トトブログ 巡礼記 -7ページ目

トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

教え子のインスタのストーリーに気になる神社の写真が載せられていたので、聞いてみると、椿大神社と教えてくれました。

 

実は山崎を一緒に歩いた友人と最初にコンタクトしたときに、彼がお勧めしてくれたのが椿大神社でした(そのときのことはここに書いてあります)。そんな経緯もあり、以前に調べたこともあったんですが、そのとき奥宮まで行きたいなと思って、ずっと気にかけてはいました。ちょうど日曜だけ晴れそうなので、行って来ました。

 

椿大神社は、遠くからでも森厳とした雰囲気でした。ここが熊野や三輪山、出雲の素戔嗚さんのような強力なパワーを持っていることは分かりました。ただ、複数のエネルギーが重なっていて、一回では読み取れない、というのが私の正直な感想でした。

 

 

庚龍社。

 

 

 

 

 

御船磐座。

 

高山土公神陵

 

摂社・椿岸神社。天鈿女命がいらっしゃいます。

 

 

 

かなえ滝(この後ろに禁足地ですが、金龍の瀧があるようです)。隣に龍蛇神両地神社があるんですが、撮り忘れました。

 

高山土公神陵のところにある猿田彦像。こちらの方がパワーを感じました。猿田彦大神と意識を合わせやすいのかもしれません。

 

本殿。

 

境内の椿はほぼ落ちていたけれども、唯一残っていました!

 

摂社の愛宕社の入り口

 

愛宕社

 

椿大神社の奥宮、入道ヶ岳の山頂に至るには三つのコースがあります。北尾根、井戸谷、二本松です。愛宕社は北尾根コースの入り口にあります。井戸谷は距離は短く、ここでしか見られない福寿草も見られる点は魅力的なのですが、一番険しいと言われています。私は北尾根コースを選びました。

 

しかし、北尾根コースでどこをどう間違えたか、完全に迷ってしまい、山中を彷徨うことに。そして、文字通り這々(ほうほう)の態で、井戸谷コースの入り口に着きました。入り口に着いた時点で、冷静に今の体力を考えると「あれ、これ帰った方がいいのかな」と一瞬よぎりました。とはいえ、そうそうまた来そうもないし、これで追い返されるのは違うなと思ったので、そのまま進みました。

 

山中、登山している人たちが写真を撮っているので、私も植物に関心を向けるようになりました。

 

黄色い花が福寿草です。

 

井戸谷を登り切り、ここからアセビの群生してるところを抜けると、すぐ山頂です。

 

アセビの花がきれいに咲いていました!

 

山頂の鳥居です。ちなみに、山頂に人がいないわけではなく、いないタイミングを見計らって撮っているだけです笑。

 

山頂から奥宮はすぐ歩いていける距離だと聞いていたのですが、案内板がないので、困りました。一応地図見て、人の動きを見て推測してから歩き出し、そちらから来るご夫婦に確認しました。ありがたかったです。

 

 

 

帰りは二本松コースを戻って来たんですが、特に眺望もないし、ひたすら降りることに集中してました(写真を撮る余裕はないです)。時折り後ろから来る人を先に行かせたりしました。騙し騙し降りて来たんですが、残り3分の1くらいのところで、限界が来て、尻餅をつくと、その瞬間、両足がつりました。そしたら、その直前に私を追い越して行った中年の男性が大丈夫か声をかけてくれて、両足が攣っただけなので、少し回復してから行くので大丈夫です、と答えたら、すぐ戻ってくれて、両足を伸ばしてくれました。正直、かなりのヒーリングエネルギーというか、単に足が攣ったときのストレッチとは思えないくらい歩き出したら、回復していました。惜むらくは、その人の連絡先を聞いておく余力がなかったことです。あとでお礼したかったと思っても後の祭りです。

 

椿岸神社まで戻ってきました。

 

立雲龍神社。なぜか龍が気になって、このお社の横の池のところで龍神祝詞をあげました。というのも、その池からかなめの滝の方にむかって、龍のエネルギーを感じたからです。

 

