METAL GEAR SOLID PEACE WALKER(2010)(MGSPW)

※「メタルギアソリッド:ピースウォーカー」、「メタルギアソリッド3:スネークイーター」のネタバレあり。

【ステルスの金字塔】


名匠、小島秀夫監督作品。ステルスアクションシリーズの開祖にして、頂点。大人気潜入ゲーム、メタルギアソリッド。本作「ピースウォーカー」はシリーズの正史に組みこまれる重要作でありながら、携帯機のPSPで発売された異色作。

名作映画に匹敵する密度の濃いストーリーを、ゲームならではの手法で描写することが本シリーズの持ち味。本作で主人公のスネークは仲間を集め独自の部隊を編成。プレイヤーもストーリーに則りスネークの部隊を拡大するが、そこに「武力による抑止の是非」という重大なテーマが結びつく、巧妙な構成が現れる。

【国家に帰属しない軍隊】


主人公のスネークは国を棄てた傭兵。1974年コロンビア沿岸に居を構え、副官のカズヒラ・ミラーと共に数十人の部隊を率い、傭兵として各地を転戦。その日を生きるための日銭を稼ぐ。

きっかけは10年前にさかのぼる。かつてのスネークはCIAのエージェントとしてアメリカに仕える若き兵士。ある日、彼の師匠であり母的存在の「ザ・ボス」が小型核弾頭を奪取し、ソ連へ亡命。そののち小型核弾頭がソ連領内で使用されたことから米ソを巻き込む国際問題へ発展。冷戦下の緊張状態のため、対応を誤れば全面核戦争に突入しかねない。

事態の収拾のため、米ソの首脳陣は極秘裏の会談でザ・ボスの抹殺を決定。そして、その執行者として彼女の弟子のスネークが任命される。平和という大義のため、若きスネークは任務を遂行。全面核戦争を食い止めた英雄として「ビッグボス」の称号を得る。しかし、そののち彼が知るのは思わぬ真実。ザ・ボスの亡命は、もともとアメリカ政府命令の偽装亡命だった。

取引の道具のはずの小型核弾頭が使用されるという不測の事態を受け、アメリカ政府は方針を転換。ザ・ボスの抹殺により事態の収拾を図ろうとした。全ての責任を押し付けられつつ、ザ・ボスは自らの死をもって戦争の危機を回避した。国を救うための行いか、それとももっと大きな世界のためか、あるいは、愛弟子のスネークの生きる未来を救おうとしたのか。彼女の真意は闇の中。

「自分に忠を尽くした。」

国家への信頼を失ったスネークはビッグボスの称号を放棄し、流浪の戦士として放浪を始める。そして、出生の複雑さから国家に帰属意識を持てないというミラーと意気投合、寄る辺のない兵士を結集し「国家に帰属しない軍隊」を組織して、現在に至る。

ある日、そんな彼のもとに来訪者ガルベスが現れる。ソ連のエージェントである彼はコロンビアにほど近い中南米のコスタリカにてCIAが秘密裏に行う活動の真相を突き止めてほしいと依頼してくる。

見返りは、「国家に帰属しない軍隊」が拠点とできる洋上プラント。ビジネスライクな思考のミラーは依頼を飲もうとする。拠点を足掛かりに、部隊を拡大できると考えたのだ。

国家間の諍いに距離を置きたいスネークは渋るが、ガルベスの奥の手がスネークを捕らえる。彼が追加の報酬として提示したのは、カセットテープに記録された音声データ。それは死んだはずのザ・ボスの肉声が記録されたものだった・・・

【軍拡の「罠」】


本作品はコスタリカを舞台に展開するCIAの陰謀を突き止め、平和を取り戻す「メインミッション」とスネーク率いる国家に帰属しない軍隊を拡大する「サイドミッション」の2軸から成る。

映画のような重厚なストーリーを、長い時間かけて楽しめる「メインミッション」と、短い時間で気軽に楽しめる武器や軍の仲間集めの「サイドミッション」という棲み分けだ。

どちらを優先的に進めるかはプレイヤーの自由とされるが、そこに制作チームの巧妙な罠が潜む。

平和を守るためのメインミッションを進めると敵が次第に手ごわくなる。そのため部隊の拡大の必要性が生まれ、プレイヤーは知らず知らずのうちにサイドミッションに時間をかけるようになる。部隊の拡大というゲーム的な面白さに引き込まれ、当初の目的の、平和を守るメインミッションはおざなりに。

そして、プレイヤーが自ら拡大した部隊はやがて、戦うはずのCIAの武力を凌駕し、その軍事力を根拠に世界中から危険視されるというシナリオへシフトする。

元々は理想のための手段としての武力が、やがて目的を見失い、果てのない軍拡の流れに飲み込まれていく。人間の歴史を普遍的に蝕むジレンマを、ゲームシステムへ組み込み、プレイヤー自身に「体験」させる。

「たとえ理想のためでも、ひとたび武力に訴えれば、いずれは皆、地獄へ堕ちる。」

プレイヤーに軍拡の連鎖の恐ろしさを伝え、逆説的に平和の意義を問う。そんな、反戦のメッセージ。ゲームだからこそ可能となったストーリーテリングのひとつの頂点と言える。

【通信プレイと心理学、そして「他者の視線」】


ある心理学の研究に面白いものがある。人は、家で使うパソコンより外に持ち出すスマートフォンによりお金をかけやすいという事。「他者の視線」に触れるものは、高級なものにしておきたいという見栄の心理の現れだが、そのような心理傾向も本作は巧妙に利用する。

