昨日非常に共感を覚える文章があるMLに流れたので、共有させて頂きたく転載します。

以下転載

『変えるべきもの』

私が勤務しているこの国では、先月、国会議員選挙が行なわれ、開票の結果、上位5党のみが議席を獲得し、6位以下の政党は議席を獲得できませんでした。

この選挙は比例代表制で行われ、各政党に対して票が投じられましたが、得票が有権者数の5%を越えないと一切議席を取れないという足切り規定があるため、6位以下の政党は議席ゼロという形になりました。

最近まで、惜しくも議席を獲得できなかった第6位の政党が時々国会前で小規模なデモをしていましたが、それを除いては選挙後も全く平穏です。
今週末に行われるJICA事務所主催の駅伝大会の練習として、最近、国会前の広場をぐるぐる走っていますが、ローラーブレードの練習をする若者の嬌声と時折結婚式直後の新郎新婦を載せたリムジンがクラクションを鳴らしまくりながら通過する時以外、いたって静かです。

この選挙の結果を受けて、今後、当国では様々な場面で変化が起きるのだと思います。思えば、政治という世界では、常に変化が求められている気がします。「CHANGE」然り、「政権交代で、日本を変える」然り。また、これは政治ではないですが、昔あるCMで有名な野球選手が『変わらなきゃも変わらなきゃ』と言っていましたが、「変わる」という概念にはどちらかというとポジティブなイメージが付いている気がします。

そういう私も先日、活動先を地方の登山ガイド・ポーター協会から首都にある山岳協会に変えました。
理由は、ガイド・ポーター協会の規模が小さく裨益する対象者が少ないこと、これから閑散期になりできることに限りがあること等です。

そうはいっても新しい所属先でも、(より大規模に)登山ガイド育成システムの整備と持続性を持たせるという、私のミッションには変わりないですし、他の団体と協力して孤児院の子ども達に登山・クライミングを教えるという、これまでしてこなかった新しい活動もやって行こうと思っています。

元々、登山ガイドの育成を通じて仕事を創出し、出稼ぎ等に行く必要をなくし、家族が皆でHappyに暮らせるように、という目標で当国に来ているので、その目標にブレがなければ、例え活動先を変えることになっても仕方がないかなと思って決めました。ただし、その元々の目標は変えてはいけない、とそれ
だけは心に誓っています。

変えるべきものと、変えてはいけないもの。
様々な物事にそれらは同時に存在し、全て「変わるべきもの」というのはきっとあり得ないのだと思います。

少し話は戻りますが、変えることに価値があると考えられていても、例えば、最近の日本では保健行政や教育の分野では、変えない方がいい場合も多く存在すると考えています。最近、臨床研修制度の変化で、医者が地方から都市部の病院に集中しているのはよく聞く話ですし、当初「良いもの」として取り入れられた教育方針も見直しが進んでいると聞きます。

リチャード・バックの「イルージョン」という小説で、「(空はいつでも完璧であるが)完璧であるためには、一秒ごとに変化しなくてはならない」というフレーズがあります。

変えるべきものと変えてはいけないものを見極め、変えるべきではないところは残しつつ、変えるべきところは積極的に変えていこうと思う、選挙後の今日この頃です。 (S.S.)

以上

1人ひとりにできること 1人のためにできること/国際協力機構(JICA)編

¥1,260
Amazon.co.jp

日本の教育経験―途上国の教育開発を考える/国際協力機構

¥2,940
Amazon.co.jp

実践的評価手法―JICA事業評価ガイドライン (国際協力叢書)/国際協力事業団企画評価部評価監理室

¥1,995
Amazon.co.jp

最近(ここ数年^^;)塩野七生先生の「ローマ人の物語」すこーしづつすこーしづつ読んでいます。
途中で浮気本したり、どこまで読んだかわからなくなって、あるいは忘れて、戻っては進みを繰り返しています。。。

そんな読み方してるという事はあまり面白くないんじゃないか?とまだ読んでない方は言われるかもしれませんが、とてつもなく面白いです。

いつか1週間位時間とれたらローマウィークにして最初からじっくり読み直したい位です。。。

その前にとりあえず一度読破しなければなんですが、、^^;


さて、そのローマ人の物語の1巻で建国時のローマを当時の周辺の強国と比べて説明されている所があります。

そこで、近代民主政治の祖を築いた一国でもあるアテネについて書かれていて、当時政策として行われていた陶片追放についての部分が非常に面白くて、備忘録がてら書いておきたいと思いました。

陶片追放は、歴史上世界初の内閣システムの原型が誕生したと言われるアテネにおいて、クリステネスの改革の施策であり、一種の自浄システムだと塩野先生は説明しています。

クリステネスの改革により、20歳以上のアテネ市民が一人1票を持ち、年に数回開催される市民集会に出席する事になった訳ですが、その市民集会で過半数の賛成を得られれば、その権威と権力がアテネのために危険だとされた市民を十年間、国外に追放する権限が確立されました。
(当時、投票は陶片で行われた為、陶石追放と読んでいる)
ただし、この追放には、その市民の名誉を汚す意味はなく、陶片追放されても、その当人にとってなんら恥ずべき事とは思われておらず、市民権も財産も失う事なく、ただ、十年間、国外で暮らせというだけなのです。
要は独裁制を避けるため、アテネの民主政にとって危険だと思われた人物を国外追放し、本人もかつごうとした人達も少し頭を冷やせと言う事です。


で、私がもっとも興味深いと感じたのは、その仕組みの終焉と、それについての塩野先生の考察です。

この仕組みは結果的に、実質的に大変な国への功労者や影の英雄を追放する結果を招いてしまい、廃止されてしまいます。


さすがのアテネ人も国益に反する事のあまりの多さに目覚めたのかもしれない。


と塩野先生は書いています。



私は近年の日本の政治に対する私達の対応についてかねてより、憂いている事があります。

新しい内閣が出来たとたん批判がはじまり、辞めさせては、やっぱり駄目だったとか。とか。

冗談ではなく、おそらく、これがもっとも多くの日本人が考えている事でしょう。


私は、おかしいのは彼らではなく、我らだと思っています。


陶片追放は、本来の目的にはそぐわなかったかもしれませんが、アテネ国民に真剣に国益を考えさせる機会を与えたとしたら非常に良い仕組みだったのではないかと思います。


この制度を今の日本が導入したら○沢さんとか追放されちゃうかもなぁとか思うんですが、
彼を支持する訳では全くありませんが、それが今の日本人が真剣に考える機会になるのであれば、甘んじて受け入れるだろうと私は思います。


なんだか突拍子もない事書いている気がするのでこの辺にしときますが、


ローマ人の物語は西洋史の授業サボってでも読んでいただきたいと思います。


ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫/塩野 七生

¥420
Amazon.co.jp

ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) 新潮文庫/塩野 七生

¥460
Amazon.co.jp

ローマ人の物語〈1〉― ローマは一日にして成らず/塩野 七生

¥2,415
Amazon.co.jp

企業であろうと、政府であろうと、NPOであろうと、
社会貢献事業(ソーシャルビジネス)は社会的意義や課題への高い貢献度を担保する為にビジネスそのもののクオリティが担保出来ない(する必要がない)仕組みになりがちです。

その打開策がない事業は、継続性を疑問視されても仕方がないのだと思います。
(というか継続性をその言い訳に使わないでほしいとも思います。)

おそらく、そのまま行くと、ネットワークビジネスの様な展開をせざるを得なくなると思っています。


この事をスルーしてトレンドが突っ走ってしまわない事を願っています。