団子を食う男――草の尾行を見破った貧乏旗本 | ゆうがのブログ

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世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

 宗助がその男を見つけたのは、神田の団子屋だった。

 草の裏帳面に記されていた評は、そう長くない。

 江戸。旗本。貧窮。蘭学を学ぶ。西洋の兵書、砲術書を集める。変わり者。

 ご隠居が求める条件に、いくつか重なる。

 だが、帳面に書かれた人間と、本物の人間が同じとは限らない。

 だから宗助は、まず見ることにした。

「親父、もう一本」

「あいよ」

 男は団子を食っていた。

 それも、ずいぶんうまそうに。

 串から一つ抜き取って口へ放り込み、茶をすする。

 そして空を見る。

 何か考えているらしい。

 しばらくすると、また一つ食う。

 また空を見る。

(……何をしているんだ)

 道の向かいで乾物を眺めるふりをしながら、宗助は首をひねった。

 男は三十を少し過ぎた頃だろう。

 着物は上等とは言えない。ところどころ擦れている。

 腰には刀を差しているから武士だとは分かるが、威張ったところがない。

 団子屋の親父とも、近所の職人とでも話すような調子で話している。

「今日は四本目だぞ」

「考え事すると腹が減るんだよ」

「お前さんは、考えなくても食うだろう」

「違えねえ」

 男が笑う。

 宗助は眉を上げた。

(あれが、海での戦を考えられる男かねえ)

 ご隠居の注文は難しい。

 海を恐れない。

 異国の知恵を学ぶことを恥じない。

 身分より腕を見る。

 自分より優れた者を使える。

 そして何より、

 知らないことを、知らないと言える。

 宗助は昨日から何人か候補を見ていた。

 蘭学に通じた者。

 砲術を教える者。

 浦賀へ出入りしている者。

 いずれも一芸はある。

 だが、ご隠居が求めているのは、一芸に秀でた職人ではないらしい。

 まだ形のないものを、一から考えられる人間。

 そんなものが帳面をめくったくらいで見つかるなら、苦労はしない。

 男が立ち上がった。

「親父、つけといてくれ」

「またか」

「今度払う」

「その今度はいつだ」

「おいらが出世した頃だな」

「なら一生払わんつもりか」

 店に笑い声が広がった。

 宗助も危うく笑いそうになった。

(貧窮――これは間違いないな)

 男は気にした様子もなく歩き出した。

 宗助は少し間を置いて、その後を追った。

     *

 一日目。

 男は古書を扱う店を三軒回った。

 一軒目では蘭書を手に取り、値を聞いて諦めた。

 二軒目では店主と半刻近く話し込んだ。

 三軒目では何も買わなかった。

 その帰りに団子を食った。

 二日目。

 男は砲術を学ぶ者の家を訪ねた。

 出てきたのは昼を大きく過ぎてからだった。

 その足で別の蘭学者を訪ねる。

 帰りに、また団子を食った。

 三日目。

 宗助は少し離れた場所から男を見ていた。

 今日も団子屋である。

(こいつ、本当に毎日食うのか)

 男は団子を一本持ったまま、紙切れへ何かを書いていた。

 丸。

 線。

 また丸。

 時々、首を傾げる。

 宗助の位置から文字までは読めない。

 やがて男は紙を丸め、懐へ入れた。

「親父」

「なんだ」

「船ってのは、風上にどこまで向けると思う」

「知らねえよ」

「そうか」

「おれは団子屋だぞ」

「団子屋だから聞いたんだよ」

「なんでだよ」

 男は笑いながら最後の一つを食べた。

 宗助は腕を組む。

(分からん)

 だが、面白い。

 少なくとも、ただの蘭書好きではない。

 本で読んだことを、そのまま覚えて満足する人間でもなさそうだった。

 何かを読めば、別の何かと結びつけようとする。

 分からなければ、人に聞く。

 相手が団子屋でも構わない。

 宗助はもう一日だけ見ることにした。

     *

 四日目。

 男は朝から神田を歩いていた。

 宗助はいつもより距離を取った。

 これまで男がこちらへ視線を向けたことはない。

 気づかれている様子もなかった。

 古道具屋の前で止まる。

 何かを見る。

 また歩く。

 橋を渡る。

 細い路地へ入った。

 宗助は足を止めなかった。

 店先の桶を眺め、そのまま通り過ぎる。

 少し間を置く。

 路地へ入る。

 男の背中が――ない。

(ん?)

