海神社に行った翌日は仕事だったので、その翌日から動くことにしました。私が考えたのは、本州と淡路島の間に多様な結界を張り直すということでした。勝手なイメージでは、もともとは海神社の神様がこの海域では大きな役割を果たしていましたが、その役割を代わってもらうのではなく、新たに結界を張り直して、何重にも結界を張る状況にすればよいと考えたのです。そのときに少し前に調べていた淡嶋神社が思い浮かびました。
淡嶋神社は和歌山県でも加太という少し離れたところにポツンとあるので、ここだけを回るなら、ゆっくりでいいやと思って、お昼くらいに着くスケジュール感で家を出ました。ただ、大阪から電車の中で時間はあるので検索していたりするうちに、ん?これはGoogleマップで気になったけど離れている島だからという理由で、あきらめていたけれども、淡嶋神社のわりと近くから船が出ていて、しかもこの日は乗れそうということが分かりました!
淡嶋神社に着く前に加太春日神社をお参りします。意外と強力な、海の神社だったので、驚きました。あとで調べたら、神武東征のときに紀国造氏の祖である天道根命が(日前神宮・國懸神宮の御神体でもある)神鏡・日矛をもって、頓宮(御旅所)を造営して天照大神を祀ったのが最初というので、和歌山の一之宮の御旅所的な位置づけですね。また、役行者がこの神社を友ヶ島に勧請したことから、葛城修験とも深い関係があるようです。
フェリーの予約だけして、淡嶋神社に向かいます。人形で有名だったので、仰々しい感じなのかなと思っていましたが、普通に古社というずっしりとしたイメージでした。境内はほとんど撮影禁止なのですが、出雲の力を感じました。というか、もともと淡嶋神社は友ヶ島の神島に元宮があったものを、仁徳天皇が不便だろうということで、こちらに社殿を造営されたということになっているようです。少彦名命と大己貴命が祀られていました。大己貴命の社はちょっと変わっていて、神水が汲めるようになっていました。この他、少彦名の姿社に神像があります。これは撮影禁止なので、写真はありません。末社のところに、男根の木がたくさん放り投げられていたのは、安産祈願とはいえ、やや異様な感じがしました。。。
友ヶ島に渡ったのは12時30分くらいだったので、さすがに島全体を回るのは難しそう、閼伽井の碑のところまで少し無理して頑張ろうと思いました。その途中に神島の遥拝所もあります。ただ、この閼伽井の碑に行くには最初に許可証をもらっておく必要があります。そのときに念のために島の中を歩くのはどのくらいかかるのか聞いて、やはり島の左半分、閼伽井の碑まで往復で終わりだなと思いました。それでも、私は歩くだけで意味があると思えているので、仕方ないと思いました(本当はもう少し早く来ればよかったとも思いましたが)。
島の真ん中のところに大龍不動明王の鳥居と祠がありました。これは葛城修験、それも犬鳴山七宝瀧寺グループの尽力で建立されたようでした。ちなみに、ここは先に見ておいて正解でした。閼伽井の碑まで行くと道が崩壊していて、今は虎島の方までは入れないようになっています(修験の修行者だけが入れるようです)。これは道が危険になっているからですが、それでよいと思います。閼伽井の碑の手前の少し上のところで軽トラで地元の方が掃き掃除をされていました。素敵なご縁で、帰りに乗せていただきました。おかげで大幅に時間短縮できたので、急げば、回ることが出来ます。そして、閼伽井の碑のところで会ったカップルとおしゃべりしていたときに、道に迷ったこと、島の右半分がむしろメインできれいだったという情報も聞きました。条件が整いました。
友ヶ島の残り半分を歩いた大きな使命は二つです。一つは、子午線広場で大祓詞を唱えることでした。というか、無知なので、ここが135度線の日本最南端であるとは知らず、近くの案内板で教わりました。そこで身滌大祓を唱えようかなと思ったのですが、あ、これでは足りないと思って、内務省版とそれ以前の中臣版と二つを唱えました。天と地と海とを結ぶ不思議な感覚でした。子午線なんて近代以降に国際的な取り決めで定めたものだし、そこに霊的な意味があるかもなんて想像したこともなかったです。あまり見たことないんですが、私はメチャクチャ大事だと確信しています。ここに行ったことで次の日に行った明石で歩くところが固まりました。
もう一つは、旧海軍の施設、いかに日本を守ろうとしたか、ということを私の目で見る必要があったということです。大前提として、とにかく島全体を歩かされたんだろうなとは思います。
最終のフェリーには余裕を持って乗ることが出来ました。しかし、こんなに歩き回るとはこの時は想像してなかったです。
この日のルート:加太春日神社、淡嶋神社、友ヶ島(大龍不動明王、神島遥拝、閼伽井の碑、第三砲台跡、蛇ヶ池、友ヶ島灯台、子午線広場、第一砲台跡、第二砲台跡、天照神社)。
虎島。御神気を感じたので、最初はこれが神島かと思いましたが、虎島でした。でも、こここそが島の中でも葛城修験の本拠地でした。
神島
虎島。昔は渡れたようです。下川友子さんの昔の記事では彼女は渡っていますね。
子午線広場

























