『裏天正記』マニラ編・第2話:掴まぬ手(烈馬編) | ゆうがのブログ

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世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

マカオの市場には、濃密な香りが満ちていた。

干し魚と肉、唐辛子と香辛料、ざわめく商人の声。
言葉はわからずとも、売る気と奪う気は肌で感じられる。

烈馬は布頭巾を目深にかぶり、野菜の山に手を伸ばすふりをしながら目を細めた。
小柄な男が、パンを一つ懐に入れて素早く身を翻す――。

「……早いな」

声に出さずつぶやいた瞬間、烈馬はその男の足の動きを読み、右足をわずかに滑らせた。

「うおっ!」

男は烈馬の足につまずき、転倒。
懐から転がり落ちたパンが地面を転がった。

「おいおい兄さん、やりすぎだぜ……」

転がったまま男が苦笑した。

金髪に近い褐色の髪、肌は浅黒く、目は細くも鋭い。
服装は古びているが、腰の動き、手の動きが洗練されている。

「俺を捕まえても、正義の味方にはなれねぇぞ?」

烈馬は黙って、パンを拾い上げ、黙って差し出した。

「……?」

男が怪訝そうに受け取ると、烈馬は一言だけ言った。

「腹は減る」

その一言で、男は目を細め、どこか皮肉げに笑った。

「おかしな奴だ。追っ手でもなく、施しでもなく、……ただ、わかってる顔だな」

烈馬は問い返さない。むしろその“間”が、男を話に導いた。

「ルイスだ。名前くらい、ただでくれてやるよ。……あんた、港から来たな?」

烈馬はわずかに頷いた。

「イエズス会の教会からパンが出てる。でもな、祈りを口にすればもらえる、ってだけだ。
 口を開けば腹は膨れるのか? 神は腹を満たしてくれるのか?」

烈馬は、無言で地面の石を見つめていた。

「お前、イエズス会を嫌っているのか?」

ルイスは肩をすくめた。

「嫌ってる……ってのとは違うな。
 昔は信じてた。司祭の言葉も、神の救いも。
 でもよ、奴隷を船に詰めて売る修道士の目に、“神の愛”は映ってんのか?ってな」

烈馬の指がわずかに動いた。
心が、動いたわけではない。ただ、記録すべき言葉として刻んだ。

「……もし、その神の目が嘘だとしたら?」

ルイスは一瞬だけ言葉を止めた。
そして、ふっと息を吐き、パンをちぎった。

「そしたら……俺も一緒に嘘で生きてるってことだろ。
 だけどな、嘘に気づいてる分、俺の方がまだマシかもな」

彼はちぎったパンの片方を烈馬に差し出した。

「分けて食おう。名も知らねえ“分かってる奴”と、同じ空腹のなかでな」

烈馬は一瞬だけ目を閉じ、静かにそれを受け取った。

誰が敵か、誰が味方か。
それすら定まらぬ土地で、“掴まぬ手”を差し出された――。

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📝考察:「偽りの信仰と、黙する共感」──ルイスの問い

烈馬が市場で出会ったルイスという男。
彼は盗人でありながら、実は“信仰への疑念”という鋭い視線を持つ人物です。

イエズス会という巨大な権威が掲げる「愛と救済」は、実際には「奴隷と支配」の道具でもある。
その矛盾を、現地に生きる者たちは“感覚”として知っている――それが烈馬の目に映った現実でした。

烈馬は忍びであり、草でありながら、敵を斬る者ではない。
言葉にならぬ声、掴まれぬ思いを、じっと聞き、記す者です。