 一本道だった。

 左右には板塀。

 脇道は少し先までない。

 走ったとしても、姿くらい見えるはずだ。

 宗助は歩調を変えなかった。

(気づかれたか)

 立ち止まれば、それこそ尾行していたと認めるようなものだ。

 知らぬ顔で歩く。

 路地を抜ける。

 表通りへ出る。

 右を見る。

 左を見る。

 いない。

(見失ったか)

 宗助はそのまま歩いた。

 五歩。

 十歩。

 十五歩。

「おい」

 背後から声がした。

 宗助は振り返ろうとした。

「そのままでいい」

 足が止まる。

 すぐ後ろにいる。

(取られた)

 宗助の背中に、冷たいものが走った。

 何年ぶりだろう。

 尾行していた相手に、後ろを取られたのは。

「ここ数日」

 聞き覚えのある声だった。

「おいらの後をつけてるみたいだけど、どういう了見なんだい」

 宗助は前を向いたまま答えた。

「何のことでしょう」

「一昨日は団子屋の向かい」

 宗助の目が細くなる。

「昨日は古本屋の角」

 一拍。

「その前の日は、薬種屋の前だ」

 宗助は黙った。

「今日だけなら偶然で済むんだけどねえ」

 声が笑っている。

「四日続くと、さすがにおいらでも気づく」

(最初からか)

 宗助は小さく息を吐いた。

 完全に負けた。

 男が気づいていないのではなかった。

 気づいたうえで、泳がせていたのだ。

「参りました」

 宗助はゆっくり振り返った。

 男が立っている。

 いつもの飄々とした顔だった。

「認めるのかい」

「これ以上ごまかすほうが、みっともないでしょう」

「物分かりがいいねえ」

「商人ですから」

「商人?」

 男の目が宗助の着物を見る。

「どこの」

「日本橋で廻船問屋をしております」

「廻船問屋が、貧乏旗本を四日もつけ回す?」

「妙ですか」

「妙だね」

「私もそう思います」

 男が吹き出した。

「で?」

「はい」

「何が目当てだい。借金なら心当たりが多すぎて分からねえぞ」

「金ではありません」

「じゃあ何だ」

 宗助は男の目を見た。

 ここで下手な嘘をつけば、二度と信用されない。

 そういう相手だ。

「あなたという人が、どういう人なのか興味がありましてね」

 男はしばらく黙った。

「……男に四日も後をつけられて、そんなことを言われても嬉しかねえな」

「私も好きでやっていたわけではありません」

「ますます失礼な野郎だな」

「よく言われます」

 男は宗助をじっと見る。

 先ほどまでの軽い目ではない。

「誰に頼まれた」

「それはまだ申し上げられません」

「まだ?」

「ええ」

「ってことは、また来るつもりか」

「あなた次第です」

「おいら次第ねえ」

 男は頭をかいた。

「じゃあ一つだけ教えろ」

「何でしょう」

「何を調べてた」

 宗助は少し考えた。

「あなたが何を知っているかではありません」

「ほう」

「知らないことに出会った時、どうする人なのかを見ていました」

 初めて、男の顔から笑みが消えた。

「変なことを調べるんだな」

「変な人を探しておりますので」

「そりゃ、おいらは合格かもしれねえな」

 今度は宗助が笑った。

 男も笑う。

 だが宗助の中では、すでに評価が一つ変わっていた。

 蘭学に通じる。

 砲術に興味を持つ。

 それだけではない。

 四日間、尾行に気づきながら騒がず、相手を観察し、最後に自分の間合いへ引き込んだ。

 紙の上では分からなかった男が、ようやく見え始めた。

「では、今日はこれで」

 宗助が頭を下げる。

「待ちな」

「はい」

「おいらのことを四日も調べたんだ」

 男は腕を組んだ。

「そろそろ、あんたの名前くらい教えてもいいんじゃねえか」

「これは失礼」

 宗助は振り返った。

「川口屋番頭、宗助と申します」

「川口屋……」

 男はその名を覚えるように繰り返した。

 宗助は軽く頭を下げ、歩き出す。

「おい」

 また呼び止められた。

「まだ何か」

「今度来る時は、後ろからついてくるな」

 男は笑った。

「団子屋で声かけろ」

 宗助も笑った。

「承知しました」

 歩きながら、宗助は思った。

 帳面には「変わり者」と書いてあった。

 どうやら、それだけは間違いない。

 だが――。

(面白い)