行満堂神霊殿。この日は何か大会?をしてるみたいでした。行満大明神というのは、役行者のお師匠さんということで、入道ヶ岳はかつては修験の聖地であったようです。この神霊殿には、不動明王だけでなく、いくつかの見事な仏像が祀られていました。偶々、この方のブログに詳細が書いてありましたので、紹介しておきます。

 

実は、ここは中でお詣りできるのですが、汚れてるので、申し訳ないと思いつつ、参拝しました。しかも疲れていたのと騒がしいのもあって、集中力が欠けていて、あとでエネルギーを合わせたいなと思って、写真を撮ってしまったんです(禁止とは書かれていませんでした)。ただ、帰り際、そこに人がいることに気が付かなかったのですが、係の人に丁寧にお辞儀されたのがとても印象に残りました。

 

写真は撮らなかったのですが、椿延命地蔵尊にも参拝し、ご真言をあげました。このブログが参考になったので、一応、忘れないように貼っておきます。神仏分離令を経験して、神社でもなんとなく仏様を祀る大切さが戻って来てるんですね。

 

帰りに庚龍社のところでお参りしていると、おじさんに声をかけられました。真っ白いジャージを真っ黒にして、金剛杖をついている私が気になったようで「よく生きて帰ってこれたな」というのです。その人も京都の愛宕山で通常と違うルートで迷って行きそうになったところ、誰かに留められたそうで、ちゃんとした作法を守らないと危ない、という話をされていました。私が「よくこの格好の私に話しかけましたね」と言いながら、向こうも笑っていました。出雲大神宮と元愛宕に行くといいですよと話しました。その後、連絡先を交換しようとしたら、何かお互いによくないということで(?)、断られました。何か修羅場をくぐって事情を持っている方だったのかもしれません。

 

椿大神社を出て少し離れた摂社の小岸大神社に行きました。ここは椿大神社とは違う雰囲気でした。

 

 

 
神社にたどり着く前の道に、倒木が落ちていたので、拾って横にどけておきました。

 

全体を通じて、神様から拒否されてるとは思ってはいませんでした。実際、朝、なぜかいつも使っている駐輪場ではなく、駅に近いけど、50円高い方に止めないとという直感で、そちらに停めたら、ホームに着いたときに電車が来ました。それを逃すと、とても山登り出来るスケジュールではなくなってしまいます。そういういくつかの細かいサインは受け取れました。ただ、同時に甘い優しい歓迎はされていないのも感じていました。

 

おじさんに言われたような参拝作法ということもあるかもしれませんが、そもそも登山の準備はしっかりする必要があるのを改めて学びました。もちろん、いつも調べるんですが、今回はいつも以上に急に決めたことと、結構人が多いというのがあったので、迷わないだろうと調べ方が甘かったなと思います。同時に今回は登山の方との触れ合いがありがたかったです。2日経ってもメチャクチャ、筋肉痛が継続してるんですが、強制的に身体を変えられたなと感じています。

 

この後、敢国神社にも寄ったんですが、そちらはまた別に書きたいと思います。

そう言えば、先日ふと子どもの頃、母と近所のスーパーに行ったときのことを思い出しました。

 

母は丁寧に人に教えるということはしない人なので、毎回というわけではないのですが、時々、魚や肉、野菜の選び方を教えてくれました。教えてくれたと言っても、選んできたものをよいか、違うかを言うだけなんです。なんでそんな美味しそうじゃないものを選ぶのかとか叱られても、最初は意味が分からなかったです笑。見れば分かる、ということなんです。

 

見れば分かるの基準は、こうやって文字にして伝えるのは難しいのですが、要は新鮮かどうか、ということでもあり、今になってみると、エネルギーの見方の訓練になってたな、と思います。さすがに半世紀以上、生きていると、人と買い物に行くこともあるんですが、あまりそういう見方をしてる人はいないんです。改めて思い出すと、エネルギーを見分ける訓練をしてもらってたんだなと思います。

 

もっとも、母に言っても、本人はそんなことまったく考えてなかったと思います。そういう感覚派の母だからこそ、頭で考えがちな私にとっては、その教えは大きな糧になったのかもしれません。そういうのを伝えるのって難しいですね。

