「バテレンどもは、増長しすぎだ」
信長は地図の上に指を突き立てながら、吐き捨てるように言った。その指先には、丹後、但馬、肥前の地名が赤で塗られている。
宣教師たちが根を張りつつある港町——「次の遠征では、奴らの巣を焼き払う」
「光秀、京から布教者どもを集め、問答無用で検束せよ」「はっ……」
光秀の返事は、かすれていた。
信長の背後で、森蘭丸がふと光秀を見た。
だが、目は合わない。光秀はただ、黙って頭を垂れた。城を辞し、馬を走らせる帰り道。
光秀の脳裏には、玉の祈る声がこだましていた。——この命令に従えば、煕子と玉はどうなる?
——断れば、私は主君に背く。雨が降り始めた。
その夜、伏見にある古い茶屋の裏座敷で、光秀は一人の男と対面していた。
徳川家康。
表の史ではこの時、堺から伊賀越えで逃走中のはずの男だった。「信長公は、間違った道へ向かっておる」
家康の声音は静かだったが、芯があった。「わしは、異国と手を結ぶつもりだ。ただし、我が国のためにだ」
「おぬしも、“誰かのために”剣を抜くなら……その刃、わしが受け止めよう」
光秀は、その言葉を胸に刻みながら、茶屋を出た。
街の灯が、雨にぼやけていた。
もはや、その先に帰る場所はないのかもしれなかった。
▶ 裏天正記 第1章 第4話 :ふたつの選択 をカクヨムで読む
【考察】光秀が選んだのは“裏切り”ではなく“帰れぬ道”だった
■ 信長の「焼き討ち命令」から何が見えるか?
このパートで描かれたのは、信長が宣教師への“軍事的強硬策”を口にする場面です。
信長は本来、合理主義者であり宗教には冷淡な人物です。
一時期はキリスト教の保護者でもありましたが、
その裏で「自らの支配と干渉が及ばない思想」を警戒していた節があります。
ここでは、そんな信長がついに「宗教を恐れた側面」を露骨に見せ始めます。
それは、光秀にとっては“家族の命運”を直に揺るがす決定でもありました。
■ 家康の登場と“影の布陣”
このパートでは、家康が「表に出ない位置からすでに手を打っていた」様子が描かれます。
家康は信長の死後を見据えていた。
もしくは、宣教師の“浸透”を信長よりも早く理解していた。
いずれにしても、彼は「力ではなく策で国を守る」という方向へ動き始めていたことが分かります。
また、伏見での密会は実際の記録には存在しない“空白”を埋める創作的演出として機能します。
■ 光秀の苦悩は“忠義の裏返し”
光秀の内面は、ここで完全に分岐点を迎えます。
-
信長に従えば、家族が失われる
-
家族を守れば、信長を討たねばならない
この“どちらも正しいが、どちらも代償が重すぎる”選択肢こそ、
人を“謀反”へと追い込むもっとも残酷な構図です。
■ 光秀にとって家康とは?
ここでは、家康が一種の“避雷針”として光秀に道を与えます。
「いざというとき、わしが受け止めよう」
この言葉は、歴史の表に出ない「盟約」だったかもしれません。
後の世で、光秀の遺族が処罰を免れた理由のひとつとしても、この設定は機能します。
■ 次回に向けて
Dパートでは、光秀が“引き返せない道”に足を踏み入れました。
次回、いよいよ「本能寺前夜」へ——
宣教師は何を仕掛け、光秀は何を覚悟するのか。
物語はいよいよ核心へと向かいます。