 ご隠居が求めているものに、この男はどこまで応えられるのか。

 次は尾行では分からない。

 話して確かめるしかない。

 宗助の背後で、男はしばらくその姿を見送っていた。

 そして小さく首を傾げる。

「廻船問屋が、おいらに何の用だってんだ」

 答えは出ない。

「まあ、いいか」

 男は踵を返した。

 向かった先は、いつもの団子屋だった。
 


▶「裏天正記」幕末編第二部第12話(64)「団子を食う男」をカクヨムで読む

■ 第12話(64)「団子を食う男」考察

第64話は、前話で帳面の中から見つかった候補者が、初めて「記録上の人物」から「生身の人間」へ変わる回です。

第63話では、

江戸。
貧しい旗本。
蘭学を学ぶ。
西洋の兵書、砲術書を集めている。
変わり者との評あり。

という情報しかありませんでした。

しかし宗助は、それだけでは判断しません。

今回の重要なテーマは、人間は帳面だけでは分からないということです。

団子が作る「大人物になる前」の姿

今回、かなり効いているのが団子です。

宗助が期待していたのは、おそらく蘭書を読みふけり、砲術について難しい議論をしているような人物でしょう。

ところが実際に見つけた男は、

「親父、もう一本」

と団子を食べています。

しかも金にも困っている。

「今度払う」
「おいらが出世した頃だな」

というやり取りによって、歴史上の人物としてではなく、まず江戸で暮らしている一人の貧乏旗本として読者の前へ出てきます。

後に大きな役割を担う人物だからこそ、最初から偉人然とさせない方が、その後の成長との差が出ます。

ただの「団子好き」ではない

男は団子を食べながら、ぼんやりしているように見えます。

しかし突然、

「船ってのは、風上にどこまで向けると思う」

と団子屋の主人へ聞く。

主人からすれば、

「おれは団子屋だぞ」

でしょう。

少し笑える場面ですが、この男の性格がよく表れています。

知りたいことがあれば、とりあえず考える。

分からなければ聞く。

相手の身分や職業もあまり気にしない。

そして一見関係のないこと同士を頭の中で結びつけようとしている。

これは、ご隠居が求めた

「知らぬことを、知らぬと言える者」

にも少しずつ重なってきます。

宗助の尾行を最初から知っていた

今回最大の見せ場です。

宗助は草として人を観察する側です。

ところが、

「一昨日は団子屋の向かい」
「昨日は古本屋の角」
「その前の日は、薬種屋の前だ」

と全部見抜かれていました。

しかも男は、気づいた瞬間に宗助を問い詰めていません。

三日間、逆に宗助を観察しています。

ここが重要です。

単に勘が鋭いのではありません。

「誰だ」「なぜ自分を見ている」「危険なのか」と相手を観察したうえで、四日目にわざと姿を消し、宗助の後ろを取った。

つまり宗助が人物を見極めていたつもりが、男の側も宗助を見極めていたわけです。

草だからこそ「負け」を認める

宗助の、

「参りました」

も重要です。

ここで宗助が無理に、

「偶然ですよ」

と押し通すと、草が単なる嘘のうまい秘密組織になってしまいます。

宗助は、

(これはごまかせん)

と判断した瞬間に戦い方を変えています。

ご隠居が求めた条件の一つは、

「知らないことを知らないと言える者」

でした。

実は宗助自身も同じ性質を持っています。

失敗したら認める。

相手が自分より一枚上なら、それも認める。

二百年以上生き残った草の強さは、「絶対に失敗しない」ことではなく、失敗したときに判断を切り替えられることなのかもしれません。

「何を知っているか」ではない

今回の核心になる言葉は、

「あなたが何を知っているかではありません」
「知らないことに出会った時、どうする人なのかを見ていました」

でしょう。

これは第62話から続く人材探索の基準そのものです。

今の日本には、西洋式の海戦を十分に知っている人間などほとんど期待できません。

だから知識量だけを試しても意味がない。

必要なのは、

未知のものに出会ったときの反応を見ること。

知らないから拒絶するのか。

知らないから学ぶのか。

知らないのに知ったふりをするのか。

この違いが、これからの時代には非常に大きくなります。

まだ「合格」ではない

宗助は男を面白いと思いました。

しかし、まだ候補者として決めてはいません。

これも大切です。

今回分かったのは、

  • 観察力がある
  • 警戒心がある
  • 蘭学や砲術への関心がある
  • 分からないことを考え続ける
  • 身分の低い相手とも普通に話す
  • 少し変わっている
  • 団子がかなり好き

という程度です。

ご隠居が求めているのは、将来、多くの人間を束ねられる人物です。

その器があるかどうかは、まだ分かりません。

だから、

「次は尾行では分からない。話して確かめるしかない」

となります。

第65話への自然な橋渡しです。

名前を出さなかった効果

第64話では、男の名前を最後まで伏せています。

これも今の段階では効果があります。

読者は「この男はいったい誰だ」と思いながら、

団子好き、貧乏旗本、蘭学、砲術、鋭い観察力――

という断片から人物像を組み立てていくことになります。

そして次回、宗助が正式に向き合ったところで初めて名乗らせれば、

「あの団子を食っていた男が、この人物だったのか」

という印象を作れます。

幕末の有名人を「名前」で登場させるのではなく、まず「人間」として登場させる構成になっています。