朝の光が市場の屋台を照らす頃、烈馬とマリア、ミゲルは屋台裏の小さな卓を囲んでいた。
蒸気の立つスープを前に、ミゲルが静かに口を開く。
「俺は、ゴアに行っていた。ポルトガルのインド支配の中心地だ。宣教師の船に同行して、奴隷解放の道を探っていた」
マリアが目を見開いた。「宣教師の船に?」
「表向きはな。俺が探っていたのは、表に出ない“裏”の動きだ」
烈馬が箸を止め、ミゲルを見据える。
「ゴアで、一人の日本人に出会った」
その言葉に、烈馬の目がわずかに動く。
「名は彰馬。……お前の名を知っていた」
「彰馬が……」
ミゲルは頷いた。
「彼は今、宣教師としてポルトガルの司祭に同行している。黒衣に身を包み、言葉巧みに信者を集めながら、裏では奴隷解放と現地の裏事情を探っている」
マリアが驚いたように息を呑む。「東洋人が、司祭に同行して……?」
「彼は言った。『烈馬がまだマカオにいるなら、やがて必要になる時が来る』と」
烈馬は静かに立ち上がり、湯気の向こうの遠い景色を見つめた。
「そして、その時が来たと?」
「俺はそう思っている。だから……お前を呼びに来たんだ」
風が屋台の布を揺らした。誰も言葉を足さず、ただその場に漂う静けさが、次の決断を待っていた。
烈馬の拳がゆっくりと握られる。
「わかった。まずは、その目で見た奴隷の現場を話してくれ」
ミゲルは深く頷いた。
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🔍考察:異国の地に交差する意志と絆
第十四話「猶予の一年」は、物語の基盤を“家族の再会”から“使命の連鎖”へと一段階引き上げる重要な章です。
ミゲルの口から語られるゴアの実情と、そこに現れた草の同志・彰馬の存在は、「草」がただの忍の集団ではなく、信仰・思想・国境を超えて動く“戦略的布石”であることを鮮やかに示します。
彰馬が司祭の姿で現れるという衝撃の展開は、信仰と諜報、敵と味方の境界線の曖昧さを象徴しています。彼が烈馬を呼ぶ理由、それは一人では越えられぬ策謀と力が絡む地において、“兄弟”としての信頼と能力が求められているからに他なりません。
また、ミゲルの行動が「逃避」ではなく「招集」であったことにより、彼自身が烈馬やマリアにとって“導く者”へと変貌したことも明示されます。
草の任務は、もはや日本の地を超え、思想と信仰がぶつかる世界の中枢へと伸びていく段階に入ったのです。
次回からはいよいよ、烈馬が草としての自覚と情の狭間でどのように動き始めるか、その第一歩が描かれていくことになります。