本作のハードは携帯機PSP。友人とPSPを持ち寄り、お互いのゲームの部隊間の交流ができるが、プレイヤーどうしどちらの部隊が大規模か、比較し見栄を張りたい心理が芽生える。そのような心理も、前述のプレイヤーへの「軍拡の罠」として作用する。携帯機のハード特性まで織り込んだ巧妙なゲームデザインだ。

このような心理傾向は現在、様々なソーシャルゲームにも応用されている。コミュニティ内の「他者の視線」を意識するからこそコスチューム等への課金も際限が無くなっていく。昨今、オンライン、通信プレイ必須のゲームが乱立するのは、集金システムを運営する上で有利だからというビジネス上の背景があるということだ。

 

人を「終わりなき経済活動」果ては「戦争経済」へ駆り立てるのは「他者の視線」なのか。「視線を避ける」ステルスゲームとしての本作、「瞳を思わせる」AIポッドのデザイン、「全てを見据える」黒幕のCIPHER。「視線」にまつわるモチーフが本作に乱立することはある種の必然だ。

 

「他者の視線」を意識することは、政治的な行いと言える。政治と無縁でいたかったスネークは「ステルス」で世を忍ぶ。しかしビジネスを行いたいミラーの意向もあり「他者の視線」を意識する、政治的な「軍拡」へ突き進むことを余儀なくされる。皮肉な構成が浮かび上がる。


【「歌」は「解釈の余地を与える」こと】


「淘汰圧」という言葉がある。社会において様々な情報が記録されるが、外的脅威を受け種の存続において重要度の低い情報が淘汰され、真に重要な情報が継承されるという概念だ。

この「淘汰圧」の「機能不全」の問題を描いたのがMGS2だった。

MGS2ではネットの発達により、膨大な情報が劣化されることなく継承されることで、真に必要な情報が何か選び取れず、不要な情報の濁流に押し流されることでの「文明の衰退のリスク」をテーマとした。

MGSPWにおいては重要となるのは「歌」だ。

歌はメロディを基幹として、メロディに矛盾しない形で歌詞を構成する。メロディに適合するかという「淘汰圧」の下で、如何に「言葉を選び」伝えたいことを遺すのか。歌とはそのようなプロセスで制作される。

発信者の意図の通りで継承できる「言葉」とは対照的だ。

だからこそ、ザ・ボスの意志を宿したピースウォーカーは「言葉」ではなく「歌」を歌い、平和を祈る。

ザ・ボスにとって次代に希望を遺すこととは、意志を押し付けることではなく、疑問を提起し、思考を促すことだった。そのためには「答えを与えること」ではなく「解釈の余地を残す」ことが重要だ。

そのための方法としてMGS3のザ・ボスが選んだ手段が「生き様」を持ってしてスネークに「忠節の行方」を問う事であり、MGSPWのピースウォーカーが選んだ手段が「歌を歌う」ことで「平和の意義」を問う事であった。

「歌を歌い」伝えることは「相手に解釈の余地を与える」ことであり「相手を信頼すること」だ。

【ゼロ、ビッグボス、そしてスカルフェイス】

しかし、後に残されたもの達はそうではなかった。

ゼロは「ネット上の監視」で平和をもたらそうとした。ビッグボスは「抑止力」で平和をもたらそうとした。

「監視」も「抑止」も他者への「不信」に根差す点で共通している。ゼロとビッグボスの方法論は異なれど「不信」を軸にする点で、共にザ・ボスの「信頼」に根差す希望とは対極なのだ。

MGSVのスカルフェイスはこれら三者とはさらに異なる主張を展開する。鍵は「英語の破壊」と「小型の新型核」だ。

共通言語たる「英語の破壊」で、ゼロがネット上で画策する「政治的駆け引き」を無効化する。

「小型の新型核」を世界中に拡散することで、ビッグボスに代表される「大国の武力」を相対化し弱体化させる。

そしてゼロとビッグボスの思惑が挫かれた先に残るのは「階級のない平等」な地平における、「憎しみ」を動力とした「原始的な闘争」だ。それこそがゼロともビッグボスとも異なるスカルフェイスの野望であった。

【歌と言語と「解釈」】

ザ・ボスは「平等な世界」で人々が尊重される世界を志向した。

ゼロとビッグボスはそれぞれ「監視」と「抑止」の方法論の違いはあれど「トップダウン式」の力による支配を模索した。

スカルフェイスは「武力の拡散」により「闘争を細分化」することで「平等に憎しみ合う世界」を構想した。

人を支配する「階級」を取り払う点においては、ザ・ボスとスカルフェイスは共通する点があった。しかしその先の目的が「尊重」か「憎悪」かの違いが決定的な差異となるのだ。

ゼロの志向するネット上の「監視社会」は「言葉」による支配。ビッグボスの掲げる「抑止論」は「自分が攻撃すれば報復される」という理屈に根差す。理屈とは「言葉」より発する。スカルフェイスは「平等な闘争への回帰」を模索し「共通言語」を否定した。

ザ・ボス、そして彼女を宿したピースウォーカーは「言葉」に囚われるでも、否定するでもない独自の方法を模索する。それこそが「忠を尽くす」という問いかけであり、「淘汰圧」の下での「歌」の継承なのだ。

【余談】

本作、2011年にPS3向けのHDエディションが発売された以降のバージョンがなく、現状では入手は困難だ。ただ、本作の前日譚に当たる「スネークイーター」はマルチプラットフォーム向けの最新バージョン「マスターコレクション」が2023年にリリース済み。また、今夏には「スネークイーター」の最新技術のフルリメイク作の発売も控える。

また、「スネークイーター」及び「ピースウォーカー」の小説版も発売中。小説版も鋭い文明と技術への洞察に溢れた一級のサスペンス小説となっている。