冬の風が駿府の天守をなでていた、
城の奥の離れでは、異様な空気が張り詰めていた。
伊賀、甲賀、根来。
つい先日まで、それぞれの主のもとで殺し合いをしていた者たちが、
今、同じ火鉢を囲んで座している。
火鉢の赤が炭を照らし、室内の空気を微かに揺らしていた。
しかし誰も、その温もりに心を許すことはない。
一人の男が、緩やかに立ち上がる。
家康の命を帯びて来た本多正純そのひとだった。
「皆、よく参った。そなたらに課せられるのは、
『表の戦を越える、裏の戦』。
これは、日の本の未来を左右する任である」
言葉が落ちると同時に、誰かが鼻を鳴らした。
「未来ねぇ……あんたらお偉方が、我らを駒に使い捨てるだけだろう」
甲賀の者が言う。刺すような視線が、向かいに座る伊賀の一人へ向けられた。
根来の若者が静かに、両者の間に視線を滑らせる。
「使い捨てられる気で来たわけじゃない。
だが、“この国を守る”ってのが本気なら、やってやろうじゃねえか」
言葉ではなく、目の奥で火花が散っていた。
そんな中、伊賀の席に、ひときわ異質な気配を放つ若者がいた。
まだ二十代そこそこ、名も名乗らず、ひとことも発していない。
それでいて、他の者が近づこうとしないほどの重みを纏っていた。
「……あやつ、何者だ?」
「さあな。だが、目を合わせたら斬られそうだ」
烈馬。
伊賀の名門、服部半蔵の血を引く男。
だがこの場でそれを知る者はいない。ただ、誰よりも沈黙し、
誰よりも静かに火鉢の炭を見つめていた。
📝考察:なぜ忍び同士は睨み合うのか?――“草”結成前夜の緊張
■ 忍びの世界は、元々が“分裂”だった
このパートでは、伊賀・甲賀・根来の三派が一堂に会する、きわめて珍しい場面が描かれます。
彼らは一括りに「忍び」とされることも多いですが、実際は互いに対立関係・排他的な関係にありました。
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伊賀と甲賀は戦国末期までたびたび衝突
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根来衆は鉄砲戦術を活かす一方で、政治的には独立傾向が強く、他勢力と交わることを好まなかった
つまり、彼らは“同じ任務”に就けるだけで、互いを信用できるような間柄ではなかったのです。
■ 無名の烈馬=異物としての登場
そんな空気の中に現れるのが、伊賀出身で名も語らぬ烈馬。
他の者たちにとって、これは最も警戒すべき存在です。
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なぜ名乗らぬのか?
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なぜその場に選ばれたのか?
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なぜ、年若いのに家康の信任を得たのか?
その“わからなさ”が、不信と緊張を増幅させていきます。
■ 草結成=「表には出ない分断」を抱えた始まり
このパートの意義は、後に“草”が結成され、共に任務につくことになる彼らが、
初めから一致団結していたわけではないという現実を描いている点にあります。
つまり、草とは最初から「分裂する運命を孕んだ組織」であり、
それが後の“裏切り”や“信仰の揺らぎ”にもつながっていく伏線となります。
■ 次回予告:影の試練へ
次のパートでは、彼らに課される選抜任務が描かれます。
烈馬の真価が、静かに、だが確実に現れ始める時です。
