妊娠する為にしたこと | ユーフラテスの不育症克服日記

ユーフラテスの不育症克服日記

7週で繋留流産。10週で心拍確認後繋留流産。プロテインS欠乏+不育症。赤ちゃんに会える日までの不育症克服記録です。
2014年1月男の子を出産しました!

現在、不育症治療を経て、妊娠34週と6日。
私が妊娠する為にしたことをご紹介します。

2回の流産後に何よりも参考になり、励まされたのが同じ経験をした方のブログで、
我が子をこの手に抱くまでの記録と、同じように誰かのお役に立つかも知れない、そんな思いでブログを始めたのがきっかけでした。
なかなか更新できずにいましたが、同じように妊娠したいと思っている方の参考に、少しでもなれば幸いです。

時系列は下記の通り。

2010.08月 結婚
2011.11月 7週で繋留流産。
2012.03月 10週で心拍確認後に繋留流産。
2012.06月 不育症検査(卵管造営+子宮鏡+血液検査)
      →プロテインS欠乏 44%
2012.12月 化学妊娠(化学流産D38)
2013.06月 妊娠発覚
 ↓
2014.1月 妊娠後期 現在に至る(2014.2月出産予定)

まず、「子供が欲しいな」そう思ったのは、結婚してから約半年を過ぎた位でした。
年は32才。
友人は次々と第一子、第二子と妊娠していく中で、とくに焦ってもいなかったのですが
「年をとると妊娠しにくくなるよ」
「早ければ早い方がいい」
「もっと焦らなきゃ」
と、まくしたててくる既に第一子持ちの友人。

だんだんとその気になった私は、
何となく「そろそろ欲しいね~」なんて夫に伝えて、子作り開始となりました。
ちなみに旦那さんは、しばらく二人でいたいと思っていたようでした。
女の私でもそうだったように、旦那さんは、年齢が上がれば妊娠しにくくなることや妊娠・出産に関する知識は、ほぼゼロ。
私も子持ちの友人が教えてくれる知識しかないような状態でした。

その時は、すぐにできると思っていた、わたし。

けれど、毎月定期的にくる生理。
結婚前は生理痛が激しく、気を失って救急車で運ばれた事もある位でしたが
結婚後は、むしろ順調で生理痛もほとんどありませんでした。
とはいっても、20代後半に一念奮起して転職した仕事もやっと色々身についてきた所だった為、
まだまだ切羽詰まった心境ではありませんでした。

この頃に妊娠する為にしたことは、
1.排卵日付近に行う
これだけです。

そうこうしている内、結婚を1年を過ぎて2回目の秋。
生理が遅れてる!!
早速、生まれてはじめて妊娠検査薬を薬局で照れながら買い、試してみると陽性反応が出ました。
もう嬉しくて嬉しくて、すぐに旦那さんへ連絡。
さらに実家の母にも連絡。

この頃は、まだ不育症という言葉も知らず、妊娠すれば100%元気に産まれてくるものだと思っていた頃でした。

早速、病院へも行き「妊娠しています。2週間後にきてください」と言われ(小さな胎嚢が見えました)
誇らしげに会社の人にも伝え、少しつわりのような症状もあらわれていましたが、ウキウキしながら毎日を過ごしました。
2週間後病院に行くと、「・・・・・そろそろ心拍・胎芽が確認できる頃なのですが」と言われ、
結局その後、繋留流産という診断が下り、はじめての流産手術を行いました。

つわりの症状は、手術後も続き、
会社や友人へ既に報告していた事、とても喜んでくれていた両親をがっかりさせた事、
我が子を抱けなかった辛さ、流産手術をしたという身体的な痛み、
この頃は本当に精神的に辛く、「なぜ友人や他の人は普通に我が子を抱けているのに....」と、
人と自分を比べては、泣き晴らす毎日でした。
その頃年齢的な事もあり(33才)、まわりは出産ラッシュ。
同じ頃妊娠した友人もいました。来月に産まれる、という知り合いもいました。
しかし、とても人の幸せを喜べる心境ではありませんでした。

しかし、「きっと、お腹に宿ってくれた子はもっと身体を大切にして、と私に伝える為に来てくれたんだ」
と思える心境になってから、体質改善できる事を色々試してみることにしました。
この時は、折角やってきてくれた命を、何か無駄にしてはいけないという心境でした。

この頃に妊娠する為にしたことは、
1.葉酸を飲み始める
2.基礎体温を計る
3.食べ物に気をつける(雑穀米


とにかく、毎日ネットで検索しては良いと思う事を試す日々。
先生からは、すぐに子作り再開していいという事でした。
先生によっても方針が違う+人によって状態が違うので「3ヶ月待って」「半年待って」と言われる場合もあると思いますが、
私の先生は“年齢が早ければ早いほどいい”という事で、笑顔ですぐに頑張っていいからね^^と勇気づけてくれました。

それから、3ヶ月後、2回目の妊娠反応がありました。
1回目の事があったので、生理が遅れているのはわかっていましたが、またぬか喜びだったら....、また駄目だったら....
という気持ちが拭えずに、8週目位に初めて病院に行きました。
その時はじめて、小さな心臓がピコピコ動いているを見ました。しかも、二つ。一卵性双生児。
すぐに母子手帳をもらっていいとの事でした。
心拍が確認できれば流産率は一気に下がる、ということ、先生が母子手帳をもらっていいということは「もう大丈夫」と思いつつ、
2週間後の検診で心拍停止。2回目の繋留流産。

また、今回こそは大丈夫と思って報告していた両親や兄、夫の家族。会社。友人。
この時は、さすがに2週間ほど会社を休ませてもらいました。
本当に精神的にもボロボロ。
なんで私だけ.... と本当に死んでしまいたい、消えてしまいたい、そんな気持ちでした。

それから、しばらく、本当にしばらく経って、
仕事も今考えるとよく復帰したな、と思うのですが、何かして気を紛らわせたい一心だったように思います。
しかし、頑張りが必ずしもすぐに報われない妊娠、頑張れば頑張っただけ成果として現れる仕事。
それから、殺気立つ程に仕事に集中しました。
夫にも両親にも心配されましたが、そっと見守ってくれたことにすごく今は感謝しています。

2回目の流産を経て、
この頃妊娠する為にしたことは、
1.ホットヨガをはじめる
2.葉酸を飲む
3.基礎体温を計る(が途中でストレスになり基礎体温を計るのをやめる)
4.ネットの情報を見るのをやめる
5.旅行に行く
6.だったんそば茶を飲む
7.ゴルフを始める
8.ストレスになる子持ち友人と距離を置く
9.買いたいものを我慢しない

10.冷えとりを始める(が途中で面倒になりやめる)
11.ブログをはじめる

この頃妊娠する為、病院での治療は、
1不育症検査
2子宮鏡検査
3.子宮造影検査
4.タイミング療法
5.アスピリンを飲む
6
.HCG注射

7.フェマーラ・クロミッド(一時的)


2回目の流産手術の際、染色体検査を行った所、胎児に異常はなし=つまり私に異常がある、ということがわかり
不育症検査を受けました。
結果は、プロテインSが基準値以下でした。不育症検査結果はこちら

それから、月一でタイミング治療を開始。

血栓ができやすい可能性があるということで、それからずっとアスピリンを1日1錠飲みました。(以降、妊娠9カ月まで)

やれる事は、やろうと思い、
身体がすごく冷えている気がしたので、冷えとり(シルクの靴下を重ねる)をしたり、
葉酸を飲んだり、ホットヨガをはじめたり、ゴルフをはじめたり。

今回、妊娠できた直後は、
・基礎体温をつける事がすごくストレスになっていたので、やめた
・タイミングも義務のようになってきて、一旦治療をやめようかな、と考え始めた
・ずっと仕事が忙しくて行けなかった新婚旅行に思い切って行った
・頑張るのに疲れてきて、もう二人でもいいかな、と思った矢先だった
・“妊娠したら、こうしよう。”、”妊娠したら....”と理由をつけて色々考えていた事を、“今やろうかな”と思い始めた

そんな心境になった矢先でした。
今、思うと、色々体質改善を試みて、体質もよくなってきて、
ふと精神的な変化が訪れた、そんなタイミングだったように思います。

後悔しないように、やれる事はやってみて、
それから『一度ネットを見ない』、『ストレスとなる友人と距離を置く』
そして、自分自身にとって喜びとなる事、(絵を描く、本を読む、人と話す、旅行に行く、ショッピングをする、スポーツをする等々)を
一度試してみてほしいと思います。

妊娠しても、母になっても、もっともっとと思うのが人間と、
周りをみても、自分自身のことを考えても、思います。

ただ、不妊や不育で苦しんだ経験は、人間的に成長させてくれた、深みのある人間にさせてくれた経験に間違いはなく。
もちろん、こんな辛い経験無い方がいいに決まっているのですが、
1回目の妊娠で何事もなく妊娠していたら、と考えると、もっと何か安易に色々考えていて
辛いつわりも、激しい位の胎動も、こんなに愛おしく思えなかったと思います。
仕事をずっと続けながらの妊婦生活も、色々な事に感謝などできなかったと思います。

きっと同じ経験で苦しんだことがある人は、今が一番辛いと思いますが、
その何倍もの愛おしさや幸福感が、必ずいつかやってきますので、大丈夫です。
夫も、何も考えていないように思えてムカつく時もあるかもしれませんが、
まずは夫と仲良く楽しくいれたら、とても幸せなことだと思います。




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