夜更けの屋台はすでに看板を下ろし、街のざわめきも静まりつつあった。
屋台裏に設けられた小さな奥座敷。そこには、異なる衣を纏った者たちが静かに集っていた。肌の色、言葉、身なりは違えど、その目には同じ光が宿る。
烈馬が、囲炉裏に火を灯しながら口を開いた。
「中国南部、ルソン、ボルネオ……二陣、三陣の“草”たちは既に潜伏を終え、連絡は取れている」
薄明かりの中、福建から戻った草のひとりが頷いた。「ルソンでは奴隷輸送の港に食い込んでいる。名簿と帳簿の写しを持ち帰った」
別の草が、煙草の煙をくゆらせながら言う。「マラッカにも仲間がいる。だが、奴らは組織的に動いてる。貴族と教会の金が流れてる以上、単独の突入じゃ焼け石に水だ」
ミゲルが言葉を継ぐ。
「そこで俺が使える。俺は“内側”にいた。奴隷解放を口実に、現地の貧民や知識人との接点もある。……あの怒りは、導けば爆発する」
烈馬はゆっくりと頷いた。「揺さぶるのは民の感情だ。火種を焚き、支配者たちに“恐れ”を刻む。それが草の本分」
「目標は?」と草の一人が問う。
烈馬の声は低く、しかしはっきりと響いた。
「ゴア。奴隷市場の中枢へ潜入する。だが、これは“救出”ではない。攪乱だ。混乱を引き起こし、貴族の屋敷と教会の倉庫を燃やせ」
沈黙が落ちる。
ミゲルはひとつ頷いた。「それなら、俺にもできる」
誰かが口元を綻ばせた。「まるで、草みたいな口ぶりだな」
ミゲルは微笑を浮かべる。「お前らに感化されたのかもな」
その時、烈馬が静かに付け加えた。
「霞、蓮、梅之助——お前たちはマカオに残れ。屋台の維持と、マリアを見守る役目を頼む」
三人は小さく頷き、何も言わずその場の空気を引き締めた。
外の風がふと吹き込む。火が揺れ、影が伸びる。
作戦は、静かに動き始めていた。
▶ 『裏天正記』マカオ編 第16話「集う影、裂ける静寂」をカクヨムで読む
🔍考察:潜伏と攪乱──草の本懐、今ここに
第十六話では、草の国際的な潜伏ネットワークが明らかになり、「反撃」ではなく「かく乱」を目的とした任務の核心が示されました。
これまでの烈馬たちの行動は、個人としての信念や恋情、過去との対峙でしたが、この章からは“組織としての意志”が物語の軸となります。草たちは単に敵を討つためではなく、敵の秩序を内部から揺さぶる“構造的な破壊”を目的に動いているのです。
特にミゲルの「内側にいた」経験が、草の行動に“正当性”と“戦略性”を与えており、彼がもはや部外者ではなく同士となったことが明示されました。
また、霞・蓮・梅之助がマカオに残り、マリアを見守るという配置も見逃せません。草たちにとって「戦地」だけが任務ではなく、「後方支援」もまた未来を守る一環であることが示されています。
静かな集会の夜、言葉少なく交わされた決意が、これからの波乱を予感させる回となりました。次なる舞台は、いよいよ奴隷市場の中心・ゴア。ここから草の“世界編”が本格始動していきます。
