試練を終えた夜、
火鉢の灯が再び座敷を照らす。選ばれた六人がひざを揃え、黙して命を待つ。
そこにはもはや対立の気配は見られなかった。
残った者たちだけが知る、“命を削る静けさ”がそこにあった。やがて、家康が静かに現れた。
「そなたらは、影となりて、この国を守る者。
名を遺すことはない。褒美も、位もない。
だが、そなたらの行いは、百年先の日の本を作る」そう語る家康の手には、墨で記された巻物があった。
一人ずつ、彼はその名を読み上げていく。「葛城 梅之介。理を編みし者」
「雪村 蓮。風を知る者」
「鬼頭 弥三郎。斬らずに斬る者」
「霞。声なき記録者」
「篠原 彰馬。闇を笑う者」そして、烈馬の前に立ったとき――
家康はしばし沈黙し、目を細めて言った。「そなたには、名を与えぬ」
一同が息を呑んだ。
「名は、すでに父より継がれたもの。
だが、語るな。
名を伏せて生き、名に恥じぬように歩め」烈馬は、ただ一礼した。
表情は変わらず、背筋はわずかに震えていた。その瞬間、彼の脳裏に――あの夜の記憶がよみがえった。
◆ 回想:名を捨てた日
冬の夜。
伊賀の山中、母が病に伏せる庵のわずかな灯の中。「烈馬……お前にも、名を語らぬ生き方をしてほしい」
母は細い手で、烈馬の頬を撫でた。
「あの人の背中は、遠くて……でも、きっと何かを守っていたのでしょう。
恨んじゃいけないよ。名乗らないことは、あの人のやさしさだったのかもしれないね」幼かった烈馬は、火鉢の炎を見つめてうなずいた。
彼は、小さな声で、ささやくように、「……ぼくも、名は要らない。名乗るより、自らの足で歩いてみせる」
それが、彼の生き方のはじまりだった。
📝考察:「名をもらえなかった男」の覚悟とは
■ なぜ烈馬だけ“影名”を与えられなかったのか?
家康が烈馬に名を与えなかったのは、血筋への期待や特別扱いではなく、むしろ“名を伏せ続けるという罰”であり“覚悟の証”として描かれています。
烈馬にとって、それは「栄誉」ではなく、「十字架」に近いものです。
■ 回想パートが意味するもの
烈馬の母が言った「名乗らないことがやさしさだったかもしれない」という言葉は、
父・服部半蔵の“忍びの愛情”を滲ませる重要な一節です。
烈馬が無言で任務に挑む姿は、
名を語らずとも「忠」と「誇り」を継いだ者としての静かな証明であり、
それこそが「草」の本質であると言えるでしょう。
■ 次回予告:密命、海外へ
次回、正式に「草」となった六人は、いよいよ初任務へと出立します。
向かう先は、異国・ルソン。
その地で待つのは、言葉も、信仰も、刀も通じぬ“静かな戦場”。
彼らの影が、初めて日本を離れます――。