 

 

このエントリは、こちらの続きです。

 

今回は、大神神社をめぐる旅だったので、聖林寺の十一面観音様と対峙したら、予定は終了だったのですが、前々から気になっていた宗像神社にも行ってみたかったので、その前に等彌神社にも立ち寄りました。

 

等彌神社は、不思議な八咫烏像が江戸時代?に発掘されて、それがマスコットになったりしていますが、ここは独特なパワーを持っています。ただ、この日は遅かったので、奥の霊畤(れいじ)までは行きませんでした。手前の黒龍社まででした。

 

等彌神社の御祭神は天照大神(上津尾社)、春日大神・八幡大神(下津尾社)になっており、また八咫烏の関係もあり、神武天皇の霊跡、すなわち最初に大嘗祭を行った場所として伝えられる霊畤があります。ただ、一方でここは饒速日を祀っていたという説があります。等彌神社の宮司さんがお話しされている神旅さんの動画があります。

 

 

個人的には、今回はそこまで行きませんでしたが、白庭にたどり着いたときに、古代の多くの人たちが饗宴している楽し気な様子が浮かびました。それがどの時期で、何を幸(さき)わっていたのかはよく分かりませんでした。

 

 

 

 

下津尾社。

 

下津尾神社の前では絵本の原画展をやっていました。すごいエネルギーでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上津尾神社。

 

黒龍社。この日はどうやら後ろの天理教の施設で何かイベント(運動会っぽいやつ?)をやっていたようで、黒龍さんはそちらを覗きにいっているようでした。

 

桜井の護国神社。なぜかこちらにも呼ばれたので、身滌大祓と南無阿弥陀仏を唱えました。スーッと御神気があがっていきました。

 

等彌神社・護国神社を出た後、宗像神社まで歩いて行きました。この宗像神社は、天武天皇の御子である高市皇子によって母方の祖先を祀るために作られたという古く由緒のある神社で、名神大社でもあったんですね。今は田舎の小さな神社に見えますが、祀られている御祭神を見てみると、なかなか興味深いなと思います。要は、政治的な配慮がかなり感じられる、逆に言えば、それだけ平安時代や中世には重要な神社であったということです。

 

その場では複雑すぎてよく分からないと思ったので、帰ってから追加で調べたんですが、まず、メインの本殿は宗像神社に春日社、春日若宮社の三つが祀られています。江戸時代の国学者の考証によって、宗像神社が復権したんですが、それ以前はどうやら興福寺の支配があったらしく、それで春日社なんだろうなと思いました。

 

他にも摂社も興味深いのです。私が一番気になったのは、六所神社で、御祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命、天照皇大神、月夜見命、素戔嗚尊命、大己貴(すなわち大国主)です。出雲系と大和系が交差しているなという感じがしました。もう一つは、琴平神社なんですが、御祭神は大物主神、崇徳天皇なんですよね。要は、四国で亡くなった三大怨霊の崇徳天皇と一緒に金比羅さんから勧請したということでしょう。ここの関係も気になります。御霊信仰については改めて私が直観的に思ったことを何れ書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三つの本殿。真ん中が宗像神社。

 

宗像神社の入り口のところ、宗像会館の横の一角にご神木と祠があります。私はなぜかこの御神木のところで、ものすごい女神的エネルギーを感じました。ここは鬼子母神を祀っているらしく、子供神社と呼ばれているとネットでは書かれていました。優しいエネルギーでしたよ。

 

 

 

 

宗像神社の後は、目の前の不動院がどうしても気になったので、少しだけ立ち寄ってみました。今、ネットで調べてみると、ここが宗像神社の神宮寺であった時代もあるんですね。それで、両方、行けということだったのか。この後は、桜井駅には戻らず、そのまま大和朝倉駅まで戻りました。ここまで来たら、玉列神社といわず、せめて素戔嗚神社だけでもと思ったのですが、体力的に限界だったので、あきらめました。いつか改めてこちら側の大神神社の摂社と一緒に回りたいです。