、誰かをいじめるということは、今度は自分がいつやられるかわからないという、リスキー(=危険)な状況を、自分自身で作っていることになります。いじめるか、いじめられるかを分けているのは、単にその時々の力関係によるもので、いつ逆転するかわかりません。無意味に人を精神的、身体的にダメージを与えないようにするということは、自分の身を守る、自分自身が安心して生活できることに直結しているのです。 単に「いじめはよくない、卑怯なことなんだよ」「みんな仲良く」という規範意識だけではいじめはなくなりません。そうではなくて、「自分の身の安全を守るために、他者の身の安全をも守る」という、実利主義的な考え方も、ある程度学校にも導入したほうがよいのではないかと思いよす。 人類の歴史を見ても、「自然状態」ではどうしても人間は物理的に力のあるほうが「殺し、盗む」ものであり、そうした状態が長く続くと世の中が安定せず総崩れになるからどうしたらいいかを、賢人たちが長年考えてきたわけです。そして出した結論が、「人を殺さない、人から盗まない、というルールは、人に殺されない、人から盗まれない、ことを保障するために必要なものだ」、という答えだったわけです。残念ながら、「殺し、盗むことは人としてよくないことだから」という答えではないのです。 友だち幻想 (ちくまプリマー新書) 799円 Amazon 以下は「友だち幻想」が参考文献として挙げられていた書籍 Q わたしの思考探究(1) 16,844円 Amazon Q わたしの思考探究(2) 55,668円 Amazon