教え子のインスタのストーリーに気になる神社の写真が載せられていたので、聞いてみると、椿大神社と教えてくれました。
実は山崎を一緒に歩いた友人と最初にコンタクトしたときに、彼がお勧めしてくれたのが椿大神社でした(そのときのことはここに書いてあります)。そんな経緯もあり、以前に調べたこともあったんですが、そのとき奥宮まで行きたいなと思って、ずっと気にかけてはいました。ちょうど日曜だけ晴れそうなので、行って来ました。
椿大神社は、遠くからでも森厳とした雰囲気でした。ここが熊野や三輪山、出雲の素戔嗚さんのような強力なパワーを持っていることは分かりました。ただ、複数のエネルギーが重なっていて、一回では読み取れない、というのが私の正直な感想でした。
庚龍社。
御船磐座。
高山土公神陵
摂社・椿岸神社。天鈿女命がいらっしゃいます。
かなえ滝(この後ろに禁足地ですが、金龍の瀧があるようです)。隣に龍蛇神両地神社があるんですが、撮り忘れました。
高山土公神陵のところにある猿田彦像。こちらの方がパワーを感じました。猿田彦大神と意識を合わせやすいのかもしれません。
本殿。
境内の椿はほぼ落ちていたけれども、唯一残っていました!
摂社の愛宕社の入り口
愛宕社
椿大神社の奥宮、入道ヶ岳の山頂に至るには三つのコースがあります。北尾根、井戸谷、二本松です。愛宕社は北尾根コースの入り口にあります。井戸谷は距離は短く、ここでしか見られない福寿草も見られる点は魅力的なのですが、一番険しいと言われています。私は北尾根コースを選びました。
しかし、北尾根コースでどこをどう間違えたか、完全に迷ってしまい、山中を彷徨うことに。そして、文字通り這々(ほうほう)の態で、井戸谷コースの入り口に着きました。入り口に着いた時点で、冷静に今の体力を考えると「あれ、これ帰った方がいいのかな」と一瞬よぎりました。とはいえ、そうそうまた来そうもないし、これで追い返されるのは違うなと思ったので、そのまま進みました。
山中、登山している人たちが写真を撮っているので、私も植物に関心を向けるようになりました。
黄色い花が福寿草です。
井戸谷を登り切り、ここからアセビの群生してるところを抜けると、すぐ山頂です。
アセビの花がきれいに咲いていました!
山頂の鳥居です。ちなみに、山頂に人がいないわけではなく、いないタイミングを見計らって撮っているだけです笑。
山頂から奥宮はすぐ歩いていける距離だと聞いていたのですが、案内板がないので、困りました。一応地図見て、人の動きを見て推測してから歩き出し、そちらから来るご夫婦に確認しました。ありがたかったです。
帰りは二本松コースを戻って来たんですが、特に眺望もないし、ひたすら降りることに集中してました(写真を撮る余裕はないです)。時折り後ろから来る人を先に行かせたりしました。騙し騙し降りて来たんですが、残り3分の1くらいのところで、限界が来て、尻餅をつくと、その瞬間、両足がつりました。そしたら、その直前に私を追い越して行った中年の男性が大丈夫か声をかけてくれて、両足が攣っただけなので、少し回復してから行くので大丈夫です、と答えたら、すぐ戻ってくれて、両足を伸ばしてくれました。正直、かなりのヒーリングエネルギーというか、単に足が攣ったときのストレッチとは思えないくらい歩き出したら、回復していました。惜むらくは、その人の連絡先を聞いておく余力がなかったことです。あとでお礼したかったと思っても後の祭りです。
椿岸神社まで戻ってきました。
立雲龍神社。なぜか龍が気になって、このお社の横の池のところで龍神祝詞をあげました。というのも、その池からかなめの滝の方にむかって、龍のエネルギーを感じたからです。
行満堂神霊殿。この日は何か大会?をしてるみたいでした。行満大明神というのは、役行者のお師匠さんということで、入道ヶ岳はかつては修験の聖地であったようです。この神霊殿には、不動明王だけでなく、いくつかの見事な仏像が祀られていました。偶々、この方のブログに詳細が書いてありましたので、紹介しておきます。
実は、ここは中でお詣りできるのですが、汚れてるので、申し訳ないと思いつつ、参拝しました。しかも疲れていたのと騒がしいのもあって、集中力が欠けていて、あとでエネルギーを合わせたいなと思って、写真を撮ってしまったんです(禁止とは書かれていませんでした)。ただ、帰り際、そこに人がいることに気が付かなかったのですが、係の人に丁寧にお辞儀されたのがとても印象に残りました。
写真は撮らなかったのですが、椿延命地蔵尊にも参拝し、ご真言をあげました。このブログが参考になったので、一応、忘れないように貼っておきます。神仏分離令を経験して、神社でもなんとなく仏様を祀る大切さが戻って来てるんですね。
帰りに庚龍社のところでお参りしていると、おじさんに声をかけられました。真っ白いジャージを真っ黒にして、金剛杖をついている私が気になったようで「よく生きて帰ってこれたな」というのです。その人も京都の愛宕山で通常と違うルートで迷って行きそうになったところ、誰かに留められたそうで、ちゃんとした作法を守らないと危ない、という話をされていました。私が「よくこの格好の私に話しかけましたね」と言いながら、向こうも笑っていました。出雲大神宮と元愛宕に行くといいですよと話しました。その後、連絡先を交換しようとしたら、何かお互いによくないということで(?)、断られました。何か修羅場をくぐって事情を持っている方だったのかもしれません。
椿大神社を出て少し離れた摂社の小岸大神社に行きました。ここは椿大神社とは違う雰囲気でした。
全体を通じて、神様から拒否されてるとは思ってはいませんでした。実際、朝、なぜかいつも使っている駐輪場ではなく、駅に近いけど、50円高い方に止めないとという直感で、そちらに停めたら、ホームに着いたときに電車が来ました。それを逃すと、とても山登り出来るスケジュールではなくなってしまいます。そういういくつかの細かいサインは受け取れました。ただ、同時に甘い優しい歓迎はされていないのも感じていました。
おじさんに言われたような参拝作法ということもあるかもしれませんが、そもそも登山の準備はしっかりする必要があるのを改めて学びました。もちろん、いつも調べるんですが、今回はいつも以上に急に決めたことと、結構人が多いというのがあったので、迷わないだろうと調べ方が甘かったなと思います。同時に今回は登山の方との触れ合いがありがたかったです。2日経ってもメチャクチャ、筋肉痛が継続してるんですが、強制的に身体を変えられたなと感じています。
この後、敢国神社にも寄ったんですが、そちらはまた別に書きたいと思います。












































