第二章 世田谷へ(1)
【世田谷公園】①
別れの日...
前作を書き上げたその半月後、僕は急遽日本に戻ることになりました。
理由はいくつかあったんですが、ジョージアが国境を閉ざしたままで戻れるメドが立たないというのが一番の理由。
日本を離れてジョージアで定住しようと思ったけれども、結局トビリシにいた期間よりもずっと長い間ミンスクにいて、ジョージアという国へのこだわりも薄れてきたし、同じ「旧ソ連国」でもロシアに近いミンスクでの暮らしの方が僕には合っていたから、トビリシに戻ろうとも思わなくなっていたんですよね。
それだけにミンスクを去るのはとても寂しかったですね。
帰国前日、ナタリヤから
「今日の夜は出かけないで空けといてね。」
と言われて部屋で待っていると、ナタリヤが家族で食べるような大きなチョコケーキを持ってやってきました。
ナタリヤは、
「このケーキを買ったお店はソビエトユニオンの時代からあるお店でね。私が子供の頃から、ミンスクの人はお祝いとか特別な日にはこのお店でこのケーキを買ってみんなで食べてきたのよ。」
と説明してくれました。
ビザの延長や住民登録、保険加入の手続きまで、単なる一旅行者に過ぎない僕のためにかけずり回ってくれたし、ジョージアの国境がなかなか開かずにイラつく僕を毎日のようになだめてくれたのも彼女でしたから、お礼にご馳走しなきゃいけないのはむしろこちらの方だったんですけれど、せめてと思って昼間市場で買った苺と杏を添えて食べました。
翌朝、出発のとき、ハグしてきた彼女に
「また必ず来るから…。」
と言い残して僕は部屋を出ました。
もうここでいから、とアパートの前で告げましたが、いいから、と言って見送りに出てくれたトラムの停留所、彼女は姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれました。